2018/09/19

愛し野塾 第187回 健常高齢者にアスピリンは危険か

アスピリンは健常な高齢者には危険か
いったん冠動脈疾患や脳卒中などの「心血管病」を発症すると、その再発リスクが高まることから、既往のあるかたに対する、心血管病再発予防(2次予防)効果が証明されている「アスピリン服薬の推奨」は、よく理解できるところです。一方で、心血管病既往のないかたに、将来の発症を予防する目的で、既往者と同じようにアスピリンの服薬をすべきかどうかについては、明確なエビデンスがないまま、多くのかたにこの薬剤が投与されている現実があります(文献1、2)。これまでの研究から、アスピリンの心血管病の一次予防効果の可能性(文献1)、さらに、がん死の予防効果の可能性についても示唆されていることから(文献3)、服薬を推奨する専門家が多いのは事実です。しかし、投薬が必要なレベルなのか(文献2)、また若年者と高齢者と同じ適用であっていいものか、といった疑問が残っています。心血管病発症リスクについて、高齢者は若年者よりも高い事を鑑みれば、当然、アスピリンの予防効果はより高くなると期待されるわけですが、逆に、出血傾向がより高くなることも予想されるからです。
日常臨床では、高齢者には、医学的な根拠が曖昧なままに、おしなべて低容量アスピリンが使用されている現状があります。これが正しいか否か、問題を根本的に解決するには、高齢者を対象とした大規模無作為盲検試験を行う必要がありました。しかし、既に「アスピリンには、決定的ではないものの、ある程度の一次予防効果を示すエビデンスがあること」、また「2次効果についてすでに確立している」こと、また、新たに試験を行うとすると、アスピリンの投与群及び、非投与群を対象として、予防効果について統計的有意差を求めるためには1万人を超える大規模な調査を必要とし、研究資金面でも困難を要するといった壁が立ちはだかっていたのです。
こうした困難を打破すべく、今回、オーストラリアとアメリカの合同グループによる、大掛かりな調査研究が行われました。その結果、大きな成果をあげた論文が立て続けに3本、平成30年9月16日、NEJMに発表になりましたので、まとめてみたいと思います(文献4、5、6)。
<対象>
米国の34カ所、及びオーストラリアの16カ所の医療機関で、プラセボを対照とした、無作為2重盲検試験(ASPREE研究と命名されました)が行われました。バイエル株式会社によって、アスピリン及びプラセボが提供されました。オーストラリアのモナッシュ大学がデータ収集及び解析を担いました。対象者は、オーストラリアと米国の70歳以上の社会生活を営む住民でした(米国の黒人とヒスパニックは65歳以上)。オーストラリアでは、一般開業医と試験研究者が、試験登録可能な患者を抽出し、手紙によって試験参加を呼びかけました。米国では、クリニックのメーリングリスト、電子カルテのスクリーニング、広告を通じて候補者を絞り、手紙を送って参加を呼びかけました。
登録基準は、「5年以内に死亡が見込まれる慢性疾患を有していないこと、心血管、脳血管病がないこと」、としました。黒人とヒスパニックは、心血管病、認知症のリスクが高いという報告があることから登録年齢を下げました。除外条件は(1)認知症の診断がすでにある、(2)出血リスクが高い、(3)アスピリン禁忌である、ことでした。また、(1)モディファイド・ミニメンタルステート試験で、78点以下であること(満点は100点)、(2)日常生活動作自立度のカッツインデックスが4点か5点(日常生活に支障がないものが0点で、最大の支障がある状態が5点とし、4点は、重篤な障害がある状態を指す)も、除外しました。
<試験方法>
登録者へは、プラセボ投与が4週間行われ、この期間の服薬アドヒアランスが80%以上の方のみを、無作為にプラセボ投与群と100mgアスピリン投与群に割り付けました。毎年一回の診察、3ヶ月に一度の電話によって、服薬アドヒアランスの維持を勧めました。6ヶ月に一度、データ収集が行われました。
<アウトカム>
一次評価項目は、「認知症、持続的な身体不自由のない、生存」、一次複合評価項目は、「死亡、認知症、持続的な身体不自由が最初に生じた時」としました。認知症の診断基準にはDSM-IVを用い、「持続的な身体不自由」は6ヶ月以上としました。
<結果>
2010年から2014年の間に登録された19114人は、アスピリン群に9525人、プラセボ群に9589人、無作為に割り付けられました。平均年齢は74歳、女性の比率は56.4%でした。アスピリン群は91.3%が白人で、黒人が4.7%、ヒスパニックが2.6%、BMIは28.1、喫煙者は3.7%、糖尿病患者は、10.8%、高血圧は、74.2%、脂質異常は64.7%、フレイルは2.3%でした。プラセボ群もほぼ同様で2群間の特性に差はありませんでした(91.1%が白人で、黒人が4.7%、ヒスパニックが2.6%、BMIは28.1、喫煙者は4.0%、糖尿病患者は、10.7%、高血圧は、74.5%、脂質異常は65.8%、フレイルは2.1%)。11.0%のかたが、試験登録前にアスピリンを定期的に使用していました。 
