2018/04/21

愛し野塾 第167回 EBMに基づいた適正なアルコール摂取量を求めて


WHOは、アルコール消費について、罹患率や死亡率の観点から重大な健康に関わる問題であることを指摘しています。アルコールは60種類以上の病気や傷害の原因であり、低死亡率の発展途上国では死因の一位であり、世界中の若者や女性に拡大し、心身の健康を侵すだけでなく、まだ生まれぬ胎児にまで健康被害をもたらすこと、その他、アルコールに関連する交通事故や精神的被害、これに関与する疾患やアルコール依存症の治療に関る医療費を含め、社会的損失の4%はアルコールに関与することを指摘し、アルコールに関与する多方面にわたる被害は計り知れません。(文献1)。また、高脂血症や乳がん発症リスクは、アルコールの容量依存性に直線的に上昇すること、虚血性心疾患発症リスクは、少量までは低下するものの、その後上昇するJカーブを描くこと、肝硬変は、ある程度の摂取量まで増えるとリスクが急増すること、拡張期血圧上昇リスクは、少量摂取で急上昇するが、その後は緩やかに上昇する、など、各疾患特有のアルコールによる身体への影響が証明されてきました。しかし、1920年に施行された米国の禁酒法の失敗から、現在ではアルコールとどう付き合うべきか、が議論の対象となっています。そのためにも、「適切なアルコール摂取量のガイドライン」についてエビデンスに基づく議論が必要との統一見解がありますが、簡単なことではありません。
アルコールには、その原料の出来や独自の醸造技術がもたらす味わいの魅力だけではなく、リラックス効果をもたらし、また円滑なコミュニケーションを促す道具として利用されています。医療用としても利用され、アルコールが人類史と共存してきた事実をかえりみれば、極端な制限はもはや現実的ではありません。重要なことは、健康被害を生じさせない、証拠に基づいた適正なアルコール摂取量について厳格なラインが示されることでしょう。
アルコール摂取のガイドラインは、それぞれの国で異なります。わが国では、1日20グラムまで、米国では、1週間で男性196グラム、女性98グラムまで、スウェーデンとカナダはこれに追従しています。イギリスでは、1週間で、98グラムまで、イタリア、ポルトガル、スペインは、アメリカの約50%増しの基準を設定しています。こうしたガイドラインのばらつきから、ガイドラインの元になった知見の曖昧さ、その不明瞭な評価が浮き彫りとなるところです。参考までに、日本人一人あたりのアルコール摂取量は、純アルコールで、年に8リットルと報告され、これは1日あたりに換算すると、21g(文献2)、すでにガイドラインを超えていることがわかります。さて、厳格にこの問題解決に挑戦すべく2018年4月、60万人の飲酒者を対象とした大規模な研究が行われ、その結果がランセットに発表されましたので、解説を試みたいと思います。
<対象>
対象は、19カ国にわたる総計83本の前向き研究に参加した599,912人の現役の飲酒者とし、心血管病の既往歴のあるかたは除外されました。補正因子には、年齢、性別、喫煙、糖尿病を用いました。対象を「飲酒の既往がある人」にしなかったのは、飲酒既往者に含まれることが予想される、健康を害したため飲酒をやめた方や健康のために飲酒をやめた方による「逆の因果関係」がもたらすバイアスを避けるためでした。
3つの大規模データを統合し、最終的にアルコール消費の明細が記されている83本の研究を解析しました。ERFCは、リスク因子、心血管病アウトカム、死亡についての情報が明記された前向き研究の合作で、全102本の研究のうち81本から、現在のアルコール消費量が得られました。EPIC-CVDは、10カ国が参加したひとつの研究で、UKバイオバンクは、ひとつの大規模な前向き研究です。最終的にERFCから247,504人、EPIC-CVDから26,036人、UKバイオバンクから326,372人が対象となりました。そのうちの71,011人については、平均5.6年の期間をおいて、2度目のアルコール消費量を精査し、消費量の期間中の変化が与える影響について、データをもとに補正、算出されました。
<結果>
