2019/05/07

愛し野塾 第215回 「笑い」は、心血管病を予防するか




笑いの健康効果が、あらゆる分野で注目され、医学分野においても例外ではなく、臨床研究を中心に議論されるようになりました。特に、うつ症状の改善や、認知症の予防効果、また眠りの質を上げる作用などが報告されています。最近では、免疫力を賦活する効果や適正な血糖降下作用も知られるようになりました。また笑いの体操と、ヨガの呼吸法を組み合わせるラフターヨガは、世界中に受け入れられ、現在も広がりを見せています。

笑いの基礎研究について渉猟すると、コメディー映画鑑賞によって笑いを誘発すると、動脈の硬さが改善されること、スリラー映画とコメディー映画の両方を別々に鑑賞することで、笑いは、血管内皮機能を改善させることがわかりました。2012年米国の研究からは、センテナリアン(100歳以上の長寿の方)を対象に、遺伝に基づいた個性について分析をしたところ、生活に対する前向きな態度として、楽観主義、おおらかさ、社交性にならんで、「笑い気質」をもつことがわかりました(文献1)。

2016年には、東京大学の研究から、20934人(男性10206人、女性10728人)を対象に、封書で、笑いの頻度、体重、ライフスタイル、心血管病、高脂血症、高血圧、うつ病について調査をしたところ、交絡因子で補正後も、笑いの少ない群は、笑いの多い群に比較して、1.21倍の心臓病の有病率があることが分かりました。脳卒中にいたっては、1.60倍多いことがわかりました(文献2)。この研究は、インパクトの大きいものでしたが、横断研究だったため、その結論については、前向き研究での検証を要していました。今回、前向きの大規模コホート研究で、笑いと死亡率、心血管病イベントとの関係について、さらに詳細が調査され、報告されました(文献3)。今回はこの論文について解説をしてみようと思います。

<方法>

山形研究は、前向きコホート研究で、21世紀センターオブエクセレンスプログラムの一環として行われました。山形市、酒田市、上山市、寒河江市、米沢市、天童市、東根市の7都市から、40歳以上のすべての人を対象として、除外項目を設けずに、年次健康診断時点で、研究参加を勧奨しました。2009年から2015年の期間中、20969人が参加に応諾しました。参加可能最大数は、28528人と見積もられ、高い参加率が得られました。経過観察年数は、平均5.4年、66人が転居により追跡不可能となり、3817人がデータ不足で除外、最終的に、17152人(7003人の男性、10149人の女性)が対象となりました。

試験登録時に、参加者に、病歴、投薬状況、症状、血圧、笑いの頻度、アルコール、喫煙、運動、教育レベル、婚姻、精神的ストレス、社会活動、について、郵送された質問表に記入してもらいました。

  ・笑いの定義を「大声を出して笑う」こととした。
  ・笑いレベルは
「ほぼ毎日笑う」「週に1-5回笑う」「一ヶ月に1-3回笑う」「一ヶ月に1回も笑わない」
   の4カテゴリーにわけました。
  ・飲酒レベル、「現在飲酒している」「過去に飲酒していた」「飲酒なし」
  ・喫煙、「現在喫煙している」「過去に喫煙していた」「喫煙なし」
  ・社会活動参加、「週に1回以上」「月に1回以上」「月に1回未満」
  ・精神的ストレス、「この1年で、精神的ストレスがありましたか?」の質問に対して、
   「重度」「高度」「中程度」「低度」の4カテゴリーに分けた。


<結果>

平均年齢は62.8歳でした。
笑いの頻度は、週に1回以上が82.2%、月に1回以上が14.5%、月に一回以下が3.3%でした。

 笑い低頻度グループは、笑いの頻度の多い集団と比較して
  1)男性が多い(笑いの少ない集団と多い集団を比較すると、64%対37%)
  2)喫煙が多い(現在喫煙しているかたの比率が、同じ比較で18.8%対11.6%)
  3)アルコール摂取が多い(現在飲酒しているかたの比率が、同じ比較で59%対54.3%)、
    糖尿病が多い(糖尿病の比率が同じ比較で10.5%対8.4%)
  4)運動少ない(運動をしている比率が同じ比較で59.5%対71.6%)
  5)婚姻が少ない(婚姻している比率が同じ比較で83.6%対93.7%)
  6)精神的ストレスを多く感じている
   (精神的ストレスを高度以上に感じている比率が同じ比較で71.3%対70.3%)
  7)社会活動が少ない
   (社会活動が1ヶ月に1回未満の比率が、同じ比較で75.5%対72.8%)
    ことがわかりました。

5.4年の経過観察期間中、257人(1.5%)の死亡、及び、138(0.8%)の心血管病イベントを確認しました。「死亡率と笑いの頻度の関係」について、カプランマイヤー法を用いて計算した結果、笑い低頻度グループは、笑い高頻度グループに比べて、有意に死亡率が高く(P<0.003)、心血管イベントも有意に多いことがわかりました(P<0.001)。

<交絡因子の影響>

笑いの頻度と、死亡率、及び、心血管病イベントとの関係について、交絡因子の関与を考慮するために、コックス比例ハザード解析を行いました。補正前のハザード比は、笑い低頻度グループで、笑い高頻度グループに比較して、死亡率は2.38倍有意に高い結果が得られました(P=0.002)。年齢、性別、高血圧、糖尿病、喫煙、アルコール摂取の項目で補正した結果、「死亡率と笑いの頻度の関係」は、笑い低頻度グループは、笑い高頻度グループに比較して、ハザード比は1.95倍と補正によって、やや低下を認めましたが、有意差を維持していました(P=0.014)。「心血管病イベントと笑いの頻度」は、補正前は、2.06倍のハザード比(P<0.001)で、笑い低頻度グループにおける有意に高い心血管病イベントのリスクを認め、このリスクは補正後も1.62倍で有意差を維持していました(P=0.023)。

<サブグループ解析>

「年齢、高血圧、糖尿病、アルコール摂取、喫煙」で補正後、笑い低頻度グループの「全死亡のリスク」は、女性、非糖尿病、非高血圧、メンタルストレスを中程度に感じている、大学以上の学歴があるかたで、笑い高頻度グループよりも有意に高いことが分かりました。メンタルストレスの比率は、もっとも低い笑い頻度グループで7.8%、高い笑い頻度グループで、4.2%から4.7%と低い値を示しました。重症のストレス、高いストレスを感じているひとの比率は、両グループほぼ同じでした。このことから笑いの頻度は、メンタルストレスの程度をあらわすものではないという結論が得られました。

<コメント>

今回の前向き大規模コホート研究から、既知のリスク因子に並んで、「笑い」が、死亡率と心血管病イベントを抑止する新たな因子と判明したことは、日常臨床にとって意義があるように感じます。ただし、この研究では、「大声で笑うこと」を笑いと定義しているため、声を出さない笑い、微笑みは含まれておらず、バイアスとなった可能性があります。また、笑いの調査は、試験開始時だけで、試験期間中の笑いの頻度の変化についての詳細はなく、バイアスの可能性があります。また、笑いの頻度は、自己申告であることから、その精度について曖昧な部分は否定できません。対象者について、年次健康診断の受診者であることから、健康意識の比較的高い方が選別対象となった可能性もあると考えられます。今後、こうしたバイアスを除去したより精度の高い前向きの盲検試験を期待するところです。

笑いの方法には、インドの医師マダン・カタリア氏が考案した「笑いヨガ」による介入試験は、場所を選ばず、また高齢者から子どもまでの多くの方の協力が得やすいことから適切ではないかと思います。現在愛し野内科クリニックでも、少しずつスタッフと共に実践し始めている笑いヨガ。この効果はどうやら、想像以上のような気がしています。日常生活に取り入れていくことで、心身の健康促進が図られる可能性が高いように思われます。 


文献1
Kato, K., Zweig, R., Barzilai, N., & Atzmon, G. (2012). Positive attitude towards life and emotional expression as personality phenotypes for centenarians. Aging (Albany NY), 4(5), 359.

