<はじめに>
近年、「孤独」がもたらす健康や寿命への影響が注目されています。社会的から隔絶された孤独状態となると、自宅に、もしくは、自室にひきこもり、体をダイナミックに動かす機会を失います。身体活動量が減ることで筋肉量は減るにもかかわらず、体重増加、ひいては動脈硬化が促進し、さらに悪化すれば、冠動脈疾患を誘発する危険性が高まります。また、孤独なひとは、孤独でないひとよりも推定55%も死亡率が上昇することも報告されています。「孤独」が生命へのリスクを高めることが次々報告される昨今、「痛みなどの身体症状」に対する悪影響についての研究も盛んになってきています。
線維筋痛症、多発性硬化症、そしてがんサバイバーの研究から、「痛み」は、「うつ症状、疲労症状」とともに、併存しやすい症状群の一つであることがすでに分かっています。また成人の46%は慢性疼痛を訴え、13-27%にうつ症状を認め、30%は疲労感を経験していると算出されています。こうした「痛み、うつ、疲労症状群」の存在は、QOLを著しく低下させることからも、この症状群の引き金となるリスク因子を特定し、治療につなげようという動きもあり、リスクファクターとしての「孤独」が注目されています。孤独度の高い人は、痛みの増強を認めること、また別な調査では、うつ症状や疲労度が上昇することが、報告されていますが、これら3つの症状群を同じ条件下で、経時的に観察された研究はありませんでした。2014年、オハイオ州立大学のJaremka博士らがこの問題に2つのコホートを用いて取り組みました(文献1)。1つめのコホートは、「がんサバイバー」(N=115で2年間経過観察)が対象に、2つめのコホートは「認知症の配偶者をケアする介護者」(N=229で4年間経過観察)が対象に、一年ごとに、「痛み、うつ、疲労」症状群のチェックを受けました。その結果、孤独度の高いひとは低い人に比べて、「痛み、うつ、疲労」症状群のレベルが高いこと、年次を追って悪化することが明らかにされました。また睡眠の質は、介在因子としては機能していないことがわかりました。
2015年には、アリゾナ州立大学のWolf博士らが、繊維筋痛症患者について、朝に生じる「孤独感情」が午後の「痛み」の増強に関与するかどうか検討されました(文献2)。220人の繊維筋痛症患者を対象に、電子日記によって1日4回、21日間、「孤独、ネガティブな痛みに対する認知、体の痛み、社交的な喜び」について記載を行わせ、多数レベル構造方程式モデルを用いて解析をしたところ、朝は、午後に比較すると、孤独感が強く、午後の「痛みに対する認知」もネガティブになり、結果として、午前の痛みよりも午後の痛みが強くなることがわかりました。このことから孤独によって生じる認知の歪みを是正することによって、痛みを軽減させる可能性が示唆されました。
さて、今回、スタンフォード大のグループが、孤独につながるメジャーな因子である「社会からの孤立」をターゲットとして、痛みとの関係についての解析を大規模に行い、興味深い結果が発表されましたので、まとめたいと思います(文献3)。
<対象>
がんに起因しない筋骨格系の慢性的な痛みを患い、かつスタンフォード大学の痛みセンターに受診された方を対象に、痛みの治療が施されました。治療は、疼痛薬投与、心理療法(認知行動療法、アクセプタンス&コミットメント療法、バイオフィードバックトレイニングなど)、物理療法(ヨガ、タイチーなど)、介入療法(神経ブロックなど)、補完療法(鍼灸など)、セルフケア(問題解決療法など)でした。
「社会からの孤立」、「痛みによる干渉」、「身体機能」、「うつ症状」、「痛みの強さ」の5項目について、「プロミス=PROMIS」(患者報告アウトカム計測情報システム)を用いて、試験開始当初のデータを蓄積し、コンピューターによる適応型テストを用いて、効果の反応性のよいアイテムが同定されました。
「プロミスの社会からの孤立」のアイテムは、個々人の受け止め方として「他者から排除されている、引き離されている、関係が切断される、他者に認知されていない、他者から避けられている」項目を含み、さらに、「他者との相互関係の質の程度、社会ネットワーク、ケアをされている感覚、評価されている感覚、所属している感覚、信頼の感覚」を包含していました。
「プロミスの痛みによる干渉」のアイテムは、「痛みが干渉する、物理的、認知的、情緒的、リクリエーション的活動、睡眠、人生の喜び」を含みました。
「プロミスの身体機能」のアイテムは「セルフケアから、社会活動に必要なスキルが要求される活動までを含む、あらゆる身体活動を遂行する能力」でした。
<結果>
