持続血糖モニターの威力
糖尿病の患者さんが、健康な生活を送る上で最も重要なことは、合併症の発症を予防することでしょう。そのためにまず注意することは、血糖値が高くなりすぎたり、低くなりすぎたり、ということなく、正常範囲内での血糖管理を継続することです。しかし、気をつけなければならないことは、血糖が高すぎる(高血糖)、また低すぎる(低血糖)といった状態でも、ほとんどの場合で自覚症状がなく、生命リスクに至るまで気がつかないことが、あるということです。
したがって、糖尿病の患者さんの健康生活を維持するためには、血糖管理の精度を上げる必要があります。つまり、血糖値の動態をどう客観的に捉え、いかに対処するか、が鍵になるのです。インスリン注射をしている方は、特にこの問題に直面する頻度が高くなるため、自己血糖測定をすることで、ある程度の対処をしているのが現状です。しかし、最大でも一日4-5回程度の血糖測定の頻度では、激しい運動や宴会での大食後、また就寝中など、日常のあらゆる活動状況に伴った血糖値の大きな変化をリアルタイムで捉えるには限界があります。24時間持続血糖モニターの装着が可能になれば理想的ですが、その保険適応は、インスリンポンプをしている方に限られており、多くの糖尿病患者さんには高嶺の花でした。
こうしたなか、2017年7月、フラッシュ グルコース モニタリングシステム(FGM)、フリースタイル「リブレ」(アボット社製)に関する、日本糖尿病学会理事長 門脇先生の声明が発表されました(文献1)。9月1日より、保険適応となった「リブレ」は、皮下間質液中のグルコール濃度を、15分おきに14日間測定可能な画期的なデバイスです。データは、直径3.5cm、厚み⒌mmのデバイスに蓄積され、データを数秒でダウンロードできます。また、随時、携帯リーダーを用いて、リアルタイムのデータも確認することができます。このデバイスを用いることで血糖コントロールの改善が可能であることが、1型、及び2型の糖尿病患者を対象とした調査によって報告されました(文献2)。例えば、「インパクト研究」では、23ヶ所のヨーロッパの医療機関で、241人の1型糖尿病(血糖コントロール良好な方で平均HbA1c 6.7%)の方を対象に、リブレ使用群と自己血糖測定群の2群に無作為に割付け、その結果、6ヶ月後に、HbA1c値を維持しながら、リブレ使用群は、自己血糖測定群に比較して、低血糖状態と判定される時間が、1日あたり1.25時間(38%)も有意に減少していました(P<0.001)。また「リプレイス研究」では、22ヶ所のヨーロッパの医療機関が参加し、一日複数回のインスリン投与をしている患者さん224人を、リブレ使用群と自己血糖測定群の2群に無作為に割付け、6ヶ月後にその効果を比較した結果、リブレ使用の65歳以下のグループのHbA1c値は、0.3%もの有意な低下を認めました(P<0.05)。また低血糖の頻度は、リブレ使用群で43%有意な低下を認めました(P<0.001)。
こうした結果から、今後、日常臨床にリブレを採用すれば、血糖コントロールが困難な症例でも、よりよい血糖管理が期待され、危険な低血糖の頻度も抑えられる可能性が高まるでしょう。この装置では、これまで不可欠であったキャリブレーションが不要で、手間がかなり簡便化され、使用者に不評だった異常値を知らせるアラームが除去されており、使い勝手の良さが売りとなっています。
さて、持続血糖モニター「リブレ」の話題はさておき、1型糖尿病を患う妊婦の方に、持続血糖モニターを適用することで、血糖コントロールが改善するだけでなく、そのうえ新生児のアウトカムも有意に改善することが報告ました(文献2)。論文は、カナダのファイグ博士らが、9月15日号のランセットに発表したばかりです。