文献2
Hayashi, K., Kawachi, I., Ohira, T., Kondo, K., Shirai, K., & Kondo, N. (2016). Laughter is the best medicine? A cross-sectional study of cardiovascular disease among older Japanese adults. Journal of epidemiology, 26(10), 546-552.

文献3
Sakurada, K., Konta, T., Watanabe, M., Ishizawa, K., Ueno, Y., Yamashita, H., & Kayama, T. (2019). Associations of frequency of laughter with risk of all-cause mortality and cardiovascular disease incidence in a general population: findings from the Yamagata study. Journal of epidemiology, JE20180249.

愛し野塾 第214回 195カ国を対象とした食事の健康へのリスク評価



食事が、虚血性心疾患、糖尿病、結腸癌などの「慢性疾患の発症」に影響を及ぼすことは、様々な調査・研究によって示されてきました。慢性疾患を予防する食生活を検証するために、大規模、かつ長期にわたる前向き研究が多数施行され、フルーツ、野菜、加工肉、トランス脂肪酸の摂取量が、その発症に関与していることが、明らかにされてきました。こうした研究をベースに、国家レベル、国際的レベルでの食事ガイドラインが作成されてきました(文献1、2、3、4、5)。しかし、ガイドラインで示された適切な食事摂取量を守らない場合、個人レベルで生じる不利益については、各国の食糧事情の違いが大きく、解析困難とされてきました。今回、国際協調の一環として、「世界疾病負担(the Global Burden of Diseases Study 2017(GBD)研究 2017年」により、195カ国、25歳以上について、15種類の食事(フルーツ、野菜、マメ科食物、全粒穀物、ナッツ、ミルク、赤身肉、加工肉、砂糖で甘み付けした飲料、食物繊維、カルシウム、オメガ3脂肪酸、不飽和脂肪酸、トランス脂肪酸、ナトリウム)の摂取状態を、疾病による「死亡」、「障害調整生命年」との関係で、個人レベルで検証した結果が報告されました(文献6)。

具体的には、個々の摂食量が影響する「慢性疾患死亡率」と「障害調整生命年」を測定し、「食事習慣が、慢性疾患による死亡、障害調整生命年にどの程度与えているのか」を推定しました。

<15の食事リスク因子>

既に施行された「前向きの観察研究」をベースに、15の食事アイテムの「適切な摂取量」が推算され、「健康的な食事」の摂取量を満たさない場合、もしくは、「不健康な食事」の摂取量を超える場合を、「食事リスク」と定義し、考察しました。
(1)フルーツ、250g/日以下
(2)野菜、360g/日以下
(3)マメ科植物、60g/日以下
(4)全粒穀物125g/日以下
(5)ナッツと木ノ実、21g/日以下
(6)ミルク435g/日以下
(7)赤身肉 23g/日以上
(8)加工肉 2g/日以上
(9)砂糖で甘みづけした飲料 3g/日以上
(10)食物繊維 24g/日以下
(11)カルシウム 1.25g/日以下
(12)オメガ3脂肪酸 250mg/日以下
(13)不飽和脂肪酸 全カロリーの11%以下
(14)トランス脂肪酸 全カロリーの0.5%以上
(15)ナトリウム 3g/日(食塩7.62g)以上の場合を、食事リスク陽性としました。

<死亡推定>

年齢、性別、地域、年毎に、原因別死亡数を推算しました。用いたGBD死亡原因データベースは、以下の項目から構成されています。(1)登録不足、ガベージコーディングで補正された、人口動態登録データ
(2)ガベージコーディングで補正された、国家および準国家レベルの口頭剖検研究
(3)妊産婦死亡率などの特定の原因に関する調査や監視システムを含むその他の情報源。質の評価の簡易化のために、所在地別および年別に、根本的な死因とはなり得ないGBDレベル1、またはレベル2の原因に分類される死亡の割合(主要ガベージコーディング) について考慮しました。完全性、ガベージコーディング、原因リストの詳細、および対象期間に基づいて、星0(最悪)から星5(最高)の範囲で、各場所の総合的なデータ品質について評価を行いました。場所、年、年齢、および性別の推定値は、死因アンサンブルの原因モデルを含む厳格な統計手法によって算出されました。

<結果>

グローバルレベルでの食事について、健康に資する「健康的な食事」の適正量に満たさない項目は以下、ナッツと木ノ実12%、ミルク16%、全粒穀物23%で、これらは、大きく不足していました。一方、「不健康な食事」の過剰摂取は、甘み付けした飲料(49g摂取されており、適正量の約10倍多い)、加工肉(最適とされる量もよりも90%多い)、食塩(最適量よりも86%多い)が、大幅に摂取過多でした。赤身肉は、18%も多い状況でした。

男性は女性に比較すると、健康的な食事、不健康な食事、共に摂取量が多く、50−69歳、25−49歳の年齢層でも、健康的な食事、不健康な食事の両方の摂取量が多いことがわかりました。砂糖で甘み付けした飲料摂取とマメ科食物摂取量は、若者に多く、年齢が高まると同時に減少していました。

21GBD地域のほとんどで、健康的な食事の摂取量は、適切レベルを下回っていました。例外として、中央アジアの野菜摂取、カリブ海、熱帯ラテンアメリカ、南アジア、西サブサハラ、東サブサハラアフリカのマメ科食物の摂取、高収入の大西洋アジアのオメガ3脂肪酸摂取は、適正量に達していました。

不健康な食事では、塩分と砂糖で甘み付けした飲料は、ほぼすべての地域で超過摂取でした。オーストララシア、南ラテンアメリカ、熱帯ラテンアメリカで赤身肉の摂取は最大でした。高収入の北アメリカでは、加工肉摂取が最大で、高収入のアジアパシフィック、西ヨーロッパと続きました。トラス脂肪酸の摂取は、高収入の北アメリカ、中央ラテンアメリカ、アンデスラテンアメリカで最大でした。

<食事の死亡率に与える影響>

食事が、死亡に寄与するリスクは、世界で1100万人に相当すると考えられました。これは、成人死亡の22%にあたり、障害調整生命年の15%に相当します。食事関連死の主たる原因は、心血管病による死亡の1000万人、障害調整生命年は2.07億年、第2位が、がんによる死亡91万人、2000万年の障害調整生命年、第3位が、2型糖尿病による死亡(33万人、障害調整生命年は2400万年)でした。つまり、死亡数も障害調整生命年も、ほぼ心血管病に起因している考えて良いと思われます。500万人の死は、70歳以下に生じていました。

21GBD地域の中で、食事性因子による死亡率が、最大だったのは、オセアニア地方の10万人中 678人でした。最低だったのは、高収入のアジアパシフィック地方で、10万人中 97人でした。