1964年から2010年までに登録された方が対象となりました。平均年齢57歳、女性44%、現役の喫煙者21%、1週間に100グラム以上のアルコール摂取者は全体の50%、そのうちの8.4%が350グラム以上のアルコールを摂取していました。540万人・年中、死亡数:40,310人(血管病:11,762人、癌:15,150人)、心血管病39,018人、その内訳として、脳卒中:12090人、心筋梗塞:14539人が、心筋梗塞を除く冠動脈疾患:7990人、心不全:2711人に認めました。その他の血管病による死亡数は1121人でした。
最も低い死亡リスクを示したのは、アルコール消費が1週間あたりの100グラム以下の群でした。また、1週間の消費量が100グラム増えるごとに死亡リスク(HR)の増大を認めたのが、それぞれ、脳卒中:1.14、心筋梗塞を除く冠動脈疾患:1.06、心不全:1.09、致死的な高血圧:1.24、致死的大動脈瘤:1.15でした。
一方で、アルコール摂取は、心筋梗塞のリスクを低減させました(1週間の消費量が100グラム増えるごとにHRは0.94へ減少)。心血管病を合算すると、アルコール摂取100mgが最小のHRを示し、それ以上の摂取量でもそれ以下の摂取量でもHRが上昇していました。
アルコール摂取量と40歳時の生命予後の相関を求めた結果、1週間あたりの摂取量を100グラム以下の予後を基準にすると、100-200グラム摂取で、6ヶ月短縮、200-350グラム摂取で、1-2年短縮、350グラム以上摂取で、5-6年短縮することがわかりました。
これらを血中HDLコレステロール値で補正した結果、アルコール摂取量と心筋梗塞の負の相関は減弱されましたが、心不全、冠動脈疾患との正の相関は強化されました。血圧で補正した結果、アルコール摂取量と心筋梗塞の負の相関は増強され、そのほかの心血管病との正の相関は減弱されました。
<コメント>
今回の大規模データの解析結果を踏まえれば、「1週間あたりのアルコール消費量の上限が100グラム」と設定され、愛飲家はひとまず安堵したかもしれません。ビールでは、2リットルで、一日あたり、300cc弱となります。日本のガイドラインは1週間あたり140グラムを推奨していますので、3割ほど減らさなければなりません。ビールであれば、いわゆる350cc缶を300cc缶へとサイズダウンすることが必要かもしれません。
心筋梗塞に対しては、一定量の飲酒であれば良好な効果を示すことはこれまでも示されてきましたが、今回の解析から、HDL-Cを介する作用である可能性が示されました。また、そのほかの心血管病の悪化については、血圧が介在因子としてはたらいている可能性が示されました。介在因子については詳細の検討が今後必要となってくるでしょう。
さて、この調査を辛口に批判するとすれば、(1)アルコール摂取量は自己申告のためデータの正確性を欠くこと、(2)登録期間が長期である事によるバイアス、(3)各コホートで、データ採取法が異なること、(4)アルコール摂取が寄与するそのほかの病気(肝臓病、依存症、怪我)についてのアセスメントがないこと、(5)心血管病以外の慢性疾患の記録がないため逆の相関関係が存在する可能性、があげられます。また社会問題ともなっている若年者の飲酒と将来の精神障害への関与やアルコール依存症や、認知症の発症との関係などを踏まえ、調査対象を絞った精査など、課題は山積し、今後も引き続きあらゆる問題点を詳らかにしていかなければなりません。しかし、今回、この論文によって、各国でこれだけ異なっていたアルコール摂取量ガイドラインの上限値を「1週間あたり100グラムまで」と統一できる可能性が出てきました。
お酒のおいしい季節になります。いわゆるガイドラインだけにたよらず、自身の適度な心地よさを知り、 節度ある飲酒を楽しみましょう。何事もタルをしる、ですね!
文献1 WHO Global Status Report on Alcohol and Health 2014
文献3 Risk thresholds for alcohol consumption: combined analysis of individual-participant data for 599 912 current drinkers in 83 prospective studies
Angela M Wood, Stephen Kaptoge, Adam S Butterworth, Peter Willeit, Samantha Warnakula, Thomas Bolton, and others
The Lancet, Vol. 391, No. 10129, p1513–1523
Published: April 14, 2018

