2017/05/21

第122回 愛し野塾 糖尿病性網膜症治療法の探索



医師にとって、糖尿病の合併症対策は、大変重要な治療上の課題です。糖尿病によって、血糖値が高い状態が続くと、体の様々な臓器に障害が生じるのが合併症です。特に網膜、神経、腎臓にある細い血管に傷が付くと、「網膜症」「神経症」「腎症」が生じます。これらは、糖尿病の代表的な合併症として知られ、3大合併症と呼ばれています。なかでも網膜症は、成人の主たる失明原因として、その早期発見と早期治療は、目の健康を維持するために、非常に重要なポイントです。
初期の「網膜症」 では、網膜の細い血管に傷がつくことで、血管のつまりが発生し血管瘤が形成されると、小さな出血を認めるようになります。病期分類では、単純性網膜症と呼ばれ、適切な血糖管理によって、改善することが知られています。
「網膜症」が進行すると、「前増殖性網膜症」と呼ばれる病態を認めます。血管の傷の範囲が拡大し、血管のつまりも広範囲に及び、網膜全体に酸素や栄養がうまく供給されない状態となります。その状態を回避するため、あらたな血管(新生血管)が形成されるようになります。新生血管は十分な時間をかけて作られたものではないため、脆く、容易に出血することが、知られています。そのため光凝固治療(レーザー治療)が必要となる症例があります。
「網膜症」が進行し、最終段階となると、「増殖性網膜症」の病態を呈し、増殖組織とよばれる繊維膜が出現し、網膜はく離をきたしたり、新生血管が、硝子体にのびて硝子体出血をおこすこともあり、手術を要する症例を認めるようになります。「網膜症」と診断された症例の約7%が増殖性網膜症に至り、治療をしない場合、診断後2年で、26%に重症の視力低下が生じることが、報告されています。
レーザー治療は、40年以上前に開発され、現在もなお、標準治療として君臨し続けています。網膜の虚血部位を焼き固めることで、網膜細胞全体の酸素必要量をおとし、新生血管の形成を抑制する作用があり、失明の危険性を半分にすることがわかっています。
しかし、この治療には、問題点が多々あります。(1)新生血管が出現するたびに、治療を繰り返せざるを得ないため、視力低下が生じ、最悪の場合、運転免許が取得できなくなる程度にまで、視力低下が進むこと、(2)視野が狭くなること、(3)色の識別ができなくなること、(4)黄斑浮腫を悪化させること,(5)暗視力の低下をきたすこと。また、レーザー治療をしても、症例の15%に視力悪化を認め、4.5%に硝子体手術が必要となります。このように、問題の多い、時代遅れかもしれない、この治療法に代替可能、かつ有効な、治療法の出現が待たれています。
そのような背景のもと、最近、ようやく一筋の光明となる研究成果が報告されました。血管内皮細胞増殖因子(VEGF)と呼ばれる血管新生を促す因子を阻害する、抗VEGF治療が奏効する可能性が2015年に報告されました(文献1)。抗VEGF薬であるラニビツマブ(ノバルティス社製、スイス)を用いた研究です。305人の患者を治療法によって無作為に2群に分けました。レーザー治療群とラニビツマブ治療群に分けられた症例について、それぞれの治療効果を、2年の経過後、分析した結果、ラニビツマブ治療群は、レーザー治療群と比べ、非劣勢を認めました。視野狭窄の程度は、有意に改善されており、硝子体出血及び、黄斑浮腫にいたる症例数も少ないことを認めました。ただし、治療後1年で、症例あたり平均7回に及ぶラニビツマブ投与は、費用対効果の観点から現実的ではない、という専門家による考えによって、レーザー治療を揺るがすものとはなりえず、現在にいたるまでレーザー治療がゴールドスタンダードであり続けています。
今回、別な抗VEGF治療薬である「アフリバセフト治療」の、有意な効果が発表されましたので、解説します。
この「アフリバセフト」は、VEGF-1,VEGF-2両受容体の結合ドメインLを有し、前述のラニビツマブを含む従来の抗VEGF抗体よりも、VEGFへの結合能力が高く、すでにより優れた臨床効果が期待されていた治療薬でした。ロンドン国立衛生研究所のシバスラサッド博士らによって行われた臨床研究は、5月7日号の「ランセット」に発表されました。
対象
「クラリティー」と名付けられた本研究の対象症例の条件は、18歳以上の成人、1型、もしくは2型糖尿病で、増殖性網膜症を認め、レーザー治療歴を問わないこと、として、イギリス国内22箇所の眼科専門のセンターからリクルートされました。
患者は、無作為に、アフリバセフト治療群と、レーザー治療群の2群に分けられました。アフリバセフト(バイエル社製、ドイツ)治療は、眼内に反復投与、1回、2MG/0.5CC,04812週後、その後は、4週ごとに精査し、必要があれば、投与とし、レーザー治療では、1箇所あるいは複数箇所、隔週投与、12週後からは、8週間おきに精査の上、必要があれば追加投与とされました。
一次評価項目として、1252週後の最高矯正視力測定結果から、線形混合モデルを用いて、その効果が評価されました。またそれぞれの症例は変更,中止にかかわらず割り付けられた治療群として解析されたITT解析では、硝子体出血のため、最高矯正視力の測定値が不均一になるものについては、除外するという修正を加えた状態で検定されました。 