食事性因子によって発症した心血管病による死亡数は、中央アジアが最大で、10万人中 613人でした。最低は、高収入のアジアパシフィック地方で、10万人中 68人でした。食事性因子によって発症したガンによる死亡数について、最大が東アジアの10万人中 41人、最低が北アフリカの10万人中 9人でした。

世界で最も人口の多い20の国を比較すると、年齢調整したすべての食事性因子による死亡率が最も高いのは、エジプトの10万人中 552人、最低は、日本の10万人中 97人でした。食事性因子によって発症した心血管病による死亡数について、最大を示したのが、中国の10万人中 299人、最小が日本の10万人中 69人、食事性因子によって発症した糖尿病による死亡数の最大は、メキシコの10万人中 35人、最小は、日本の10万人中 1人でした。

<それぞれの食事アイテムが死亡率に与える影響>

過剰な塩分摂取が、死亡率に与える影響は、300万人、障害調整生命年は7000万年でした。全粒穀物の摂取不足が、死亡率に与える影響は、300万人、障害調整生命年は8200万年でした。フルーツの摂取不足が、死亡率に与える影響は、200万人、障害調整生命年は6500年と推算されました。食事性の死亡のほぼ半分以上、障害調整生命年の3分の2以上を、これら3つの因子が占めることがわかりました。死亡の2%以上を占める因子として、(1)塩分、(2)全粒穀物、(3)フルーツ、(4)ナッツ、(5)野菜、(6)オメガ3脂肪酸が判明しました。

<コメント>

5人に1人が、食事性の影響によって死亡することが、明らかにされました。これは喫煙による死亡リスクよりも大きいと見積もられます。今回の結果から、(1)塩分、(2)全粒穀物、(3)フルーツ、(4)ナッツ、(5)野菜、(6)オメガ3脂肪酸、の重要性が審らかにされ、これまでの「糖質、脂質、塩分の摂取量」を重視してきた食事ガイドラインを見直す必要性が示唆されました。 

平成29年の国民栄養調査(文献7)では、(1)塩分9.5グラム、(2)野菜275グラム、(3)食物繊維14.4グラム、(4)果物105グラムと記載され、我が国における「健康的な食事」と「不健康な食事」の摂取量は、世界のガイドラインとは、おおきなずれがあることがわかります。ナッツ、全粒穀物は調査にすら入っていないという状況です。適切な塩分制限には、引き続き注意を払い、玄米などの全粒穀物、フルーツ、ナッツ、野菜の摂取量を増やしていく努力が必要なようです。加えて、国民栄養調査については、今後ナッツ、全粒穀物の調査を期待するところです。

さて、今回の研究で問題になったのは、塩分摂取量の測定精度です。正確な算定のために、1日のトータルの尿排泄量からナトリウム量を測定する必要がありますが、この方法は多くの研究で採用されませんでした。また、食事に関する研究は、前日の食事内容を想起し、その詳細の記録をもとに食事因子の摂取量を算定しますが、日々の食事の違いのバイアス(偏り)など、その程度は大きいとされます。こうしたバイアスを最小とする研究手法の開発が必須とされ、今後の研究の進展を期待します。

また、カロリー摂取量の違いがバイアスにならないよう、2000kcal摂取したと仮定して、15種の食事について、その摂取量を補正しているという、バイアスもあります。また、年齢、性別、運動、喫煙で補正はしているものの、未知のバイアスの関与がありえるでしょう。食事性の各因子による相互作用による影響もバイアスとなりえますが、今回の研究では考慮されていません。今後こうしたバイアスの最小化を含め、精度の高い、研究成果を期待します。

本研究によって、食事性の死亡リスクの大きさが明確にされました。健康で快適な生活を送り続ける秘訣は、塩分制限、そして積極的な全粒穀物とフルーツ摂取を実現することのようです。

文献1
Current evidence on healthy eating.
Annu Rev Public Health. 2013; 34: 77-95

文献2
The associations between food, nutrition and physical activity and the risk of colorectal cancer.
http://www.wcrf.org/sites/default/files/SLR_colorectal_cancer_2010.pdf

文献3
World Cancer Research Fund/American Institute for Cancer Research
Diet, nutrition, physical activity and cancer: a global perspective. Continuous Update Project Expert Report.
https://www.wcrf.org/dietandcancer

文献4
Etiologic effects and optimal intakes of foods and nutrients for risk of cardiovascular diseases and diabetes: systematic reviews and meta-analyses from the Nutrition and Chronic Diseases Expert Group (NutriCoDE).
PLoS One. 2017; 12: e0175149

文献5 
Estimating the global and regional burden of suboptimal nutrition on chronic disease: methods and inputs to the analysis.
Eur J Clin Nutr. 2012; 66: 119-129

文献6
Lancet. 2019 Apr 3. pii: S0140-6736(19)30041-8. doi: 10.1016/S0140-6736(19)30041-8. [Epub ahead of print]
Health effects of dietary risks in 195 countries, 1990-2017: a systematic analysis for the Global Burden of Disease Study 2017.

文献7
国民栄養調査平成29年度
https://www.mhlw.go.jp/content/000451759.pdf

愛し野塾 第213回 中年期の認知活動及び身体活動が認知症発症に与える影響


アルツハイマー病に代表される「認知症」はいまだに根本治療薬がなく、期待されている「特効薬の開発」には、まだ時間がかかりそうです。現状を鑑み、認知症発症を回避できる「実効性のある生活習慣への介入方法」が、検討されています。

さて、認知症発症する約20年前に、プレクリニカルAD(前臨床期アルツハイマー病)と呼ばれる時期が存在することが示唆され、プレクリニカルADから発症までの長期間における、認知症発症に寄与する因子の同定が、徐々に進んでいます。遅くとも中年期には、リスク因子に対する対策を講じる必要がある、との認識で一致しています。

特に、「身体活動」と「認知活動」が及ぼすアルツハイマー病発症の抑制効果について注目され、「身体活動を高く保つことは、認知症予防に良好な効果がもたらされる」ことが複数報告されましたが(文献1−4)、2017年には「身体活動の高低が認知症発症に影響する可能性は低く、前臨床期認知症のそのものが身体活動の低下に影響を及ぼしている」とした英国の調査報告によって、波紋が広がりました。しかし、この調査では、アルツハイマー病と血管性認知症の分類なしに認知症全般を対象とし、認知活動について交絡因子としてデータを補正していないことが、指摘され、議論は続いています。

今回、「身体活動」と「認知活動」の各因子が、「アルツハイマー病」「血管性認知症」がそれぞれの発症にどのように影響するのかについて、試験登録後22年以内に認知症となったケース、及び前臨床期認知症が身体活動、認知活動に与えるバイアスを除外し、厳格に44年の経過を追った前向きコホート研究の結果が発表されましたので、解説したいと思います(文献6)。

<対象>
ゴテンバーグH70コホート研究の一環として、認知症発症について、前向き研究を行いました。1968−1969年、「スエーデン人口登録台帳」を元に、母集団の特徴を示す小集団として、特定の誕生日を元に選別した、38歳、46歳、50歳、54歳(平均年齢47歳)の899人の女性を試験に勧誘し、800人を試験登録しました。参加への合意率は89%に達しました。年齢、社会経済的地位、仕事、メンタルヘルスの医療者との接触歴に、試験参加者と非参加者で違いはありませんでした。
その後のフォローアップで、1974年−75年では、85%のリスポンスがあり、1980年−81年は67%、2000−2001年は73%、2005−2006年は75%、2009−2010年は67%と高率でした。