<一次評価項目>
一次評価項目に両群間の有意差を2017年3月の段階でも認めず、「試験を続けても、有意差が生じる可能性が低い」と判断され、試験は、平均観察期間4.7年で打ち切られました。試験を完遂できたかたは90%以上でした。その結果、アスピリン群では、「死亡、認知症、持続的身体不自由」は21.5/1000人年、プラセボ群では、21.2/1000人年に生じ、HRは1.01(P=0.79)で、両群間の差は認められませんでした。
<二次評価項目>
「全死亡」は、アスピリン群 12.7/1000人年、プラセボ群 11.1/10000人年で、HR1.14と有意差は検出されませんでしたが、アスピリン群で死亡リスクが高くなる傾向を認めました。認知症は、アスピリン群 6.7/1000人年、プラセボ群 6.9/1000人年でHR0.98(有意差なし)、「持続する身体不自由」は、アスピリン群 4.9/1000人年、プラセボ群 5.8/1000人年でHR0.85(有意差なし)、「重篤な出血」は、アスピリン群 8.6/1000人年、プラセボ群 6.2/1000人年、HR1.38(P<0.001)で、アスピリン群で多いことが確認されました。
アスピリン群の「全死亡」がプラセボ群より多い傾向を認めた(有意差なし)ことから詳細の調査を行った結果(文献4)、主たる死因は「がん」によるものでした。がんによる死亡は、アスピリン群で295例(3.1%)、プラセボ群で227例(2.3%)で、HRは1.31でした。試験開始後3年まで、群間差を認めませんでしたが、3年経過後より、アスピリン群でがんによる死亡が増加し、その後、プラセボ群よりも顕著にがんによる死亡が増加し続けました。がんは、全死因の49.0%を占めました。心血管病は、全死因の19.3%、出血による死亡は、5.0%を占めるのみでした。がんの中では、結腸直腸がん(アスピリン群35例、プラセボ群20例、HRは1.77)、膵臓がん(アスピリン群29例、プラセボ群21例、HRは1.40)が特に多いことがわかりました。肝臓がんは、アスピリン群4例、プラセボ群0例でした。調査されたほぼすべてのがんで、アスピリン群のほうが、プラセボ群よりも死亡率が高いことがわかりました。さらに効果が期待されていた、心血管病の発症について検討が加えられました(文献5)が、アスピリン群で10.7/1000人年、プラセボ群で、11.3/1000人年とHR0.95で両群間の発症率に有意差を認めませんでした。
<コメント>
平均年齢74歳の比較的健康な高齢者に100mgのアスピリンを投与しても「心血管病の発症」「死亡、認知症、持続的身体不自由の発症」を抑制する効果を認めないというネガティヴな結果は、大変ショッキングでした。比較的健康なかたが調査対象とはいえ、平均BMI28と肥満があり、高血圧は4分の3程度、脂質異常症は3分の2程度に認められ、動脈硬化リスクのかなり高いかたを対象としていたと思われますが、一次評価項目には差を認めませんでした。これは糖尿病が10%程度と少なかったことから、動脈硬化の進行が低かった可能性は否定できません。動脈硬化が進行していなかった対象者が多かったとしたら「高血圧罹患歴が短い、脂質異常症罹患歴が短い、投薬がしっかりなされていた」、可能性があり、今後そういった視点からの詳細調査が必要ではないでしょうか。驚くべきことは、アスピリン投与群で認めた「有意ながん死亡の増加」です。特に、直腸結腸がんの死亡が77%も増加していたことに関しては、これまで報告されてきた「アスピリン投与による直腸結腸がんの予防効果」を否定するような結果となり大変驚かされました。一方で、これまでの研究対象が、比較的若いかたであったことを踏まえて、仮にアスピリン投与が「若年者では直腸結腸がんの予防効果があり、高齢者では促進効果がある」となれば、今後、アスピリンの投与について、大いなる注意を要することになるでしょう。しかし、アスピリンによるがん全体の死亡リスクについても、高齢者と若年者で相反する結果になるとすれば重大です。今後の検証を注意したいと考えるところです。
重篤な出血は、予想通りアスピリン投与群で増えていた事実を勘案すると、低容量アスピリン投与は、高齢者に限っては「百害あって一利なし」という結論に傾くことは間違いないと思われます。日常臨床における、高齢者の一次予防におけるアスピリン投与には「慎重には慎重を期すべし」、そして、すでに投与されているかたは、「結腸直腸がんなどの消化器がん、さらにがん全体の発症に、特段の注意をするべし」、とのメッセージを受け取ったと感じております。
文献1
Peto, R., Gray, R., Collins, R., Wheatley, K., Hennekens, C., Jamrozik, K., ... & Gilliland, J. (1988). Randomised trial of prophylactic daily aspirin in British male doctors. British medical journal (Clinical research ed.), 296(6618), 313-316.

