家族性アルツハイマー病の原因遺伝子として、「APP」「Presenilin1」「Presenilin2」の3つの遺伝子が同定されアルツハイマー脳病理の特徴的所見の一つである老人斑の主成分であるアミロイドβの産生といずれも関係していることから、「アルツハイマー病の根本原因は、アミロイドβの産生過剰にある」という仮説のもと治療法の研究が行われてきました。したがってアミロイドβを標的とした抗体療法やワクチン療法の開発を目論んで、多数の臨床試験が組まれましたが、いずれも成果を上げることができず、「アミロイド仮説」は昨今、厳しい評価を下されたばかりです。
しかし、アミロイド学派は、批判に負けてはいませんでした。これまで未解明であった、アミロイドβの生理的作用を探ることで治療の端緒を見出そうと、新たな試みを始めたのです。近年、感染防御機構の詳細が報告されるようになり、「アミロイドβは、抗微生物ペプチドのひとつではないか?」と提唱されようになったのです。抗微生物ペプチドは、オリゴマーを形成して、細胞膜に結合し、破壊、エンドトキシンの中和、細菌の凝集、捕捉作用を発揮し、病原体が宿主の細胞に結合するのを防ぎます。一方、抗微生物ペプチドは、オリゴマー形成過程に調節異常が生じると、炎症、組織変性、さらにアミロイドの沈着が促進します。こうした抗微生物ペプチドの特徴を、アミロイドβも有する可能性が示唆されています。さらに、今年(2018年)になり、リードヘッド博士らによって、アルツハイマー病患者の脳では、HHV6(human herpes virus)、HHV7、HSV1(herpes simplex virus)の感染量が上昇していることが示され(文献1、および、愛し野塾176回の解説をご覧ください)、アルツハイマー病で認める脳組織のアミロイドβの蓄積は、これらヘルペス族ウイルスの慢性感染に対する防御機構が過剰に反応した結果ではないか、という斬新なアイデアが提唱されたのです。さて、この提唱に続き、今回、ヘルペスウイルスに対する、アミロイドβが惹起する感染防御機構の一部が、エレガントな手法で解明されました(文献2)ので、解説します。
<研究>
・マウスモデルを用いた実験
家族性アルツハイマー病の原因遺伝子を組み込んだ5XFADマウス*を用いました*(アミロイドβ42を強発現するヒトAPP変異(スエーデン変異、フロリダ変異、ロンドン変異)とPresenilin1変異(M146L;L286V)が、神経特異的発現を可能にするThy-1プロモーターの制御下におかれている。
この5XFADマウスでは、通常月齢4ヶ月で認められるアミロイドβの沈着、及び神経炎症は、5-6週齢での発現を認めまないものの組織中のアミロイドβは高濃度で検出されます。そこで5-6週の5XFADマウス(n=14)と野生型マウス(WT)(n=11)それぞれの脳内に、HSV-1ウイルスを注入(0.2ml、500万PFU/μl)しました。その結果、生存を認めたのは、野生型マウスでは、48時間で1匹のみ(10%)であったのに対し、5XFADマウスでは8匹(57%)で優れた生存率を認めました(p=0.045)。ウイルス注入後24時間後の体重減少率を比較した結果、5XFADマウスで有意な低下を認めました(p=0.026)。以上の結果から、アミロイドβのHSV-1感染に対する防御効果が示唆されました。
・細胞を用いた実験
アミロイドβを発現させたH4-Aβ42細胞(アミロイドβ42のみ発現)とCHO-CAB細胞(アミロイドβ40と42を発現)を用い、HSV-1をRFP(red fluorescent protein)で標識し、細胞への感染率を測定しました。
アミロイドβを発現していない2種類の細胞である無処理のH4-N細胞とCHO-N細胞のHSV-1感染率を100%とし、それぞれの細胞に、H4-Aβ42細胞、CHO-CAB細胞の培養液、および、アミロイドβ42を添加しました。2種類の細胞の感染率は有意に低下し(順に、p=0.003, p=0.004, p=0.001)、これらの感染予防効果は、アミロイド抗体の添加によって培養液中からアミロイドβを免疫除去すると消失しました。
<アミロイドβの糖質結合とヘルペスウイルス感染予防>
熱処理し固相化したHSV-1、HHV6A、HHV6Bの3種のそれぞれのウイルスに、合成アミロイドβ、あるいは培養液アミロイドβを添加し、ウイルス表面で生じるβアミロイド形成について、抗アミロイド抗体を用いて検証しました。
