線維筋痛症は、関節、筋肉、腱など 身体の広範な部位にわたって、長期間、かつ慢性的に、「痛み」や「こわばり」を訴える難治性の疾患です(文献1)。検査を試みても、異常所見に乏しく、治療に対する反応性が低い、といった特徴を持った、主に、中年以後の女性に見られる病気です。かつて「心因性リウマチ」とも呼ばれ、精神的要素との関連性も認められています。
疫学的には、日本の推定患者数は、200万人と推定されています。これは70万人いるとされる関節リウマチ患者の約3倍の多さで、珍しい疾患ではありません。また女性の有病率は、男性の5倍、患者の平均年齢は、51.5歳、また発症年齢の平均値は、43.8歳と報告されたいます。
原因は、未だ不明ですが、線維筋痛症の発症に関する遺伝的素因のある方に、相当の精神的ストレスが加わることで、痛み刺激の伝達路の過剰興奮が生じること、脳からの痛みを抑える経路の機能不全が生じることで、病気が発症すること、と考えられています。線維筋痛症の発症に関与する「ストレス」として、激しい運動、睡眠不足、情緒的ストレス、天候による刺激が、重要視されています。線維筋痛症の随伴症状として、疲労、倦怠感、微熱、喉の渇き、レイノー現象、寝汗、呼吸困難、抑うつ気分,不安、集中力の低下などを認め、4人に1人は、関節リウマチ、変形性関節症、などに続発することも知られています。
線維筋痛症を克服するには、まず、患者さんが、病気の特性を理解し、ありのまま受け入れること、そして適切な睡眠の確保や、患者さんの体力に見合った適度な有酸素運動をすること、生活全般に置いて、周囲のサポートを整えること、大切です。現在、薬物治療には、主に抗うつ薬、抗てんかん薬が用いられ、他にも、鍼灸、マッサージ、認知行動療法の有効性も示されてきました。
一方で、線維筋痛症の予後については、寛解が1.5%程度、ほとんどの方は、軽快しても悪化したり、またほとんど効果を認めないかたが多いことが知られています。悪化によって約3人に1人は、休職、休学を強いられ、休職、休学の平均期間は3.2年にも及んでいると報告されています。
さて、「痛み」への過剰な意識の集中の結果、痛みの程度を過大評価してしまうことを、「痛みを破局化する」といいます。痛みの破局化によって、無力感の助長、悲観的感情の誘発、痛みについてのルミネーション、痛みの訴えの頻度が増える、といったネガティブな効果をもたらすだけでなく、「破局化」は、運動など、病気の克服に有効な行動が、抑制され、症状を悪化させます。「破局化の回避」は、線維筋痛症を克服するために重要なポイントなのです。
「破局化」が引き起こす痛みの増強効果に対して、「マインドフルネス」が一定の効果をあげることが知られています。マインドフルネスは、ネガティブな思考パターンにメスを入れるものではなく、逐一生じるこころの揺れ動きを監視する行動で「いま、ここ」にある自分の状態に気づくことを重要視します。(1)外的経験へ「注意」を向けること、(2)内的経験を言葉に「描写」すること、(3)いまに「意識」を向けること、(4)考えや感情をプラスやマイナスとして「判断しない」こと、(5)考えや感情が自由に自分のこころに入ったり、出ていくことをありのままに許容し「反応しない」こと、の5つの要素から構成されます。あらゆる研究から、歪んだ認知からマインドフルネス通して相応な認知に置き換えられ、痛みが軽減することが報告されています。その一方で、マインドフルネスが必ずしも有効ではない、という報告もあり、議論がわかれてきました。2018年10月、ハーバード大学のグループは、マインドフルネスの各構成要素における効果の違いを報告しましたので解説しようと思います(文献2)。
対象者の条件
本研究の対象者の条件は、(1)18-75歳、(2)女性、(3)痛みの程度は、10段階表示の4程度のかた、(4)2011年のWolfeの線維筋痛症の診断基準をみたしていること、でした。対象除外項目は、(1)急性の疼痛をきたす他の疾患を合併している、(2)刺激性の薬剤を使用中、睡眠時無呼吸があり倦怠感がある、夜間勤務があり倦怠感がある、(3)妊娠中あるいは授乳中、(4)統合失調症、人格障害などの、重症の精神疾患がある、(5)過去6ヶ月に精神科への入院歴がある、(6)麻薬使用がある、(7)マインドフルネス治療中、(8)自殺念慮がある、(9)下肢の血管障害があること、でした。
方法
試験開始時、及び7日間の痛みの程度と、痛みに伴うマイナスな状況(破局化)について、記載してもらいました。「線維筋痛症インパクト質問票」「ブリーフ痛みインベントリー」「破局化スケール」「5ファセット·マインドフルネス質問票(FFMQ)」(「観察·描写·注意·判断しないこと·反応しないこと」の、5つの尺度について評価する)についても同時に調査しました(文献3)。
結果
88人が対象となり、平均年齢は、46.24歳、既婚は36%、コーカシアンは79%、雇用者は60%、大学卒は、70.9%でした。試験開始時の未回答が回答が、1.7%、痛みの日記を記載しなかったのは、17.6%でした。
日々の痛みの程度は、破局化によって、有意に増悪することがわかりました(p<0.001)。破局化が引き起こす痛みの増強効果に対して、マインドフルネスの「観察」は、有意な改善効果がありました(P<0.05)。一方、マインドフルネスの「注意」と「判断しないこと」は、破局化が引き起こす痛みの増強効果を増悪させることがわかりました(P<0.05)。マインドフルネスの「描写」と「反応しないこと」は、破局化が引き起こす痛みの増強効果には、変化を与えないことがわかりました。
コメント
特筆すべきは、マインドフルネスの5つの要素のうち「観察」が、破局化による痛み増強効果を低減させた事実でしょう。しかし「注意」「判断しないこと」は、破局化の痛みの増強効果を増悪化させ、マインドフルネスの効果は、5つの個々の要素ごとに違いがあることがわかりました。この分析結果は臨床上、大変役立つインフォメーションだと感じます。外の経験に目を向ける「観察」の有効性は、閉鎖性の高い内的な痛みのプロセスを解き、痛みに向ける注意を解放させるところにあったのではないかと思います。一方で「注意」「判断しないこと」は、内的な痛みのプロセスに停滞させてしまうマイナス効果があったと考えられ、破局化による痛みの増強に加担してしまったのかもしれません。今後、線維筋痛症治療に、マインドフルネスを用いる場合には、破局化の有無によって、マインドフルネスの構成項目それぞれについての注意が必要であり、「観察」に重点を置いた、安全かつ効果的な実践を行うことが鍵となるでしょう。 本研究は、対象者数が少なく、観察期間が7日間という短期間であることから、信頼性、そして臨床上の汎用性を高めるためには、より長期かつ、より大規模な観察研究が必要です。今後さらにマインドフルネスの果たす要素ごとの意義について、詳細研究が求めらるでしょう。
文献1 リウマチ情報センター 「線維筋痛症」
http://www.rheuma-net.or.jp/rheuma/rm120/kouza/senikintsu.html
文献2Interactive effects of pain catastrophizing and mindfulness on pain intensity in women with fibromyalgia.
Dorado K, Schreiber KL, Koulouris A, Edwards RR, Napadow V, Lazaridou A.
Health Psychol Open. 2018 Oct 22;5(2):2055102918807406. doi: 10.1177/2055102918807406. eCollection 2018 Jul-Dec.
文献3 マインドフルネスの測定
https://doors.doshisha.ac.jp/duar/repository/ir/16258/019015020009.pdf