<認知活動>
5つの活動として(1)知的、(2)芸術、(3)手作業、(4)クラブ、(5)宗教、について評価しました。スコアは、「活動」がない、あるいは少ないが0点,中程度の活動が1点、高程度の活動が2点としました。

1)「中程度の知的活動」は、過去6ヶ月に本1冊を読んだことがある、「高度な活動」は、もっと多くの本を読んだり、文章を著したケースとしました。
2)「中程度の芸術活動」は、コンサート、劇場、絵画展など、過去6ヶ月に1回いった場合としました。「高度な芸術活動」は、コンサートなどに過去6ヶ月の間に1回以上行った場合、あるいは、楽器を弾いたり、合唱した場合、絵画を描いている場合としました。
3)「中程度の手作業」は、針仕事を過去6ヶ月に行った、もしくは、ガーデニングを行った場合としました。「高度な手作業」は、これらの活動を、より沢山こなした場合としました。
4)「中程度クラブ活動」は、あるクラブのメンバーシップを持った場合で、「高度のクラブ活動」は、ボードメンバーになった場合としました。
5)「中程度の宗教活動」は、1年に、2−3回教会にいった場合とし、「高度な宗教活動」は、1年に12回以上いった場合としました。
総点数を、0−2点と3−10点に分類されました。

<身体活動>
身体活動は、心血管系リスク因子との関係で、心血管病発症の予測に有用とされているスケール「サルタン・グリムビー身体活動レベルスケール」を用いて、評価され、以下4群に分類されました。
1群:テレビばかり見ている、映画館にいく。
2群:ウオーキング、ガーデン二ング、ボーリング、サイクリングを1日30分、週に4時間以上する。
3群:ランニング、テニス、スイムを、週に2−3時間する。
4群:ランニング、スイミングを週に数回、あるいは競技会に出る。

<神経内科、精神科的診察>
1968−1969、1974−1975、1980−1981、1992−1993年は、精神科医が診察を施行しました。2000−2003、2005−2006、2009−2010年には、経験豊富な、精神医学研究ナースが診察を施行しました。面談は、半構造的なもので、多数の神経心理テストが行われました。加えて、精神科のナースが、1992−1993、2000−2003、2005−2006、2009−2010年に、行動、知的活動、精神疾患を思わせる症候、普段の生活について半構造的面談を行い、認知症が発症している場合には、発症年齢、病気の経過について質問しました。

<認知症の診断>
DSM―III―Rを用いました。経過中、コンタクトがとれなくなったかたについては、退院レジストリー1978−2102年を用いて、情報収拾し、認知症の診断確認をしました。「アルツハイマー病の診断」は、米国国立衛生研究所(NINCDS―ADRDA)の基準を用い、「血管性認知症の診断」は、NINDS―AIRENの基準を用いました。主な注意点として、片麻痺や失語などの神経障害が認められてから1年以内に生じた認知症を、血管性認知症としました。混合認知症は、アルツハイマー病と、血管性認知症の両方が寄与しているものとしました。脳血管障害認知症のカテゴリーも設けました。これは、時間経過を考慮することなく、脳卒中の所見と認知症を認めた場合としました。

<交絡因子について>
1968−1969年の間に認められた、教育(義務教育のみか、あるいはそれ以上の教育歴があるのか)、社会経済的状況(婚姻者は夫の職業で補正、単身者は本人の職業で補正し、上流階級、中流階級、労働者クラスに分類)、高血圧(160/95以上か、降圧剤使用)、喫煙(現喫煙者は1日あたりの喫煙本数)、糖尿病(空腹時血糖が126mg/dlを2回超えている)、狭心症(ROSE criteriaによる)、心的ストレス(緊張、ナーバス、不眠が1ヶ月以上継続、頻回に認める、無い、稀に認めるmに分類)、大うつ病(DSM―IIIR)について、補正しました。

<結果>
1968年の試験登録時の参加者は、全800人で、平均年齢47.2歳、義務教育以上の教育を受けていた方は、28.9%、高い社会経済的状況、60%、年収 約50万円(41スエーデンクロネ)、BMIは24.2、収縮期血圧は133、拡張期BPは85、高血圧の比率20%、喫煙は1日4.3本、糖尿病は0.5%、狭心症は0.5%、ストレススコアが3−5は18.6%、大うつ病は7.5%でした。認知活動度は、スコアが1−2の割合は、知的が50.2%、芸術が43.0%、手芸が82.4%、クラブが19.9%、宗教が18.6%でした。
認知活動のトータルスコアは、0点が5.8%、1点が17%、2点が21%、3点が19.4%、4点が、14.1%、5点が9.4%、6点が5.8%、7点が4.6%、8点が1.8%、9点が0.5%、10点が0.1%でした。身体活動は、1群が17.1%、2群が70.0%、3−4群が12.0%でした。

1968年から2012年までの、平均経過観察期間は44年で、認知症発症数は、194人(24.3%)でした。認知症のうち、アルツハイマー病が102人(52.6%)、血管性認知症が27人(13.9%)、混合が41人(21.1%)で、その他が14人(7.2%)でした。81人(41.8%)が脳血管病による認知症でした。1968年の試験開始から認知症発症までの平均時間は、31.5年でした。認知症発症の平均年齢は、79.8歳でした。試験期間中死亡は、596人(74.5%)でした。平均死亡年齢は、80歳でした。

ー中年期の活動と認知症の関係ー
3つのモデルを使用し、ハザード比を算出した結果、いずれも同様の結果が得られ、中年期の身体活動は、混合認知症(ハザード比0.43)、脳血管病認知症(ハザード比0.47)のいずれも、リスク低下作用がありました。中年期の認知活動は、全認知症(ハザード比0.66)、アルツハイマー病発症リスク(ハザード比0.54)を低下させました。

ー容量依存性の検討ー
直線的な相関関係を認めたのは、全認知症とアルツハイマー病リスクと、中年期の認知活動でした。混合認知症と中年期の身体活動にも直線的な相関を認めましたが、脳血管病認知症と中年期の身体活動には、容量依存性はありませんでした。

ー22年以内に発症したケースを除外した場合ー
認知症の21人が除外され、アルツハイマー病が93人、血管性認知症が25人、混合性が34人、脳血管性が72人となりました。結果は同様で、中年期の身体活動が、混合認知症(ハザード比0.35)、脳血管認知症(ハザード比0.44)を低下させ、中年期の認知活動が、全認知症(ハザード比0.72)とアルツハイマー病(ハザード比0.57)を低下させました。ただし、身体活動は、全認知症低下(ハザード比0.67)をもたらすことがわかりました。

<コメント>
アルツハイマー病と血管性認知症を別々に、そして、認知活動と身体活動を、別々に、検討した研究はこれまでになく、質の高い研究成果が得られました。アルツハイマー病の発症予防因子には「認知活動が重要である」、そして血管性認知症の発症予防には、「身体活動が重要である」ことを示す結論が得られたことは、日常臨床に大きな影響を及ぼすことでしょう。

最近では、身体活動が重要視される傾向にありましたが、これは、主に、血管性認知症を予防することに役立っていた可能性が高いと思われます。「アルツハイマー病の回避」には、本を読む、日記を書く、演劇をみにいく、演奏会にいく、絵画をみる、高齢者サロンに参加する、囲碁クラブにはいる、信心深くなる、ガーデニングをする、といった活動に取り組むことが、より有効であること今回示され、今後は、認知症予防の介入方法の再点検が必要でしょう。