2018/04/16

愛し野塾 第166回 若年期の肥満対策が糖尿病発症リスクを抑制するのか?


平成28年の国民健康・栄養調査によると、「糖尿病が疑われる人」は12.1%(男性16.3%、女性9.3%)、にのぼり、1000万人とも推定される糖尿病患者は、1997年の推計690万人から、増加し続けています。セダンタリーな生活習慣、社会的ストレス、ファストフードといった高カロリー食が手に入り易いなど、現代の生活環境が糖尿病発症に拍車をかけている、ということは言うまでもありません。糖尿病発症を社会的な問題として捉え、子ども時代からその生活習慣に介入し、解決しようとする取り組みが始まっています。とくに子ども時代からの体重コントロールについて、研究が盛んに行われています。
成人の境界型糖尿病症例では、「体重減少に重点を置いた生活習慣への介入を行うと、2型糖尿病発症遅延効果がある」と報告されています。一方、子ども時代に過体重・肥満があると、成人以降の2型糖尿病発症リスクが高くなり、例えば、13歳女児のBMIが18.2以上の場合、30歳から47歳時の2型糖尿病発症リスクは、2.12倍から2.84倍、18.2未満の場合と比べて、著しく増加することが知られています(文献1)。しかし、子どもを対象に体重減少を目的とした生活介入を行った場合、成人以降の2型糖尿病発症を抑止できるのかどうか、は、賛否両論、未だ決着がついていません。
わが国の平成24年国民健康・栄養調査によると、11歳時の過体重によって、肥満と診断される子どもは、男児25.0%、女児14.0%です(文献2)。世界的にも、過体重から肥満と評価される子どもは、23%もいると示されていることから、「成人に至る前に体重を適正化することで、子ども時代の過体重及び肥満による成人2型糖尿病発症に与える影響を低減できる可能性」は誰もが知りたいところです。さらに、思春期に認めるインスリン感受性の著しい減少に伴う体重増加が、成人以降の2型糖尿病発症に影響する可能性についても未解決のままです。また、社会的視点から、子どもの肥満も成人の糖尿病も、社会経済的な状況と反比例することが示されていることも重視すべき点でしょう。
今回、こどもの肥満を思春期に適正化することで、2型糖尿病発症リスクを低減できるのか、また社会経済的な因子との関連性はどうか、さらに思春期の体重増加と成人時の2型糖尿病発症との関係について検討が加えられ、NEJMに発表になりましたので、報告します。
<対象>
コペンハーゲンの学校保健記録レジスターが、本研究のデータベース(CSHRR)として用いられました。このデータベースには、1930年から1989年に、公立、私立を問わず、学校に通っていたほとんどすべての子どものデータ(身長と体重)が蓄積されています。1939年から1959年生まれの男子については、徴兵データベースがあり、73,877人分が、CSHRRとの整合性があり、ひとりひとりのデータの縦断的解析が可能でした。18歳時にすべての男子の体重、身長を測定する義務がありますが、精神遅滞、癲癇の患者は、除外されていました。1977年から開始された、入院患者を対象とした「国民患者登録」の閲覧によって、2型糖尿病発症日が特定されました。コペンハーゲンでは、2型糖尿病と診断された場合、専門の医療機関で入院加療するという前提となっているため、入院開始日を2型糖尿病発症日とすることは妥当と判断されました。
試験の登録条件として、7歳、及び13歳時のBMI値の記録があること、成人初期における年齢、BMI、知能テスト、教育レベルがわかること、生存していること、30歳以前に糖尿病の診断がないこと(これにより1型糖尿病患者の混入を最小限にする)としました。また経過の開始日は、1977年1月1日、もしくは30歳の誕生日のどちらか早いほうとし、経過観察の終了は、2型糖尿病の診断日、死亡日、海外移住日、消息不明日、もしくは2015年12月31日のいずれかのうち、早いものとしました。
<結果>
条件を満たした男子は、62,565人でした。うち6,710人(10.7%)が1,969,165人・年の経過観察期間に2型糖尿病を発症しました。
過体重・肥満の子どもの割合は、7歳児(BMI17.38以上と定義)の5.4%(3,373人/62,565人)、13歳児(BMIが18.13以上と定義)の5.5%(3,418人/62,565人)から、成人初期(BMIが25以上を体重増加と定義)の8.2%(5,108人/62,565人)に増えていました。
7歳で過体重・肥満を認めるも13歳で体重が正常化し、成人初期まで正常体重を維持した場合の「30歳から60歳の間に2型糖尿病を発症するリスク」は、一度も過体重・肥満と評価された経験のない集団と同じ程度の、2型糖尿病発症リスクでした(HR0.99)。