文献2
Ikeda, Y., Shimada, K., Teramoto, T., Uchiyama, S., Yamazaki, T., Oikawa, S., ... & Ishizuka, N. (2014). Low-dose aspirin for primary prevention of cardiovascular events in Japanese patients 60 years or older with atherosclerotic risk factors: a randomized clinical trial. Jama, 312(23), 2510-2520.

文献3
Rothwell PM, Fowkes FGR, Belch JFF, Ogawa H, Warlow CP, Meade TW. Effect of daily aspirin on long-term risk of death due to cancer: analysis of individual patient data from randomised trials. Lancet 2011;377:31-41.

文献4
McNeil JJ, Woods RL, Nelson MR, et al. Effect of aspirin on disability-free survival in the healthy elderly. N Engl J Med. DOI: 10.1056/NEJMoa1800722.
September 16, 2018

文献5
McNeil JJ, Nelson MR, Woods RL, et al. Effect of aspirin on all-cause mortality in the healthy elderly. N Engl J Med. DOI: 10.1056/NEJMoa1803955.
September 16, 2018

文献6
Effect of aspirin on cardiovascular events and bleeding in the healthy elderly. N Engl J Med. DOI: 10.1056/NEJMoa1805819.
September 16, 2018

2018/09/16

愛し野塾 第186回 インフルエンザウイルス特効薬開発 2018


インフルエンザウイルスに罹患してしまうと、少なくとも5日間の自宅療養を要し、重症化すれば、肺炎、脳炎など命を脅かす重篤な合併症を発症する恐れもあることから、言うまでもなくインフルエンザを予防することは重要な課題です。予防法として、まずはうがい、手洗いの励行、そして、流行期を迎える前のワクチン接種が推奨されています。

しかし、ワクチンの有効性は決して高いわけではありません。60%程度と厚労省は発表しています(6歳未満の小児を対象とした2015/16シーズンの研究資料 : https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou01/qa.html)。
さらにシーズンによっては、ワクチンが標的とするインフルエンザウイルスの型と、実際流行しているウイルスの型が適応せず、ワクチン接種の有効率が30%程度にまで低下する場合もあることが報告されています(文献1)。頼みの抗インフルエンザ薬も、一定の効果を挙げているものの十分とはいえません。かつて汎用されていたアマンタジン(M2イオンチャンネル阻害剤)は、薬剤抵抗性を示すインフルエンザウイルスの増殖を引き起こしたとして、推奨されなくなり、現在は、タミフル、イナビル、リレンザ、ラピアクタ(ニューラミニデース阻害剤)が、日常臨床で汎用されています。一方で、進化し続ける特性を持つインフルエンザウイルスは、薬剤耐性を獲得しやすく、実際、2007年には、タミフル耐性インフルエンザA型(H1N1)が世界的に流行し、その後2009年に大流行した、インフルエンザA型(H1N1)pdm09もまたタミフル耐性を示す株を認め、コミュニティーレベルとはいえ、一部地域で大流行しました(文献2)。このため、M2イオンチャンネル、ニューラミニデース以外の、新たな分子に注目し、ウイルスの進化のいかんにかかわらず、効力を示す薬剤を開発する必要に迫られていました。

こうした背景のもと、インフルエンザウイルスの「ポリメレース複合体」が、創薬のターゲットとして注目されるようになりました。この複合体は、3つのタンパクサブユニットである「PB1、PB2、PA」から構成され、進化の初期から、良く保存された遺伝子配列を有し、ウイルスの複製効率を上げるには不可欠な部位であることが明らかにされました。そこでこの部位を標的として、臨床研究が行われてきました。

PB2は、宿主のプレメッセンジャーRNAのキャップ構造に結合し、PAにより切断を受けます。この切断物がRNA–プライマーとなり、PB1の作用であるRNA依存性RNAポリメラーゼの作用を受けて、ウイルス分子の翻訳がなされます。しかし期待されたPB1阻害剤「アビガン®」の臨床試験の治療効果はいまひとつ振るわず、一方で、今回ご紹介するPA1阻害剤である「バロキサビル(ゾフルーザ®)」は、動物実験で良好な結果を認め、その後、第2相、第3相臨床試験の結果が9月6日号NEJMに報告されましたので、解説したいと思います(文献3)。

<試験のデザイン>

第2相臨床試験は、2重盲検、プラセボ対照、かつ無作為試験として行われ、3つの異なる容量(10mg,20mg,40mg)のバロキサビルか、プラセボ投与が施行されました。対象は、日本人成人20歳から64歳で、2015年12月から2016年3月までの急性インフルエンザ罹患者としました。
第3相試験は、2重盲検で、プラセボとタミフルを対照とした無作為試験とし、2016年12月から2017年3月まで、米国と日本の12歳から64歳の外来患者のうちインフルエンザ様病態を示す患者を対象としました。体重80Kg未満は、バロキサビル 40mg、体重80Kg以上は、80mgを投与しました。タミフルは、一回75mgを1日2回、5日間投与しました。バロキサビルもプラセボも、タミフル投与に合わせて5日間投与し、バロキサビル投与群は、プラセボ投与群と組み合わせました。12−19歳については、バロキサビル、あるいはプラセボ投与が行われ、タミフルは投与されませんでした。

<患者>

3条件、すなわち「1. 腋窩測定体温が38度以上、2. 少なくとも一つの呼吸器症状がある、3. 症状発現から48時間以内」を満たした患者を対象としました。第2相試験では、迅速診断で陽性であることを条件としましたが、第3相試験では、この条件は設けませんでした。妊婦、体重40Kg以下、入院患者を対象から除外しました。アセタミノフェンの投与は許容しましたが、そのほかの薬剤投与は認めませんでした。ただし、試験登録後に細菌感染の疑いのある症例には、抗菌剤投与を許可しました。

<モニタリング>

「咳嗽、咽頭痛、頭痛、鼻汁、熱発(悪寒)、筋肉痛(関節痛)、倦怠感」の7つの症状の個数を指標に重症度を判定しました。点数が「0」は症状なし、「1」は、軽症、「2」は中等症、「3」は、重症としました。第1病日から第9病日まで1日2回判定、第10病日から第14病日までは、1日1回判定しました。インフルエンザ中和抗体の有無を第1病日と第22病日に測定しました。鼻咽頭スワブあるいは喉頭スワブを(第2相試験では第8病日、第3相試験では第9病日)施行し、ウイルスの定量、薬剤感受性を調べました。

