2018/06/28

愛し野塾 第176回 アルツハイマー病に関与するウイルス



遺伝性アルツハイマー病の原因遺伝子の探索から、APP(アミロイド前駆体タンパク遺伝子)とPSEN1、2(プレセニリン遺伝子1、2)に多くの遺伝子変異を認め、原因遺伝子として同定されました。いずれもアルツハイマー病の脳病理に特異的に認められる老人斑の主成分「アミロイドβ」の代謝と直接関与していることから、アルツハイマー病の根本原因として「アミロイドβの蓄積」が提唱され、「アミロイド仮説」として認知されてきました。そのためアミロイドβを除去すべく「抗アミロイド治療」が多数臨床試験に供されましたが、成功例を認めることなく今に至っているのです。今年1月には、NEJMにマーフィー博士によって、全く新しい角度からの病気の理解を求めるべきである、との声明が公表され、世界中の研究者を震撼とさせました(文献1)。
アルツハイマー病の原因として、微生物の関与の可能性は、1980年頃から議論され始め、中でもヘルペス族のウイルスがその候補として挙げられてきました。最近では、マウスを用いた実験系によって、アミロイドβによる微生物に対する中枢神経の防御作用が報告され、「脳に侵入した微生物の表面にアミロイドβが接着することによって、微生物の細胞内への侵入を防止する」という仮説が提唱されています(文献2)。
さて、今回の研究では、死亡時の認知機能は正常だが、脳病理ではアルツハイマー病と診断される「前臨床アルツハイマー病」の患者が対象とされ、認知機能、脳病理とも正常な方を対照群としました。これら2群の神経ネットワークを、機能ゲノム解析法を用いて比較し、アルツハイマー病に特異的な異常遺伝子の検出を試みた結果、「ヘルペスウイルスHHV-6A」の関与が発見されました。さらに、臨床的にアルツハイマー病と判明した脳サンプルと、認知機能が正常、かつ脳病理も正常な脳サンプルで、ウイルスDNA、RNAシークエンスを調べた結果、ヘルペスウイルスのアルツハイマー病発症への関与が決定的とも言える結果が示され、ニューロンに報告され世界中を賑わしています。今回はこの研究について解説したいと思います(文献3)。
<結果>
レーザー捕捉神経遺伝子発現データから「前臨床アルツハイマー病」と「健常コントロール群」の脳サンプルの確率的因果ネットワーク(PCN)を作成し、比較しました。神経細胞脱落が顕著な嗅内皮質、及び海馬の2領域にフォーカスし、それぞれの患者で、2つのPCNを作成しました。
「前臨床アルツハイマー病」にのみ欠落しているネットワーク『コンネットワーク』に存在するドライバー遺伝子と、「前臨床アルツハイマー病」にのみ存在するネットワークに存在するドライバー遺伝子の分析によって、C2H2-TF結合モチーフ、特に「SP、MAZ、NRF1、EGR1」に差異を認めました。C2H2-TFと関連する、共調整因子の関与をさらに分析した結果、「G4シークエンス」の差異が検出され、G4シークエンスの濃縮度は、前臨床アルツハイマー病と臨床アルツハイマー病の両群で、負の相関を認めました。この結果から、G4の制御あるいは安定性に変化が生じ、C2H2-TFに影響を与えたと判断されました。
これまでの研究によって、C2H2-TF、G4制御の乱れに及ぼすウイルス感染の影響が示されていることから、マウントサイナイ脳バンク由来(上側回頭が137例、前前頭前野が213例、下前頭回が186例、傍海馬回が107例)のサンプルのアルツハイマー病と健常者のRNAシークエンスを、トランスクリプトームの特徴づけを行うために515のウイルス種を調査をした結果、アルツハイマー病の脳サンプルにおける、上側回頭と前前頭前野でHHV-6A、HHV-7の特異的な増加を認めました。
マウントサイナイ脳バンク由来のサンプルを用いた結果は、別の3つのコホート 1) ROS研究(300例のアルツハイマー病と健常者のdorsolateral frontal cortexのサンプル)、(2) MAP研究(298例のアルツハイマー病と健常者のdorsolateral frontal cortexのサンプル)、(3)MAYO TCX研究(278例のアルツハイマー病、病的加齢、進行性核上性麻痺、健常者の側頭皮質のサンプル)でも再現されました。ただし、MAYO TCXを用いて、「病的加齢」と比較すると、アルツハイマー病では、HHV-6AとHHV-7両方の増加を認めたものの、「進行性核上性麻痺」と「アルツハイマー病」を比較すると、アルツハイマー病でHHV-7は増えていたものの、HHV-6Aは減少していたため、HHV-7がより特異的にアルツハイマー病で増加していたことがわかりました。
【ウイルス量と臨床との相関】
ウイルスのRNA量とアルツハイマー病に関わる3つの臨床、病理指標(CDR=臨床認知スケール、APD=アミロイドプラーク密度、Braak score)との関係を調査し、前前頭前野におけるHHV-7 DR1遺伝子、HHV-6A unique regionと、3つのアルツハイマー病臨床、病理指標との相関を認めました。
【HHV-6とアルツハイマー病関連遺伝子発現との関係】
HHV-6と宿主の遺伝子発現との間の相関を検討した結果、APPの代謝に関わる遺伝子「APBB2、APPBB2、BIN1、BACE1、CLU、PICALM、PSEN1」が検出され、HHV-6感染が、アルツハイマー病発症に関与している可能性が強く示唆されました。
【miR-155の発見】
アルツハイマー病に特徴的な脳病理「神経脱落」との関係を分析した結果、HHV-6Aのみ、上側回頭の神経細胞脱落との相関を認めました。さらにHHV-6Aが制御する遺伝子群の検索により、miR-155との強い負の相関を認めました。miR-155は、細胞死と密接に関わることが既に判明していることから、miR-155遺伝子の制御メカニズムを明らかにするため、miR-155のノックアウトマウスとAPP/PS1マウスの掛け合わせマウスでは、老人斑形成が一層早まることが明らかとなり、HHV-6Aは、miR155の負の制御を介して、細胞死を誘導し、アルツハイマー病の病理を進行させる可能性が示されました。
【転写因子との関係】
一般的にウイルスは、ホスト細胞に存在する転写因子の作用を利用して、ウイルス自身の生存を維持します。そこで、569個の転写因子、及び14583個の標的遺伝子とHHV-6A発現の相関について分析を行った結果、NTRK2、及びFYNチロシンキナーゼとの高い相関を認めました。これらは、いずれもアルツハイマー病における細胞死、及びシナプス機能との関係が既に明らかにされている因子でした。
【ウイルス~宿主タンパクネットワークの解析】
ウイルスと宿主のタンパクネットワークの同定するため、前前頭前野(152例)から、液体クロマトグラフィー質量分析計を用いてタンパクライブラリーを作成した結果、HHV-6Aと相関があるタンパクが28個検出されました。特に、イノシンダイフォスファテースであるNUDT16の誘導から細胞内のプリン体代謝の制御異常が惹起される可能性が証明されたことは、これまでのアルツハイマー研究における報告と一致するものでした。
【コメント】
死後の人間の脳を用いた大規模、かつ間接的手法を用いたあらゆる方向からの検討によって、HHV-6Aのアルツハイマー病発症との関連を示唆されたことは大変な驚きでした。今後、より多くのサンプルによる再現性の確認と同時に、直接的手法を用いて、アルツハイマー病発症にどう関与するのかそのメカニズムの解明が期待されます。抗アミロイド療法が成功しなかった理由も明らかなるかもしれません。
一方で、筆者たちも議論している通り、HHV-6A感染によるアルツハイマー病発症の予防効果の可能性は除外できているわけではなく、HHV-6A感染が根本原因かどうかの検証は、これからといったところでしょう。また、進行性核上性麻痺に見られたデータの齟齬の解決は必要でしょう。しかし、私は、NYTでも議論されているHHV-6Aのワクチン療法による治療が、アルツハイマー病の根本治療となる日も近いのではないかと思うところです(文献4)。
文献1
Murphy, M. Paul. "Amyloid-beta solubility in the treatment of Alzheimer’s disease." (2018): 391-392.
文献2
Kumar, Deepak Kumar Vijaya, et al. "Amyloid-β peptide protects against microbial infection in mouse and worm models of Alzheimer’s disease." Science translational medicine 8.340 (2016): 340ra72-340ra72.
文献3
Readhead, Ben, et al. "Multiscale Analysis of Independent Alzheimer’s Cohorts Finds Disruption of Molecular, Genetic, and Clinical Networks by Human Herpesvirus." Neuron (2018).
文献4 

