動脈硬化症が、心筋梗塞などの心臓疾患、脳梗塞などの脳血管障害、下肢閉塞性動脈硬化症などを誘発する重大な因子であることは、すでに知るところです。この動脈硬化の進行を抑止するために、血中のLDLコレステロールを低下させる「スタチン」が有効であることは、多くのエビデンスから、明らかにされてきましたが、最近の研究によって、その効果はたかだか50%程度と限定的であることがわかってきました。同時に、動脈硬化は、血管の障害に対する治癒機転として、炎症を司る様々な細胞、液性因子が関与していることが明らかとなってきました。例えば、感染症によって引き起こされる炎症でも動脈硬化を促すことが報告されています。この「炎症の抑制」によって動脈硬化進行を抑止できるのではないか、また、その効果は、LDLコレステロールの低下作用と相乗的に機能するのではないかと、期待されているものの、明確に証明されたわけではありません。処方薬であるスタチンの作用には、炎症抑制効果と同時に、LDL―C低下作用もあることから、「炎症抑制効果」単独での作用を検証することができず、明確にされないまま今日に至っているところです。
こうした状況のなか、朗報ともいえる2つの調査結果が報告されました。すなわち「炎症抑制作用」のみをターゲットとした治療法によって、動脈硬化予防ができることを認め、それだけでなく、癌抑止効果を示したというハーバード大のリドカー博士らの報告です(文献1、文献2)。
処方された薬剤は、「カナキヌマブ」という炎症の中心的役割を演じるIL-1βに対するモノクローナル抗体です。糖尿病の患者に使用した場合、炎症のマーカーであるIL-6と高感度CRPは低下する一方で、LDL―Cを低下させないことが確認されていたことから、LDL―Cへの作用と分離して、炎症に及ぼす効果のみを評価できる薬剤として注目されていました。
<対象と方法>
心筋梗塞の既往があり、高感度CRPの値が、2mg/L以上であることが確認された症例が対象とされました。一方、対象から除外された症例の条件は、慢性の感染症疾患に罹患している方、皮膚基底細胞癌以外の癌に罹患歴のある方、免疫低下状態の方、結核、HIV感染のある方、抗炎症性薬物を投与されている方とされました。対象者は、プラセボ群、50mg、150mg、300mgのカナキヌマブの4群に無作為に割り付けられました。全ての薬剤は、3ヶ月おきに、皮下注射しました。
一次評価項目は、「非致死的心筋梗塞」、「脳卒中」、「心血管死」と設定しました。
<結果>
【対象者のプロフィール】2011年から、2014年までに患者登録が行われ、1万61人が対象となりました。平均年齢は61歳、25.7%が女性、40%が糖尿病、ほとんどの方が、血管再建術を受け(66.7%の方が経皮冠動脈インターベンション、14%が冠動脈バイパス)、各種薬剤の使用率は、抗血栓剤95%、コレステロール低下剤93%、抗虚血剤91%、レニンアンギオテンシン阻害剤80%でした。高感度CRPの中央値は4.2mg/dl、LDL―Cの中央値は82.4mg/dlでした。
【炎症に対する効果】カナキヌマブの使用2年経過後、高感度CRP値は、50mgカナキヌマブで26%の低下、150mgカナキヌマブで37%低下、300mgカナキヌマブで41%低下で、プラセボとの比較で全てのカナキヌマブ投与群で有意に低下(p<0.001)していました。IL-6レベルも低下を認めました。しかし、LDL―C及び、HDL―Cは有意な低下を認めず、TGは4~5%上昇していました。
【評価項目】薬剤使用3.7年の経過中で、一次評価項目は、150mgカナキヌマブ投与群で、プラセボに比較して15%有意な低下(P=0.02)、300mgカナキヌマブ投与群で、14%低下(有意差なし、P=0.03)を認めました。低用量の50mgカナキヌマブ投与群では、7%の低下に止まりました(有意差なし、P=0.30)。一次評価項目に不安定狭心症による入院、緊急血行再建術を追加した評価項目では、一評価項目同様、150mgカナキヌマブ投与群のみプラゼボに対して有意な低下を認めました(17%、P=0.005)。
