2017/07/29

第131回 愛し野塾 アルツハイマー病の謎に迫る


神経の変性、及び神経細胞死を伴う病気を「脳神経変性疾患」と総称し、認知症を発症するアルツハイマー病は、その代表的な疾患のひとつです。1906年にアルツハイマー博士による発表以来、アルツハイマー病の病態について、世界中の研究者によって研究が行われてきました。病理学的観点から、「神経原線維変化」そして「老人斑」という2つの特徴について解明され、「神経原線維変化」はタウタンパク質、「老人斑」はβアミロイドが主たる成分であることが判明しました。こうした目覚ましい発見にもかかわらず、病気の根本を治療する「原因療法」の開発には至らず、現在はいずれも「対症療法」による治療が行われています。このため実臨床の場では、認知症の進行を遅らせることはできても、治癒させることができないのが現状です。予備軍も含め800万人と推定されるアルツハイマー病、根本治療の開発には、一刻の猶予もない状況にあります。一方で「タウか、アミロイドのどちらがアルツハイマー病の根本原因なのか」、という論争の真っ只中、未だ治療法確立へは長い道のりが続きそうだと思われてきました。
さて、最近、タウ遺伝子「MAPT」の遺伝子変異が、認知症発症に関係することが明らかになり、「タウ」をターゲットとすることで有効な治療法が得られるのではないかと考えられるようになりました。神経原線維変化の中心となる物質である「タウ」は、ベータシート構造の繰り返しが特徴的な構造を呈しています。しかし、原子レベルでの微細構造については未だ不明瞭な部分が多く、発症メカニズムをターゲットとした治療法開発には不十分であった可能性が指摘されています。アルツハイマー病で認められるタウの織りなすフィラメント構造(ペアードヘリカルフィラメントとストレートフィラメント)は、ピック病を含む、他の神経変性疾患で認められるタウフィラメントの構造とは、異なっていることがわかっています。微細構造の詳細を明らかにすることで、創薬のターゲットポイントを見出せるのではないかと期待されています。
タウ蛋白には、6つのアイソフォームがあります。エクソン10(マイクロチューブル結合リピート)の有無、N末端側にある29アミノ酸あるいは58のアミノ酸の有無の組み合わせにより構成されます。さらに別の4つのリピート構造が、244-368残基にありR1―R4と呼称されています。
今回、アルツハイマー病の患者の脳から精製したタウを用いて、Å単位の微細構造が明らかになりました。これによって、創薬のターゲットが明らかになった可能性が広がり、このニュースは世界中で報道されました(http://www.bbc.com/news/health-40493868(2017年7月5日閲覧))。イギリスMRC研究所のゲダート博士、シェレス博士らによって7月号の「ネイチャー」に発表になったばかりです(Fitzpatrick, Anthony WP, Benjamin Falcon, Shaoda He, Alexey G. Murzin, Garib Murshudov, Holly J. Garringer, R. Anthony Crowther, Bernardino Ghetti, Michel Goedert, and Sjors HW Scheres. "Cryo-EM structures of tau filaments from Alzheimer’s disease." Nature 547, no. 7662 (2017): 185-190.)。今回はこの研究報告について解説してみたいと思います。