7歳、13歳、成人初期を通じて過体重・肥満がある場合には、一度も過体重・肥満と評価された経験のない集団よりも、2型糖尿病の発症リスクは4.00倍高くなりました。
13歳の時点のみで、もしくは7歳と13歳の時点のみで、過体重・肥満と評価された場合、一度も過体重・肥満と評価された経験のない集団に比べて、それぞれ1.7倍、1.51倍の2型糖尿病発症リスク増加でした。ただし、7歳と13歳時のみ過体重・肥満のかたは、全期間過体重・肥満の集団に比較して、成年発症の2型糖尿病リスクは、4.14倍も少ないことがわかりました。
過体重・肥満の時期が、成人初期だけの場合は、一度も過体重・肥満と評価された経験のない集団に比べた2型糖尿病発症リスク、3.24倍、7歳と成人初期の場合では、2.55倍、13歳と成人初期の場合では、3.87倍、となりました。
すべての相関関係は、知能指数の程度、教育レベルの程度、徴兵時の年齢で補正した場合でも影響を受けませんでした。
7歳児のBMIが正常であっても、成人初期までにBMIが増加すると、2型糖尿病発症リスクが増大することがわかりました。特筆されるのは、7歳時のBMIが低めのほうが、2型糖尿病発症リスクが高いことでしょう。
<コメント>
調査分析の結果から、7歳のときに過体重・肥満を認めても、13歳(思春期)までに体重を適正化すれば、将来の2型糖尿病発症リスク上昇を抑制できること、たとえ、13歳に至るまで過体重であっても、成人初期までに適正化すれば、将来の2型糖尿病発症リスクが顕著に低減することが示されました。また7歳で体重が正常であっても、13歳以降で体重が増加した場合は、将来の2型糖尿病発症リスクが大きくなることも示されました。児童期、思春期での体重管理時期のポイントがわかりやすく示されたことは、大きな収穫です。また思春期の体重が、将来の2型糖尿病発症と密接な関係が示され、思春期に認めるインスリン抵抗性が過体重・肥満を悪化させる可能性について、今後の詳細の検討が待たれます。
一方、7歳時に正常体重領域にあっても、BMIが低めの場合、そうでない方に比べて、その後のBMI増加が及ぼす2型糖尿病発症リスクの上昇が有意であることが示されました。すなわち急激な体重の増加が、糖尿病発症リスクを高める可能性が示されました。
この調査から、13歳時の学校健診によって、BMI値の変動などの個々の特性を調査した上で、生活習慣への介入が効果的だ、と私は考えます。この時点のBMIが、急激な増加の結果なのか、いわゆる異常値なのか、という検討も加え、必要と判断されれば、保護者を含めた生活指導を行い、生活習慣の改善を促すことが必要ではないでしょうか。
さて、この研究の弱みは、成人後期のBMIのデータがないこと、体重変化の原因が示されていないこと、国民患者登録をもとに検討したデータであることから実地臨床のみで治療を受けているかたは対象から除外されたこと、診断時期の曖昧さ、女性のデータがないこと、で今後、さらなる調査が期待されます。しかし、ひとりひとりの患者を長期にわたり、6万人以上の住民を対象とした大規模調査である点は評価されるところでしょう。何より「思春期の生活習慣への介入による、成人以降の糖尿病発症リスク低減の可能性」を示した点は、医療にとどまらず学校健康教育行政にも見直しのきっかけとなる大きなポイントになるものではないでしょうか。
文献1Zimmermann, E., Bjerregaard, L.G., Gamborg, M., Vaag, A.A., Sørensen, T.I. and Baker, J.L., 2017. Childhood body mass index and development of type 2 diabetes throughout adult life—A large‐scale danish cohort study. Obesity, 25(5), pp.965-971. doi: 10.1002/oby.21820. Epub 2017 Mar 27.
文献2 日本生活習慣病予防協会、2014年4月25日の記事
文献3 Bjerregaard, L.G., Jensen, B.W., Ängquist, L., Osler, M., Sørensen, T.I. and Baker, J.L., 2018. Change in Overweight from Childhood to Early Adulthood and Risk of Type 2 Diabetes. New England Journal of Medicine, 378(14), pp.1302-1312.  doi: 10.1056/NEJMoa1713231.