2018/06/24

愛し野塾 第175回 関節リウマチ治療の新しい選択肢



「関節リウマチ」は、代表的な自己免疫疾患であり、持続的な炎症によって関節の痛みや腫れを生じさせ、関節破壊が徐々に進行すれば、手足・肘・膝関節などの変形や障害を認め、肺など内臓への症状に及ぶケースもある難しい疾患です。全人口の約0.5%に発症し、30歳から50歳までの年齢層に多発し、女性と男性の患者数の比は、3対1と女性に多い疾患です。病態の詳細は未だ不明ですが、免疫系に生じた異常から、関節滑膜組織にリンパ球やマクロファージが浸潤し、TNFαとIL−6などのサイトカインが放出され、滑膜細胞の増殖から、痛みと腫れが誘発されると考えられています。
関節リウマチ治療の薬物療法として、メトトレキサート(MTX)や、バイオ医薬品(抗TNFα抗体など現在9種類が市場にあります)が中心的役割を担ってきました。MTXは、我が国では1999年に認可され、初期投与される薬剤として位置付けられています。バイオ医薬品は2003年以来、使用され、有効性が高く、寛解にいたる症例も認められるようになりました。しかし、開発に高度な技術を要するバイオ医薬品は大変高額であり、患者さんへの経済的負担が大きく、MTXとバイオ医薬品に忍容性がないこと、効果が期待できないかたが少なくないこと、なども問題点として挙げられ議論されているところです。そういった背景から、MTX、及びバイオ医薬品に代わる薬剤が待ち望まれているのです。
さて、MTXやバイオ医薬品が出現した同じく20年前、免疫系の「要」となる細胞内因子「JAK」の発見があり、関節リウマチ治療のターゲットになるのではないかと期待されてきました。JAK阻害剤の薬剤開発が進み、バイオ医薬品が奏功しない、あるいは、効かなくなった症例を対象に使用したところ、JAK阻害剤の有効性を認め、まさに当該薬剤への期待が高まっているのです。
JAKには、JAK1、JAK2、JAK3、TYK2の4つのサブタイプがあります。JAK3のみ血液系細胞に特異的に発現し、JAK1,JAK2,TYK2は、すべての細胞に発現しています。JAK阻害剤のひとつである「トファシチニブ」は、JAK1、JAK2、JAK3の阻害効果を有し、JAK1、及び2の阻害剤「バリシチニブ」は、JAK阻害効果を認め、臨床汎用されています。しかし、さらに高い治療効果と安全性の実現のためには、前述の薬剤の低いサブタイプ選択性では不十分で、JAKサブタイプの特異的な阻害が、開発の重要なポイントであると考えられています。今回、JAK1のみを選択的に阻害する「ウパダシチニブ」を用いた第三相臨床試験の結果が医学誌ランセットに発表になりましたので、解説したいと思います(文献1)。
<対象>
本研究は、SELECT-BEYONDと命名され、2重盲検無作為化第3相試験で、26カ国、153医療機関が参加しました。 対象者は、少なくとも18歳で、2010年の米国リウマチ学会、ヨーロッパリウマチ学会の診断ガイドラインに従って、関節リウマチと診断され、研究開始時までに診断後3ヶ月以上経過している患者で、かつ、3ヶ月間以上、生物学的製剤で治療しているが、関節リウマチの活動性があるかた、あるいは、生物学的製剤に対して忍容性がないか、耐性のあるかた、少なくとも3ヶ月以上のcsDMARD(従来型抗リウマチ薬)の投与歴があり、4週間以上、臨床状況が安定している方を対象としました。先述の「関節リウマチの活動性がある状態」の定義は、「66関節のうち、少なくとも6箇所以上の関節で腫脹があること(SJC66)、68関節のうちすくなくとも6箇所で、圧痛があること(TJC68)、高感度CRPが少なくとも3mg/dl以上であること」としました。過去にJAK阻害剤投与歴があり、関節リウマチ以外の炎症性関節疾患がある方は対象から除外されました。
対象患者は、ウパダシチニブを1日1回15mg投与群、あるいは、30mgを投与群、プラセボ投与群の3群に無作為に割り付けられました。プラセボ群は、12週間後から、ウパダシチニブ15mg投与群、あるいは、30mg投与群に無作為に割り付けられました。最初の24週間は、csDMARDを投与(MTXは1週間あたり7.5mgから25mg、クロロキンは1日250mg以下、サルファサラジンは1日3000mg以下、レフルノマイド1日20mg以下)としました。MTXとレフルノマイドの併用は、禁忌とされました。プレドニゾロンは、最初の25週は、1日10mgまで許可としました。
一次評価項目は、12週の段階での、(1)ACR20(圧痛関節数、腫脹関節数が20%以上改善)の達成した割合、(2)DAS28(CRP)(0.56×√(圧痛関節数)+ 0.28×√(腫脹関節数)+ 0.36×Ln(CRP)+0.014 × 患者による全般評価)が3.2以下の割合としました。2次評価項目は、ACR50(圧痛関節数、腫脹関節数が50%以上改善)あるいは、ACR70(圧痛関節数、腫脹関節数が70%以上改善)の達成割合、DAS28(CRP)のベースラインからの変化量、HAQ—DI、SF36、PCS、ACR20の1週目の達成した割合としました。
<結果>