【対象と方法】
病理解剖でアルツハイマー病と確定診断された74歳の女性の患者から抽出した大脳皮質サンプルを用いました。βアミロイドが原因の遺伝的アルツハイマー病ではないことは、APP/PSEN1/PSEN2に遺伝子変異がないことで確認されました。患者の大脳皮質の切片をチオフラビンS染色法によって観察した結果、神経原線維と老人斑の顕著な存在を認めました。脳組織のサルコシル不溶性フラクションには、ペアードヘリカルフィラメント(PHS)とストレートフィラメント(SF)が多量に含まれていました。これらフィラメントは、ネガティブ染色を用いた形態的特徴、ウエスタンブロッティングによる分子量検定、in vitroのシード形成検討実験から、これまで報告されているフィラメントの特徴を備えていることが確認されました。その後、サルコシル不溶成分を、遠心分離、ゲルフィルトレーションによって、PHSとSFを精製しました。精製されたタウフィラメントにも、シード形成能力があることが確認され、真正フィラメントであることが証明されました。低温電子顕微鏡法を用いて、3.4Åないし3.5Åの精度で構造解析に供しました。
【結果】
PHFとSF共に、C型構造を持つサブユニットからなるフィラメント、2つから構成されていることがわかりました。これは従来の報告を支持する結果でした。さらに、Å単位の構造解析の結果、フィラメント形成をするコアとなる部位が、アミノ酸残基の「V306―F378」に存在することを認め、これは、R3とR4の部位に相当し、PHFとSFともにシェアされていることがわかりました。N末端とC末端の両者には、R1とR2部位との弱い結合があることも発見されました。
突き止められたコアの部位の特徴について、「プロナーゼ処理」「マススペクトメトリー」「抗体ラベル」法が用いて分析を行った結果、プロナーゼ処理でもコアの構造は保持され、これも従来の報告と一致するものでした。プロナーゼ処理したコアの部位について、マススペクトメトリー解析を行った結果、R3―R4にかけての部位が最も多く含まれていることがわかりました。そこには、一部3Rと4Rの部位も含まれていました。R2の一部に対する抗体は、プロナーゼ処理前には、コアを認識しましたが、処理後には認識しないことから、コアの部位にR2が弱い結合をしていることが確認されました。R3とR4に対するコア内部に存在する部位をエピトープとする抗体は、予想通り、コアを認識できませんでしたが、変性させたゲル内では、認識することがわかりました。コアのシークエンスをすると、R3―R4が存在することも証明されました。以上から、コアを形成するのは、R3―4がメインであることは間違いないことが証明されました。
コアは、8つのベータシート構造から構成されています。8つの連続的なベータシートが、整然とC型に折りたたまれるように、(1)各ベータシートの間に、特別なアミノ酸が配置されていること(3つのプロリンと、2つのグリシン、1つずつのアスパラギン酸とグルタミン酸)、(2)この部位の開始部位と終了部位に10Åの高低差があること、がわかりました。こうした構造上の特徴が、8つのベータシート構造(β1―β8)を安定化させ、β1とβ8の間に疎水結合、β2-β8の間でのポーラージッパーモチーフによるパッキングが可能となり強固な構造となることがわかりました。β4-β6で三角構造(βヘリックス)を作ること、これに寄与する決定的なグリシン残基(Gly355)の存在も明らかになり、構造の安定化に寄与していることが証明されました。
PHFとSFは、そのコア構造が同じであるにもかかわらず、最終的な微細構造に違いがある原因についても解明されました。ペアを形成するアミノ酸残基にわずかな差があることが判明したのです。PHFでは、コア構造の一部である、アミノ酸残基332-336の部位と332-335の部位で、アンチパラレルスタッキングが疎水結合により強固に形成されます。一方、SFでは、アミノ酸残基317-324と312-321の部位が関与しパッキングされることが判明しました。加えて、317、321番目のアミノ酸残基の関与も証明され、PHFとは明瞭に部位が異なっていました。

【議論】
PHSとSFのコアを形成する、正確なアミノ酸の部位が判明したことは画期的なことです。さらに、コアが、シードとなり、マイクロフィラメントが形成されるメカニズムが解明されたことで、フィラメント形成の阻害剤の合成や、フィラメントを特異的に染めるツールの開発が格段に進むことが予想されます。
また、PHF形成の分子メカニズムが明らかとなり、SFとの違いも明瞭となりなりました。今後は、タウが関与する別の病態でのマイクロフィラメント形成の違いも明らかにされることでしょう。そして、例えば、症例の多い、ピック病にも治療薬、診断薬開発の可能性が広がったと言えるでしょう。
長らく停滞していたアルツハイマー病研究、大きな躍進を遂げたと言っても過言ではないのではないでしょうか。