2018/04/12

愛し野塾 第165回 腎臓がん治療の革新





腎臓がんは、発症率10万人あたり6人といわれ、特徴的な症状のない、見つかりにくいがんとして知られています。腫瘍が静脈から全身へ広がれば、肺、骨、肝臓などを主とした他臓器への転移が懸念されます。1990年代には、インターフェロン、インターロイキン-2などの免疫療法が主流となりましたが、効果はきわめて限定的でした。その後、腎臓がんで変異を認めるヒッペルリンドウ遺伝子の研究から、血管新生が、がんの進行に重要な役割を果たしていることが示され、血管新生の抑止に焦点を絞った薬剤開発によって、チロシンキナーゼ阻害剤(TKI)、哺乳類ラパマイシン標的たんぱく質(mTOR)全盛の時代となりました。現在、腎臓がん治療のファーストラインには、これらの薬剤が推奨されていますが、優れた薬剤であるTKIでも、完全寛解に至るのはわずか1%しかありません。また「完全寛解」という評価では、インターロイキン2による治療成績の方が、むしろ優れていること、進行性腎臓がんの5-7%に完全寛解が認められることが示され、再び、免疫治療が見直されました。
それから20年経過し「免疫チェックポイント阻害剤」という抗がん剤が登場し、2011年のFDA初認可以来、6種類の治療薬が開発されました。なかでも「ニボルマブ」は、「mTOR」に対して、客観的腫瘍縮小効果は、25% 対 5%と大差で有効性が示され、TKI治療後の進行した腎臓がんの生存率は、25ヶ月 対 19.6ヶ月を示し、2016年に「ニボルマブ」は、腎臓がん治療の適応を取得しました。問題点は、24%に及ぶ部分奏功に対し、完全奏功はわずか1%であることでした。
さて、進行性腎がんの予後は、低、中、高リスクの3つに分類されています。進行性腎がん患者の75%は、比較的予後の悪い症例が含まれる、中/高リスクに分類され、ファーストラインの抗がん剤である「スニチニブ」(TKIのひとつ)を用いた第3相試験の結果では、無増悪生存期間中央値は、9.5ヶ月、全生存率中央値は、29.3ヶ月、奏功率25%で、決して満足できるものではありませんでした。一方、抗細胞傷害性Tリンパ球抗原-4(CTLA-4)である「イピリムマブ」は、メラノーマに対する効果を認め、認可されたものの、腎がんに対する効果は乏しく、認可されませんでした。しかし「イピリムマブとニボルマブを併用治療」でそれぞれの単剤より高い効果を認め、未治療の進行性腎がん症例を対象に臨床試験が行われました。奏功率は40%、2年全生存率は67-70%という良好な結果から第三相臨床試験が行われ報告されました。「チェックメイト214」と命名されたこの臨床試験では、未治療腎癌の患者を対象に、1)ニボルマブとイピリムマブ併用、2)スニチニブ単剤を用い比較試験を行い、その結果がNEJMに掲載されましたので解説を試みます(1)。
<対象>
対象は、18歳以上の未治療進行性腎がん(明細胞がん)患者で、カルノフスキー・パーフォマンスステータス(PS)は、70以上(0-100スケールで、0が最低のPS)で、脳転移、自己免疫疾患、グルココルチコイド、免疫抑制剤使用症例は除外しました。国際腎癌データベースコンソーシアムの分類により、低リスクはスコア0、中リスクは1-2、高リスクは3-6としました。この分類では、カルノフスキーPS70、診断から治療開始が1年以内、補正血清カルシウム濃度が10以上、好中球数が正常上限以上、血小板数が正常上限以上かどうかによってスコア化したデータを元に層別化しました。
第三相のオープンラベルの無作為割付試験で、ニボルマブとイピリムマブ併用(併用群)、及びスニチニブ単剤を用いた2群の比較試験としました。ニボルマブは、60分かけて体重Kgあたり3mg、イピリムマブは、30分かけて体重Kgあたり1mg投を3週間おきに4回の投与を繰り返し(インダクションフェーズ)、その後維持療法としてニボルマブを2週間おきに同容量で続けました。スニチニブは、4週間の50mgの経口投与を1サイクルとして、6週間おきに継続しました。