調査は2016年から2017年にかけて行われました。778人がスクリーニングを受け、条件に合致した499人を無作為に3群に割り付けられました(ウパダシチニブ15mg:165人、ウパダシチニブ30mg:165人、プラセボからウパダシチニブ15mg:85人、プラゼボからウパダシチニブ30mg:84人)。最終的に451人(91%)が12週間服薬を終了し、419人(84%)が24週間服薬を終了しました。
対象者の居住地は、北アメリカからが66%、西ヨーロッパが19%、東ヨーロッパが13%でした。その大半が関節リウマチを長期間患っている方で、罹病期間は平均で13.2年でした。1種類の生物学的製剤の治療歴がある方が47%、2種類の生物学的製剤の治療歴がある方が28%、少なくとも3種類の生物学的製剤の治療歴がある方が25%でした。対象となった患者の90%が抗TNFα抗体に対する反応性が悪いあるいは、忍容性を認めませんでした。関節リウマチの病勢が高い方が多く、DAS28(CRP)の平均値は、5.8、SJC66は16.8、TJC68は27.9でした。
12週後のACR20達成率は、ウパダシチニブ15mg群で65%、ウパダシチニブ30mgで56%、プラセボで28%を示し、ウパダシチニブはいずれの容量でもプラゼボより有意に高い達成率を示しました(P<0.0001)。DAS28(CRP)が3.2以下を達成したのは、ウパダシチニブ15mg群で43%、ウパダシチニブ30mgで42%、プラセボで14%を示し、プラゼボに比較してウパダシチニブ投与による炎症反応の有意な低下を認めました(P<0.0001)
12週後のACR50達成については、ウパダシチニブ15mg群で34%、ウパダシチニブ30mgで36%、プラセボで12%を示し、いずれの容量のウパダシチニブでもプラゼボに比較して高い達成率を示しました(P<0.0001)。
ACR70は、ウパダシチニブ30mgでプラセボに比較して、有意な上昇を認めましたが(23% 対 7%、P<0.0001)、ウパダシチニブ15mgとプラセボの間には統計的有意差を認めませんでした(12% 対 7%、P=0.11)。
1週後からウパダシチニブ投与した群は、プラセボ群に比較して、ACR20の達成率が有意に高く、12週間のプラセボからウパダシチニブ投与群に変更後、24週で、ACR20、50、70のいずれも、開始直後からウパダシチニブ投与をしていた群と同様の反応性を認めました。特に、12週間のプラセボの後、ウパダシチニブ15mg投与群に変更した結果、開始直後からウパダシチニブ30mg投与した群と同じレベルにまでACR70を達成させたことは注目される結果となりました。
<有害事象>
試験開始後12週で最も多かった有害事象は、「上気道感染症」でした。プラセボ群で8%、ウパダシチニブ15mgで8%、ウパダシチニブ30mgで6%でした。次に多かった「尿路感染症」は、それぞれ6%、9%、5%でした。「関節リウマチの悪化」を認めたのは、それぞれ6%、2%、4%でした。重篤な有害事象は、プラセボ群は0%、ウパダシチニブ15mg群:5%、30mg群:7%でした。「重症感染症、帯状疱疹、投薬中止にいたる有害事象」は、ウパダシチニブ30mg群に最も多く、悪性疾患3例、肺塞栓1例、重篤な心血管病1例、死亡1例がウパダシチニブ群で認められました。
<コメント>
3種類以上のバイオ医薬品を用いた治療を施しても、疾患活動性の消失を認めない患者が、全体の25%も含まれている治療困難症例群に対して、ウパダシチニブが速やかに有効性を示したことは、高く評価できると思います。ただし、すでに臨床的に使用されている「トファシチニブ」や「バリシチニブ」よりも有意に優れているかどうかの結論を出すには、厳格な条件の下、直接比較をすることも必要でしょう。詳細を含め今後の報告に大変興味を持っています。また、JAK1の選択的阻害剤であるトファシチニブが、選択性の低い2剤に比較して、より良好な効果を示すことも期待されます。また、今回の試験のデザインでは、わずか24週までの成績を評価したに過ぎません。患者さんに有益となるよう、より長期の有効性についての検討結果が待たれます。
さて、問題点として、ウパダシチニブ投与群における悪性疾患の発生率、及び心血管病の発生率が高まったことが指摘されています(文献2)。今後、JAK阻害剤が関節リウマチ治療の第一選択薬となるためにも、安全性を実証するためにも大規模試験の実現を望むところです。
1)Genovese MC, Fleischmann R, Combe B, Hall S, Rubbert-Roth A, Zhang Y, Zhou Y, Mohamed ME, Meerwein S, Pangan AL. Safety and efficacy of upadacitinib in patients with active rheumatoid arthritis refractory to biologic disease-modifying anti-rheumatic drugs (SELECT-BEYOND): a double-blind, randomised controlled phase 3 trial. The Lancet. 2018 Jun 12.
2)Goll GL, Kvien TK. New-generation JAK inhibitors: how selective can they be?. The Lancet. 2018 Jun 13.