2017/07/01

第130回 愛し野塾 エイジングと動脈硬化


エイジング(加齢)は、癌発症リスクを高め、動脈硬化を進行させます。冠動脈に動脈硬化が起きれば、命を脅かす「心筋梗塞」の発症リスクが増大します。動脈硬化のリスク因子となる疾患は、ご存知の通り、「高血圧・喫煙・高コレステロール血症・糖尿病」、です。しかし、実は「エイジング」こそ最大のリスク因子なのです。高血圧や高コレステロール、高血糖といった好ましくない血管環境下の暴露時間がエイジングとともに長くなるわけですから、おのずと動脈硬化の条件が満たされるわけです。しかし、様々なリスク因子を用いて多変量解析を行うと、「エイジング」が他のリスク因子とは異なり、独立して動脈硬化を引き起こすことがわかってきました。実際、「エイジング」による動脈硬化発症に寄与する他のリスク因子の影響は、男性でわずか12%、女性でも最大40%と試算されています。「エイジング因子」は、既知のリスク因子を介さない独立したプロセスによって動脈硬化を促進していることは間違いないようなのですが、そのメカニズムどころか、その存在の有無すら明らかにされていません。しかし、「糖尿病・高血圧・脂質異常・喫煙などのリスク因子」が全くない方でも、心筋梗塞を発症する症例は、日常臨床レベルで多数遭遇するわけで、「エイジングが動脈硬化を引き起こす未知のルートが存在する」と信じられてきたものの、術もなく、メカニズムの解明は頓挫してきました。
2014年、ブレークスルーとなる研究がハーバード大学のジェイスワル博士らによって報告されました(Jaiswal, S., Fontanillas, P., Flannick, J., Manning, A., Grauman, P.V., Mar, B.G., Lindsley, R.C., Mermel, C.H., Burtt, N., Chavez, A. and Higgins, J.M., 2014. Age-related clonal hematopoiesis associated with adverse outcomes. New England Journal of Medicine, 371(26), pp.2488-2498.)。これは「エイジング」で血液系の悪性疾患が増えることに注目した研究でした。すでに、特定の遺伝子に傷がつくことが原因で、エイジング依存性に血液系の癌が増加することがわかっています。この研究では、血液系の悪性疾患を発症していない人から採取した末梢血液を用いて調査すれば、「年齢依存性に増加する遺伝子の傷害が検出される」と仮定して調査が行われました。血液系の疾患の既往は問わず、17,182人を対象に、「すでに血液系の癌において変異が生じることが知られていた160個の遺伝子」について、末梢血の細胞を用いて、全エキソーム解析が行われました。この解析によってブレークスルーとして評価される多くの知見が得られたのです。1)遺伝子変異は、40歳以下の方にはほとんど認められませんでした。2)年齢とともに遺伝子変異は増加し、70-79歳で9.5%、80-89歳で11.7%、90-108歳で18.4%に認められました。3)遺伝子変異を起こすのは、わずか3つの遺伝子「DNMT3A、TET2、ASXL1」にほぼ限られているということがわかりました。4)これらの3つの遺伝子に変異があると、血液の悪性疾患の発症率は11.1倍に、全死亡は、1.4倍に増加します。5)これら3つの遺伝子に変異があると、冠動脈疾患が2倍、虚血性脳血管障害が2.6倍に増えることが明らかになったのです。この発見は、想定外の大きな発見でした。この結果から「エイジング」と「動脈硬化の発症増加」は、3つの遺伝子「DNMT3A、TET2、ASXL1」の変異に起因する可能性が見出されたのです。これら3つの遺伝子の変異を含め、74個の血液系の癌発症を促すドライバー遺伝子がありますが、将来、疾患発症させ得る遺伝子がクローナルに優位性をもって存在している「状態」については、現在、CHIP(clonal hematopoiesis of indeterminate potential)と呼ばれています。
さて、この研究を行ったジェイスワル博士らは、「エイジングが遺伝子に傷を付け、動脈硬化をきたすメカニズムの詳細」を検討しました。その結果、医学誌NEJMに掲載され、多くの注目を集めています(Jaiswal, S., Natarajan, P., Silver, A.J., Gibson, C.J., Bick, A.G., Shvartz, E., McConkey, M., Gupta, N., Gabriel, S., Ardissino, D. and Baber, U., 2017. Clonal Hematopoiesis and Risk of Atherosclerotic Cardiovascular Disease. New England Journal of Medicine.)。今回はこの論文を解説してみようと思います。