<アウトカム>

1次評価項目「症状の改善にまで要した時間」「改善」の定義として、症状評価の点数が「0」あるいは、「1」の状態が、少なくとも21.5時間続いた場合としました。

2次評価項目「熱が平熱にもどった時間、通常の健康にもどった時間、新たに症状が生じて抗生剤を使うことになった合併症」としました。

<第2相研究の結果>

400人が登録され、389人が試験を完遂しました。インフルエンザA型(H1N1)pdm09感染は、61-71%でした。「症状改善までの時間」は、バロキサビル10mgの場合54.2時間、20mgの場合52.0時間、40mgの場合49.5時間、プラセボでは、77.7時間で、バロキサビル投与で、有意に短縮されました(バロキサビル10mgでp=0.009、20mgでp=0.02、40mgでp=0.005)。インフルエンザウイルスタイターは、第2病日、第3病日で、いずれも、バロキサビル投与群で、プラセボ投与群に比較して低下していました。182人のバロキサビル投与群のうち、4人(2.2%)が薬剤耐性変異を獲得していました(I38T/F)。すべて、インフルエンザA型(H1N1)pdm09感染者でした。副反応はバロキサビル投与群で23−27%に見られました。プラセボは29%に副反応を認め、バロキサビル投与群と、発現率に有意差はなく、重篤な副反応は、いずれの群でも、一例も認められませんでした。

<第3相試験の結果>

1436人が登録され、1366人が試験を完遂しました。1064人がインフルエンザ感染者でした。臨床的な特徴は、いずれの群にも有意差はなく、年齢は、12−64歳で、平均年齢は、32から38歳、BMIは、23.6から28.4、体重は65.4Kgから79.9Kgでした。感染者後、1日以内に治療開始されたのは、52.9%でした。インフルエンザA(H3N2)が84.8%から88.1%を占めていました。77.2%の患者が日本で登録を受けました。

感染者の症状軽快までの時間は、プラセボ投与群の80.2時間に対し、バロキサビル投与群は53.7時間と、有意に短縮されました(P<0.001)が、バロキサビル投与群とタミフル投与群の間に有意差を認めませんでした。熱発も、バロキサビル投与群はプラセボ投与群よりも早期に改善しました(24.5時間と42.0時間、P<0.001)。抗生剤の投与が必要な細菌感染の併発は、3群ともわずかでした(バロキサビル3.5%、プラセボ4.3%、タミフル2.4%)。感染から1日経過後の、ウイルス量の減少幅は、それぞれログスケールでバロキサビル投与群4.8、タミフル投与群2.8、プラセボ投与群1.3と、バロキサビル投与で最大でした。感染性ウイルスは出は、バロキサビルで24時間、タミフルで72時間、プラゼボで96時間まで検出され、中和抗体検出(タイターが4倍以上増量)は、バロキサビル、タミフル、プラセボ投与群のいずれも、インフルエンザA型(H1N1)pdm09でも、インフルエンザB型でも、インフルエンザA型(H3N2)でも差を認めませんでした。

PAI38T変異は、バロキサビル投与群(370人)9.7%に認めました。特にH3N2ウイルス感染者で変異を認め、その多くは投与後5日目に生じていました。プラセボ投与群では、一例も変異を認めませんでした。この変異によって症状軽快までの時間が遅延することがわかりました(変異あり 63.1時間、変異なし 49.6時間)。

<有害事象>

バロキサビル群 20.7%、プラセボ群 24.6%、タミフル群 24.8%に有害事象を認めました。バロキサビル投与群では、2例の重篤な有害事象(鼠径ヘルニア、無菌性髄膜炎)を認めましたが、いずれも、バロキサビル投与とは無関係と判断されました。薬剤関連有害事象は、タミフル投与群は8.4%で、バロキサビル投与群の4.4%(P=0.009)で認め、プラセボ投与群の有害事象率の3.9%より有意に高いことがわかりました。

<コメント>

バロキサビルが、タミフルと同程度の効果を認めたことは高く評価されるでしょうタミフルは、5日間の服薬を要しますが、バロキサビルでは1回の服薬で済むことから、アドヒアランスの改善が見込まれると考えられます。バロキサビルは、治療効果を伴った安全な処方として、10代の患者への適切なインフルエンザ治療となる可能性も出てきました。

症状出現後24時間以内のバロキサビル投与によって、24時間後以降に治療開始した場合よりも、治療効果が高いことも推定され、できるだけはやく対処する意義が確認されたといえましょう。
タミフルやプラセボに比較して、バロキサビル投与後1日の段階で、ウイルスタイターが大幅に減少したという事実は、他者への感染防止の観点から、意義深いものと考えられます。しかし、一方で治療抵抗性を持つウイルスが生じたこと、この研究では、妊婦、高齢者、若年者、慢性疾患罹患者は対象から外されていたこと、感染後48時間以上経過した症例についての検討がなかったこと、など、今後のさらなる検証が待たれます。

重症インフルエンザウイルス感染症例では、バロキサビルとタミフルの併用療法が有効かもしれません。鳥インフルエンザについての有効性、タミフル耐性インフルエンザへの効果も期待され、今後の検討が待たれます。

今回の結果から、バロキサビル投与で、タミフルに比較して、投与後24時間でウイルス量が有意に減少していたことから、患者から、他者への感染が減少する可能性が強く示唆されました。間も無く到来するインフルエンザの時期に、バロキサビルがファーストチョイスとなる可能性が高まったように感じました。

文献1 Dunkle, L. M., Izikson, R., Patriarca, P., Goldenthal, K. L., Muse, D., Callahan, J., & Cox, M. M. (2017). Efficacy of recombinant influenza vaccine in adults 50 years of age or older. New England Journal of Medicine, 376(25), 2427-2436.