【副作用】カナキヌマブ投与群では、好中球数が有意に減少しており、感染症あるいは敗血症による死亡が、カナキヌマブ投与群で有意に多く見られました(プラゼボに比較して1.6倍、P=0.02)が、癌による死亡は、カナキヌマブ投与群でプラゼボ投与群に比較して有意に低下しており(0.7倍、P=0.02)、総合すると、カナキヌマブ投与群とプラセボ投与群の間に死亡率に差を認めませんでした。特に肺がんによる死亡は、プラセボ投与群に比較して実薬群で77%まで低下を認めました。
<議論>
今回の研究成果は、従来にない視点からの治療法である「炎症抑制」による動脈硬化性疾患の進行抑止の可能性を強く示唆し、インパクトのある報告であることはまちがいないでしょう。また「カナキヌマブ」は、我が国ではすでに、商品名「イラリス」と呼称され、「クリオピリン関連周期性症候群」を対象に保険適用となっています。体重50Kg以上のかたの場合、8週間に一度投薬する注射剤で、効果も極めて良好です。
問題点は、一回投与あたりの値段が「143万5880円」と高額であることです。日本では、「クリオピリン関連周期性症候群」は希少疾患で、カナキヌマブは、最大でも高々30人に使用する程度と見積もられており、年間売り上げ予測は4.8億円とされています。希少疾患に対する特効薬ゆえに、高額であることは許容されていますが、はたして、多数の患者のいる慢性疾患の「動脈硬化症」に使用することに医療経済上、妥当性があるのか議論されているところです。
副作用の観点から、カナキヌマブ投与群では、感染症の死亡率上昇が懸念されます。これら感染症については経緯の詳細が記載されておらず、今後詳らかにされるべきでしょう。また心血管病の抑制効果は15%前後と、極めて限られ、実臨床での使用には至らないという指摘もあります。「炎症をターゲットとした動脈硬化性疾患の進行抑制」というアプローチを現実化するには、副作用、効果の点で疑問が残るカナキヌマブではなく、より安全で高い有効性を持つ薬剤の使用が求められるでしょう。現在行われている臨床試験の中で、糖尿病とメタボリック症候群を持つ、心筋梗塞の既往歴のある患者を対象に低容量メトトレキセートを使用し、心血管病への効果を検討しているものがあり期待が高まっています。カナキヌマブ投与も、高感度CRPが著明に高い症例で、動脈硬化性疾患を何度も再発しており、感染症のリスクが低く(比較的若年者で、糖尿病がないもの)、かつ、肺ガンの既往ある症例では検討される薬剤となるのではないかと考えます。
文献1
Ridker PM, Everett BM, Thuren T, MacFadyen JG, Chang WH, Ballantyne C, Fonseca F, Nicolau J, Koenig W, Anker SD, Kastelein JJP, Cornel JH, Pais P, Pella D, Genest J, Cifkova R, Lorenzatti A, Forster T, Kobalava Z, Vida-Simiti L, Flather M, Shimokawa H, Ogawa H, Dellborg M, Rossi PRF, Troquay RPT, Libby P, Glynn RJ; CANTOS Trial Group.
N Engl J Med. 2017 Sep 21;377(12):1119-1131. doi: 10.1056/NEJMoa1707914. Epub 2017 Aug 27.
文献2
Ridker PM, MacFadyen JG, Thuren T, Everett BM, Libby P, Glynn RJ; CANTOS Trial Group.
Lancet. 2017 Aug 25. pii: S0140-6736(17)32247-X. doi: 10.1016/S0140-6736(17)32247-X. [Epub ahead of print]