2018/06/12

愛し野塾 第174回 乳がん・治療対象についての考察




乳がんは、女性のがんのなかでも最も罹患率の高いがんです。一生涯に罹患する頻度は、11人の女性あたり1人、また5年生存率は91.1%と高率ですが、乳がんの罹患率は、1975年以降、増加傾向が続き、2010年の乳がん(上皮内がんを含む)の粗罹患率は,がんの中では最も高いことが示されています(人口10万対115.7人)。女性の乳がん罹患率と年齢との関係を見ると、30歳代から増加傾向を示し,40歳代後半でピークを迎え,その後、ほぼ一定に推移し、60代後半から次第に減少しています。
米国でも日本同様に、女性のがんで、最も発症頻度が高い乳がん治療は、大変注目されています。乳がんは、ホルモン受容体(エストロゲン受容体とプロゲステロン受容体)、もしくは、遺伝子HER2の発現の有無によって分類されています。「初期がん」と評価される、ホルモン受容体が陽性で、HER2が陰性、腋窩リンパ節のがんが陰性である症例が、乳がん全体の50%を占めます。日本でも、ホルモン受容体が陽性で、HER2陰性の症例は、乳がん全体の70%と算出されています。
30年前、乳がんの原発巣の切除後の化学療法の施行は、再発リスクを低下させる(文献1)、また若年齢であればあるほどその効果を認め、この効果は、リンパ節への転移の有無・病理グレード分類・アジュバントホルモン療法、などの影響を受けない、ことなどが報告され、NIHは、ほとんどの乳がん患者に対し化学療法を推奨し、事実、化学療法が施行された結果、乳がんによる死亡率の低下が得られた、と認識されています。しかしながら、近年、本当に化学療法がほとんどの乳がん患者に必要かどうかは疑問視されるようになってきました。
さて、乳がんの患者のうち、ホルモン受容体陽性患者の予後の予測に用いられる、「21遺伝子群の発現分析」から求めた「21遺伝子再発スコア」(Oncotype IQ)(文献2)を用いて、評価を0−100点に点数化し、スコアが高い(26点以上)症例に対しては「化学療法とホルモン療法の併用治療」を施し、スコアが低い(10点以下)症例には、「ホルモン療法のみ」を施し、高い奏効率が得られました。また10年後の再発率はわずか2%と報告されました。
一方で、議論となっているのは、多くの患者が集中する、21遺伝子再発スコアが「11点から25点に該当する中スコアの症例」の治療法です。原発巣の切除術後の後療法として、ホルモン療法だけでいいのか、それとも化学療法も組み合わせたほうがいいのか、議論が分かれているのです。
今回、この「11点から25点」の中スコアの乳がん患者のうち、化学療法を追加したほうがいいのか、あるいは、ホルモン療法単独だけの治療で良いのかどうか、について、厳密な手法を用いて施行された大規模臨床試験が施行され、結果が発表されましたので、解説してみましょう(文献3)。
<対象>
18歳から75歳の女性で、ホルモン受容体陽性、HER2陰性、腋窩リンパ節陰性で、「ガイドラインでは、化学療法が推奨される症例」を対象としました。具体的には、病理検査によって「腺がん」と診断された症例中、すでに原発巣は切除済みで、以下の条件を満たす患者を対象としました。
(1)エストロゲン受容体陽性かつ、ないし、あるいはプロゲステロン受容体陽性の浸潤がん、かつ、HER2/newが陰性であること
(2)腋窩リンパ節にがんの浸潤がないこと
(3)腫瘍さイズが1.1−5.0cmあるいは、0.5cmから1.0cmで、病理像が不良(unfavorable)であること
(4)原発巣に対して適切なる切除術が施されたあと84日以内であること
(5)18−75歳であること
(6)白血球数が3500以上、血小板数が10万以上、Crが1.5以下、ASTが正常上限の3倍以下など、臓器障害がないこと
(7)過去に罹患した浸潤がん(皮膚の基底細胞がん、扁平上皮がん、子宮頸部の上皮内がんを除く)から少なくとも5年以上無病で経過していること
(8)インフォームドコンセントがあること。
試験登録の除外項目は、過去に同側あるいは反対側の乳がん、非浸潤性乳管がんがあること、両側同時がんがあること、また、乳がん治療の目的で選択的エストロゲン受容体モデュレーター(SERM)、あるいはアロマターゼ阻害剤使用後8週間以上経過したのちに、乳がん発症を認めたケースも除外されました。SERMを乳がん治療以外の目的で使用した場合も、8週間以上使用後に乳がん発症があれば、除外されました。
21遺伝子再発スコアが、10点以下の「低リスク群には、ホルモン療法のみ」を施行、「26点以上の高リスク群の場合は、化学療法とホルモン療法を組み合わた治療を施行」し、「11点から25点までの中リスク群」は、「化学療法との併用療法もしくは、ホルモン単独療法か」に、無作為に割り付けました。
<結果>
2006年から2010年の間に10273人がスクリーニングを受け、9719人が試験登録され解析対象となりました。6711人が中リスク(69%)、低リスクは1619人(17%)、高リスクは1389人(14%)でした。中リスク群では、全生存率の経過観察期間は96ヶ月に及びました。
「中リスク群」を「ホルモン療法単独群」、「化学療法併用群」の2群に割り付け、それぞれの群の平均年齢は両群共に55歳、閉経後の症例は両群共に全体の64%、腫瘍サイズの平均値は両群共に1.7cm、病理組織のグレードは低グレードが両群共に29%、中グレードが両群共に57%、エストロゲン受容体陽性率は、両群共に99%超、プロゲステロン受容体陽性率は、両群共に92%、臨床リスクは低リスクであるものは前者が74%、後者が73%、と、患者の特徴について2群間に差を認めませんでした。
