2016/05/17

第70回 愛し野塾 BMIと死亡率の関係



BMI(Body Mass Index:体重と身長によって算出される体格指数、体重(kg)÷身長(m)÷身長(m))が増加し、肥満度が上昇すると、死亡率が上がることは広く知られています。BMIの増加と糖尿病、高血圧、脂質異常の発症率の増加には明らかな相関があること、また動脈硬化の悪化とも関係し、心筋梗塞、脳卒中などの発症にもつよい関連をもつ数値として、健康診断・予防医学の分野では汎用されています。また、肥満は、癌の発症リスクの上昇にも関係し、死亡率が上がるもう一つの大きな原因と知られています。
 しかし、一方で、「BMIが減少しても死亡率が上がる」という仮説について、その因果関係の詳細には議論があるところです。「癌などの病気によって食事が摂れないなど持病に起因した理由からBMIが減少しているため、間接的に死亡率があがる」という意見と、「BMIが減少していると肺炎など呼吸器疾患のリスクが上昇し、死亡率があがる」という意見が対立しているところです。

近年、多くの国で、BMIは、緩やかに増えてきていますが、実は、肥満のかたに絞って分析すると、糖尿病を除く高血圧や高コレステロール血症、喫煙率などの心血管系のリスク因子は、有意に減少してきている、という研究報告があります。このため、時代の変遷とともに、BMIと死亡率との関係は変わってきている可能性が指摘されてきていました。重要な健康上の関心事である、「もっとも死亡率が低くなる適正なBMIの値」について、科学的に妥当性のある論文が報告されましたので、解説してみましょう。

論文は、デンマーク・コペンハーゲン大学のノルデスタガート博士らが、権威ある臨床医学誌、米国医師会雑誌に平成28年5月10日報告しました。

Afzal, S., Tybjærg-Hansen, A., Jensen, G. B., & Nordestgaard, B. G. (2016). Change in Body Mass Index Associated With Lowest Mortality in Denmark, 1976-2013. JAMA, 315(18), 1989-1996.

この論文では、「最も低い死亡率を示すBMIが過去30年の間、経時的に上昇しているという仮説のもと、デンマークの3つのコホート、19761978年(13704人、男性46%、年齢の中央値54歳、観察期間23.6年、初期コホート)、19911994年(9482人、男性43%、年齢の中央値61歳、観察期間15.9年、中期コホート)、20032013年(97362人、男性44%、年齢の中央値58歳、観察期間5.9年、最終コホート)に登録したかたのBMIと死亡率の関係を解析しました。

本研究は、コペンハーゲンシティー心臓研究と呼ばれます。20-100歳のかたを無作為に選び試験に参加してもらう形を取っています。全員がデンマークの白人で、デンマーク生まれで、その両親もデンマーク人です。喫煙率は、20(初期コホート)26(中期コホート)15(最終コホート)パック年と有意に減少していました。アルコール消費量は、1週間あたり、48グラム6096と有意に増加していました。運動量は有意に増加、また収入も有意に増加していました。1000 person-years(観察人年)あたりの死亡率は、30164と有意に低下していました。

結果は、死亡率が最も低いBMIの値は、23.724.627.0と上昇していました。心血管死亡率が最も低いBMIは、23.224.026.4と同様に上昇していました。そして、BMI18.524.9の適正BMI値のかたと、BMI30以上の「肥満」にあたるかたの死亡率の比較では、30年の経過で、リスクが1.3から1.0へ低下したこという驚くべき結果を見いだしたのです。この結果は、年齢、性別、喫煙、心血管病、癌の既往といった交絡因子の影響をうけませんでした。つまり、この30年で「肥満になっても、死亡率が有意に低下した」ということがわかったのです。そして、その理由は高血圧、糖尿病、脂質異常、心血管病の治療法が進歩し、全体の死亡率が低下したが、もっとも医学の恩恵を受けたのが、肥満者だったと解釈されているところです。

さて、最も死亡率が低かったBMIについてとりあげますと、これが、現在WHOが推奨しているBMIのレンジ(18.5から24.9)ではなく、肥満のレンジとして判定されるBMI27が、最低死亡率であったことは、国際的に衝撃があったようです。また、喫煙歴がまったくなく、心血管病や癌の既往歴のないかただけを対象にした解析でも、BMI26.1が最低死亡率を示し、得られた結論は確かなようです。