今回の論文では、試験登録から22年以内の早期の認知症発症群が除外され、認知症の前段階でみられる、認知機能低下、身体活動低下の懸念を払拭している可能性が高いものと判断されます。「身体活動と認知活動」の両方が、全認知症発症を30%前後予防できたのは喜ばしいことでしょう。今後は、認知活動、身体活動を考慮した盲検試験が行われることを期待したいと思います。

一方で、身体活動、認知活動の問診は試験開始時のみであることから、今後、調査期間中のこれらの活動度の変化を精査し、試験の精度を上げることが期待されます。また、この試験では、女性のみが対象であったことから、男性にも同様の傾向を認めるのかについて検討を期待したいところです。
いずれにせよ、「認知症予防」には、セダンタリーな生活を避け、積極的に体を動かす、読書に勤しみ、芸術に触れる、クラブなどで社交的な活動をすることが、ポイントのようです。


文献1
Andel, R., Crowe, M., Pedersen, N. L., Fratiglioni, L., Johansson, B., & Gatz, M. (2008). Physical exercise at midlife and risk of dementia three decades later: a population-based study of Swedish twins. The Journals of Gerontology Series A: Biological Sciences and Medical Sciences, 63(1), 62-66.

文献2
Rovio, S., Kåreholt, I., Helkala, E. L., Viitanen, M., Winblad, B., Tuomilehto, J., ... & Kivipelto, M. (2005). Leisure-time physical activity at midlife and the risk of dementia and Alzheimer's disease. The Lancet Neurology, 4(11), 705-711.

文献3
Kishimoto, H., Ohara, T., Hata, J., Ninomiya, T., Yoshida, D., Mukai, N., ... & Kanba, S. (2016). The long-term association between physical activity and risk of dementia in the community: the Hisayama Study. European journal of epidemiology, 31(3), 267-274.

文献4
Tolppanen, A. M., Solomon, A., Kulmala, J., Kåreholt, I., Ngandu, T., Rusanen, M., ... & Kivipelto, M. (2015). Leisure-time physical activity from mid-to late life, body mass index, and risk of dementia. Alzheimer's & Dementia, 11(4), 434-443.

文献5
Sabia, S., Dugravot, A., Dartigues, J. F., Abell, J., Elbaz, A., Kivimäki, M., & Singh-Manoux, A. (2017). Physical activity, cognitive decline, and risk of dementia: 28 year follow-up of Whitehall II cohort study. bmj, 357, j2709.

文献6
Najar, J., Östling, S., Gudmundsson, P., Sundh, V., Johansson, L., Kern, S., ... & Skoog, I. (2019). Cognitive and physical activity and dementia: A 44-year longitudinal population study of women. Neurology, 92(12), e1322-e1330.

愛し野塾 第212回 「慢性疼痛と不安」の相互関係を解明する



継続的な痛みである「慢性疼痛」は、日常生活、そして仕事にも支障を来たす大変煩わしいものです。また、この問題は、世界中の人間の抱える重要な臨床課題でもあるのです。

さて、昨今、慢性疼痛の原因の一つとして注目されているのが、「痛みの程度や持続性に及ぼすこころの関与」です。いくつかの研究のうち、健常者を対象にした臨床研究では、「特に、不安やうつ症状などのマイナスの感情が、痛みの閾値を下げる」ということが示され、弱い刺激ですら痛みを感じやすくなることが、判明しています。逆に、腰部など骨格筋に生じる慢性の疼痛は、不安やうつ症状を悪化させる作用を及ぼすことが、示されています。また、関節の痛みを特徴とする「変形性関節症」の患者では、不安やうつ症状を高頻度に認め、反対に、既に不安やうつ症状のある患者については、変形性関節症によって生じる痛みの増強に影響を及ぼし、少なくとも1週間ほど、悪影響が持続する、といった報告も認められます。

一方、治療については、変形性関節症による慢性疼痛患者について、不安、うつ症状が並存する症例では、オピオイド使用が増えることや、関節手術の結果が悪くなること、が知られています。このため、「変形性関節症患者に併発している不安障害は、痛みの長期化や、罹患している関節部位以外への痛みの拡散に、影響を及ぼすのか」といった観点から、エビデンスを元にした解析が求められています。

脳画像解析によって、不安時には、中脳水道周囲灰白質(PAG)、前帯状皮質(ACC)が、活性化されることが示されています。興味深いことに、これらの部位は、変形性関節症による痛みの発生時にも活性化を認め(文献1)、「不安」も「痛み」も、同部位の活性化によって、増強の連鎖が生じている可能性が高いことは、実証されつつあるのです(文献2)。また、痛みを予期するときにも、ACCの活性化を認め、不安と痛みの相互関連レベルの上昇が示唆され、密接な相互関係を支持するものとなりました。

今回、変形性関節症患者を対象に、「不安障害のスコアが高いと、痛みのスコアが悪化する可能性」、さらに「病変を認める関節部位以外の身体部分に、痛みが波及する可能性」の2つが検討され、興味深い結果が示されましたので、報告します。

<対象>

英国東ミッドランド在住の40歳以上の方を対象に「膝の痛みと関連する疾病のコホート研究」が遂行されました。4730人を対象に、膝の痛み・不安・うつ症状について、質問票(病院不安・うつスケール=HADS)によって分析されました。そのうちの3274人は膝の痛みの所見はなく、12ヶ月後にも、再度、HADS質問表を施行し、縦断研究に供しました。

圧痛み感知閾値測定の研究の対象となったのは、230人でした。そのうち130人に膝の痛みを認め、XPで関節症のスコアが2以上、痛みが3ヶ月以上続くといった条件を満たしていました。残りの100人は、痛みも、変形性膝関節症も認めませんでした(XP画像で異常所見なし)。

圧痛み感知閾値は、スエーデンのソメディックセンスラボ社のセメディック・センスボックスを用いて、痛みの最も顕著な脛大腿関節部位、痛みのない場合は、右膝関節部位で測定しました。痛み部位から離れた部位として、前脛骨部位と胸骨部位の圧痛み感知閾値測定を行いました。

痛みの評価には、0-10点に点数化した痛みスコア(NRS)と、間欠的、持続的関節症痛みスケール(ICOAP)を用いました。

<結果>

変形性膝関節症130人、対照群100人が対象になりました。平均年齢は、変形性関節症患者群が63歳、対照群が60歳で、有意差を認め(P=0.02)、BMIも変形性膝関節症群で30、対照群で27で、有意差を認めました(P<0.01)。女性の比率は、前者で59%、後者で61%と、男女比の差を認めませんでした(P= 0.67)。変形性膝関節症群は、対照群に比較してやや高齢、かつ体重は重いグループとなりました。痛みのスコアは、変形性膝関節症群で4.74、対照群で0.43と、前者で有意に高いことがわかりました(P<0.01 )。

不安とうつ症状は、変形性膝関節症患者に有意に多いことが示されました。不安のHADSスコアは、変形性膝関節症群で7.73、対照群で5.65(P<0.01)、中程度以上の不安障害の比率は、変形性膝関節症群で25.4%、対照群で10%で(P<0.01)いずれも統計的有意差を認めました。うつ症状のHADSスコアは、変形性膝関節症群で5.72、対照群で3.34でした(P<0.01)。中程度以上のうつ症状は、変形性膝関節症群で10%、対照群で4%と、有意差を認めませんでした(P=0.095)。
鎮痛剤の使用は、変形性膝関節症群が41.5%で、対照群の21.0%に対し、有意に多く(P<0.01 )、同様に、NSAID使用も、前者で26.2%、後者で12.0%と、変形性膝関節症群で有意に多く、麻薬の使用は、前者で20.8%、後者で5.0%でした。

