わが国では、肥満レベルと定義されるBMI25以上を占める60-79歳の高齢者の割合は、約30%といわれています。また、BMI30以上を肥満と定義するアメリカでは、65歳以上の3分の1以上が肥満として分類され、健康リスクとなる肥満は、国際的な課題として認識されています。しかし、肥満高齢者も成人一般と同様に適正体重を厳正に管理することが、健康面、体力面から実質的な利益があるのかどうかは議論のあるところです。
高齢者にとってADL(日常生活動作)の自立を維持する上でポイントとなるのは、いかに筋量と骨量を維持させるか、という点でしょう。体重計が示す数値を下げることだけ目標を絞って、減量を成功したとしても、加齢による筋量や骨量の減少を加速させてしまったら、転倒リスクは上がり、さらに骨折でもしてしまえば
、ADLを急降下させかねません。
高齢者の肥満治療のうち「食事療法・単独」による減量は、「筋量と骨量減少」を促進させてしまう負の影響が懸念されます。そのため「食事療法と運動療法を併用した減量治療」が有効であるといわれています。しかし「高齢者の運動療法」の詳細について、いまだ確立したガイドラインがないのが現状です。
運動療法として注目されているのが、有酸素運動とレジスタンス運動の2種類です。有酸素運動は、心血管機能が増大し、最大酸素消費量を増加させるものの、筋力アップには効果的ではないという性質を有し、一方、レジスタンストレーニングは、神経筋伝達能の改善を介して筋力増強に寄与するものの、最大酸素消費量の上昇には影響を及ぼさないといわれています。さらには、これらの運動を同時施行すると、お互いの相反作用で、目的とするパフォーマンスがえられないという考え方もあるようです。また運動をしても、体重減少にともなう筋量低下を補うほど明確な効果は得られない、といった報告もあります。
さて 、こうしたネガティブな仮説も含め様々な議論が行われる中、有酸素運動とレジスタンス運動の両者を同時施行し、抗フレイル効果があるのかどうか検証されました。2種類の運動それぞれの弱点を補完しあいベネフィットが勝るのか、それともむしろ運動効果を相殺するよう作用するのか、を検証する目的で、両運動に加え、食事療法を併用し、体重減少プログラムも施行され、これまでには類を見ない研究成果が、NEJMに報告されました(文献1)。
対象者
65歳以上かつBMI30以上、1週間あたりの運動時間が1時間未満といった非活動的なセダンタリーな生活を送り、 ほぼ6ヶ月間体重変化が認められない方で、修正版体力テストで、スコアが18-31(0-36点、36点が最大体力に相当)と、中程度に体力が残存している方が、対象となりました。心肺に重篤な疾患のある方、運動実施上、困難のある筋神経疾患のある方、認知機能の低下している方、骨代謝に影響のある薬剤を服用している方は、対象者から除外されました。
評価項目
1次評価項目は、体力テスト(15.2m歩行、上着の着脱、1セントコインをつまみ上げる、椅子からの立ち上がり、本を持ち上げる、階段、ロンベルグテスト)について、運動開始時と6ヶ月目の「スコアの差」、2次評価項目は、そのほかのフレイルに関するスコア(最大酸素消費量、機能状態質問票)、ボディーコンポジション、骨密度、生活の質(SF—36で評価)の試験開始後6ヶ月目の変化とされました。
方法
対象者は、無作為に4群に割付けられました。第一群は、体重減少プログラム及び運動プログラムにも不参加とした「対照群」。第二群は、「有酸素運動群」で、体重減少プログラムに参加し、一日あたり、500−750Kcalの摂取カロリーを減らし、体重1kgあたり1グラムの高品質のタンパク質摂取、また週一回の栄養士との面談によって厳格な栄養管理指導を受け、6ヶ月で10Kgの体重減少を目標としました。運動は、週3回、1回60分のトレッドミル、エルゴメーター、階段歩行とし、最大心拍数の65%となる運動強度から開始、漸増的に70−85%に引き上げられました。第三群は、レジスタンストレーニング群で、前者と同様の体重減少プログラムに参加し、ウエイトリフティングマシンを用いて、9つの上下半身の筋力トレーニングを、週3回1回60分間行われました。最大筋力の65%の負荷で1セット8−12回反復で1−2セットから開始し、漸増的に最大筋力の85%、2−3セットまで運動強度が引き上げられました。第四群は、有酸素運動とレジスタンストレーニングの両方が負荷され、かつ体重減少プログラムにも参加しました。運動時間は75−90分、運動量が、第2群、第3群の運動量に相当する量が個々人に課せられました。運動は、すべて専門トレーナーの監視下のもとに行われました。対象者全員が1日あたりカルシウムサプリ1000mg、およびビタミンD1000IUを摂取しました。
結果
160人(平均年齢70歳、女性60−70%、白人82−90%、大卒が30−50%、BMIは、35.7−36.7)が試験に参加し、141人(88%)が試験を完了しました。
運動セッション参加率は、第二群で、96%、第三群で、98%、第四群で、93%と高率でした。
