2017/10/22

第140回 愛し野塾「オメガ6脂肪酸」の2型糖尿病の発症抑制作用




健康維持・増進の観点から、DHA・EPAに代表されるオメガ3系の不飽和脂肪酸が注目されています。一方で、オメガ6系不飽和脂肪酸である「リノール酸」の健康の是非については、議論の分かれるところです。DHA・EPAは青魚に多く含まれ、食事ガイドラインで、イワシやサンマの摂取を積極的に勧められています。かたや、リノール酸は、植物油に多く含まれており、例えばひまわり油の摂取などは、体に良いイメージがあります。
この概念を支持している米国心臓学会のガイドラインでは、摂取エネルギーのうち5-10%は、リノール酸から摂ることを推奨しています。一方で、オメガ6系不飽和脂肪酸は、オメガ3系不飽和脂肪酸とその作用が競合すること、また、代謝産物として炎症性のアラキドン酸を増やしてしまうことから、取りすぎには健康上問題がある、という考え方もあり、実際、フランスでは、全エネルギーの4%以下の摂取に抑えたほうがいいとしています。
我が国では、日本独自の研究成果が乏しく、推奨する摂取量が算出不可能といった厚労省の見解があるようです。こうした「各国での取り扱いの違い」から、オメガ6系不飽和脂肪酸摂取量については、信頼にたる科学的エビデンスに基づいた結論には未だ至っていない、と認識されています。
今回、オメガ6系脂肪酸摂取による2型糖尿病の発症抑制効果について、厳密な手法で大規模に精査した結果が発表されました(文献1)。今回はこの論文を見てみようと思います。
【方法】
オンライン検索エンジン「MEDLINE」を用いて、「前向き研究で、リノール酸、アラキドン酸の濃度(リン脂質、血清、コレステロールエステル、脂肪組織といった異なるソースを用いて測定していることは問題とせず、全脂肪酸の割合として表示されていることとした)を調べており、糖尿病の発症率を調査」していることを条件にしてピックアップした26個の研究のうち、20個の研究で本調査の参加許可が得られました。
参加国は、米国、アイスランド、オランダ、ドイツ、フィンランド、イギリス、スエーデン、オーストラリア、台湾、の10カ国、20本のコホート研究から構成された39,740人が対象となる、大規模研究となりました。研究開始時には、糖尿病の方がいないことが条件とされました。リノール酸、アラキドン酸などのバイオマーカーは、研究開始時に測定されているものとしました。
主たる評価項目は、オメガ6系不飽和脂肪酸摂取量と、2型糖尿病の発症率の関係でした。それぞれのコホートで試算後、データは統合的に解析されました
【結果】
年齢は、49歳から76歳、BMIは23.3から28.4でした。ほとんどの参加者は、ヨーロッパ系で、一部、アフリカ系、アジア系、ヒスパニック系も含まれる研究が認められました。36万6,073年・人の解析対象の中、2型糖尿病の発症は、4,347例ありました。多変量調整統合解析では、濃度を5分割した場合、濃度が高くなるにしたがって、2型糖尿病の発症リスクが有意に低くなることが明らかになりました(p<0.0001)。リノール酸の最大濃度と最低濃度の群を比較すると、43%もの、2型糖尿病発症リスクの有意な低下を認めました(P<0.0001)。リノール酸の測定を、リン脂質(14本のコホート研究で使用)、血清(6本のコホート研究)、コレステロールエステル(4本のコホート研究)、脂肪組織(1本のコホート研究)といった、異なるソースをもとに比較した結果、リノール酸が2型糖尿病を抑制する程度は、それぞれ、リン脂質で43%、血清で53%、コレステロールエステルで46%、脂肪組織で24%でした。リン脂質、血清、コレステロールエステルから得られたリノール酸値を用いた場合は、有意差を認めましたが、脂肪組織のリノール酸測定では、有意差を認めませんでした。脂肪組織のリノール酸測定をした研究は、1本のコホート研究であることが結果に影響していると考えられました。アラキドン酸濃度と2型糖尿病発症リスクとの間に相関は認められませんでした(濃度を5分割した場合のリスク比は、0.96、P=0.38)。