ー不安症状と痛みー

変形性膝関節症患者では、不安症状と、痛みスコア、間欠的痛み、持続的痛みスケールとの間に、強い相関関係を認めました(βがそれぞれ、1.308、0.965、1.301で、P値は、それぞれ0.011、0.0011、0.0001)。圧痛み感知閾値測定では、前脛骨、膝(外側)、膝(正中)、胸骨で、それぞれ不安障害との相関のβ値は、-0.162、-0.12、-0.166、-0.4で、P値は、0.0038、0.0524、0.0037、0.0115でした。

不安障害のある症例では、痛み刺激に対する脆弱性を示すことが、判明しました。また「不安障害は、膝関節ばかりでなく、膝から遠く離れた胸骨にも及ぶほどの、痛み刺激を増強させる作用がある」ことが示されたことは、臨床的に大変重要な知見となりました。一方、変形性膝関節症の痛みを認めない場合、不安症状との間に相関はありませんでした。

ーうつ症状と痛みー

変形性膝関節症患者に、うつ症状と痛みスコアの間の相関(P=0.021)を認めたものの、うつ症状と間欠的痛み、持続的痛み、圧痛み感知閾値測定のいずれとも相関はありませんでした。不安症状に比較すると、うつ症状による痛みの増幅作用は小さく見積もられるものと考えられました。変形性膝関節症ではなく、かつ、関節に痛みのないかたでは、うつ症状と痛みの相関はありませんでした。

ー縦断的研究ー
痛みが認められなかった3274人について、12ヵ月後の痛みの発症に与える不安症状の影響を検討したところ、有意に高いオッズ比:1.96(P<0.01)を示し、不安症状があると慢性疼痛を発症するリスクが高いことが示されました。

うつ症状が痛み発症に与える影響は、オッズ比が1.71(P<0.01)とやはり高値でした。試験登録時の不安症状に並び、うつ症状も、痛み発症のリスク因子であることがわかりました。一方、試験登録時の痛みは、不安症状を発症させるリスク因子でないことがわかりました。

<コメント>

変形性膝関節症をモデルとして検討した結果、不安・うつ症状が、痛みに及ぼす影響が示唆され、うつ症状よりも、不安が、痛みを発症・増強させる、強いリスク因子であることが明らかになりました。痛みを抱えている患者さんを診た場合に、不安が並存する症例であれば、「不安」を考慮に入れた治療体制の提供が、痛みの軽減に繋がると期待されます。痛みが顕著ではない変形性膝関節症でも、不安傾向の強い患者さんについては、痛みの発症リスクの潜在性があることを念頭に定期的な診察を行なってゆくことが重要だと思います。また、膝にとどまらず、患部から離れた遠位の痛みにも「不安」が影響を及ぼすことや、痛みをコントロールしているのはローカルな因子ではなく、むしろ中枢の因子である可能性が示されたことは、今後の治療法探索へのヒントになるものと考えられます。

同じ論文の中で、不安レベルの高いWKYラットを用いた動物実験では、(1)痛みを誘発した下肢側だけでなく、反対側の下肢にも、痛み刺激閾値の低下を認めること、(2)脳病理の検討から、痛みを誘発する部位のアストログリアの増殖が認められること、が示されました。不安によって増強した痛みは、中枢の指令で誘発されていることを支持する結果となりました。

今回の試験で設置された対照群には、痛みがなく、XPで変形性膝関節症を認めない方が対象となっています。対照群の条件をより厳格にするためには、痛みはないが、XPで変形性膝関節症を認めるかたが、適切だったと判断されます。将来、対照群の条件を改善し、不安と痛みの関係について精度の高い結果が示されることが期待されます。

一方、動物実験では、オスのみを対象としていました。不安の訴えは女性に多い傾向があることから、性差と痛みのメカニズムについても、興味があるところです。さらに、今回、モデルとして取り上げられた「変形性膝関節症」以外の慢性疼痛を来たすほかの疾患群でも、同様の結果を示すのかどうかも是非とも知りたいところです。

いずれにせよ、不安がもたらす慢性の痛みの増幅作用、惹起作用が徐々に明らかになってきています。もはや「痛み」を「気持ちの問題」として片付けられる時代ではありません。日常臨床では、医療者は、常に患者さんの不安を取り除くような手当てを心がけ、また患者さんを取り巻く生活環境の改善も含め、臨床の基本姿勢を見直す時代の到来だと、強く思わされた研究報告でした。


ref.1
Damsa, C., Kosel, M., & Moussally, J. (2009). Current status of brain imaging in anxiety disorders. Current opinion in psychiatry, 22(1), 96-110.

ref.2
Gwilym, S. E., Keltner, J. R., Warnaby, C. E., Carr, A. J., Chizh, B., Chessell, I., & Tracey, I. (2009). Psychophysical and functional imaging evidence supporting the presence of central sensitization in a cohort of osteoarthritis patients. Arthritis Care & Research, 61(9), 1226-1234.

ref.3
Burston, J. J., Valdes, A. M., Woodhams, S. G., Mapp, P. I., Stocks, J., Watson, D. J., ... & Frowd, N. (2019). The impact of anxiety on chronic musculoskeletal pain and the role of astrocyte activation. Pain, 160(3), 658-669.

愛し野塾 第211回 <アルツハイマー病>新たなリスク遺伝子と治療法の創生


認知症は、人間の尊厳の源である「知性」を奪いさる恐ろしく、そして悲しい病気です。アルツハイマー病に対する根本治療の創生は、いまだ成功に至らず、遺伝子の立場から原因を探り、治療法の確立を模索する動きが続いています。

家族性アルツハイマー病は、アルツハイマー病のごく少数を占める希少疾患ではあるものの、病気の根本原因に迫るという大義のもと、原因遺伝子の探索に、これまで多くの研究者、研究費が投入され、APP、PRESENILIN-1、-2遺伝子が発見されました。これら遺伝子群は、いずれもアミロイドβ産生に直結することから、「アルツハイマー病の原因は、アミロイドβの異常蓄積である」とする「アミロイド仮説」が提唱され、アミロイドβ抑止を目的にした治療法が、相次いで開発されました。しかし、これらの治療法はいずれも、アルツハイマー病の大部分を占める「孤発性アルツハイマー病」の治療には有効ではありませんでした。

一方、65歳以上に発症するアルツハイマー病は、「遅発性アルツハイマー病」と呼称され、遺伝的要因は、限定的な関与であるものの、「病態形成への寄与」が注目れています。遅発性アルツハイマー病の病態に基づき、有効な治療法を創生するには、「病態に関与している遺伝子」を抽出し、その機能を詳らかにすることが重要である、として、2013年には、ゲノムワイド関連解析が行われました。その結果、遅発性アルツハイマー病の危険因子として既に知られていたAPOE以外の「19個の新たなコモンバリアント」が発見されました(文献1)。しかし、これら新規の遺伝子多型では、遅発性アルツハイマー病でみられる遺伝多型の31%しか説明できず、残り70%の疾患に関与する遺伝子多型は不明のままでした。