<一次評価項目>
中、高リスク患者の奏功率、無増悪生存期間、全生存期間。
<二次評価項目>
全患者の奏功率、無増悪生存期間、全生存期間。副反応。
<結果>
2014年から2016年の間に、28カ国175医療機関で抽出された1096人の患者が、無作為に2つの治療群に割り付けられ、治療を受けた1082人のうち「ニボルマブとイピリムマブ併用群(併用群)」が547人、「スニチニブ群」が535人となりました。それぞれ、423人と416人が中/高リスク群でした。治療中断は、併用群で42%、スニチニブ群で55%で、その主因は、腎がんの増悪によるものでした。
年齢中央値は、併用群、スニチニブ群、そのぞれ、62歳と61歳、性別は、男性が74%と71%、予後リスクは、低リスクがいずれも23%、最も多い転移臓器は、「肺」でそれぞれ69%と70%、両群間の患者は、ほぼ同質の特徴を持つことが確認されました。
<一次評価項目>
中/高リスク患者の中央観察期間は25.2ヶ月で、「18ヶ月時点での全生存率」は併用群75%、スニチニブ群60%で、死亡のHRは、0.63でした(P<0.001)。「完全奏功率」は、併用群9%、スニチニブ群1%、「無増悪期間」の中央値は、それぞれ11.6ヶ月と、8.4ヶ月(HR0.82、P=0.03)、「奏功率」は、それぞれ42%と27%(P<0.001)でした。「グレード3、4の副反応」は、それぞれ46%と63%で、さらに副反応に伴う治療中断は、併用群22%、併用群12%でした。
<二次評価項目>
全患者の「18ヶ月時点での全生存」は併用群78%、スニチニブ群68%で、「死亡のHR」は、0.68でした(P<0.001)。「完全奏功率」は、併用群9%に対しスニチニブ群では、1%でした。「無増悪期間の中央値」は、12.4ヶ月と、12.3ヶ月(HR0. 98、P=0.85)、奏功率は、39 %と32 %でした(P=0.02)。
低リスク患者で2群を比較した結果、スニチニブ群は、併用群に比べて、奏功率(52%と29%)、及び無増悪生存期間(25.1ヶ月と15.3ヶ月)ともに有意に良好な結果を示しました。
<コメント>
特筆すべきは、これまでの報告から、治療効果が低いと考えられてきた中/高リスクの進行性腎がん患者において、併用治療により、スニチニブ単独治療に比べて「死亡率の32%もの有意な低下」を示したことです。同様に完全奏功率も9倍も上昇したことも朗報です。
一方で、低リスクの患者では、むしろスニチニブに軍配が上がったことは、「免疫チェックポイント阻害剤の適用は、より進行した癌、かつ遺伝子変異が多いことが必要条件だろう」というこれまでのコンセンサスと一致するものでした(2)。今後、あらかじめ遺伝子変異数などを検査し、適用患者を絞り込んで、スニチニブが奏功する集団と、免疫チェックポイント阻害剤が奏功する集団を見極めることが必要でしょう。一方、スニチニブと免疫チェックポイント阻害剤の併用が奏功する集団の存在も可能性は否定できません。今後「進行性腎がんの特性を遺伝子変異の数や種類から分類する」といった観点からの研究が望まれます。
既存の治療法では、「進行性腎がんの治癒」ということは考えられない状況でしたが、光明が差しはじめた、と言えそうです。「治癒」を目標に掲げ、薬の組み合わせ、患者の絞り込みの丁寧な分析調査は今後も必要でしょう。ただし今回の研究で認められた、グレード3、4といった多数の重篤な副反応、それに伴って治療を中断しなければならなかった多数の患者さんがいらしたことは、忘れてはならず、今後は副反応低減ために、薬剤のドースを減らす、治療サイクル期間を長引かせるなどといった、方法論の議論も不可欠であると感じました。