正常脳で認めるアミロイドβ0.5−2.0ng/mlの濃度下では、培養アミロイドβは、3種それぞれのウイルスへの結合を認めました。抗微生物ペプチドとしての必須条件である「可溶性の微生物由来の糖鎖が、病原菌との結合を阻害する」かどうかを検証するために、アミロイドβとHSV−1との結合が、酵母由来の多糖マンナンの阻害を受けるか否かを検討した結果、マンナンによる結合阻害が観察されました。HSV-1の糖蛋白に対する抗体による結合阻害も確認され、アミロイドβは、抗微生物ペプチドとして機能する可能性が高いことが、証明されました。
<ウイルスに結合したアミロイドβは、オリゴマー化しウイルス感染性を弱める>
HSV-1、HHV6A、HHV6Bの3種のウイルスを、それぞれH4-Aβ42培養液と混和させ、透過型電子顕微鏡下で観察した結果、エンベロープウイルス上のオリゴマー化したアミロイドβのフィブリル構造を認めました。フィブリル構造は、混和後15分以内に形成され、混和後60分までに、アミロイドβのフィブリル構造によって、ウイルス粒子同士のネットワーク形成が促進され、2時間以内に不溶性の凝集塊形成することが観察されました。すなわち、不溶性の凝集塊の形成によって、ウイルスの感染性が失われることが示唆されました。
さらに、HSV-1感染によるアミロイドβ沈着の促進の可能性が疑われ、検討が加えられました。アミロイドβの沈着を認めない5−6週齢の5XFADマウスの脳内にHSV-1ウイルスを注入した結果、注入後48時間で、抗アミロイド染色によってβアミロイド沈着が確認されました。HSV-1の免疫染色を用いても、同じ部位に染色陽性反応を認めました。注入後3週間には、老人斑様の病理像が観察されました。対照実験としてWTマウスへHSV−1ウイルスを脳内注入しても、またシャム・ウイルスを5XFADマウスに脳内注入しても、脳内にアミロイドβの沈着を認めませんでした。
<コメント>
今回の報告によって、HSV−1とHHV6感染に対する防御機構に及ぼすアミロイドβの作用が明らかになりました。アミロイドβの生理作用と同時に、ヘルペスウイルスの感染が、老人斑形成を促進していることも明らかにされました。今後、HSV−1やHHV6をあらかじめ発現させた動物モデルを作成し、人のアルツハイマー病に近い動物モデルによる検証が展開されるのではないでしょうか。
また、今回、HSV-1を5XFADマウスに注入した結果、老人斑形成の促進が観察されましたが、タウ病理はどうなったのか、また、認知力低下は促進されたのか、といった疑問が生じます。今後の研究の進捗に期待するところです。
さて、ヘルペスウイルスがアルツハイマー病の根本原因である可能性が見出され、「ヘルペスウイルスの撲滅が、アルツハイマー病根治につながるのではないか」、という道がついてきたような印象です。ヘルペスウイルスワクチンの開発が重要な課題となりそうです。また、ヘルペス感染についても、放置ではなく、早期発見し、また積極的に治療を施す、といった認識が高まってくるのではないでしょうか。
文献1
Readhead, B., Haure-Mirande, J. V., Funk, C. C., Richards, M. A., Shannon, P., Haroutunian, V., ... & Reiman, E. M. (2018). Multiscale Analysis of Independent Alzheimer’s Cohorts Finds Disruption of Molecular, Genetic, and Clinical Networks by Human Herpesvirus. Neuron.
文献2
Eimer, W. A., Kumar, V., Kumar, D., Shanmugam, N. K. N., Washicosky, K. J., Rodriguez, A. S., ... & Moir, R. D. (2018). Alzheimer’s Disease-Associated β-amyloid Is Rapidly Seeded by herpesviridae to Protect Against Brain Infection.
Neuron. 2018 Jul 11;99(1):56-63.e3. doi: 10.1016/j.neuron.2018.06.030.