この研究が信頼性にたるものであると見なされる重要なポイントは3つあります。(1)3回のコホートともコペンハーゲンという同じ町の住人を試験登録しており、地域によるバイアスがないこと、(2)様々な交絡因子の登録、解析もほぼ同じ手法を毎回とっていること(3)すべての登録者をひとりひとり死亡にいたる、あるいは海外への移住にいたるまで完璧に経過を追っていることがあげられ、バイアスの少ない精度の高い研究といえるのではないでしょうか。

一方で考慮すべきポイントは、まず第一に、3つのコホートの経過観察期間が異なることですが、初期コホートと最終コホートのセンシティビティー解析では、観察期間の差では、得られた結果の相違は説明できないとする評価でした。また、初期コホートの一部が、中期コホートにも登録されていることも問題ですが、初期コホートと最終コホートのみを比較しても結論は変わらなかったことから、結果の解釈に影響はないレベルの弱点と考えられます。ただし、年齢の中央値がそれぞれのコホートで異なっていたのは、問題ではないでしょうか(年齢の中央値が初期コホート54歳、中期コホート61歳、最終コホート58歳)。中期コホートには、若いひとの新規登録を増やして、年齢をあわせようとしたと論文中に記載がありますが、十分ではなかったようです。こうした事情もあり、最終コホートには、健康な人の割合が、初期、中期コホートに比較して、多かったのではないか、という懸念が生じますが、2014年のデンマークの死亡率は、1000年あたり9で、心血管死が23%、癌死が30%であり、最終コホートは、死亡率が、1000年あたり9で、心血管死が26%、癌死が41%でしたので、この指摘は当たらないようです。デンマーク人のBMI25以上を占める割合は47%で、最終コホートは、56%でしたので、むしろ、最終コホートには、肥満者の割合が多かった可能性も否定できず、得られた結果の正当性は揺るがないと考えていいようです。

2011年の日本のコホート研究では、最も低い死亡率をしめしたのは、BMI2127でした。特に男性では、2527が一番低い死亡率を示したことは、今回の結果と良く符号します。

こうした結果を踏まえて、健康維持のためには、やせすぎ、太りすぎに注意をするが、BMI27あたりのやや太目をキープする 定期的な運動(目安として120分程度、1.6kmを歩く等)を行う、フレッシュな果物を毎日食べる、エクストラバージンオリーブオイルを料理に使う、野菜を毎日食する、といった生活習慣を身につける、といったことが、ポイントになりそうです。夏までに〜キロ減量!と目標を立てる前に、まずは、自分の健康生活に相応しい適正体重を今一度確認してみませんか?

       

2016/05/10

第69回 愛し野塾 デュシェンヌ型筋ジストロフィーの遺伝子治療の序章として


 北見のさくら。ゆっくりと春色に染まってまいりました。

デュシェンヌ型筋ジストロフィーの遺伝子治療が現実味を帯びてきました。

ゲノムの特定の位置を「正確に切断」することができる新技術「クリスパーキャス9(CRISPR/Cas9)」システムは、遺伝子治療の代表的手法となると注目を集めています。さて、デュシェンヌ型筋ジストロフィーの遺伝子治療を動物実験モデルで成功したという画期的な報告が、3つの異なるグルーブによって、同時に、同じ号の著名科学誌「サイエンス」に報告されましたので解説をしてみようと思います

Long, C., Amoasii, L., Mireault, A. A., McAnally, J. R., Li, H., Sanchez-Ortiz, E., ... & Olson, E. N. (2016). Postnatal genome editing partially restores dystrophin expression in a mouse model of muscular dystrophy. Science, 351(6271), 400-403.

Nelson, C. E., Hakim, C. H., Ousterout, D. G., Thakore, P. I., Moreb, E. A., Rivera, R. M. C., ... & Asokan, A. (2016). In vivo genome editing improves muscle function in a mouse model of Duchenne muscular dystrophy. Science, 351(6271), 403-407.

Tabebordbar, M., Zhu, K., Cheng, J. K., Chew, W. L., Widrick, J. J., Yan, W. X., ... & Cong, L. (2016). In vivo gene editing in dystrophic mouse muscle and muscle stem cells. Science, 351(6271), 407-411.