これら「リノール酸による2型糖尿病発症リスク減少」、「アラキドン酸と2型糖尿病発症リスクの関係」は、それぞれ、年齢、BMI,性別、アスピリン使用、オメガ3系不飽和脂肪酸濃度、FADS遺伝子変異によっても影響を受けませんでした。
【考察】
オメガ6系不飽和脂肪酸摂取が2型糖尿病の発症抑制を促すことが調査によって明確に示されました。植物油の摂取を増やせば、糖尿病発症リスクが43%も抑制可能である、という結果は圧倒的なインパクトのあるものです。かつて世界の食事療法の根幹を変えた「前向き・大規模研究であるPREDIMED研究」による「地中海食が2型糖尿病の発症リスクを52%抑制する(文献2)」という調査結果に続き、ほぼ同等の効果を表す結果といえるものでしょう。
この研究が高く評価された理由には、調査対象を、前向きのコホート研究に絞ったことで、研究のバイアスを抑えられたこと、また脂肪酸の摂取量推定値として、これまでの研究のような記憶に基づく食事質問表による算出ではなく、実際のバイオサンプルの測定値を採用したことから結果の信憑性が高いこと、20本のコホート研究との共同研究により、バイオサンプルをさまざまなソースから得られたことが挙げられます。また26本のコホート研究のうち20本の研究主催者が研究に参加協力し、パブリケーションバイアスを低減できたことも重要なポイントでしょう。
この研究の弱点は、脂肪組織から得られたリノール酸のデータが少なく統計的有意差が得られなかったこと、対象がヨーロッパ人種がほとんどであることから人種を超えた普遍性がある結果というには不十分であること、血中のリノール酸の濃度が、必ずしも食事摂取によるものだけを表しているものではない可能性があること、研究当初の濃度測定データ採用のみであり、経過観察をしていないことから、摂取量変化のバイアスについて考慮されていない点です。
しかし、さまざまなコンパートメントから得られた「リノール酸の総脂肪酸に占める割合」を、高い順番に5分割させると、最高レベル群で2型糖尿病発症リスクが43%低下、2番目のグループで33%低下、3番目のグループで、28%低下、4番目グループで26%低下と、容量依存性を認めていることから、得られた結果が正しい可能性は極めて高いと私は考えています。
基礎研究では、飽和脂肪酸であるパルミチル酸はインスリン抵抗性を上げ、オメガ6系不飽和脂肪酸は、インスリン抵抗性を改善する効果があることがすでに報告されており、今回の結果を支持するものとなっています。アラキドン酸は、炎症性のメディエーターとしてよく知られていますが、今回、「2型糖尿病発症促進効果がないこと」が示された意義は大きいと判断されます。
さて、この論文で得られた知見から、私たちの生活レベルでできることはどんなことでしょう。
2型糖尿病発症を40%以上も予防につながる、一日あたり、28個のピーナッツ、あるいは、ひまわり油やコーン油など植物油のさじ一杯分の増量は、ならば、なんだか出来そうですね!

 文献1
Lancet Diabetes Endocrinol. doi: 10.1016/S2213-8587(17)30307-8. [Epub ahead of print]
Omega-6 fatty acid biomarkers and incident type 2 diabetes: pooled analysis of individual-level data for 39 740 adults from 20 prospective cohort studies.
Wu JHY

文献2
Diabetes Care. 2011 Jan;34(1):14-9. doi: 10.2337/dc10-1288. Epub 2010 Oct 7.
Reduction in the incidence of type 2 diabetes with the Mediterranean diet: results of the PREDIMED-Reus nutrition intervention randomized trial.