妊娠時、母親が1型糖尿病に罹患している場合、妊婦の子癇(妊娠20週以降に初めて痙攣発作を起こし、てんかんや二次性痙攣が否定されるもの)発症や帝王切開の頻度の上昇が報告されています。さらに新生児についても、奇形率、早産率、巨大児発症率、また新生児集中治療室への入室率などのリスクの増大があることも報告されています。「適正な血糖管理こそが、母と生まれてくる子の様々な健康リスクを回避できることは明確である」、にもかかわらず、1型糖尿病の血糖コントロールは極めて難しく、事実、ガイドラインで提唱された厳しい血糖管理値を実現できている方は、わずか15%程度、また新生児の2人に1人は、母体の高血糖に伴う何らかの合併症を発症することが報告されています。しかし妊娠初期の厳格な血糖管理が、低血糖リスクを上昇させ、何と妊婦では非妊婦に比較すると低血糖の頻度は、5倍にも増えるといった報告もあるのです。
持続血糖モニター装置によって、リアルタイムで血糖値を認知できれば、簡便に、妊婦の安全、かつ適切な血糖管理を可能とし、結果として、生まれてくる子の合併症の発現を回避できるようになるだろう、という期待のもとで、今回の調査研究が行われました。すでに行われた研究では、規模が小さく結論を得ることができなかったといった反省も踏まえ、適切な統計処理可能な規模での調査が綿密なプランのもと設定されました。
【対象】
1型糖尿病を12ヶ月以上患っている18-40歳の女性のうち、強化インスリン療法を、1日に多数回の自己注射あるいはインスリンポンプで行なっている妊婦、あるいは計画妊娠による妊婦を対象としました。
妊婦は、エコー検査によって、1)胎児が1人、2)13週と6日以下の月齢、3)HbA1cが6.5-10%、であれば、登録可能としました。また計画妊娠による妊婦においては、HbA1cが7.0-10%であれば登録可能としました。
妊婦を対象に、無作為に持続血糖モニター装着群(以下、持続血糖モニター群)と自己血糖測定群に割り付けられました。持続血糖モニター群(iPro2プロフェショナルCGM、メドトロニック社製)の条件は、1)ラン・イン期間は6日間、2)24時間連続使用時間を含む、3)少なくとも96時間の装着があること、4)最低4回以上(1日あたり)の自己血糖測定をしている、とされました。本試験では、ガーディアン・リアルタイム、あるいはミニリンクシステム持続血糖モニター装置が装着されました。
それぞれの項目の目標管理値は、血糖値は63mg/dlから140mg/dl、HbA1cは、妊婦で6.5%、計画妊娠による妊婦で7.0%と設定されました。インスリン量はアルゴリズム法を用いて調節されました。自己血糖測定は、少なくとも1日に7回(毎食前後と夜間就寝前)行われました。
【結果】
2013年から2016年までの期間、325人(妊婦215人、計画妊娠110人)が試験登録されました。妊婦215人は、持続血糖モニター群108人、及びコントロール群が107人に割り付けられ、それぞれ107人ずつが最終的に試験対象となりました。計画妊娠による妊婦は、持続血糖モニター群53人、コントロール群57人となりました。被験者の大半は、ヨーロッパあるいは地中海出身で、大学卒業と学歴が高く、非喫煙者で、長期にわたり1型糖尿病罹患歴がある妊婦でした。インスリン使用量は、妊婦で体重Kgあたり、0.69-0.76単位で、計画妊娠による妊婦で、体重Kgあたり0.61単位でした。HbA1c値は、妊婦で6.83%-6.95%、計画妊娠による妊婦で7.57%でした。1週間あたりの持続血糖モニターの使用時間は、妊婦で6.1日、計画妊娠による妊婦で6.2日使用と変わりありませんでした。
【血糖コントロール】
妊婦・持続血糖モニター群は、ベースラインから妊娠34週までの比較で、HbA1cは、コントロール群に比較して0.19%程度と少ないながらも有意な低下を示しました(P=0.0207)。血糖管理が改善した要因として、血糖変動の有意な減少が見られたこと(血糖値の標準偏差は、持続血糖モニター群:2.2、コントロール群:2.4、P=0.0359)、目標血糖値の範囲内に維持されている時間が有意に長かったこと(持続血糖モニター群:68%、コントロール群:61%、P=0.0034)が指摘されました。
