今から遡ること12年前。2004年3月、長島監督は63歳の若さで、心房細動から脳卒中を発症しました。右片麻痺により、日常生活を送ることが困難になったことがメディア等で大きく報道されました。あのお元気で魅力的な元監督なだけに、その後遺症の大きさに我々は驚きましたし、リハビリを頑張って、早く元気になって頂きたい!という気持ちに駆られたファンのかたも多かったのではないでしょうか。同じ病気の後遺症でオシム監督は、片麻痺に、また、小渕元首相は、発症後回復することもなくお亡くなりになってしまいました。
不整脈の一種である「心房細動」は、
脳卒中の原因にもなり、死亡リスクを上げる怖い病気ですが、国民の認知度は低いのが実情です。実のところ、ありふれた病気でもあり、2013年健康日本21推進フォーラムのデータでは、65歳以上の日本男性の10人に1人は、この危険な不整脈をもつことが示されました。60歳以上では、7.7%の発症率とされています。これほど頻発する病気ですから、心房細動に対する適切な対処によって
、脳卒中発症や死亡することを防ぐ、重要な医学上の課題であることは言うまでもありません。
さて、日本を含む47カ国の1万5400人を対象とした研究調査によって、心房細動患者の死亡率、死因、合併症の発症の詳細が、医学誌ランセットにまとめられ注目を集めています。これまで、大規模なコホート研究は、ヨーロッパや北アメリカの患者を対象にしたものが多く、アフリカ、南アメリカ、アジアの患者データを包括したものは初めてでした。
日本人の心房細動患者にも、ケア充実を可能とする、より有用なデータがもたらされたと考えていいでしょう。そして、本調査によって驚くべき事実が浮き彫りになりました。「死亡原因は、実は、従来考えられていた脳卒中よりも、心不全が約4倍も有意に多いこと」がわかりました。心房細動のケアでは、心不全予防策にも十分注力したほうがよいことが示された点は特筆されましょう。
さて、「RE-LY研究」と名付けられたコホートスタディーは、2007年から2011年の間に施行された、前向き研究です。<救急外来を受診>、その後、<心房細動と診断>されたかたを順に登録しました。救急外来患者の0.5-1%が心房細動患者でした。患者の選択について、バイアスが少ない、信頼性が評価される研究だと言えるでしょう。一般的に救急外来のかたは、その後のフォローアップが難しいものですが、1年後も1万5361人が外来管理されており、得られた結果の信憑性は高いことについても評価されています。
この研究の特徴は、<心房細動の診断>を、「一次診断」のかたと「二次診断」のかたに分類したことです。つまり、動悸など不整脈の症状を感じて受診し、心房細動がメインな診断となった症例が「一次診断」、片麻痺やら構音障害を生じて受診したところ脳卒中の診断となった症例やむくみや息切れが生じて受診したところ心不全の診断となった症例などの検査・診断によって、そういった症状の原因として「心房細動が発見された」患者の症例が「二次診断」の診断となります。これまでの研究では、「二次診断」の症例を研究対象として解析したものは一度もありませんでした。
結果
対象者の平均年齢は、65.9歳でした。男性が53%を占めました。高血圧62%、脳卒中の既往14%、糖尿病22%、心不全の既往35%、リウマチ熱12%、冠動脈疾患33%、左室肥大26%、左室機能不全24%、血圧コントロール不良35%、心不全の治療が適切に行われていなかった人が33%、ガイドラインどおりに経口抗凝固剤を服薬していなかった人は46%でした。
対象者は1年以内の死亡例の割合が11%で、死因の3分の1が心不全でした。死因の2番目は感染症で、3番目が脳卒中(8%)でした。全体の4%が脳卒中を来し、12%が心不全で入院しました。
「二次診断」として心房細動の診断となった患者は、「一次診断」による患者と比較して、「1年以内に生じた死亡率と脳卒中発症率の合算」は、16%対6%でした。つまり、二次診断によるリスクが2.5倍も有意に多いことが明らかになりました(P<0.0001)。この解析を「脳卒中発症率のみ」に絞っても、二次診断によって心房細動の診断を受けた患者にその発症リスクが有意に高いことがわかりました。
北アメリカ、ヨーロッパでは、脳卒中発症率が2-4%でした。この数値に比較して、アフリカは8%、中国は7%、日本を含む東南アジアでは、7%と高い発症傾向を認めました。この要因として、*血圧コントロールの不良者が多いこと、*抗凝固剤使用者が少ない、*心不全治療薬が適切に使用されていないことが指摘されました。また、経済状況の違いも交絡因子として重要視されました。ところが、これらの交絡因子で補正した結果、30%程度しか、地域格差が是正されず、おそらく、「別な交絡因子の存在」があるものと推察されました。他のバイアスとして想定される、*医療機関へのアクセスの悪さ、*医療機器が手に入りにくい、等の問題は、「全ての患者の脈をとる」(=どんな場所でもできる)ことで「早期診断につなげることができる」ので、この問題を解決できる可能性は高いこと、また、エディトリアルでは、「喫煙の問題の地域格差」が、交絡因子として上げられる可能性が指摘されています。すでに中国やアフリカ、日本でも同様に、「喫煙率が高いこと」すなわち「心房細動患者の脳卒中率を上げている」と認知されつつあり、過去の様々な論文からも「心房細動患者の脳卒中発症促進因子として喫煙が強く関与していること」が明らかになってきていることが背景にあるからでしょう。
この研究によって浮き彫りにされた、改善可能なもう一つのポイントは、心房細動を指摘された対象患者のうち高血圧治療が適切に行われているかたは、全体のわずか20%程度しかいなかったことです。*心房細動のかたの3分の2に高血圧が認められること、*高血圧治療は、心不全治療にも寄与することから、「血圧管理の利益」が明確になったことは大きな収穫といえましょう。
この研究のオリジナリティである、「救急外来にきたひとを網羅的に対象者としていること」は実は研究の欠点でもあります。一般の患者を代表していないというのではないか?という疑問も指摘されています。また、47カ国と多数の国を対象としていますが、国や地域の選択を厳正に無作為に施行したわけでなく、バイアスが残されている可能性も指摘されています。3つ目の問題点として、新規の抗凝固剤の登場と相前後してこの研究が施行されたため、当該治療薬の効果の関与がない研究となってしまったことが指摘されています。
こうした疑問を丁寧に解き明かし、精緻なデータによって分析することは、重要な課題となるでしょう。しかし、今回の結果から、心房細動を呈する患者への注意点として、なにより、*血圧管理をより一層強化し、*禁煙活動を強化する重要性が示されたことは、日常臨床にただちに資する成果と考えられます。
いまだ喫煙率が成人男性で30%を超える我が国では、禁煙対策をより厳しく講じるべきでしょう。「東京オリンピック」をひとつのターゲットとして、喫煙だけではなく、受動喫煙の問題解決を図る観点から、屋内での喫煙許可を出している事業所に罰則を課す現在模索中の手法が採用されることを願っています。