2017/10/02

第138回 愛し野塾 胃バイパス術の有効性と課題


胃バイパス術の有効性

「肥満」は、今や欧米に限らずアジア圏でも重点課題であることは言うまでもありません。肥満治療のための食事療法や運動療法に関しては、研究技術の発展によって最新のアプローチが次々検証されています。しかし、未だ適正体重に及ばない、また適正体重を維持することが非常に困難であると苦悩する肥満患者が取り残されているのが現状です。肥満によって、糖尿病、高血圧、脂質異常症といった合併症が悪化すれば、生命に関わる心血管病リスクが高まります。そのため重度肥満者の減量のために外科的な手段が取られるようになりました。胃を小さくしてすぐに満腹に感じさせるようにする、あるいは、食物が胃を通過しないように直接腸に至るようにするバイパス手術が、一定の効果を上げることがわかり、注目されるようになりました。
さて、腹腔鏡下スリーブ状胃切除術は、胃のサイズを小さくする手術で、2016年4月から、保険適応となり、多くの肥満者に門戸が開かれました。対象となるのは、1つ目に、6ヶ月以上、内科的治療が行われているにも関わらずBMIが35以上であること、二つ目に高血圧、糖尿病、脂質異常症のいずれか一つ以上を有していること、が手術適用の条件となっています。これにより、かつて自費で約200万円という高額な治療が、現在、保険適用によって16万円程度で受けられるようになりました。
国内での当分野でのフロントランナーは、四谷メディカルキューブの笠間先生のグループです。最新の論文で、東北大学などとの共同研究で、298人に手術を行い、術後12ヶ月後の糖尿病の寛解率が80%を越えたことを発表しています(文献1)。日本国内の当外科術の対象となる肥満患者数は少なくとも推定60万人ともされ、それぞれの症例に適した治療の選択肢を拡大することは火急の問題です。
さて、日本では、せいぜい1年程度のアウトカムのデータしかありませんが、欧米では、バリアトリック術の経験は長く、今回、米国ユタ大学アダムス博士らによって12年の経過を観察した結果が医学誌NEJMに報告されました。長期にわたって経過観察が施行され、リスクも含めた解析結果の詳細が明らかになったのははじめてです(文献2)。
【対象】
前向きの観察研究として、2000年に開始されました。1,156人が、ソルトレークにある、バリアトリック外科センター、ロッキーマウンテンアソシエイティッドフィジシャンに、ルーワイ手術を希望し受診、そのうちの418人がルーワイ術(胃全摘後、食道と小腸をつなぎ十二指腸を閉じる手術)を受けました(外科術群)。手術を受けなかった残り417人(非外科術群1)は、保険適用がないことが受けなかった主たる理由でした。同時に一般市民の中から、重度の肥満症例である321人(非外科術群2)を選択し試験登録しました。登録対象条件は、18から72歳、アルコールや麻薬依存症がなく、これまでバリアトリック術を受けたことがないこと、胃・十二指腸潰瘍がなく、過去6ヶ月に心筋梗塞の既往がない、過去5年の間に癌の罹患がないこと、とされました。
一次評価項目は、「体重減少、2型糖尿病、高血圧、脂質異常症の発症率、寛解率」でした。「寛解した2型糖尿病」は、空腹時血糖が126mg/dl未満、HbA1cが6.5%未満、糖尿病薬を使っていないこと、と定義されました。
【結果】
亡くなった患者を除いて、12年後の時点で評価できたのは、外科術群で99%(392人中388人)、非外科術群1は96%(378人中364人)、非外科術群2は99%(303人中301人)と極めて高率でした。また12年間に、非外科術群1の417人のうち147人(35%)が、非外科術群2の321人のうち39人(12%)がバリアトリック術を受けました。
【体重】
外科術群では、術後2年で46.8Kgの低下、6年で37.3kg低下、12年で、35.5Kgの低下を認めました。非外科術群1は12年で、体重2.9Kg低下、非外科術群2では、1.0Kgの低下を認めました。「外科術群」の減量に対する効果は顕著でした。外科術群の体重減少率は、術後2年、6年、12年を通して、全症例のうち93%の方が少なくとも10%の体重減少、70%の方が少なくとも20%の体重減少を認め、387例中4例(1%)のみ、体重増加を認めました。
【糖尿病発症率、寛解率、死亡率】
