2017/05/12

第121回 愛し野塾 自己免疫疾患の原因


本来ならば、外来抗原に向けられる、自己を守るはずの免疫システムが、自己抗原を標的として、自身を攻撃することから名付けられた自己免疫疾患の代表格に「関節リウマチ」があります。関節リウマチでは、自分(自己)の関節を標的とした抗体が体の中で合成され、 関節破壊が生じ、結果としてこわばり、関節痛などの臨床症状が生じます。「自己免疫疾患」は、こうした関節リウマチ以外にも多くの疾病群を包括した総称で、全身性エリテマトーゼス(SLE)・多発性硬化症も属します 。疾患の発症原因は未だ未知のことが多く、特定の遺伝因子を持っているヒトが、未だわかっていない特殊な環境因子に暴露されることによって、特定の遺伝子が惹起され、発症すると考えられています。しかし、「免疫」が自分自身を攻撃するメカニズムの解明が極めて困難であり、難治性、かつ臨床経過が不安定であることからも、難病指定となっていることは数々の臨床経験からも納得できるところです。
さて、新規治療薬の開発は、発症に関わる遺伝形質の詳細解明を端緒としようと、多くのゲノムワイド関連研究によるものがメインです。多発性硬化症では、110個のSNP(1塩基多型)、SLEでは、43個のSNPが見いだされましたが、残念ながら、これらSNPが病気発症メカニズムを紐解く鍵となり治療開発に貢献するには及ばず、未だ検索の域を出ていません。これらの研究では、一般のヒト全体を対象としていたこと、有効なエンドフェノタイプすら得られなかったことなどから、病気の発症解明に結びつくSNPが見つかっても、治療法の開発に迫れなかったのではないか、と指摘されています。
今回、イタリアのサルジニア島の住人を対象にした研究では、「どうして彼らが、世界で一番多発性硬化症とSLEの有病率が高いのか」という視点から、その原因を遺伝子レベルで明らかにし、病気発症メカニズムの一端を明らかにすることに成功し、この分野に多大な成果をあげました(文献1)。本研究は、イタリア、サルジニアのIRGB-CNRのクッカ博士らが行い、平成29年4月27日号NEJMに発表しました。
結果
2,273人の多発性硬化症のサルジニア人のグループ、2,148人の対象者のグループについて1,220万個のSNP精査が行われた、SNPの一つ、「rs12874404」が多発性硬化症発症と関連している可能性が示唆されました。このSNPは、「遺伝子BAFFの近傍」にありました。
さてBAFFは、APRILとともに、液性因子として働き、B細胞の維持と生存に欠かせません。自己免疫疾患では「B細胞」の果たす役割が注目されているのは、B細胞の表面マーカーの「CD20に対する抗体であるリツキマブ」を用いた、B細胞除去治療による関節リウマチへの有効性が明らかになったことがその理由です。適用が未だ認められない中で、全身性エリテマトーゼスの腎炎治療にも、リツキマブが使用され、有効性を示してきました。加えて、多発性硬化症にも、リツキマブの完全ヒト化抗体であるオクレリツキマブが、有効な臨床効果を示し、その詳細は2017年1月に報告されました(文献2)。今では、リツキマブの有効性は、自己抗原を提示するB細胞の除去に由来すると考えられています。
こうした背景から、BAFFが注目され、そのバリアントである、BAFF-varをターゲットとして分析された結果、見事に的中。BAFF-varが、サルジニア人の多発性硬化症に対して、最大の相関を示すことがわかりました(OR1.27, P=0.0000000023)。サルジニア人の26.5%が、このバリアントを有し、イタリア人は、5.7%、UK1.8%の保持率でした。サルジニア人以外の民族のサンプルでも、BAFF-varは、多発性硬化症のリスクと有意な相関がありました(OR1.25,P=0,01)。この顕著なバリアント保持率が、サルジニア人の多発性硬化症有病率が世界で一番高い理由を説明するものと考えられます。
BAFFに対する抗体「ベリムマブ」は、SLEの治療薬として既にFDAに承認され、臨床での有効性が示されています。 SLE発症にBAFF-varが関連している可能性が高いという仮説が検証され、BAFF-varSLE発症との有意な相関関係が明らかにになりました(OD.144, P=0.00000000067)。サルジニア人の多発性硬化症及び、SLEの両疾患の発症率が、世界で最も高いことが説明されうる結果が得られました。
次に、血中免疫バイオマーカーとの関連を検証した結果、B細胞数の増加、血中BAFF濃度高値、IgGIgMIgA高レベル、血中モノサイト低下など18種類に及ぶ、免疫エンドフェノタイプとの間に有意な相関を認めました(P00000000069)。この結果から、B AFF-varによる、体液性免疫系の活性化が、多発性硬化症とSLEの発症を促進させていることが示唆されました 。
多発性硬化症発症前のサルジニア人の血液サンプルを分析した結果、多発性硬化症を発症する人のBAFF濃度は、発症前から有意に高い値を示すことが明らかになりました。 多発性硬化症の発症予測が血中BAFF濃度のモニタリングによって可能になるかもしれません。