文献2 A Step Forward in the Treatment of Influenza. Uyeki TM. N Engl J Med. 2018 Sep 6;379(10):975-977. doi: 10.1056/NEJMe1810815. No abstract available.

文献3 Hayden, F. G., Sugaya, N., Hirotsu, N., Lee, N., de Jong, M. D., Hurt, A. C., ... & Kawaguchi, K. (2018). Baloxavir Marboxil for Uncomplicated Influenza in Adults and Adolescents. New England Journal of Medicine, 379(10), 913-923.

2018/09/10

愛し野塾 第185回 2型糖尿病患者の死亡・心血管病発症リスク要因は?



2型糖尿病の罹患患者の死亡、及び心血管発症リスクは、健常者の約2倍から4倍に上昇することが示されてきました。一方で、死亡、及び心血管病に関与する3因子とされる「HbA1c」、「血圧」、「コレステロール」を、運動療法、食事療法、薬物療法によってコントロールすれば、先述した2型糖尿病患者の死亡率や心血管病発症リスクを、長期的に有意に低下させることができることが、示されてきました(文献1)。
しかし、糖尿病によって生じる死亡、及び心血管病発症リスクの増大分を、これまで確認されてきた個々の危険因子をコントロールすることによって、「どの程度」かつ「確実に」減少できるのか、あるいは、相殺できるのか、未だ統一見解は示されていません。
今回、スウェーデンの国全体を対象にした大規模コホート研究が遂行され、2型糖尿病患者の、死亡、及び心血管病発症リスク増大に関与する因子が抽出され、各因子のコントロールによるリスク低減効果が試算され、その結果が、NEJMの8月16日号に論文掲載されましたので、まとめたいと思います(文献2)。
<対象>
スウェーデンのほぼすべての2型糖尿病患者情報が登録されている、スウェーデン政府糖尿病レジスターが調査対象となりました。2型糖尿病は、疫学的見地によって定義され、すなわち「経口血糖降下剤使用の有無にかかわらず食事療法を受けていること、あるいは、経口血糖降下剤使用の有無にかかわらず、インスリン治療を受けていること」とされました。インスリン治療群は、40歳以上のみを対象としました。1998年から2012年までの登録者を調査対象とし、年齢、性別、出身地をマッチングさせた、非糖尿病群を比較対象としました。
糖尿病登録患者を対象に、2つのコホート調査が行われました。第1コホートでは、「脳卒中、急性心筋梗塞、下肢切断、透析、腎移植、BMIが18.5以下」の方を除外。第2コホートでは、第1の除外条件、かつ「冠動脈疾患の既往歴、心房細動、心不全」も除外条件も加え、対象者を限定しました。
<アウトカム>
「全死亡」「致死的および非致死的心筋梗塞」「致死的および非致死的脳卒中」「心不全による入院」をアウトカムにしました。
2013年までの病院の記録を精査し、病名は、ICD−10コードを用いました。リスク因子のカットオフ値は、HbA1cが7.0%以上、収縮期血圧が140mmHg以上、拡張期血圧が80mmHg以上、アルブミン尿がある、喫煙している、LDL-Cが97mg/dl以上としました。収入レベル、婚姻状態、移民かどうか、教育レベル、糖尿病罹病期間、性別、年齢、出身地、運動、BMI、腎機能、スタチン治療の有無、心不全、降圧剤治療の有無についてもリスク因子として考慮しました。
<結果>
糖尿病患者群:43万3619人、コントロール群:216万8095人をベースに、年齢、性別、出身地のマッチングから、2型糖尿病患者27万1174人、135万5870人のコントロール群を抽出しました。平均観察期間は、5.7年、17万5345人の死亡がありました。年齢は、2群とも60.58歳、女性の比率は、2群とも49.4%でした。糖尿病群の糖尿病罹病期間は4.53年、HbA1cは7.02%でした。喫煙者は17.1%で、BMIは30.36と肥満傾向を認めました。スタチンは61.5%に処方されており、降圧剤は、42.4%に処方されていました。試験期間中の死亡率は、糖尿病患者の13.9%、コントロール群は10.1%でした。
目標閾値内にコントロールされていない危険因子数の増加に伴って、死亡率、心筋梗塞発症率、脳卒中発症率、心不全による入院のリスクは、段階的に上昇し、この上昇率は、年齢が上がるにつれて低下することもわかりました。
<死亡率について>
55歳未満の死亡率は、目標閾値内にコントロールされていないリスク因子の個数がゼロの場合を参考値(reference)とすると、リスク因子が1個で死亡率は1.29倍に上昇、2個で1.56倍、3個で1.68倍、4個で2.80倍、5個で4.99倍とリスク因子数に伴う死亡リスクの増大を認めました。5個のリスク因子を有する80歳以上の死亡リスクは、リスク因子ゼロの1.39倍程度でした。しかし、65歳から80歳では、3.10倍、55歳から65歳では、3.88倍の死亡リスクの増加を認めました。
<心筋梗塞について>
55歳未満の対象者のうち、リスク因子5個では、0個のリスクを1とすると、心筋梗塞のHRは7.69倍、脳卒中発症は6.23倍、心不全による入院は、11.23倍に増加していることが明らかになりました。