術後化学療法が施行された症例は、ホルモン療法単独群 5.4%、化学療法併用群 81.6%でした。ホルモン療法期間は、両群共に、中央値が5.4年で、5年以上が35%でした。化学療法のレジメンは、ドキシタキセルとサイクロフォスファミドが全体の56%、アンツラサイクリンを含む治療法が全体の36%でした。閉経後のホルモン療法は、アロマターゼ阻害剤を使用された症例が全体の91%でした。閉経前の方のホルモン療法は、タモキシフェンあるいは、タモキシフェン+アロマターゼ阻害剤の投与が全体の78%を占め、卵巣機能抑制療法は13%のかたに施行されました。
評価項目である「浸潤がんの再発、原発ガンの新規出現、あるいは、死亡」は、総計836回生じました。うち338回は、乳がんの再発で、遠隔部位での再発は199回でした。Intention-to treat解析で、浸潤がん再発のない生存率は、ホルモン療法単独群と化学療法併用群に有意差を認めませんでした(HR1.08、P=0.26)。遠隔部位での無再発期間も、有意差を認めませんでした(単独群と併用群でのHR1.10、P=0.48)。予測値としての9年後の無浸潤ガン生存率は、単独群で83.1%,併用群では84.7%で両群間に差はありませんでした。
化学療法併用のベネフィットを検出する目的で、再発スコア(5点区切りで分類:11-15点、16-20点、21-25点)、腫瘍サイズ(2cmよりも大きいか小さいか)、病理グレード(高中低の3段階)、閉経の有無を交絡因子として解析を試みた結果、いずれも、化学療法付加のベネフィットを認めませんでした。しかし、年齢別に分析を行った結果、50歳以下群、51歳から65歳、66歳以上の3群と無浸潤ガン生存期間との関係はP=0.03と有意差をもってインターラクションを認め、若年者の症例での化学療法の付加によるベネフィットが示されました。
また、化学療法併用の効果は、閉経の有無と再発スコア(11-15点、16-20点、21-25点)の6つの区分とも有意な相関関係にあることがわかりました(P=0.02)。
一方、化学療法併用の効果は、50歳以下群、51歳から65歳、66歳以上の年齢の3分類と再発スコア3分類(11-15点、16-20点、21-25点)と掛け合わせた9区分とも相関関係にあることがわかりました(P=0.004)。すなわち、50歳以下の症例では、再発スコアが15以下では、ホルモン療法単独で化学療法併用と同じ効果が得られるが、再発スコアが16以上になると、化学療法併用の効果が、ホルモン療法単独の効果を上回ることがわかりました。
<コメント>
今回の研究から、「21遺伝子再発スコア」によって「11-25点の中リスク」の症例では、ホルモン療法単独治療で、化学療法併用治療と同レベルにまで「再発リスク・新規乳がん発症リスク・死亡リスク」を低下させられることが確認できました。実際、米国だけでも、化学療法の候補となっていたかたの70%が、化学療法が不要となり、年間6万人ものかたが、ホルモン療法単独療法で、効果が得られることが試算されました。また50才以下の場合、再発スコアが15以下で同様の状況がもたらされ、中リスクの40%のかたが対象となります。この結果は、大きな反響を呼び、NYTでも取り上げられました(文献4)。
いうまでもなく、化学療法には、個人差はあるものの、その副作用の不安が拭えません。脱毛や吐き気の他、循環器や神経系への障害、感染症にかかるリスクも上がります。また治療経過後の白血病発症リスクの上昇なども報告され、健康への懸念もあります。できれば化学療法の適用は最小限に止めたいところです。もちろん、ホルモン療法も決して副作用がないわけではありません。ホットフラッシュ、体重増加、関節や筋肉の痛みが生じる場合がありますし、タモキシフェンによる子宮ガンリスクの上昇なども指摘され、定期的な検査やケアが必要です。
さて、「21遺伝子再発スコア」の分析は、2004年に運用が開始され、一回3000ドル(約40万円、米国では保険でカバーされる)と高額ですが、化学療法の適用患者さんを絞ることができることが証明され、総じて治療費軽減につながる可能性が出てきました。国内では、この検査はいまだ日常臨床では使われていません(2018年6月10日現在)。今回の発表を踏まえ、術後の化学療法が不要にもかかわらず、化学療法を受けていたり、あるいは、術後の化学療法が必要にもかかわらず、うけていらっしゃらない患者さんがいらっしゃるのではないか、と大いに気になるところなのです。
文献1Mansour, E. G., Gray, R., Shatila, A. H., Osborne, C. K., Tormey, D. C., Gilchrist, K. W., ... & Falkson, G. (1989). Efficacy of adjuvant chemotherapy in high-risk node-negative breast cancer. New England Journal of Medicine, 320(8), 485-490.
文献2
文献3Sparano, J. A., Gray, R. J., Makower, D. F., Pritchard, K. I., Albain, K. S., Hayes, D. F., ... & Lively, T. (2018). Adjuvant chemotherapy guided by a 21-gene expression assay in breast cancer. N Engl J Med. 2018 Jun 3. doi: 10.1056/NEJMoa1804710. [Epub ahead of print]