糖尿病発症率は、外科術群で3%と低く、非外科術群1及び2ともに、26%と高い値を示しました。つまり外科術を受けた場合の糖尿病発症率は、受けなかった場合に比較すると、わずか8-9%にまで抑えられることがわかりました(P<0.001)。
高血圧の発症率、脂質異常症(高LDL―C血症、高中性脂肪血症、低HDL―C血症)の発症率も同様に外科術群で有意に低いことがわかりました(高血圧は23%、高LDL―C血症は12%、高中性脂肪血症は15%、低HDL-C血症は17%で、いずれもP<0.001、中性脂肪のみP<0.05)。
糖尿病の寛解率は、外科術12年後には51%に達しました。非外科術群1と比較すると8.9倍、非外科術群2と比較すると14.8倍も有意に高いことがわかりました(いずれもP<0.001)。術前に治療薬を用いていなかった症例では、73%の極めて高い寛解率を認め、術前に経口剤のみでの治療経験のある症例では56%、術前にインスリン治療を行っていた症例でも16%の寛解率を認め、糖尿病の重症化に伴う寛解率の低下が示唆されました。
高血圧の寛解率は、外科術で高く、非外科術群1と比較し有意差を認めましたが、非外科術群2との間に有意差を認めませんでした。脂質異常症の寛解率は、すべての因子(LDL-C,TG,HDL-CI)で、外科術群で有意に高く、3.3倍から18.6倍の差を認めました。
死亡率は、外科術群は、非外科術群1に比較して有意に低く、非外科術群2との比較では有意差を認めず、さらに非外科術群全体との比較でも有意差を認めませんでした。「外科術後に自殺者が多いという論文報告がある」という査読者の指摘により、自殺率を精査したところ、外科術群後の5例、非外科術群1で、2例の自殺症例を認めました。また非外科術群の自殺2症例は、外科術後の出来事であることも確認されました。非外科術群2では自殺を認めず、結果として外科術を受けたもののみに、7人もの自殺者がいることが明らかになりました。
【議論】
今回の研究の成果から、ルーワイ法を用いたバリアトリック術により、12年で26.9%もの体重減少を認め、肥満治療に劇的な効果があることが明らかとなりました。2013年のスウェーデンの報告(SOS研究)でも、ルーワイ法バリアトリック術では、術後10年で体重25%低下と報告され、これとほぼ同様の結果となりました。これらの調査からルーワイ法は、減量について長期的効果があることが証明されたと言っても過言ではないでしょう。SOS研究で用いられたルーワイ法は、術式として採用された対象者は非常に少なく、主にガストリックバンディング法が用いられて、その差異から生じたと推測される糖尿病の寛解率の差が認められました。SOS研究では術後10年で糖尿病寛解率は36%にとどまりましたが、本研究では、術後12年で糖尿病寛解率51%と良好な値を示しています。現在ガストリックバンディング法は行われておらず、ルーワイ法が主流となっています。この流れは正しいものと考えられます。
本研究では、術後12年の段階で、91-92%も抑制されることが明らかとなった「糖尿病の発症率」も朗報となりました。SOS研究では、バリアトリック術後10年で発症率の抑制は83%でした。インスリン抵抗性の改善、及びインスリン分泌促進効果がバリアトリック術によって促進されると基礎研究から示唆されてきました。今回の調査で認められた外科術による高い糖尿病寛解率や糖尿病発症予防効果はこれらの説を強く支持する結果だと考えられます。
さて最大の問題は、バリアトリック術後の自殺者の増加です。すでに同様の報告を認め、議論されてきました。リスク因子として(1)35歳以下の若年層、(2)ホルモンの変化、(3)合併症が術後も引き続きみられること、(4)術前にうつ病あるいは気分変調をきたす疾患があること、(5)術後もQOLが良くならないこと、(6)社会生活、人間関係、性生活の問題、(7)幼少時の低栄養の問題、などが挙げられています。術後1ヶ月は、SSRIが腸管からの吸収低下により効果が限定されると推測され、すでに摂食障害治療を目的に精神科領域で処方されている向精神薬がある場合、薬効の変化がリスク因子となりうるのではないか、と推測しています。しかし調査中に自殺した7症例の詳細は不明であり、リスク因子も含め今後、詳細な解析と報告は必須でしょう。現状では、ハイリスクの肥満症例については、精神科領域に関わる病態及びその治療法を精査し、また術後のモニタリングを条件に、手術を適用することが求められると思います。