2014年から2016年までに、慢性疼痛罹患患者が登録され、横断研究に4950人が採用され、うち、312人が90日間のうち、少なくとも2度治療を受け、縦断研究群としました。後者の観察回数は、全部で794回でした。女性比率は、69.2%、コケージャンが67.3%、ヒスパニックが14.2%、既婚が54.5%でした。プロミスの平均点数(米国人一般の平均点はすべての項目で50でした)は、社会からの孤立指数が48.41、痛みによる干渉指数が、67.47、身体機能指数が32.49、うつ病指数が56.82、痛みの強さが、6.39でした。
<社会からの孤立の身体健康にあたえる影響の解析>
社会からの孤立指数の低い症例(1-49点)と孤立指数の高い症例(50-100点)を比べると、孤立指数の高い症例は、低い症例に比べて、痛みによる干渉指数は、4.47ポイント有意に高く(P<0.01)、身体機能指数は、4.33ポイント有意に低い結果でした(P<0.01)。社会からの孤立の程度が高いと、痛みの干渉程度が高まり、身体機能が低下することが示されました。
一方、縦断研究から、「社会からの孤立」は、将来の「痛みによる干渉の程度」を予測できる因子(β係数=0.214, P<0.01)であることがわかりましたが、将来の「身体機能」を予測できる因子ではないことがわかりました(β係数=-0.23)。一方、「痛みによる阻害の程度」は「身体機能」ともに、将来の「社会からの孤立」を予測できる因子ではありませんでした(β係数は、それぞれ、0009と-0.001)。この解析では、痛みの程度、年齢、性別、人種差、教育レベル、婚姻状態を交絡因子として補正され、信頼性の高い結果であることが示唆されました。
<コメント>
「社会からの孤立」が、「痛みの強さ」よりも、「将来の痛みによる干渉」の程度を予測する因子であることが判明しました。孤独をもたらす「社会からの孤立」に目を向けることが、「痛みのコントロール」に有効性を持つ可能性が示され、日常臨床上の生活指導として、新たな視点となるでしょう。医師は、慢性的な痛みに悩む方に、必要以上に社会活動を消極的にさせたり、また、社会からの隔絶につながるようなアドバイスを避け、社会の一員として、社会との、そして他者との繋がりを維持、強化できるモチベーションを高めるような指導をするべきではないでしょうか。
本研究で懸念される点として、縦断研究群として採用されたかたの人数が、全体の人数からするとかなり少なく、バイアスになった可能性は否定できません。この点を改善した研究が施行されることが望まれます。また、治療法についても、採用された多数の治療法の中でどの治療法が有効かは、不明でした。より大規模で精密な研究施行が望まれましょう。
孤独をもたらす社会からの孤立が、痛みによる活動干渉をもたらす最大の要因である可能性が示されました。もちろん、他の因子の関与もあることでしょう。これは今後の検討を待つとして、現時点で、慢性疼痛に悩むかたへの対応として、「社会とのつながりを、できるだけもたせることを主眼とする」考え方は、日常臨床上、重要ではないか、と感じる次第です。
文献1Jaremka, L. M., Andridge, R. R., Fagundes, C. P., Alfano, C. M., Povoski, S. P., Lipari, A. M., ... & Carson III, W. E. (2014). Pain, depression, and fatigue: loneliness as a longitudinal risk factor. Health Psychology, 33(9), 948.
文献2Wolf, L. D., Davis, M. C., Yeung, E. W., & Tennen, H. A. (2015). The within-day relation between lonely episodes and subsequent clinical pain in individuals with fibromyalgia: Mediating role of pain cognitions. Journal of psychosomatic research, 79(3), 202-206.
文献3 Karayannis NV, Baumann I, Sturgeon JA, Melloh M, Mackey SC. The Impact of Social Isolation on Pain Interference: A Longitudinal Study. Ann Behav Med. 2018 Apr 12. doi: 10.1093/abm/kay017. [Epub ahead of print]