2018/06/04

愛し野塾 第173回 進行肺がん・免疫治療の革新



肺がんの新規罹患患者数は、我が国では1年間に10万人あたり88.7人で、40歳代後半以降、加齢に伴って発症率が上昇すること、また、男性の罹患率は、女性の2倍以上を示しています。肺がんは喫煙及び、受動喫煙が顕著なリスク因子とされ、肺がんの予防には、喫煙者の禁煙のみならず、家族の禁煙が有効な手段として推奨されています。同時に、節度のある飲酒、バランスの良い食事、身体活動、適正な体型・体重の維持、さらには感染予防も有効な予防法と推奨されています。
肺がんは組織分類によって、1)非小細胞癌と、2)小細胞癌、の大きく2つに分けられます。患者数の多い、非小細胞がんの生存率は、病期分類別にみると、手術をした場合の5年生存率は、「ステージI期」が70%、「ステージⅡ期」が50%、「ステージⅢA期」が25%、さらに、手術の適応がない「ステージⅢ期」で放射線療法と化学療法を併用した場合の5年生存率は、15~20%と予後不良ですが、一番進行した「ステージⅣ期」では、化学療法をおこなっても、1年生存率がわずか50~60%となっています。すなわち「ステージIV期」の進行肺がんでは、一年で半数のかたが命を落とすという統計結果から、このカテゴリーの患者に対する治療法について、化学療法の効果を凌駕する革新的治療法が求められてきています。
近年脚光を浴びている「免疫チェックポイント阻害剤」については、PD-1 経路阻害薬である、PD-1とPD-L1に対する抗体療法(抗PD-1抗体として「ニボルマブ」、抗PD-L1抗体として「ペムブロリズマブ」)が施行されています。2016年の報告では、標的となりうるドライバー遺伝子(EGFRとALK)に変異がなく、PD-L1の発現率が50%以上ある「未治療の進行肺がん(ステージIV期)症例」を対象に検討した結果、投与6ヶ月の時点での死亡率は、ペムブロリズマブ投与で、化学療法群に比較して、40%のHRの有意な低下(P=0.005)を示したことから「ファーストライン治療」として認められ、話題となりました(文献1)。
しかし、PD-L1の発現率が50%以上ある肺がんの比率は、全症例の3分の1程度と少ないことや、IV期の進行肺がんは、急速に悪化する症例が多く、免疫チェックポイント阻害剤の恩恵を受けないまま、残念な結果になってしまうことが多いのが現状です。
今回、ステージIV期の進行肺がんを患うより多くの方に、免疫チェックポイント阻害剤の恩恵がもたらされることを期待して、PD-L1の発現量が少ないかたも含めた未治療の肺がん症例を対象に、「ペムブロリズマブ」を用いた治療を行った結果、1)ペムブロリズマブと化学療法と組み合わせた治療法と2)ペムブロリズマブ単独で行った治療法を比較し検討され報告されました(文献2)。
<対象>
18歳以上の非小細胞がんのステージIV期、かつEGFRとALKの変異がない症例を対象としました。さらにECOGのパーフォーマンスステータスは、0ないし1(5段階スケールで、少ない数ほど日常生活動作に支障がない)、腫瘍サンプルでPD-L1の発現量の測定が可能な症例に条件を絞りました。一方で、中枢神経への転移を認める症例、非感染性の肺臓炎でグルココルチコイドを使用した既往がある症例、全身性の免疫抑制剤投与されている症例、過去6ヶ月に肺に30グレー以上の放射線照射を施された症例が除外されました。
<試験デザイン>
2重盲検法により2対1に患者を割り付けました。3週間おきに、最大35回まで、ペムブロリズマブ200mgを投与するか、プラセボを投与するか、に割り付けられました。実験デザインは、(1)PD-L1発現量1%以上か未満か、(2)化学療法はプラチナベースの治療薬の選択、すなわちシスプラチンかカルボプラチンか、(3)喫煙者か否かにより層別化、され、シスプラチンかカルボプラチンのいずれかに、ペメトレシッドを追加し化学療法が行われ、さらにペムブロリズマブもしくは、プラセボの追加が行われました。
治療の中止条件は、(1)画像評価でがんの進行を認める、(2)受け入れられない副作用がでた、(3)研究者による判断、(4)患者の同意の撤回がある場合、とし、プラセボ群における肺がんの悪化症例については、ペムブロリズマブ治療へ移行することが許可されました。
<結果>
16カ国、126医療機関で965人の患者がスクリーニングされ、条件に合致した616人が、ペムブロリズマブ群が410人、プラセボ群が206人に割り付けられました。年齢は順に、65歳と63.5歳、男性が62%と52.9%、喫煙者は88.3%と87.9%、腺癌が96.1%と96.3%、PD-L1発現量1%未満が31%と30.6%、PD-L1発現量50%以上が32.2%と34%、PD-L1発現量1-49%が31.2%と28.2%でした。2群間に男女比の差を認めましたが(P=0.04)、そのほかは同質性が確認されました。
観察期間中235人のかたが亡くなりました。12ヶ月時点での生存率は、ペムブロリズマブ群は69.2%で、プラセボ群の49.4%、HRは0.49に対し、有意な効果を認めました(P<0.001)。この効果は、プラセボ群の41.3%のかたが、治療中、がんの悪化があり、ペムブロリズマブ治療へ移行したにもかかわらず、達成されたことは特筆されます。また、PD-L1の発現量にかかわらず、ペムブロリズマブ群はプラセボ群に対し良好な成績を認めました(12ヶ月全生存率は、PD-L1発現量が1%以下の場合、前者が61.7%、後者が52.2%、PD-L1発言量が1-49%の場合、前者が71.5%と50.9%、PD-L1発現量が50%以上の場合、前者が73%、後者が48.1%)。
無増悪生存率は、ペムブロリズマブ群で8.8ヶ月、プラセボ群で4.9ヶ月で、前者で有意に良好な成績を認めました(P<0.001)。また、奏功率も、ペムブロリズマブ群で47.6%、プラセボ群で18.9%で、前者で有意に良好でした(P<0.001)。
副反応は、ペムブロリズマブ群で99.8%、プラセボ群で99.0%に認め、副反応による中止症例は、前者で13.8%、後者で7.9%でした。
<コメント>
PD-L1の阻害に従来の化学療法と組み合わせた結果、死亡HRが0.49まで低下するという著しい治療効果を認めたことに加え、PD-L1の発現量にかかわらず、ペムブロリズマブの効果が認めたことによって、今後、多くの患者さんに免疫療法の適用範囲を広げられる可能性を示すことができた、画期的な研究報告として評価される論文報告となりました。
今後、費用面のことと、PD-L1の発現に代わるバイオマーカーが必要になったことが議論される段階です。わが国では、ペムブロリズマブの一回投与(200mg)には、82万円ほどかかり、35回の投与では、2870万円必要となります。これだけの高額の治療が多くの非小細胞がん患者に適応可能となれば、国の医療費への負担は大きく、注射費用を下げる抜本的対策が必要になるでしょう。NEJMで発表された論文によれば、PD-1阻害剤では、メガベースあたり10個以上の遺伝子変異がある、いわゆる、「高頻度遺伝子変異がん」は、薬の効果の出やすい可能性が示されました(文献3)。PD-1阻害、PD-L1阻害のどちらにも有効な症例を絞り込める、新しいバイオマーカーの確立を期待したいと考えます。
肺がん治療は停滞の時期が続きましたが、本研究は、まさにブレークスルーとなった報告として高く評価されることでしょう。今後もPD-1,PD-L1阻害による免疫治療の発展を期待したいと考えます。