デュシェンヌ型筋ジストロフィーと呼ばれる遺伝病は、男児3500人にひとりに発症する重篤な遺伝性筋疾患です。「ジストロフィン」と呼ばれる遺伝子の変異によって、筋細胞の構造を維持し、筋の成長にも関わる「ジストロフィン蛋白」が作られず、その結果、筋肉が異常な変成を起こし、壊死してしまうため、筋肉の収縮がうまくいきません。症状は、幼少期には、歩行困難、転びやすい、蹲踞(そんきょ)の位置からたちあがれないなどの軽い症状がみられ、10歳前後には、呼吸筋がおかされるようになり、人工呼吸器など呼吸補助が必要になります。現在、有効な治療法がなく、根本的な治療法の開発が一日もはやく望まれています。難病情報センターのHPによれば、2013年現在、702人の患者さんの登録があり、そのうち、実に610人が呼吸器管理を受けているとのことです。医学的、理学療法的な管理の進歩があり、平均寿命は30歳を超えたとの記載がありますが、根本的治療はまだまだこれからと考えられています。

CRISPR/Cas9」システムによって、ジストロフィンの蛋白合成を停止させる「エクソン23の遺伝子変異」をターゲットとして、変異部位そのものを切り取ってしまうことが可能となりました。結果として、本来のジストロフィン蛋白よりもやや小さい蛋白が生成されることになります。今回ご紹介する研究では、この小さい蛋白の発現で、筋肉の機能回復がもたらされるのかどうかについて、検討が加えられました。

対象動物は、mdxマウスで、エクソン23に「点突然変異」が存在し、ジストロフィンが合成されてもすぐに破壊されてしまいます。生きている動物に目的の遺伝子を組み込むことは一般的に難しく、今回の研究でもかなりの苦労をしたようです。まず、目的の遺伝子を動物に導入するために、どの手法を用いるのが適切か検討され、筋肉への指向性が高いアデノ随伴ウイルス9型(AAV9)がジストロフィン遺伝子の運び屋(ベクター)として選択されました。生後1日目に、腹腔内に投与する方法、生後12日目に、筋肉に投与する方法、生後18日目に、後眼窩に投与する方法の3つが比較検討されました。いずれの方法でも、心臓と骨格の筋肉に、ジストロフィン蛋白が作られていることが確認されました。蛋白の発現率は、3週間(脛骨筋芽細胞の7.7%)から6週間(同筋芽細胞の25.5%)にかけて増加することがわかりました。蛋白の発現が増えたばかりでなく、4週間後に測定した握力測定によって、筋肉機能の回復を認めました。正常の5割程度の筋力しかなかった状態が、遺伝子治療により約7割まで回復したのです。心筋では、ジストロフィン蛋白がほんの4-15%発現しただけで、ある程度の機能回復がなされると推算されていますので、この手法は十分な効果が期待されます。これまでの方法と比較すると約10倍のジストロフィン蛋白の発現があること、しかも、時間とともにジストロフィン蛋白が増えていることからこの遺伝子導入には、持続的な効果があると示唆されます。

問題点としては、今回の手法を用いても、脳におけるジストロフィン蛋白の発言は認めず、脳への発現を模索する場合には、別な手法の開発が求められることです。本来、神経細胞にはジストロフィン蛋白が存在し、その欠損と認知機能、実行機能の低下には関連性があることが示されています。脳機能の維持の観点から、脳での同蛋白の発現は、重要視されているのです。

また、別の重要な問題点として、操作によって、ゲノム上の、ジストロフィン以外の別な個所の変異を来たしてしまう可能性があります。今回の研究調査では、標的遺伝子以外の部位での遺伝子変異は検出されなかったと確認されていますが、マウスの全ゲノムシークエンスをして、危険な遺伝子変異がゲノムのどこにも人為的にもたらされていなかったかどうかを厳格に検討する必要があると、指摘されています。

こうした問題点が厳格な審理のもと克服されたうえで、ヒトへの応用の是非が問われ、同手法で同様の量のジストロフィン蛋白を筋肉で発現できるのかどうかを検討されることになります。特に、筋肉量が圧倒的に多いヒトでは、マウスとは比較にならない、大量のベクターが必要とされ、費用面での懸念は拭いきれません。

さて、それでは、既に知られている手法と比較した場合、今回の手法はどのようなアドバンテージがあるのでしょうか。

現在、臨床研究が開始されている「オリゴヌクレオチド」を用いる手法では、効果が一過性のため、繰り返し投与することが必要となるとされます。また、微小「ジストロフィン」蛋白をコードしたAAV9を用いた手法では、やはり効果が持続するわけではないため、繰り返しの投与が必要な上、「CRISPR/Cas9」法に比較して、発現するジストロフィン蛋白がより小さく、筋機能の回復レベルも小さいのではないか、と指摘されています。

これら2つの既存の方法の弱点を克服している可能性がある、今回紹介した手法が、大きな期待を担っていることは間違いありません。



ヒトへの臨床応用への道のりは容易ではないことが予想されますが、デュシェンヌ型筋ジストロフィーの遺伝子治療への大きな一歩となったことは間違いないと考えられます。