2017/05/12

第120回 愛し野塾 50歳以上の方必見!運動は、認知機能を活性化させる


50歳以上の方必見!運動は、認知機能を活性化させる

高齢化社会のネガティブな側面である「認知症」の増加。現在、認知の低下を伴う認知症予備軍を含めると、800万人ともいわれる認知症数にもかかわらず、効果覿面な予防法があるわけではなく、期待されている特効薬の開発もおぼつかない状況が続いています。さて、そんな状況のもと、日常生活に運動を取り入れることで、認知機能が改善するのであれば、これほどいいことはないでしょう。
これまでの研究から、運動の効果として、神経新生を促すこと、血管新生を惹起し、シナプス可塑性を高め、炎症反応の抑止による酸化ストレスに由来する細胞障害抑止効果があるといわれ、認知機能の維持・改善、また認知症発症の予防効果が期待されています。しかし、運動が認知機能改善、認知症予防に効果的であることは確からしいのですが、実の所、「どの運動を、どれくらいの時間、どれくらいの頻度で、どれくらいの期間、遂行することが適当なのか」について詳細を論じた論文はこれまでにありませんでした。なぜならこれまで、発表されているメタアナリシスでは、対象とした論文が、発表年次が比較的短期間の間に限定されており、有酸素運動、筋力トレーニングそれぞれの単独の効果をメタアナリシスしているという不明瞭な要素があること、それどころか、運動の認知機能に及ぼす効果は、さほど認められないといった、ネガティブな報告すら散見される状況にありました。
今回の論文では、「論文の発表年 」や「運動の種類」にかかわらず、できるだけ沢山の論文データを包括することを優先してメタ解析が行われました。その結果、昨今国内でも流行している「タイチー」「ヨガ」についてのメタ解析も取り上げられることになりました。こうした解析は、これまでなされたことがなく、初めての報告となりました。結果は、「運動には、認知面を改善させる効果あり」とするものだったこともあり、多くのメディアで取り上げられ(文献1)、話題となっています(文献2)。
方法
オーストラリア・キャンベラ大学ノージー博士らによって行われた研究では、「運動」の条件として、運動の種類は限定せず「スーパーバイザーによる監督下で行われた運動」としました。分析対象となったのは、2重盲検試験で、4週間以上の試験期間を満たし、脳卒中やうつ病等の既往のない「50歳以上の市民」に限定されました。期間は短期間(4-12週)を 、中期間(13-26週)、長期間(60週以上)の3つのカテゴリーに分類されました。PUBMED, SOPUS, PsychlNFO, CENTRLを用いた検索によって201611月までの、39の研究が選別されました。「有酸素運動が認知機能に及ぼす影響」について精査したものが18件、「レジスタンストレーニングが認知機能に及ぼす影響」について13件、「マルチトレーニングが認知機能に及ぼす影響」(有酸素運動とレジスタンストレーニングを組み合わせたもの)について10件、「タイチーが認知機能に及ぼす影響」についてs4件、「ヨガが認知機能に及ぼす影響」を精査したものが2件でした。
結果
運動遂行全3群を、非運動群と比較すると、 有意差(SMD(標準化平均値差):0.29)を認め、認知機能の改善効果を認めました(P0.01)。様々な論文を幅広く包括したことによって、サンプルの不均一性が確認され(P0.01)ました。ファンネルプロットでは、エガー回帰インターセプトは、有意差がありませんでした(P0.185)。このP値はGRADEシステムの、「中程度の質」のエビデンスとされます。
運動の種類では、ヨガ(P0.27)以外の運動「有酸素運動・レジスタンストレーニング・その両者・タイチー」によって、認知機能の有意な改善を認めました(P0.01)。認知機能の有意な改善を認めた運動時間は、一回あたり45分以上60分以下(P0.01)で、運動強度は、中強度(P0.02)から高強度の運動(P0.01)でした。一方で、運動時間が45分未満や60分以上、低強度の運動では、認知機能改善効果に統計的有意差はなく、認知機能に及ぼす効果を認めませんでした。短期・中期・長期の3つの運動期間のいずれにおいても、運動による認知機能に及ぼす効果を認めました。
特に、レジスタンストレーニングは、認知機能のうち、実行機能、記憶、ワーキングメモリーの各項目で良好な効果を認めました(P0.01)。タイチーには、ワーキングメモリーへの有意な効果を認めました(P0.01)。その他の運動では、認知面のどのドメインに特異的に良好な効果を及ぼすという結果は得られませんでした。
この研究では、「監督下での運動」の研究に分析対象を絞っていますが、現実的には、ほとんどの人は、監督を受けて運動をするわけではないので、自主的に行う運動でも、認知機能に効果があるのか、また運動種類別にドメイン特異的な効果があるのか、を今後メタアナリシス解析する必要があると思います。
また一回あたりの運動時間が「4560分」は有意な効果があるが、60分以上や、45分以下では効果を認めない、という結果については、多方向からその理由を考察するべきではないでしょうか。週あたりの運動回数が、少なくても多くても効果は変わらないという点も疑問が残ります。運動と、がん・全死亡・心血管病発症リスクの関係について分析した結果をエビデンスとして、「中強度の運動を1週間で150分以上すること」が推奨されていますが、認知機能をパラメーターとした場合に、これほど結果が解離するものだろうかという疑問が残ります
メタアナリシスの解析レベルのクオリティは、「中程度 」と、言い切るにはやや低いのではないかという印象があります。
今回の解析では、「一時間未満の中強度の運動が、認知機能に効果がある」ことが示唆されたものの、今後、より厳格な精査のもと「運動の種類、量、強度、頻度、期間」と「各認知ドメインへの効果」について、さらなる検討を重ねる必要があるでしょう。
ただし、「認知機能の改善・維持のために、週に1回程度の1時間弱の有酸素運動とレジスタンストレーニング、あるいは、タイチーをすると良い」という示唆は大変参考になると思います。重いショッピングバッグを左右に振り分けて持って歩くことを、レジスタンストレーニングとして捉えたり、通勤などにもできるだけ、歩行や、サイクリング、また階段昇降を取り入れるもの工夫の一つでしょう。ジムに行ったり、運動クラブに入らなくてもひと工夫すれば、日常生活に取り入れられる運動で、死亡リスク、がん、糖尿病、心血管病を抑制することができますし、加えて、認知機能の改善に効果あるとすれば、運動を習慣化する意識をもつことを勧めたいところです。ただし、50歳以上といえば、更年期・またそれ以降の体力的な低下のこともあります。膝、腰、股関節などへの負担を十分考え、徐々に始めること(漸増的に)、やりすぎには注意を払い、1年後にも継続できているイメージを持って、人と比較せず個々に適切な運動を行いましょう。運動前のストレッチや、栄養状態、体温の上昇などへの注意も怠らないことも追記しておこうと思います。

文献2 Northey JM1,2Cherbuin N3Pumpa KL4,2Smee DJ2Rattray B4,2, Exercise interventions for cognitive function in adults older than 50: a systematic review with meta-analysis.

Br J Sports Med. 2017 Apr 24. doi: 10.1136/bjsports-2016-096587.