1)Reck, M., Rodríguez-Abreu, D., Robinson, A. G., Hui, R., Csőszi, T., Fülöp, A., ... & O’Brien, M. (2016). Pembrolizumab versus chemotherapy for PD-L1–positive non–small-cell lung cancer. New England Journal of Medicine, 375(19), 1823-1833.
2) Gandhi, L., Rodríguez-Abreu, D., Gadgeel, S., Esteban, E., Felip, E., De Angelis, F., ... & Cheng, S. Y. S. (2018). Pembrolizumab plus Chemotherapy in Metastatic Non–Small-Cell Lung Cancer. N Engl J Med 2018;378:2078-2092.
3)Hellmann, M. D., Ciuleanu, T. E., Pluzanski, A., Lee, J. S., Otterson, G. A., Audigier-Valette, C., ... & Borghaei, H. (2018). Nivolumab plus ipilimumab in lung cancer with a high tumor mutational burden. N Engl J Med 2018;378:2093-2104.

2018/06/02

愛し野塾 第172回 青少年のメンタルケア・早期退院プログラム


わが国の「精神疾患に罹患する若年層の患者数」は、平成11年の19.4万人から平成26年の36.8万人へとほぼ倍増しています。入院が必要であると診断される精神障害の患者数も増加しています。平成26年の政府の統計では、24歳以下の精神障害による入院患者数は、6000人に上りました。一方で、こういった若い入院患者は、退院後も「ひきこもり」、「うつ病」などのメジャーな精神疾患を再発する予備軍となっている傾向が危惧され、入院対応については、入院期間を十分とって治療をさせる方がよいのか、入院期間をできるだけ短縮し、社会生活への早期復帰を促すべきなのか、未だ、エビデンスが乏しく、手探りの状態です。
欧米では、成人の精神障害は、若年期から続く、連続性のある「慢性疾患」として捉えられています。このため、青少年期での介入が将来の精神障害の発症を回避するのではないか、と期待されていますが、青少年期における精神障害の医療の有効性には限界があるようで、青少年の精神障害の比率は、減るどころか、増加する地域すらあるのです。その理由には、青年期の精神障害を引き起こす誘因の中に、いまだ特定されず治療標的になっていない「メジャーな社会的要因の存在」があるのではないか、と考えられています。また、これまで青少年の精神障害への対応が見過ごされてきたことから、近年施行され始めた治療の成果を得るには、もうしばらく時間がかかる可能性があるともいわれています。精神医療において、発達段階における「青少年期」という高い特殊性から、成人や子供と同じような治療効果を得ることが難しいことも立ちおくれた原因だと考えられています。
さて、イギリスの青少年の精神疾患の現状ですが、2014年の1年間で、4420人の青少年が、イングランドとウエールズの精神科に入院し、10年間で2倍へと急増しています。入院にいたる重症の精神疾患を患う青少年のほとんどが、自傷行為の既往暦をもち、入院後の自殺率や自傷率が高くなること、入院によって社会とのつながりを失い、ひきこもる確率が高くなること、また別の観点から、若年層の精神障害は医療資源にも大きな影響を及ぼすことが指摘されています。
今回、ロンドン、キングスカレッジのオーグリン博士らによってランセットに発表された研究論文は、「青少年」にフォーカスし、精神障害による入院患者を対象とし、通常ケアと比較して、早期退院プログラムを施すことによって、その効果を認めました(文献1)。今回は、この調査について解説してみましょう。