方法
冠動脈疾患4,726症例、コントロールに3,529人が調査対象とされました。冠動脈疾患の定義は「DNAサンプルを採取後、心筋梗塞発症した、あるいは、血管再建術を要した症例」とし、対象者は、年齢、性別、2型糖尿病、喫煙歴をもとにネスティッドケースコントロール研究の手法を用いて選別されました。BioImage, MDCコホートが用いられました。全エキソーム解析には、レトロスペクティブケースコントロール研究「ATVB」と「PROMIS」の2つが用いられ、50歳未満の若年発症の心筋梗塞者を対象としました。
冠動脈疾患のリスクに寄与している遺伝子の検索には、「BioImage」「MDCコホート」と、3つの前向き研究「JHS」「FUSION」「FHS」が用いられました。「JHS」および「FUSION」は2014年の調査で用いられたコホートで、「FHS」はこの研究のために新たに解析に供されました。
結果
【CHIPと冠動脈疾患の関係】
BioImageとMDSコホートの検索から遺伝子変異は「DNMT3A」「TET2」「ASXL1」3つの遺伝子にほぼ限定され、94%(72/77)にいずれか一つの遺伝子異常を認めました。BioImageでは、対象者の平均年齢は、70歳、平均観察期間は2.6年でした。冠動脈疾患を有する113人のうち17%である19人がCHIPキャリアーで(コントロール群のCHIPキャリアーは10%)HRは1.8でした(P=0.03)。MDCでは、対象者の平均年齢は60歳、平均観察期間は17.7年でした。CHIPキャリアーは冠動脈疾患症例で7%、コントロールで4%、HRは2.0(P=0.003)でした。BioImageとMDCを合算すると、CHIPキャリアーは、HR1.9(P<0.001)で、冠動脈疾患症例に顕著に認められました。

 【若年発症心筋梗塞の解析】
ATVBとPROMISの検索から、若年発症の心筋梗塞はCHIPキャリアーで顕著に認められました。ATVBでは、オッズ比が5.4(P<0.001)、PROMISでは3.4(P<0.001)、総じた結果、オッズ比は4.0(P<0.001)でした。

 【リスク遺伝子変異と冠動脈疾患発症】
BioImage, MDCと3つの前向き研究から、「DNMT3A」「TET2」「ASXL1」の3つの遺伝子に加え「JAK2」の影響も調査されました。「DNMT3A」「TET2」「ASXL1」の変異は、冠動脈疾患の発症リスクを1.7-2.0倍上昇させ、JAK2(V617F)変異は、12.1倍増加させることが分かりました。また、TET2、JAK2、ASXL1遺伝子変異は、非若年発症心筋梗塞群よりも、若年発症心筋梗塞群でより高頻度に認められました。

 【CHIPと冠動脈石灰化】冠動脈疾患未発症症例のうち、CHIPキャリアーの「冠動脈石灰化を認めた症例数」は、非CHIPキャリアーの症例数の3.3倍に達し、冠動脈疾患発症症例では、CHIPキャリアーの「冠動脈石灰化を認めた症例数」は、非CHIPキャリアーの症例数の1.8倍の有意な増加がありました(P=0.03)。

【動物実験モデルを用いた検証】CHIP遺伝子群のなかで2番目に出現頻度が高い「TET2遺伝子」に注目し、CHIPが冠動脈疾患発症に寄与しているか検証されました。TET2遺伝子を欠損したTet2ノックアウトマウスは、人のTET2変異によって惹起される血液幹細胞のクローナル増殖と酷似するフェノタイプを示すため、実験に供されました。まず、動脈硬化になりやすいLdlrノックアウトマウスの骨髄細胞を放射線照射によって死滅させました。そこにTet2ノックアウトマウスから採取した骨髄細胞が移植されました。コントロールマウスには通常マウスの骨髄細胞が移植されました。
5週間後、大動脈基部に形成された動脈硬化のサイズを比較すると、Tet2ノックアウトマウス由来の骨髄細胞を移植されたマウスは、コントロールマウス由来の骨髄細胞を移植されたマウスの2.0倍(P=0.02)に肥厚し、9週間後には、1.7倍(P=0.03 )に有意な肥厚を認めました。Tet2ヘテロノックアウトマウス由来の骨髄細胞の移植実験でも、17週後の動脈硬化のサイズは、コントロールマウスより、下大大動脈で2.7倍の肥厚を認めました(P-0.03)。この動物実験によって、TET2遺伝子変異による機能低下が動脈硬化を促進する可能性が明らかとなりました。
次に、マクロファージの動脈硬化促進に及ぼすTET2遺伝子変異の影響を検証するためにマクロファージ特異的にTst2遺伝子をノックアウトしたマウスを作成し、Tst2ノックアウトマウスのマクロファージを単離し、コントロールマウスのマクロファージとさまざまな遺伝子の発現量の比較を行いました。その結果、Tet2ノックアウトマウス由来マクロファージにおける、動脈硬化促進機能を持つケモカイン、サイトカイン遺伝子の発現量の有意な増加を認めました。すなわち、TET2遺伝子の機能欠損は、ケモカイン、サイトカインの産生を増大させ動脈硬化を誘発する可能性が強く示唆されました。