文献
  1. Motzer, R. J., Tannir, N. M., McDermott, D. F., Arén Frontera, O., Melichar, B., Choueiri, T. K., ... & Powles, T. (2018). Nivolumab plus ipilimumab versus sunitinib in advanced renal-cell carcinoma. New England Journal of Medicine. 2018 Apr 5;378(14):1277-1290. doi: 10.1056/NEJMoa1712126. Epub 2018 Mar 21.
  2. Le, D. T., Uram, J. N., Wang, H., Bartlett, B. R., Kemberling, H., Eyring, A. D., ... & Biedrzycki, B. (2015). PD-1 blockade in tumors with mismatch-repair deficiency. New England Journal of Medicine, 372(26), 2509-2520.


2018/04/03

愛し野塾 第164回 ピロリ菌除去による続発生胃がんの予防


胃がんは、東アジアに多く、欧米には比較的少ない疾患といわれています。国内では、東北地方日本海側で多く、沖縄県は少ない、と報告されています。リスク要因として、「喫煙、塩分過剰摂取、ヘリコバクター・ピロリ菌(ピロリ菌)感染、野菜と果物の摂取不足」が指摘されており、ピロリ菌の感染率は、中高年で高く若年者で低いこともわかっています。国立がんセンター(2018.4.4 現在)によると、胃がんリスクの低減についてピロリ菌除菌の有効性が最近の研究から明らかになったことから、「ピロリ菌感染を認めたらその除菌をすること」が推奨されるようになった、と記載されています。確かに、1994年にWHOは、ピロリ菌をグループ1のカルチノゲンに指定している点から、がんセンターの記述は正しいと考えられます。しかしながら、Evidence Based Medicineの視点から「ピロリ菌除菌が胃がん予防につながる」と断言できるほど、明確に証明されていないのが実情です。「無症状のかたでピロリ菌陽性者でも、スクニーニング・治療をすることは、いまだ推奨されるレベルにいたっていない」にもかかわらず、採血検査によるピロリ菌感染の有無を調べる検査(ABC検査と呼ばれます)は、すでに日常臨床で、保険外診療として取り扱われています。
韓国では、日本同様、健診が発達していることから、早期胃がんの発見率が高く、内視鏡による治療がメインに行われます。ところが、1年に3%もの癌の再発を認め、この「続発性胃がん予防」を目的とした研究が盛んに行われています。これら研究成果を元に「ピロリ除菌が胃がん予防に役立つのかどうか」という議論に決着をつける可能性も出てきました。1997年には、日本の研究で、早期胃がんを内視鏡で治療した際に、ピロリ菌を除菌すると、胃がんの再発を予防しうる、とい報告されていましたが、方法の厳格性が指摘され、決定的な結果が得られたとはいえない状況でした(1)。その後の2つのオープンラベルの研究結果は(2、3)、続発性胃がんは予防できる、と予防できない、といった全く正反対の結果だったのです。
現在、ピロリ菌感染は前がん状態いわれる萎縮性胃炎を発症させ、萎縮性胃炎が一定以上進むと、不可逆的な状態を呈し、もはやピロリ菌除菌をしても胃がん予防には効果を示さない、との考えかたが支配的となってきていました。しかし、前がん状態がない健康な若者を対象とした研究でも、すでに病理学的に進行した萎縮性胃炎の状態をもつ高齢者を対象とした研究でも、それぞれに相反する結果を認め、ピロリ除菌の施行の可否は、担当した医師の判断次第という微妙なものになっていたことは間違いありません。
今回、無作為2重盲検試験というきわめて厳密な方法論でこの重要な問題に取り組んだ結果がNEJMに報告されましたので、まとめたいと思います(4)。
<方法>
韓国国立癌センターで、18歳から75歳を対象とした無作為2重盲検試験が行われました。内視鏡検査・生検で、病理的に「早期胃がん、あるいは、ハイグレード腺腫」と診断され、内視鏡治療予定のかたのうち、「ピロリ菌感染していること、粘膜腫瘍で潰瘍を伴わないもの、リンパ節、CT上遠隔転移のないもの」を登録条件としました。また除外条件は、「再発胃がん、ピロリ除菌の既往、未分化管状腺癌、印環細胞癌、抗生剤治療の重篤な副作用の既往、内視鏡術後に外科術を必要とするもの、過去5年以内に別の臓器に癌があるもの」としました。
対象者は、内視鏡治療前に無作為に「ピロリ菌除菌」群か「プラセボ」投与群に割り付けられ、除菌は「アモキチシリン1000mg、クラリスロマイシン500mg、ラベプラゾール10mg」を一日2回、7日間投与で行われました。治療後、PPI(ラベプラゾール)のみさらに4週間追加投与されました。
その後、3ヶ月後、6ヶ月後、1年後、以降、6ヶ月ないしは12ヶ月おきに3年後まで内視鏡検査が施行されました。2015年9月からは、倫理的配慮から、経過観察でピロリ菌陽性の場合には「PPI,ビスマス、メトロニダゾール、テトラサイクリン」による除菌が試みられました。
内視鏡施行時、粘膜生検によって萎縮性胃炎の状態も評価されました(シドニーシステムに従い、0-3までの4スコアに分類、0が萎縮性胃炎なし、1が軽度、2が中程度、3が重度)。
<一次評価項目>
術後1年以上経過した後に認められた続発性癌の割合
萎縮性胃炎のスコアが少なくとも1改善した割合。
<2次評価項目>
続発性腺腫発症率
全生存率
<結果>
2003年から2013年の間に1350人をスクリーニングし、条件に合致した470人を無作為に2群に割り付けました。最終的に、除菌群は194人、プラセボ群は202人となりました。経過観察の中央値は5.9年でした。