<対象>
入院患者で、12歳以上、18歳未満の青少年(都市部の代表地域としてロンドン地区、地方の代表地域としてケント地区が選ばれました)が対象とされました。
除外条件は、入院患者を診察するチームドクターが、入院を要する精神疾患がないことを確認しすぐに退院となった症例、入院後72時間以内に退院となった症例、国民保健サービス(NHS)により福祉権限により強制入院となった症例、退院支援サービス(SDS)チームが完全に関与した形で症例、としました。
SDSチームが関与する治療と、通常ケアの2つに無作為に患者を割り付けました。患者も担当医もどちらの治療に対象者が割り付けられたか、を知っていました。従事する研究者は、最後の患者が6ヶ月後の検査を終えるまで、対象者の割り付け先を知らされませんでした。
ロンドン地区とケント地区に、それぞれSDS1チームずつを派遣しました。チームの構成は、1人のコンサルタントを施される子ども、青少年専門の精神科医、アドミニストレーター1人、看護師の経験を持つ児童青年精神保健サービス(CAMHS)のフルタイム職員2−4人、臨床支援員2−4人です。職務内容は、症例の集中管理、社会(家庭)での治療、病院のデイケア利用促進とし、チームは、ケアプランを立て、精神ケアを施し、心理学的アプローチを試み、復学を支援しました。勤務時間は午前8時から午後8時とし、時間外もすべて受け付けるという体制がとられました。フルタイムのメンバーひとりあたり、担当は4−5症例とし、チームアプローチを心がけ、1週間に1度チームでの検討会を開き、退院計画に責任を持ち、密に働きかけました。
一方、通常ケアは、入院スタッフにより提供され、CAMHSによる外来での通常ケアへの円滑な移行を目指しました。
<アウトカム>
1次表価項目は、6ヶ月後の入院期間、SDQ(子供の強さと困難さアンケート)、CGAS(子供全般評定スケール)のスコアとしました。
2次評価項目は、自傷スコア、ケアへの満足度の精査、地域の学校への就学率、教育、雇用、トレーニングに従事しない日数としました。
<経済評価>
2つの指標(CGAS とQALY(質調整生存率))に基づく評価をしました。
<結果>
研究開催期間中の287人の入院中、123人が条件に合致し、15人が試験参加を拒否し、結果として、108人が2つの治療群に割り付けられました。
SDS群と通常ケア群は、それぞれ、年齢は、16.23歳と16.3歳、女性が68%と62%、白人が53%と45%、5回以上の自傷歴があるのは、62%と45%、サイコーシスは、31%と30%、高収入の仕事についているかたは、11%と2%、低収入の仕事についているかたは、13%と15%、技術系の専門職は15%と17%、肉体労働系の専門職は21%と19%、非専門職は、21%と17%、学生は30%と30%で、2群間の特徴に差はありませんでした。SDSケアの要した時間の平均値は116.3日でした。SDSや通常ケアによる有害事象はありませんでした。
入院期間は、SDSケア群が34日、通常ケア群が50日(いずれも中央値)で有意差を持って前者が短いことがわかりました(P=0.04)。SDSケア群に対する通常ケア群の平均在院日数比は、1.67(P=0.04)で有意差がありましたが、無作為化する前の病院利用の差で補正すると、1.65(P=0.057)と有意差がなくなりました。
SDQとCGASスコアに、両群間に差はありませんでした。
ケア開始後6ヶ月の時点での復学率は通常ケアに比べてSDSケア群で、4.14倍有意に多い結果でした。
教育、仕事、トレーニングに携わらない日数は、SDS群で通常ケア群に比べて有意に短いことがわかりました(SDS49日、通常96日、P=0.04)。
5回以上の自傷行為があった比率は、SDS群対通常ケア群で、0.18(P=0.008)と有意に前者で少ないことがわかりました。
満足度の指標は両群間で違いはありませんでした。

費用対効果でみると、SDSケアは、通常ケアよりも、QALYあたり2万から3万ポンドを閾値として、60%有効である可能性があり、CGASを指標とすると、閾値と無関係に58%有効である可能性が推算されました。
<コメント>
入院期間を短く設定しSDSケアを行った治療は、通常ケアに比べて、入院期間が有意に短く、復学率が4倍以上も高く、複数の自傷行為も5分の1程度に抑えられた結果を得られたことは、大きな収穫です。専門家ひとりあたりの症例数を4−5症例と絞り、その職務を、症例の集中管理、社会(家庭)における治療、病院のデイケア利用促進に向けたことが、この研究が成功した鍵ではないか、と考えられています。今後、さらに大規模、かつ長期間の観察によって裏付けされることを期待するところです。
さて、エディトリアルでメルボルン大学のパットン博士は、問題点として、経過観察期間が6ヶ月と短期だったことを指摘しています(文献2)。青少年の場合、症状が自然に軽快してしまうこともしばしばあることから、6ヶ月の短期間の観察では、SDQやCGASのスコアに顕著な変化を見出すには短すぎる、なぜなら若年者から続く慢性疾患として精神疾患を捉えるならば、経過観察は、10年のオーダーが必要とされ、しかも、SDS治療も長期に行う必要がある可能性があるだろう、と述べています。
また、中には、青少年期にメンタル疾患を発症しても、成人期に達すると消失するケースも多数認めることから、慢性化する症例を判別するバイオマーカを同定し、ピックアップした症例について、SDS治療を施行すれば、より効果的になる可能性が上がるでしょう。
まずは、青少年の精神障害の治療環境の改善として、医療機関へのアプローチのしやすさ、コミュニケーション能力の高い治療スタッフの育成、青少年を加えた上での地域性を考慮した上での医療政策立案、が求められます。
特に、「精神疾患は、若年者から続く慢性疾患である」という認識を持った上での青少年期という複雑な時期に対応した治療プログラムの作成は、SDS治療チームの支援のもと、できるだけ短い入院期間とするような改善が必要でしょう。
この研究から学べることは、青少年のメンタル改善には、彼ら一人一人を尊重した上で、社会との繋がりを断ち切らないこと、引きこもらせない、他者と関わりを持つ、社会の一員としての活動を促す、ということを目標とした治療法を一般医療の中でもエッセンスとすることではないかと考えるところです。
文献1
Ougrin, D., Corrigall, R., Poole, J., Zundel, T., Sarhane, M., Slater, V., ... & Ivens, J. (2018). Comparison of effectiveness and cost-effectiveness of an intensive community supported discharge service versus treatment as usual for adolescents with psychiatric emergencies: a randomised controlled trial. The Lancet Psychiatry.

文献2
Patton, G. C. (2018). Early supported discharge: getting adolescents back on track. The Lancet Psychiatry. 2018 May 3. pii: S2215-0366(18)30140-8. doi: 10.1016/S2215-0366(18)30140-8.