【考察】
前述の一連のエレガントな研究結果から、DNMT3A、TET2、ASXL1に代表されるCHIP遺伝子が、冠動脈疾患発症と密接に関与することは間違いないものと考えられます。CHIPの抑制に重点を置いたアンチエイジングが議論されることになるでしょう。また高血圧など既知のリスク因子もCHIPを誘導する可能性も否定はできません。今後はあらゆるリスク因子との関係について解明が待たれます。また、Tet2遺伝子機能欠損によるマクロファージのケモカイン、及びサイトカインの発現増大に、密接に関わっていることがわかりましたが、CHIP遺伝子と動脈硬化の誘導を結びつける制御ネットワークの解明も非常に重要な課題です。
さて、現時点で臨床の立場で、できることは何でしょう。「エイジング」が、ごく限られた遺伝子に傷をつけることで癌や冠動脈疾患を惹起することがわかってきました。まずは、こうした特異的遺伝子の傷害の早期発見を糸口にして、骨髄や冠動脈の状態を検査するなど、精密検査によって血液の癌や冠動脈疾患を早期発見、予防することに役立てられるのではないでしょうか。今後は特定された遺伝子の機能欠損・低下を補償する遺伝子レベルでの治療法の開発も視野にはいってくることでしょう。
これまで雲をつかむようだった「アンチエイジング」対策。にわかに具体性を帯びてきたと感じる、ノーベル賞級の論文発表でした。


2017/06/26

第129回 愛し野塾 高齢者と抗血小板薬処方のベネフィット?





欧米の主要学会のガイドラインでは、心筋梗塞などの心血管病の既往のある高齢者について、「新たな心血管病を予防する」目的で、アスピリンに代表される「抗血小板薬」の生涯使用を推奨しています。そのため、75歳以上の40-66%、そして、心血管病既往のある方の半数といった高い比率で、同薬剤は、広く使用されています。このガイドラインに倣って、日本でもアスピリン使用が推奨され、高頻度に使用されていると考えられています(文献1)。近年では、冠動脈疾患に対する治療として、「ステント留置術」が汎用されるようになり、それに伴うアスピリン使用も急増しています。主たる病院における冠動脈DESステント留置患者数は、2011年からの4年間で、14万人から19万人に増加しており、この数は今後も増加すると考えられています(文献2)。

一方でクローズアップされているのが「アスピリンの副作用」です。リスク要因として、*消化管の潰瘍の既往、*高齢、*ステロイドや非ステロイド消炎鎮痛剤の使用、*他の抗血小板薬や抗凝固薬の使用、が上げられています。アスピリンが誘発する消化管出血の予防策として、70-90%の効率な予防効果が報告されているプロトンポンプ阻害剤(PPI)の服用が望まれます。しかし、実臨床では、PPIの処方は余り行われていない、というのが実情です。この理由のひとつには、予防効果を裏付ける報告における研究対象は75歳以下の比較的若い方を中心としたもの、かつ、2年ないし4年といった短期間のデータしかないこと、「アスピリン使用による消化管出血」の頻度が余り多くないこと、命に関わる、あるいは、生活を脅かすような障害に至る症例があまり報告されて来なかったからです。ガイドラインにもアスピリンの副作用予防としてPPIを服薬するべき、という明確な記述は認められません。
今回、解説するのは、ランセットに報告されたオックスフォード大学のリー博士らによって検証された「75歳以上を含むほぼ全ての年代を対象に、アスピリンを中心とした抗血小板薬による出血リスクの詳細」(文献3)です。

方法
心血管病(一過性脳虚血発作・虚血性脳梗塞・心筋梗塞)を初めて発症した症例を対象に「オックスフォード血管研究コホート」と称された前向きコホート研究が試行されました。登録期間は2002年から2012年の間で、抗血小板薬(主にアスピリン)を心血管病発症前から継続使用している症例、もしくは、発症後あらたに使用し始めた症例、に分類されました。経過観察は2013年まで行われ、症例の平均観察期間は10年でした。参加したのは、オックスフォード地域の9つの一般外来クリニックに勤務する100人の医師で、全登録患者は、92,728人でした。抗凝固剤の服用を心血管病発症後に開始あるいは発症前から継続していた方は対象から除外されました。ただし、発症前に抗凝固剤を服薬していたが、発症後中止し、抗血小板薬に変更した人は除外されませんでした。