「除菌群」と「プラセボ群」はそれぞれ、平均年齢は、59.7歳と59.9歳、男性の割合は72.7%と77.7%、喫煙者は41.2%と37.6%、アルコールは55.2%と63.4%、腫瘍の大きさは、1.7cmと1.6cm、腫瘍の場所は、下部が大半を占め、82.5%と82.2%、病理所見は、分化型腺癌が66%と68.8%、深達度は、粘膜が89.7%と93.6%、萎縮の程度が重度だったものの割合は、69.5%と70.1%、メタプラジアは、重度が41.1%と38.8%でした。両群間に差を認めませんでした。
<1次評価項目>
5.9年の経過観察期間で、治療群は、194人中14人(7.2%)に続発性胃がんが発症、プラセボ群は、202人中27人(13.4%)に発症し、治療群では、プラゼ群に比較して、続発性癌発症は有意に少ない(HR=0.50、P=0.03)ことがわかりました。続発性がんの発症をきたした患者の特徴について2群を比較すると治療群に比較してプラセボ群では、診断時の年齢が若く外科術がより多く行われていることがわかりました。
試験開始後3年時の生検をした症例327人について調査をしたところ、胃小弯の萎縮のグレードは、治療群で、プラセボ群に比較して、有意な改善を認めました(48.4%対15%、P<0.0001)、同部位の腸上皮仮生のグレードの改善についても同様に認め(36.6%対18.3%、P<0.001)、前庭については、萎縮の程度も腸上皮仮生の程度も2群間に差異を認めませんでした。
<2次評価項目>
続発性の腺腫の発症に差を認めず(治療群16例、プラセボ群17例)、死亡に関しては、治療群11例、プラセボ群6例で、有意差を認めませんでした(HR1.95、P=0.19)。死亡の内訳について、治療群:1例が胃がん、6例は別の臓器のがん、4例は癌以外の疾患に伴う死亡でした。プラセボ群:胃がん1例、結腸癌1例、4例が癌以外の疾患に伴うものでした。
<ピロリ菌の除菌>
3ヶ月後の解析から、ピロリ菌除菌の成功を認めたのは167例(治療群で、194人中156人(80.4%)で、プラセボ群では、202例中11例(5.4%))でした。また、228人がピロリ感染持続状態でした。続発性癌発症症例は、持続感染があった228人のうち32例、除菌ができた167例のうち9例でした。除菌後の続発性癌の発症率は、HR0.32(P=0.002)と極めて低率でした。
<副反応>
味覚障害、下痢、めまいが、治療群でプラセボ群よりも有意に多くみられましたが(42%対10.2%、P<0.001)、重篤な有害事象はありませんでした。経過観察中、胃腸障害の治療に伴う投薬状況は、治療群とプラセボ群で差はありませんでした。
<議論>
ピロリ菌除菌によって予防可能ながんとして知られている「胃がん」について、症状のない方のピロリ菌感染のスクリーニング、かつ陽性者の治療については、その有効性、条件、費用対効果の点から十分なエビデンスを持って対処する必要があります。「スクリーニングと治療」の視点から、どのタイミングの施行(及び陽性者の治療)が適切なのか、議論されてきました。胃がんの前段階とされる「重症の萎縮性胃炎」が見つかった場合、ピロリ菌除菌が、胃がんへの進行を抑制できるのか、それともできないのか、という点から、この方針をとる上で、適切な時期かどうか、大きな争点となってきました。
今回の研究では、すでに早期胃がんが見つかり、萎縮性胃炎はかなり進んだ状態の方が対象でしたが、こうした不可逆的な前癌状態であっても、未だ、ピロリ菌の除菌が癌抑制に、50%も効力を示したことは驚きです。これまでは、すでに進んだ萎縮性胃炎を認めた場合には、もはやピロリ菌の除菌には、胃がん抑制の意味はないと信じられてきたからです。今後は、ピロリ感染が生じていることが判明した場合は、いかなる場合でも、積極的に除菌することになるでしょう。
ただし、死亡症例を鑑みると、有意差がなかったとはいえ除菌群で1.95倍も多かったことは看過できません。他臓器の癌による死亡が明らかに多かった印象です。早期胃がん発見時に、PETをするなどして、全身の細かな評価をする努力も必要かもしれません。今後の緻密な精査を待ちたいと思います。
これまで、進行した萎縮性胃炎を認めた症例には、ピロリ菌除菌はしないという方針の医師も少なくなかったのではないでしょうか。コペルニクス的転換の時期を迎えた思いがあります。

文献
1.Uemura N, Mukai T, Okamoto S, et al. Effect of Helicobacter pylori eradication on subsequent development of cancer after endoscopic resection of early gastric cancer. Cancer Epidemiol Biomarkers Prev 1997;6:639-642.

2.Fukase K, Kato M, Kikuchi S, et al. Effect of eradication of Helicobacter pylori on incidence of metachronous gastric carcinoma after endoscopic resection of early gastric cancer: an open-label, randomised controlled trial. Lancet 2008;372:392-397.

3. Choi J, Kim SG, Yoon H, et al. Eradication of Helicobacter pylori after endoscopic resection of gastric tumors does not reduce incidence of metachronous gastric carcinoma. Clin Gastroenterol Hepatol 2014;12(5):793-800.e1.


4. Choi IJ, Kook M-C, Kim Y-I, et al. Helicobacter pylori therapy for the prevention of metachronous gastric cancer. N Engl J Med 2018;378:1085-1095.