5個のリスク因子保持群の特徴は、喫煙率100%、HbA1cが8.60%、LDL-C141、血圧147/84でした。喫煙率が高く、血糖コントロール不良、コレステロール高値、血圧高値とほぼすべての指標が、リスク因子のない群に比較して、悪いことが示されました。また、5個のリスク因子保持群のスタチン使用率は、73.1%と高い一方で、降圧剤の服用は38.4%と低い傾向を認めました。
<個々のリスク因子の解析>
死亡リスクをあげる最大の要因は、
(1位)喫煙
(2位)運動をしない
(3位)婚姻がない
(4位)HbA1cが7%を超える
(5位)スタチン服薬をしていない
であることが判明しました。ただし、HbA1c、血圧、LDL—Cの下がりすぎは、死亡リスクが上がることも示されました。
心筋梗塞のリスクをあげる最大の要因は、
(1位)HbA1c
(2位)収縮期血圧
(3位)LDLコレステロール
(4位)運動
(5位)喫煙
脳卒中に関与する最大の因子の場合
(1位)HbA1c
(2位)収縮期血圧
(3位)糖尿病罹病期間
(4位)運動
(5位)心房細動、でした。
入院による心不全のリスクに関与する最大の因子
(1位)心房細動、
(2位) BMI
(3位)運動
(4位)eGFR
(5位)HbA1c
血圧の下がりすぎは、心不全による入院リスクを顕著に上昇させました。
「死亡」「心筋梗塞」「脳卒中リスク」は、上記の5因子が目標数値にコントロールされていいれば、コントロール群と比較したHRはそれぞれ、1.06、0.84、0.94と標準化することが判明しました。しかし、「心不全による入院」は、5因子がコントロールされても、HR1.45とリスクは高いままでした。また年齢が若い方ほど、5因子のコントロールによるリスク低減効果が高くなることが明らかになりました。
<コメント>
2型糖尿病患者の死亡リスクを減少させるのに、重要な因子が明らかにされた意義は言うまでもありません。もっとも死亡リスクを高める因子として「喫煙」の危険性が明確に示されました。医療者は、糖尿病患者の生活指導にあたり、よりつよく禁煙を勧めて行くべきでしょう。
2番目に効果を認めた「運動」についても、これまでさまざまな論文から、「おおよそ20分で1.6kmほど歩くことが、健康に良い」という見解が再認識されたと思います。少し息がはずんでくるほどの中強度の運動を実現できるように、医療者は、安全かつ個体差に応じて適切に指導していくべきです。
3番目の効果として示された「婚姻」は、大変ユニークな因子だと感じます。いろいろな解釈があると思いますが、私は、2型糖尿病治療には、バディと支え合うことの重要性や「持続的に見守りあう最小ユニットの大切さ」が示唆されたものと受け止めます。
4番目の「HbA1c」は、想定内の重要因子である一方で、厳格化による下げすぎはむしろ死亡リスクを上げる可能性が示されています。順位としては、4番となったことは、安全な糖尿病管理をする上で冷静に受け止めなければならないでしょう。
5番目の「スタチン服用」も驚きでした。スタチンの使用を勧めていくことになりそうです。ただし、LDL—Cの下げ過ぎ(140mg/dl以下)は、HbA1cの下げ過ぎ同様、死亡リスクを上がることから、LDL-Cそのものは、順位にはいりませんでした。スタチンはLDL-C低下作用以外にも、炎症の抑止作用が知られており、こうしたプライオトロピックな効果が順位に現れたかもしれません。今回の調査では、「がん死亡リスク」との因果関係についての解析はされておらず、LD-Cの下げ過ぎについての考察については、不満が残ります。なぜならLDL-Cの下げすぎはガン発症を促す、あるいは、ガンの発症を表す、可能性が指摘されているからです。
また、血圧の下がりすぎも死亡リスクをあげることが示されたこと、 心筋梗塞、脳卒中の発症要因と、全死亡のリスク要因が大きく異なることが示された点も、明確に示されました。血管障害抑止に執着し、血糖、コレステロール、血圧を下げすぎれば、まさに木を見て森を見ず。死亡リスクを上げてしまう可能性があることを忘れてはなりません。ただし、経過中、心不全や、がんの発症があることで、コレステロールや血圧が低下している可能性があることは、慎重を期すべき点です。心不全については、塩分摂取についての評価項目がなく、不完全な考察であると言わざるをえず、今後の解析を待ちたいと思います。
今後の日常臨床では、死亡リスクと、心血管病リスクを分けて考慮すること、「血糖」、「コレステロール」、「血圧」の各項目については、いうまでもなく持続的管理を要するが、一方で「下がり(げ)すぎへの注意」という医師による処方箋、及び生活指導への警告が発せられたとみるべきではないか、と考えます。
文献1
Gæde, P., Lund-Andersen, H., Parving, H. H., & Pedersen, O. (2008). Effect of a multifactorial intervention on mortality in type 2 diabetes. New England Journal of Medicine, 358(6), 580-591.
文献2
Risk Factors, Mortality, and Cardiovascular Outcomes in Patients with Type 2 Diabetes.
Rawshani A, Rawshani A, Franzén S, Sattar N, Eliasson B, Svensson AM, Zethelius B, Miftaraj M, McGuire DK, Rosengren A, Gudbjörnsdottir S.
N Engl J Med. 2018 Aug 16;379(7):633-644. doi: 10.1056/NEJMoa1800256.