脳血管障害(一過性脳虚血発作、虚血性脳梗塞)の方は、75mgのアスピリンと400mgのジビリダモールを長期的に服用しました。脳血管障害の発症から48時間以内の方、ABCDスコアが4点以上の再発リスクの高い方は、アスピリンに加えて、75mgのクロピドグレルを30日間投与されました。
心筋梗塞の方は、アスピリンに加えてクロピドグレルを6-12ヶ月投与された後、アスピリンのみの投与としました。PPIはルーチンに投与しませんでした。
看護師、あるいは医師が、患者と、30日、6ヶ月、1、5、10年後に直接面談し、*虚血イベントの再発、*出血イベント、*障害の程度(修正ランキンスケールを用いて評価)を毎回記録しました。認知症のある方は、介護者を介して情報を得ました。研究対象エリアから引っ越した方については、電話で連絡を取りました。出血イベントについては、記入漏れを防ぐために全入院記録も精査しました。死亡記録、検視記録を閲覧し、死亡者の特定も行いました。出血は、病院受診が必要なレベルの重症症例のみを記録の対象としました。外傷、手術、血液悪性疾患に伴う出血は除外されました。
「主たる出血」の定義は、*死亡、*脳内出血、*Hbが少なくとも5g/dlに低下、*血圧低下し昇圧薬使用が必要、*外科治療を要する、*死に直面した状態で4ユニット以上の輸血を要する、*有意な生活上の障害をもたらす眼内の出血による失明、*死に直面した状態ではないものの2ユニット以上の輸血を要する状態、と定義しました。障害をきたす程度の出血は、修正ランキンスケールで、3点以上か、すでに3点以上であった方は、1点以上増加した方としました。

結果
すべての条件に適合した対象症例数は、最終的に3,166人となりました。心筋梗塞が1,094人(35%)、脳血管病が2,072人(65%)。75歳以上が1,582人(50%)でした。出血に伴う死亡は1例を除き全例特定され、非死亡出血例は、29例を除き全例で特定されました。773人(24%)が事前に、 胃保護剤(PPIもしくは抗ヒスタミン受容体拮抗薬)を服薬されていました。胃保護剤は、高齢者に使用者が多く、年齢で補正すると、1)消化管潰瘍、2)血管病、3)高血圧、4)糖尿病、5)高脂血症の方に使用症例が多い傾向を認めました。
1ヶ月後生存者は、2,914人で、うち32%にあたる947人が胃保護剤を使用、1年後生存者は2,583人で、33%にあたる852人が胃保護剤を使用していました。抗血小板薬の使用者は、1年後で89%、5年後では87%でした。
13,509人年経過観察中、405回の出血イベント(主たる出血イベントは187回)ありました。このうち40%にあたる162回(主たる出血イベントは、97回)が「上部消化管出血」でした。年あたりの出血リスクは、3.36%(主たる出血リスクは、1.46%)でした。主たる出血でない出血のリスクは、年齢とは無関係でした。主たる出血のリスクは、70歳までは、年齢による増大はありませんでした。75歳までの主たる出血リスクは、1.1%で、これまでの報告と変わりありませんでした(1.0%)。主たる出血のリスクは、70歳以降、加齢にともなって有意な増大を示し、85歳以上では、4.1%に達しました。
「75歳」を境に、75歳以上の3年後の主たる出血リスクは、2.73倍(P<0.0001)、10年後で3.1倍(P<0.0001)と急増し、中でも「上部消化管出血リスク」が最も高頻度で認められました(4.13倍、P<0.0001)。上部消化管出血による死亡率は、75歳以下に比較して75歳以上になると6.67倍に上昇(P=0.003)、また生活に支障がある程度の障害をきたす率は、13.72倍(P<0.0001)に劇的に上昇することが明らかになりました。
年齢とともに増大する上部消化管出血リスクは、性別・血管病の既往・潰瘍既往・血管病リスクとは無関係でした。
消化管出血以外の出血は、全体の60%を占め、主たる出血の48%を占めていました。特記すべきは、「脳出血」による死亡数です。75歳以上で、それ以下の年齢群と比較して、7.14倍に上昇することが明らかにされ(P=0.0003)、血圧管理の重要性が示唆されました。
75歳以上の症例において、「主たる上部消化管出血によって、生活に支障がある程度の障害、あるいは、死亡に至る率」は、62%。これは、75歳以下群の25%よりも圧倒的に高く、また脳出血による45%よりも高い結果でした。1,000年人あたりで見ると、9.15と高率でした。生存者の33%はPPIを使用しており、1件の生活に支障をもたらす障害、あるいは死亡をきたす上部消化管出血を防ぐには、NNT(number needed to treat : 特定のエンドポイントに到達する患者を1人減らすために、何人の患者が薬を服用する必要があるか。;この場合、1件の生活に支障をもたらす障害、あるいは死亡をきたす上部消化管出血を防ぐというエンドポイントに達するために必要な服用患者数)は、65歳以下の場合、338と大きな値を示し(PPT治療の介入効果が小さい)ましたが、85歳以上になるとNNTは25と、より効率的であるという数値が得られました。また75歳以上の症例では、アスピリン治療による心血管病の2次予防効果は、20%と試算される一方で、副作用である主たる出血のリスクを2倍も増やすことがわかりました。こうしたアスピリン使用のリスクとベネフィットを考慮すると、PPI処方なしのアスピリン処方は、75歳以上の症例では正当化されないという統計結果が得られたのです。