2014年から2015年の間に、登録された232人の患者は、112人が、アフリバセフト、109人がレーザー治療に割付けられました。血糖高値(HbA1c12%以上)の方、血圧が、170/110以上の方は対象から除外されました。
123人が、未治療の増殖性網膜症の方、109人が、前治療のある方でした。試験開始時の平均最高視力は、81.4ETDRSEarly Treatment Diabetic Retinopathy. Study)でした。
結果
52週後の最高矯正視力の結果、アフリバセフト群は、レーザー治療群に比べて、有意に良好な値を示しました(3.9字分、P<0.0001)。12週後の場合にも前者は後者に比べて有意に良好な値でした。(2.1字分、P=0.01)。
糖尿病網膜症治療・満足度質問票を施行したところ、アフリバセフト群は、レーザー治療群にくらべて、3.0ポイント有意に良好なスコアをしめしました(P=0.022) 。
黄斑の厚みと体積は、アフリバセフト群に比べ、レーザー治療群で有意に増大を認め、52週後までに、黄斑浮腫のない人の割合は、アフリバセフト群は、71%、レーザー治療群は、89%でした。
新生血管の退縮は、アフリバセフト群で、レーザー群に比べ、30%多く見られました(P<0.0001)。増殖性網膜症のグレードを、画像解析したところ、レベル61以上のより進んだ網膜症の割合は、レーザー治療後に92%に認めましたが、アフリバセフト群では、78%と有意な進行の抑制が明らかになりました(P=0.016 )。
アフリバセフトの投与回数は、平均4.4回。また、ローディングドースが3回と決まっており、追加投与は、わずか1.4回程度で極めて少ないことがわかりました。
レーザー治療は、マルチスポット投与が69%、シングルスポット投与が31%でした。1回で終了したものが23%2回が22%3回が24%4回が17%5回が9%6回が2%7回が1%で、さらに12週後に追加施行したものが65%でした。追加の平均投与回数は、1.17回でした。
硝子体出血は、レーザー治療で有意に多く認められ(レーザー治療群18%、アフリバセフト群9%P=0.034)。硝子体手術例は少なく有意差はありませんでした(レーザー治療群対アフリバセフト群、6%1%P=0.066)。
その他の、治療の安全性については、両治療群に差異は認められませんでした。
考察
今回の「クラリティー」研究において、視力の有意な改善を認めた「アフリバセフト」は、「ラニビツマブ」よりも、高い効果をもたらす可能性があることが示唆されました。ただし、エディトリアルでは、ウオン博士らが、対象患者の観点から、今回の研究のほうが、前回の研究よりも軽症者が多かったことが、アフリバセフトがラニビツマブに比較し、よりよい効果をもたらした可能性が否定できないとし(文献3)、今後の2薬の比較検証が求められます。
問題点は、網膜症は10年以上の単位で疾患が進行するので、1年の研究では、実質的な点から、短かすぎることです。今後は観察期間の長期化を実現させ、治療効果の持続性や、安全性、費用対効果の妥当性が検討が必要になるでしょう。
さて、「糖尿病性網膜症」が問題になる症例には、比較的若く、勤労世代のかたが多く、数回の治療で効果が現れ、視力が回復するや否や、自己決定で来院をやめたり、長期にわたる治療に疲れ、外来に通わなくなったり、という心理的素因を考慮することも重要です。
新生血管に伴う「黄斑変性の治療」としてVEGF療法を施行すると、治療頻度の低下とともに、視力の低下が報告され、治療のコンプライアンスの改善策は、大きな課題です。アフリバセフト治療は、ローディング以外には、わずか1-2回程度の投与で最初の1年の治療を終えられるのは、こうした点からも朗報ではないでしょうか。今後の長期研究の結果が強く待たれるところです。
文献1
Gross, J. G., Glassman, A. R., Jampol, L. M., Inusah, S., Aiello, L. P., Antoszyk, A. N., ... & Elman, M. J. (2015). Panretinal photocoagulation vs intravitreous ranibizumab for proliferative diabetic retinopathy: a randomized clinical trial. Jama314(20), 2137-2146.
 文献2
Sivaprasad, S., Prevost, A. T., Vasconcelos, J. C., Riddell, A., Murphy, C., Kelly, J., ... & CLARITY Study Group. (2017). Clinical efficacy of intravitreal aflibercept versus panretinal photocoagulation for best corrected visual acuity in patients with proliferative diabetic retinopathy at 52 weeks (CLARITY): a multicentre, single-blinded, randomised, controlled, phase 2b, non-inferiority trial. The Lancet.
文献3