病気の根本原因と考えられてきたアミロイドβの蓄積を抑止する治療法が、すべて失敗に終わった今、新たな遺伝子をターゲットとした治療法の開発が、一刻も早く望まれています。今回、前回を上回る大規模なゲノムワイド関連解析の元、新たに5つの候補遺伝子が発見されましたので、解説しようと思います。(文献2)。

<方法>
非ヒスパニック白人のゲノムワイド関連解析メタアナリシスを、ステージ1ディスカバリーサンプル(17個の新規データセットを含む、全部で46個のデータセットで21982人分と、対照群として認知正常者41944人分)、アルツハイマー病プロジェクトの国際ゲノミクスなどを対象として行いました。コモンバリアントとレアバリアントの両者を指標として、約3600万のSNPと、約138万のインサーション、欠失、約1.3万個の構造バリアントからなる、1000ゲノムリファレンスパネルを利用しました。コモンバリアントは、945万個、レアバリアントは202万個分を解析しました。遅発性アルツハイマー病患者は、総数9万4437人に及びました。

<結果>
あらたな遅発性アルツハイマー病のリスク遺伝子候補として IQCK、ACE、ADAM10、ADMTS1,WWOX ローカスの関与が、見いだされました。これらローカスの中で、遅発性アルツハイマー病発症と最も関連性があると思われる遺伝子について、プライオリティーランキング法を用いてスコア化し、さらに検討が加えられました。

●ADAM10ローカス
このローカスで最も高いスコアを示したのは、ADAM10遺伝子でした。ADAM10は、脳内のAPPのαセクエターゼとして機能すること、TREM2の切断効果があることが既に報告されています。TREM2はアルツハイマー病のリスク因子であることが既に報告されており、ADAM10の遅発性アルツハイマー病発症への関与は十分に考えられます。またADAM10を大量発現させたマウス脳での、アミロイドβの産生及び、その凝集が抑制されることが既に示されています。遅発性アルツハイマー病では2個のまれなADAM10の変異があり、この遺伝子をマウスに発現すると、αセクレターゼ活性の低下を経て、アミロイドβを主体としたプラーク形成が促進することも報告されています。

●IQCKローカス
肥満のローカスに位置します。最大スコアを認めたIQCKの機能に関しては、十分な検証がなされてきませんでした。同じく高スコアを示した、KNPO1とGPRC5B遺伝子のうち、GPRC5Bは、神経形成の制御、肥満の炎症シグナルを司っていることが知られています。
ACEローカス
このローカスで最も高いスコアを示したPSMC5は、MHCの制御に関与する遺伝子です。また、ACEはスコアが低かったものの、これまでの研究から遅発性アルツハイマー病発症への関与が、強く示唆されています。ACEはアミロイドβの毒性を低下させることが示され、また、ACE作用によって変換されるアンギオテンシンIIは、アルツハイマー病治療のターゲットとして、既に治験に入っています。

●ADAMTS1ローカス
APPの制御エレメントである可能性も否定できないものの、ダウン症やアルツハイマー病でのADAMTS1発現量の増加を認めており、神経保護作用、ミクログリアの重要な神経免疫を司っている可能性が示唆されています。

●WWOXとMAFローカス
肥満のローカスに位置し、マクロファージの重要な制御作用を有するMAFは、ミクログリアにその発現を認めています。WWOXは、HDL-CとTGに関連する遺伝子で、アストロサイトと神経細胞に高度発現しています。WWOXは、タウに結合し、その高度リン酸化、神経原線維形成、アミロイドβ凝集に関与することが報告されています。さらにWWOXに結合するパートナー遺伝子をマウスに発現すると、記憶低下が改善されることが示されています。

<コメント>
94000人の遅発性アルツハイマー病の患者サンプルから、新たな5個の遺伝子候補が見出されたことから、治療薬開発が飛躍することが期待されます。すでに治験に入っているアンギオテンシンII阻害剤による治療効果が期待されます。そして、今後は、ADAM10の活性を上げる薬剤開発、及びIQCK遺伝子機能の解析研究に注力されていくことでしょう。脂質との関与が判明しているWWOXの機能制御も十分に検討の余地がありそうです。

今回の研究で施行されたHLAの詳細解析の結果、DR15が、重要な役割を担うことが明確にされました。DR15は、既に、糖尿病発症を阻止する遺伝子であることが報告されています。これまでアルツハイマー病発症と高い相関があることが示されてきた因子である「認知症の母親がたの家族歴、低い教育歴、低い社会経済的状況、心血管病、糖尿病」についても、今回の研究で確かめられました。あらゆる角度から、本研究の高い信憑性が伺え「アミロイドβ、タウ、免疫、脂質」が、遅発性アルツハイマー病発症のキーワードとなることが確認されたことは意義があったのではないでしょうか。

一方で、ACEローカスのなかで、ACEのスコアが低くなってしまった点については、今後のスコア化のアルゴリズムの改善が求められると思います。

いずれにせよ、遺伝子の立場からの治療法が創生されるのを待ちつつ、今出来ることはといえば、適度な運動を習慣化し、良い睡眠をとる、地中海食を摂取し、芸術を楽しみ、社交性を失わず、生涯勉強を怠らず(次世代には教育を与え!)、心臓疾患、糖尿病是正に向けて、粛々と努力することには、間違いがないようです。 


文献1
Lambert, J. C., Ibrahim-Verbaas, C. A., Harold, D., Naj, A. C., Sims, R., Bellenguez, C., ... & Grenier-Boley, B. (2013). Meta-analysis of 74,046 individuals identifies 11 new susceptibility loci for Alzheimer's disease. Nature genetics, 45(12), 1452.

文献2
Kunkle, B. W., Grenier-Boley, B., Sims, R., Bis, J. C., Damotte, V., Naj, A. C., ... & Bellenguez, C. (2019). Genetic meta-analysis of diagnosed Alzheimer’s disease identifies new risk loci and implicates Aβ, tau, immunity and lipid processing. Nature genetics, 51(3), 414. 

愛し野塾 第210回 糖尿病患者の死因・その変遷を辿る


糖尿病に罹患し、合併症を併発することで、死亡リスクが高まることは、広く認知されてきました。特に、心筋梗塞・脳卒中に代表される「大血管障害」の併発は、死亡リスクを顕著に上げることが示されてきました。死亡率は、糖尿病に罹患すると、「75%上昇する」と算定され、60歳の方では、非糖尿病患者に比べて、糖尿病患者は、5年ほど命が縮まる可能性がある、と評価されています(文献1)。心血管病以外の糖尿病の合併症のうち、死亡リスクに関与する疾患は、糖尿病そのもの、腎臓病、がん、感染症、肝臓病、外的因子が挙げられています。
 
1990年から2010年にかけての米国の統計から、糖尿病患者において、心血管病の発症率は年次とともに減少傾向にあることが報告されました。一方で、慢性腎臓病、がん、加齢に伴う疾患群などの合併症が占める割合が増大しています。つまり、糖尿病患者の死因に変化が生じている可能性が指摘されています。また、2000年から2010年の10年間では、糖尿病に起因する死亡率は、16%も低下したことも報告されてています(文献2)。

今回、「時代の変遷ともに糖尿病罹患患者の死因に変化が生じている」とした仮説を検証するために、米国疾病予防管理センター(CDC)が大規模なコホート研究を展開しましたので解説します(文献3)。