<有害事象>対照群である第一群と比較し、出現した有害事象として、第二群で、転倒・肩・背部痛、第三群は、心房細動・肩と膝の痛み、第四群は、肩・膝・背部・股関節の痛み、を認めました。
<体力測定スコア>試験開始後6ヶ月で、第四群では5.5点の増加、第三群と第二群で3.9点の増加、第一群で、1.0点の増加を認め、第二、三群は、第一群に比較して有意な増加を認め(P<0.001)、第四群は、第二群(P=0.002)及び第三群(P=0.004)に比較して、有意な増加を認め、有酸素運動とレジスタンストレーニングの同時施行によって、それぞれ単独施行よりも顕著な相加的体力増強効果が認められました。
<体重>施行6ヶ月後、第一群は0.9Kg減少、第二群は9Kg減少、第三群は、8.5Kg減少、第四群は、8.5Kg減少で、食事療法に伴う体重減少効果は、運動の種類に関わらず顕著でした。
<最大酸素消費量>第一群で0.1、第二群で3.3、第三群で1.3 、第四群は3.1と2群から4群の運動施行群はいずれも有意な増加を認めました。有酸素運動、レジスタンストレーニングの両者とも有意な上昇を認め、有酸素運動によって獲得された効果は、レジスタンストレーニングを同時に行ってもその効果は減弱しませんでした。
<最大一回リフト可能重量>第一群で2、第二群で5上昇、第三群で49上昇、第四群は48上昇で、レジスタンストレーニングによって圧倒的有意に上昇しており、この効果は有酸素運動の同時施行によって抑制されませんでした。
<骨密度>第一群で0.004、第二群で、0.027、第三群で、0.0006 、第四群で、0.014と全群で減少を認めましたが、有酸素運動施行群(二と四)は、有意な低下を認めました。しかし、レジスタンストレーニング併用が、有酸素運動による骨密度低下に対し、低減作用があることが明らかにされました。
<除脂肪量>第一群で変化なし、第二群で2.7、第三群で1.0 、第四群で1.7の運動施行全群に有意な低下を認めました。とくに有酸素運動を施行した2群と4群の除脂肪量の低下は著しいものの、レジスタンストレーニング併用には、有酸素運動における顕著な除脂肪量減少の抑制効果があることが明らかになりました。
考察
この研究から、高齢肥満者を対象とした減量治療における運動の効果が明確にされました。すなわち有酸素運動による心血管能力向上、及びレジスタンストレーニングによる、筋力増強効果を認め、これら2つの運動を併用しても、その効果は相殺されず、それぞれ単独の運動効果が維持され、さらに体力の総合的評価によって、2種類の運動を相加した効果を認めました。つまり高齢の肥満患者には、食事療法による減量プログラムに加え、有酸素運動とレジスタンストレーニングを同時に取り入れることで、骨密度や筋肉量の減少を抑止する可能性が見出されたのです。
さて、本研究は6ヶ月経過時の調査であり、長期的な運動効果が大変気になるところです。今回、2種類の運動を負荷しても、骨密度と除脂肪量の減少の完全抑制に至らなかったことは、長期化により高齢者をさらにフレイル(高齢者が筋力や活動が低下している状態)に陥れる可能性は見逃すわけにはいきません。その逆も考えられるでしょう。運動習慣に体が適応し、減量が引き起こすフレイルの抑制に大きな影響をもたらすかもしれません。肥満治療と同時に、長期的視野に立って、骨密度や除脂肪量減少の完全防止できる治療計画の確立をすることは超高齢化社会の最優先課題の一つでしょう。本研究論文の考察の中で、高齢者に特異的な代謝を見据えた適正なビタミンDやタンパク摂取の目標設定、またレジスタンストレーニングの頻度や強度の見直しについても指摘されています。
こうした点から、有酸素運動と、レジスタンストレーニングの比率を変えるのもいいのではないか、と考えます。例えば1:2程度にしてみるのは、いい考えではないでしょうか。または、体重を減少させるためにより長期間をかけて目標を達成させるのも一案です。長期にかけて生活習慣全般を改善することで、目標体重到達後にも改善された生活習慣を維持しやすくなるのではないかと思います。また、高齢者の場合、腎機能低下のリスクを無視できず、単純に蛋白摂取増加を推奨することのないよう、気をつけなければなりません。
さて、この研究では、対象者が、比較的ADLが良い方、高学歴、白人女性が多く、一般の高齢肥満者に即、応用できるものとは言い切れないのではないかという印象があります。また、サンプル数が少なく、性別による効果の違いまでは検討できなかった点も弱点とされます。こうした問題点をひとつひとつ解決し、アジア人高齢肥満者にも応用可能であることが確認されれば
、食事療法に加え、有酸素運動とレジスタンストレーニングを同時施行することは、健康に長生きができる秘訣として広く受け入れられるのではないか、と期待するところです。
文献1. Villareal, D. T.,
Aguirre, L., Gurney, A. B., Waters, D. L., Sinacore, D. R., Colombo, E., ...
& Qualls, C. (2017). Aerobic or Resistance Exercise, or Both, in Dieting
Obese Older Adults.