BAFF-var保持している症例から血中BAFFの上昇するメカニズムについて、詳細が解明されました。BAFF-varは、そのメッセンジャーRNAが、マイクロRNAによる分解を受けにくく、高濃度の血中BAFFレベルを維持できるという結果が得られました。
高頻度に認められるサルジニア人のBAFF-varについて、1950年までサルジニアでは、マラリア感染が多発したこと、感染に対する抵抗性の獲得のために血中BAFF濃度を高レベルに維持して適応していた可能性が示唆されました。マラリア感染の急性期には、血中BAFF濃度が上昇することやBAFFを多量発現させたマウスは、マラリア感染に抵抗性を示すことが確認され、この仮説が支持されると著者らは、主張しています。大変説得性があると考えられます。
本研究の結果は、多量のサンプルを用い、極めて厳密に、また最先端の方法によって得られたものであること、さらに、あらゆる観点からアプローチした裏付け実験によって再現され、高い信憑性があると考えられます。しかし最も大切なことは、この結果に汎用性があるか、ということです。つまり、実臨床において、患者の治療に役立てられるのか、ということです。
冒頭に記したSLEの治療の有効性があると確認された「ベリムマブ」の使用にあたっては、奏功が期待できる患者の選別診断に用いるバイオマーカーの必要性が指摘されてきました。「BAFF-var」をバイオマーカーとして使うことで、ベリムマブの奏功率を高めるだけでなく、無用な有害事象を回避できるかもしれません 。同様に、多発性硬化症についても、BAFF-varの陽性者に限定して抗BAFF療法を適用することで高い有効性が期待されるのではないでしょうか。
一方で、エディトリアルでは、ドイツ・ミュンヘン大学のコーン博士らは、抗BAFF療法自体に懸念を示しています(文献3)。「BAFFシステム」は、BAFF APRILという2つのリガンドが作用する複数の受容体によって構成されています。 BAFF-RBCMATACIと呼ばれる3種類の受容体のうち、BAFF-Rのリガンドは、BAFFBCMAのリガンドは、APRILですが、TACIは、BAFFAPRILの両者をリガンドとします。BAFF-RBCMAの2受容体は、B細胞の増殖に関連し、B細胞の活性化、維持に寄与します。しかし、受容体TACIは、真逆の作用、すなわちB細胞のアポトーシス誘導を介して、B細胞シグナルの抑止に関係していることが示唆されています。そのため「理論的に、BAFFシステムの完全停止は、病態を悪化させる可能性がある」という危険性も考慮しなければなりません。実際、多発性硬化症患者に、BAFFAPRILの両者をブロックする抗体である「アタシセプト」を投与した結果、プラセボに比較して、2倍の再発率を認めたという結果が報告されています。しかし、リウマチとSLEには、抗体治療の有効性を認め、結果に齟齬が生じています。そもそも多発性硬化症における受容体TACIの役割は、リウマチ及びSLEと異なり、 病気の進行を抑止するブレーキとして働いている可能性が捨てきれません。こうした疾患と抗体の役割の相違について、今後の研究の進展を待つ必要がありそうです。
となると、検証には相当時間がかかるでしょう。私は、BAFFAPRILといった液性因子ではなく、むしろ、細胞側のレセプターである、BAFF-RBC MAをターゲットとした治療薬開発して、TACIの作用を阻害しないようにするのが望ましいように感じます。
今回の大規模かつ精緻な研究成果によって、多発性硬化症発症とSLE発症に、「BAFF因子の介在」が明確に示されたことは、極めて大きなインパクトであることに異論はなく、2大難病の治療法開発の大いなる進展が期待されます。皮肉にも、マラリア感染という人類の敵が、BAFFの存在を教えてくれました。
サルジニアは、100歳以上の高齢者が世界で一番多い地域の一つであることでも知られています。もちろん地中海食摂取による効果もあるのでしょうが、BAFFによって上昇した免疫活性によって自己免疫疾患は増加した一方で、がんは減った可能性はないでしょうか。ぜひこちらの解明も期待したものです。

文献1
Steri, M., Orrù, V., Idda, M. L., Pitzalis, M., Pala, M., Zara, I., ... & Asunis, I. (2017). Overexpression of the Cytokine BAFF and Autoimmunity Risk. New England Journal of Medicine, 376(17), 1615-1626. 
文献2
Xavier Montalban, M.D., Stephen L. Hauser, M.D., Ludwig Kappos, M.D., Ocrelizumab versus Placebo in Primary Progressive Multiple Sclerosis. N Engl J Med 2017; 376:209-220January 19, 2017DOI: 10.1056/NEJMoa1606468