さて、血糖改善には多くの場合、インスリン量の増加、低血糖頻度の上昇、体重増加などの有害事象が付きまといますが、そういった現象は認められませんでした。妊婦の高血圧発症、子癇発症、帝王切開、早産発症の頻度については、持続血糖モニター群とコントロール群間に差を認めませんでした。
【新生児のアウトカム】
在胎不当過大児の頻度は、持続血糖モニター群で、コントロール群に比べて有意な低下(49%低下、P=0.021)を認めました。また、出産後24時間以内の新生児集中治療室への入院率は、持続血糖モニター群でコントロール群に比較して55%もの低下(P=0.0157)を認めた上に、入院した新生児症例においても、デキストロース静脈注射の頻度の有意な低下(55%の低下、P=0.025)、及び入院期間の有意な低下(P=0.0091)を認めました。計画妊娠による妊婦については、34人と症例数が少なく、有意差を求める統計処理に不適と判断されました。
【有害事象】
有害事象数は、持続血糖モニター群で、コントロール群に比較して、多く見られました。最も多く見られた有害事象は、「皮膚反応」で、妊婦では、持続血糖モニター群:48%、コントロール群:8%、計画妊娠による妊婦では、前者:44%、後者:9%でした。重篤な有害事象数は少なく、吐き気と嘔吐を7例に認めました。
【議論】
妊婦に持続血糖モニターを装着することによって、新生児のアウトカムの改善が明らかになりました。妊婦のHbA1c値の低下はわずかとはいえ、持続血糖モニターに用いることによって、目標血糖を達成した時間は、1日あたり1.7時間増え、一方で高血糖暴露時間は、1日あたり1時間も少なくなりました。この妊婦の高血糖暴露時間の減少が、新生児の健康状態を改善したと示唆されています。
今回の試験によって幾つかの問題点も浮き彫りになりました。高いモチベーションを持っていた被験者である一方で、実際、持続血糖モニターの稼働時間の目標である「75%以上の使用率」を達成した方は、わずか70%でした。持続血糖モニターのキャリブレーション、アラームなど、デバイス操作の煩雑さが理由とされ、実際、予定外に医療機関へコンタクトする回数が増えたようです。
冒頭で述べた、先月国内で承認された「リブレ」は、キャリブレーション不要、かつアラーム装置も付いていないことから、煩雑さが軽減されました。今後「リブレ」を用いた同様の研究結果が期待されます。
日常臨床においても、血糖が設定値を超えるとすぐにアラームが鳴るのは、便利なようで、その頻度が高いと、心身ともに疲れるという声が聞かれます。また、持続血糖モニター装置とインスリンポンプが自動で連結されているデバイスが望ましいという指摘もあります。血糖値の変動に合わせて、即インスリン供給量を自動調節できることは大きな魅力です。
本研究の調査報告によって、今後、新生児の健康を守る観点から、妊娠1型糖尿病患者の持続血糖モニターの利用は検討されるべきで、ガイドラインに記載されることは間違いないと思うところです。
デバイス機能についても患者の声に耳を澄まし、解決していくことが期待されます。
文献1
文献2
Ramzi A. Ajjan, FRCP, MMedSci, PhD, Diabetes Technol Ther. 2017 May 1; 19(Suppl 2): S-27–S-36. Published online 2017 May 1. doi: 10.1089/dia.2017.0021 PMCID: PMC5444484
文献3
10.1016/S0140-6736(17)32400-5. [Epub ahead of print]
Feig DSら、Continuous glucose monitoring in pregnant women with type 1 diabetes(CONCEPTT): a multicentre international randomised controlled trial.