2018/09/03

愛し野塾 第184回 大規模調査に基づいた適切な糖質摂取についての考察

短期間で減量を成功に導く、として注目された「糖質制限」は、社会現象化し、あたかもオールマイティな食事療法であるかのように、近年、老若男女に蔓延った、と表現しても言い過ぎではないでしょう。一方で長期的、かつ科学的な検証によって、糖質制限による死亡リスクの上昇も指摘され、「糖質制限の光と影」は大きな論争に発展しています。具体的には、北アメリカ、およびヨーロッパで行われた複数の大きなコホート研究では、糖質制限によって、死亡率が上がる可能性が示唆されました(文献1,2,3,4,5)。また2017年の、PURE研究では、5大陸、18カ国から、13万5335人を対象に、7.4年経過観察し、5796人の死亡解析した結果、糖質の多量な摂取が死亡率上昇に寄与するという結果が得られています(文献6)。
今回、米国で行われた4つのコホート研究(通称・ARIC研究)の解析と過去の研究とのメタアナリシスを分析した結果、幅広い糖質摂取量と死亡率の関連について、新しい知見がえられました。論文はハーバード大学のグループがランセットに2018年8月16日に発表たものです(文献7)。今回は、この論文を解説して見たいと思います。

対象
ARIC研究は、1987年から1989年の間に登録された45歳から64歳(15,428人)を対象に分析が行われました。1987年から1989年の1回目と、1993年から1995年の2回目に、66アイテム・FFQを施行し、食事の詳細について問診し、そのアウトカムは、全死亡率としました。
糖質摂取量に基づき、対象者は5群に分類されました。最小の糖質摂取群(3086人)は、全カロリーに占める糖質の割合は37%、最大の糖質摂取群は、全カロリーに占める糖質の割合は61%(3086人)でした。すべての群の糖質摂取の平均は、全カロリーあたり48.9%でした。
糖質摂取の少ない群は、「年齢が若い、男性、黒人以外の人種、大学卒、BMIが大きい、運動量が少ない、収入が大きい、喫煙者、糖尿病」が多い傾向でした。
糖質摂取・最小群では、動物性脂質(全カロリーに占める割合 26.3%)、および動物性タンパク質(同16.9%)の摂取量が多く、植物性たんぱく質(同3.9%)、植物性ファイバーの摂取量が少ないことが、わかりました。また植物性脂質は全摂取カロリーの12.5%を占めていました。
カロリー摂取量、および植物性脂質摂取量は、糖質摂取量と逆Uカーブの関係で、最小の糖質摂取群は、最大の糖質摂取群とともに、最小のカロリー摂取量、かつ植物性脂質摂取量でした。
高血圧罹患者の割合は、糖質摂取の量にかかわらず同じ程度でした。
試験開始後3年目、6年目の体重測定結果から、糖質摂取量にかかわらず、経過中の有意な体重増加を認めませんでした。
25年の経過観察期間中の死亡数は6283人でした。交絡因子と考えられる、年齢、性別、人種、ARICテストセンター、総カロリー摂取量、糖尿病、喫煙、運動、収入、教育レベルを、補正し、糖質摂取量と死亡率の関係を求めました。
死亡リスクが最大となったのは、糖質摂取最小群でした(P<0.001)。糖脂質摂取量と死亡リスクの関係は、非線形(P<0.001)で、U型のカーブを描きました。
死亡リスクがもっとも低くなるのは、炭水化物摂取量が、全カロリーの50-55%の群でした。全カロリーの糖質摂取量が65%以上に増加すると、死亡率が高まることがわかりました。
50歳以降の生命予後の試算から、糖質摂取量を30%未満に制限すると、29.1年でした。糖質摂取量を50-55%にした場合は、33.1年でした。さらに糖質摂取を厳しく制限すると、制限しない場合に比べ、4歳寿命が有意に短くなることがわかりました(P=0.000000011)。糖質摂取を30-40%とした場合は、2.3年(P=0.00000000000083)、糖質摂取を40-50%とした場合、1.0年(P=0.00012)短くなり、糖質摂取を減らしていくと、統計学的に有意に、徐々に生命予後が悪くなることがわかりました。
一方、糖質摂取量を65%以上に増やした場合の生命予後は32.0年で、1.1年(P=0.028)短くなることがわかりましたが、糖質を55-65%に増やしても、生命予後は0.1年の違いしかなく有意差はありませんでした(P=0.7)。
この結果から、全カロリーの50%以上を、糖質から摂取することが、生命予後の観点から、重要であることが明らかに示されました。
次に、能登博士らによって施行された2012年のメタ解析(文献5、糖質制限をすると死亡率が22%増加する)に、以降発表された論文データを追加し、再解析が行われました。当時と同じ条件で、最新データを精査した結果、今回のARIC研究の条件に合うことが確認され、解析に加えられました。その他新規の2研究も条件に合うことから、合計8つの臨床研究がメタ解析の対象とされました。
全参加人数は、43万2179人となり、経過観察中の死亡数は、40181人(9.3%)でした。
ヨーロッパと北アメリカは、糖質摂取量が少なく(平均50%)、アジア、低所得国、多国籍コホートは、糖質摂取量が多いことから(平均61%)、前者で、低い糖質摂取と死亡率との相関の解析を行ったところ、糖質摂取量が少ないと、死亡率は20%増加(p<0.0001)することがわかりました。また、後者から、高い糖質摂取と死亡率の関係を解析すると、糖質摂取が多くても死亡率は23%増加(P=0.007)し、相関を求めました。
ARIC研究とPURE研究では、糖質からの摂取カロリーを、生データで発表していたことから、両者のデータを詳細に比較検討したところ、PURE研究では、糖質摂取量が多い方のみを対象にしていたものの、PURE研究の糖質摂取量と死亡率の関係は、ARIC研究の糖質摂取量と死亡率の解析から得られた信頼区間の中におさまっていることがわかりました。つまり、PURE研究で得られた成果と、ARIC研究で得られた成果には、齟齬がないことが示されました。
次に、植物性あるいは動物性タンパク質や脂質を、糖質と置き換えた場合に違いがでるのかどうか、について検討を加えました。
植物性主体の食事で、低糖質摂取の場合、野菜摂取は多く、果物摂取は少ない、ことがわかりました。
動物性主体の食事で、低糖質摂取の場合、野菜も果物も、少ない摂取量であることがわかりました。
両者とも脂質の摂取は増えていましたが、植物性主体の食事の場合は、不飽和脂肪酸の摂取量が増え、飽和脂肪酸の摂取が減っていました。一方、動物性主体の食事の場合は、飽和脂肪酸の摂取が増えていました。動物性の場合は、タンパク摂取も増えていました。
食事内容の詳細の分析によって、もっとも異なる5つの食事内容の同定に成功しました。
動物性主体の食事の場合、多いのは、(1)ビーフ、(2)ポーク、(3)ラム、(4)鳥(皮付きと皮なし)、(5)チーズ、でした。
植物性主体の食事の場合、(1)ナッツ、(2)ピーナッツバター、(3)ライ麦パン、(4)チョコレート、(5)白いパン、でした。
動物性主体の食事では、死亡率が18%、有意に上昇し(P<0.0001)、植物性主体の食事では、逆に、死亡率が18%、有意に低下することがわかりました(P<0.0001).