さて、糖尿病患者では、死因の特定が難しいと考えられてきました。その理由には、糖尿病にも関わらず確定診断がついていない方が多いこと、糖尿病は、無症状もしくは、ごく軽い症状しかないことが多く、発見が遅れてしまいがちであること、そのため糖尿病による死亡だったのかどうか、判明しづらいことが挙げられています。本CDCの研究は、こういった問題を見据え、縦断的、かつ長期的な、緻密な観察を完遂した見事なものだ、と印象付けられました。

<対象>
CDC主催の、健康状態、ヘルスケアへのアクセスに関する、年次の横断研究である「国民健康面談調査」のデータを用いました。1地区あたり35000家族を選択し、1家族から1人の大人と、1人の子供について調査しました。回答率は、1980年から2014年の間で、78-97%でした。2015年末までに、18歳以上、67万7060人のサンプルが集積され、そのうち5万200人が糖尿病でした。
問診法によって糖尿病か否かを確認しました。死因の特定には、1999年までは、ICD-9、その後はICD-10 コードを使用し、4つのカテゴリーに分類しました。1:全死亡、2:全血管、3:全がん、4:全非がん非血管病です。15個の疾病については、個別に調査しました(心臓病、悪性疾患、慢性肺病、偶発事故、脳血管病、アルツハイマー病、糖尿病、インフルエンザ、肺炎、ネフローゼ、自傷行為、敗血症、慢性肝臓病、本態性高血圧、パーキンソン病、肺臓炎)。

<結果>
米国の糖尿病診断者は、1980年から2010年にかけて、620万人から2110万人に激増しました。糖尿病患者は、非糖尿病患者に比べて、年齢が高く、教育レベルが低く、肥満程度が高いことが分かりました(P<0.05)。

糖尿病患者は、非糖尿病患者に比べると、全死亡、血管病、がん、非がん非血管病による死亡は、すべての調査期間で高値を示しました。期間中のハザード比は、全死亡で2.1から1.6に分布し、時間経過とともに低下していました(p<0.001)。血管病も同じ傾向となりました(ハザード比は1.8から2.3、(p<0.001)。非がん非血管病も同じ傾向でした(ハザード比は1.7から2.4でした(p<0.001)。ただしがんは、期間通して一定のハザード比を示しました(1.3から1.4)。
1988年から1994年、2010年から2015年を比較すると、全死亡は、10年ごとに20%低下、血管病は、10年ごとに32%低下、がんによる死亡は、16%低下していました。

非がん非血管病による死亡率は、10年ごとに8%低下していましたが、有意差はありませんでした。糖尿病患者は、非糖尿病患者に比較して、死亡率の低下は、全死亡(P<0.001)、血管病(P=0.0214)、非がん非血管病(P<0.001)と有意な低下がありましたが、がんによる死亡には、有意差がありませんでした。

性別をみると、男性での全死亡率が、女性での全死亡率よりも改善の程度は大きいことがわかりました(10年あたりの改善率は12.4% vs 3.3%)。年齢層別の全死亡率のうち、65歳から74歳群が、最も改善率が良く、20-44歳では改善を認めませんでした(10年あたりの改善率は25.9% vs 9.2%)。死亡率改善のパターンは糖尿病患者でも非糖尿病患者でも同様でした。

こうしたトレンドに伴い、死亡の原因疾患の変化が、顕著に認められました。糖尿病患者の血管病に伴う死亡は、全死亡に占める割合が、1988年から1994年の47.8%から2010年から2015年の34.1%に低下しました。この比率の低下分は、非がん非血管病による死亡比率の増大によりオフセットされていました。非がん非血管病の比率は、33.5%から46.5%に増大していたのです。がんによる死亡率は、おおよそ同じレベルで推移していました(15.9% vs 19.9%)。非糖尿病患者の場合もほぼ同様の結果を認めましたが、がんによる死亡率が高い水準で推移していました(24.9%vs 26.8%)。

この調査であらかじめ選択してあった15個の疾患群のうち、8個の疾患(心臓病、悪性疾患、脳血管疾患、糖尿病、インフルエンザあるいは肺炎、ネフローゼ、敗血症、慢性肝臓病)については、糖尿病患者は、非糖尿病患者に比べて高いリスクを、経過期間を通して維持していました。1988年から2015年までを5分割して比較した場合、糖尿病患者は、非糖尿病患者に比べて、ハザード比で、腎炎あるいはネフローゼによる死亡が、2.9から5.2と高値、敗血症は、1.4から2.9と高値、慢性肝臓病は1.8から3.9、心臓病は1.9から2.4、脳血管障害は、1.6から1.9と高値を示しました。

年次経過に伴って死亡率が低下した疾患群は、「心臓病、悪性疾患、脳血管障害、糖尿病、インフルエンザ、肺炎」でした。一方、死亡率は、偶発事故が3倍に増加、また、慢性呼吸器疾患、パーキンソン病、本態性高血圧、腎臓病で増加していました。

<コメント>
「血管病による死亡」が、糖尿病患者の死因の半分を占めていた時代は終わり、いまや3分の1まで減少するところにいたりました。一方で、「非がん非血管病」が死因の半分を占めるようになりました。「血圧、喫煙、脂質異常」にならんで、「糖尿病」が冠動脈疾患のリスク因子の一角を占めるという意識が患者ならびに医療側の両方に高まり、治療に専念できる体制が整ったことが伺えます。本研究で浮き彫りとなった、非がん非血管病として「腎臓疾患・呼吸器疾患」のリスク管理は、重点課題です。特段、腎臓疾患を改善する手立ては、治療薬という観点から、現時点ではあまり期待できず、「減塩・体重コントロール・脱水の回避」を重点的に管理指導してゆかなければなりません。

また、死因として「偶発事故」が3倍も増えたことは見過ごせない項目です。インスリン強化療法などの治療法の採用頻度が上がり、低血糖発作に伴う転倒などのリスクが増えた可能性も考えられます。

若年者における死亡率の改善が認められなかったことは、大きな懸念事項です。肥満に伴って発症した2型糖尿病の若年者の増加が、その一因とされます。今後の肥満対策は、国家主導の下、管理すべき時代に入ったと言えるのではないでしょうか。

本研究の注意点として、糖尿病診断が自己申告であったこと、また、1型、2型糖尿病の区別が出来ていないこと、病名コードがICD-9からICD-10へと変わったこと、が、バイアスとなった可能性が挙げられます。加えて、面接後の糖尿病罹患の有無について精査されておらず、得られたデータはバイアス補正していなかったこともあり、これらを含め、将来的に解決を要する課題といえましょう。

今後、糖尿病診療を続けていく上で、第一に「心血管病の予防」、そして、これまで以上に「腎臓疾患・呼吸器疾患・がん・肝臓疾患」の発症予防に注意を払い、「転倒などの偶発事故のリスク」を警鐘し、適切な血糖コントロールの管理指導によって回避することの意義を教えられたように感じる、秀逸な論文でした。


ref.1
Emerging Risk Factors Collaboration. (2011). Diabetes mellitus, fasting glucose, and risk of cause-specific death. New England Journal of Medicine, 364(9), 829-841.

ref.2
Murphy SL •Kochanek KD •Xu J •Heron M 
Deaths: final data for 2012.
Natl Vital Stat Rep. 2015; 63: 1-117

ref.3
Gregg, E. W., Cheng, Y. J., Srinivasan, M., Lin, J., Geiss, L. S., Albright, A. L., & Imperatore, G. (2018). Trends in cause-specific mortality among adults with and without diagnosed diabetes in the USA: an epidemiological analysis of linked national survey and vital statistics data. The Lancet, 391(10138), 2430-2440.