さて、この結果については、「本対象症例の、非ステロイド消炎鎮痛剤使用やステロイドによる出血の頻度が極めて少なく、OTCの非ステロイド消炎鎮痛剤使用を見落としている可能性があるのではないか」、と指摘されています。
また、PPI使用によるネガティブな側面の詳細を検討する必要があるでしょう。昨年、PPI使用が認知症誘発の可能性が報告されました。しかし、この論文は曰く付きで、「実はPPIによる認知症誘発の可能性は統計的有意差もないのにメディアで大々的に報道されてしまった」とその後のエディトリアルでは非難されている経緯もあることから、注意深い研究結果の取り扱いが必要でしょう。
加えて、高齢者では、近年、心房細動の発症頻度が増加し、この不整脈に伴う合併症である「脳梗塞を予防」するために、直接経口抗凝固薬(DOAC)を使用している症例が増えてきています。そのため「アスピリンと、DOACの併用症例」の出血リスクの検討は重要な研究課題でしょう。
脳出血による死亡例がアスピリン使用でかなり増えることもわかりましたが、血圧管理によって、死亡リスクが減らせるのかどうか、検討が必要でしょう。

今回の研究報告によって、「75歳以上の高齢者で、2次予防のためにアスピリンを服薬している方は、PPI使用が必須である」ことが明確になった事実、「75歳以上の高齢者では、アスピリン以外にも抗血小板薬や抗凝固薬を使用している症例について、リスクが利益を上回る、高い可能性」が示され、今後の検証次第では、患者、及び家族と、これら薬剤の中止・変更を含めた治療方針を話しあう必要があるのではないか、と、本研究報告を今後の日常臨床に大きく影響するものとして受け止めているところです。




文献1 循環器疾患における抗凝固・抗血小板療法に関するガイドライン(2009年改訂版)http://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2009_hori_d.pdf(2017年6月26日閲覧)

文献2 循環器疾患診療実態調査報告書(2015年度実施・公表)、http://www.j-circ.or.jp/jittai_chosa/jittai_chosa2014web.pdf(2017年6月26日閲覧)

文献3 Li, L., Geraghty, O.C., Mehta, Z., Rothwell, P.M. and Study, O.V., 2017. Age-specific risks, severity, time course, and outcome of bleeding on long-term antiplatelet treatment after vascular events: a population-based cohort study. Lancet. 2017 Jun 13. pii: S0140-6736(17)30770-5. doi: 10.1016/S0140-6736(17)30770-5. [Epub ahead of print]

文献4 Gomm, W., von Holt, K., Thomé, F., Broich, K., Maier, W., Fink, A., Doblhammer, G. and Haenisch, B., 2016. Association of proton pump inhibitors with risk of dementia: a pharmacoepidemiological claims data analysis. JAMA neurology, 73(4), pp.410-416.

文献5
Diener, H.C., 2017. Preventing major gastrointestinal bleeding in elderly patients. The Lancet. (https://doi.org/10.1016/S0140-6736(17)31507-6、2017年6月25日 閲覧)