<コメント>
43万人を対象とした大規模なメタ解析とARIC研究単独で得られた知見を合わせて、検証した結果、「糖質摂取量と死亡率との関係」が、U字型を描くことが示されました。総カロリーに占める糖質の割合が40%以下の「いわゆる糖質制限」の群で認められた有意な死亡率の上昇、一方で死亡率がもっとも低かったのは、糖質摂取率が50-55%の群、ただし、総カロリーの70%以上の糖質摂取によって死亡率は上昇する、ということが明確に示されたことは、食事療法を考える上で、重要なポイントとなるのではないでしょうか。
糖質制限食では、「果物、野菜、穀類」の摂取が減少し、「動物性タンパク、動物性脂質」摂取が増えること、そのため、分枝鎖アミノ酸、脂肪酸、ファイバー、フィトケミカル、ヘムイオン、ビタミン、ミネラルが不足することが、しばしば問題点としてあげられます。これが長期化すれば、炎症を悪化させ、老化促進、酸化ストレス助長をきたす可能性が大きくなります。
糖質摂取比率が高くなりすぎたケースにおける高い白米の摂取比率が指摘されています。白米の取りすぎには注意が必要でしょう。麦ご飯などに変更する余地があるかもしれません。
問題点は、今回メタ解析の対象となった、日本のデータであるNIPPON DATA80です。ここでは、植物性タンパクの中に、魚を入れています。ARIC研究では、魚は動物性タンパクとして、解析しています。糖質制限を実施している方のうち、植物主体の食事摂取者は少ない傾向かがあることから、より厳密な条件での解析を要するのではないでしょうか。
対象となったメタ解析に用いたアジアのデータの多くは、中国のものです。このため高糖質摂取のデータは、中国からのデータが主に採用されることになりましたが、今回のデータと、中国政府が公表するデータとの間の食い違いについても指摘があることから、再検証の必要があるでしょう。
いずれにせよ、「糖質制限は危険な食事療法」であることを示した本研究結果を見過ごすわけにはいきません。糖質の極端な制限をすべきではなく、バランスのとれた栄養摂取こそ、寿命を全うする上で、いかに重要であるか、今一度認識するときがきたようです。
文献1
Nilsson, Lena Maria, et al. "Low-carbohydrate, high-protein score and mortality in a northern Swedish population-based cohort." European journal of clinical nutrition 66.6 (2012): 694.
文献2
Fung, Teresa T., et al. "Low-carbohydrate diets and all-cause and cause-specific mortality: two cohort studies." Annals of internal medicine 153.5 (2010): 289-298.
文献3
Lagiou, P., et al. "Low carbohydrate–high protein diet and mortality in a cohort of Swedish women." Journal of internal medicine 261.4 (2007): 366-374.
文献4
Trichopoulou, A., et al. "Low-carbohydrate–high-protein diet and long-term survival in a general population cohort." European journal of clinical nutrition 61.5 (2007): 575-581.
文献5
Noto, Hiroshi, et al. "Low-carbohydrate diets and all-cause mortality: a systematic review and meta-analysis of observational studies." PloS one 8.1 (2013): e55030.
文献6
Dehghan, Mahshid, et al. "Associations of fats and carbohydrate intake with cardiovascular disease and mortality in 18 countries from five continents (PURE): a prospective cohort study." The Lancet 390.10107 (2017): 2050-2062.
文献7
Seidelmann, Sara B., et al. "Dietary carbohydrate intake and mortality: a prospective cohort study and meta-analysis." The Lancet Public Health (2018).
doi: 10.1016/S2468-2667(18)30135-X. [Epub ahead of print]