多くの疫学研究から、セダンタリーな生活(静的な·座りがちな生活)が、2型糖尿病、心血管病、がんを含む慢性疾患の発症に影響していることが示されてきました。また、同じく生活習慣病発症のリスク因子である高BMI、運動量減少、メンタルヘルスの低下、そして生活の質の劣化とは、独立した因子であること、病気の発症だけでなく、死亡率の上昇にも寄与する負の連鎖を認めています。現代人にとってセダンタリー対策の確立は、喫緊の問題です。
最もセダンタリーな時間を長く過ごす職種として「オフィス職員」が挙げられています。彼(女)らは、労働時間の70-85%を座位に費やし、30分以上の連続座位機会も多く、こうした行動様式は、頸部や肩の痛み、糖尿病発症や死亡リスクを上昇させていると言われています。また、病気に罹患していても、仕事をせざるをえない、いわゆる「疾病出勤」も問題としてしばしば挙げられていますが、「セダンタリーな生活と、疾病出勤との関係」に関する調査研究は遅れています。イギリスの調査では、疾病出勤にかかわるコストは、390億ドル(4兆円)にも上ると推算され、これは欠勤コストの倍に達することからも、疾病出勤を減らす方策の確立が叫ばれています。疾病出勤対策として、圧倒的に占めていた職場での座位時間を、立位や、歩行する時間に変えた結果、血糖、インスリンレベル、血圧、疲労感、やる気などに良い影響があることが報告され、「座位時間の縮小は、疾病出勤を低減させる可能性がある」と提唱されています。
現在までに座位時間を短縮させる工夫が、各種職場で重ねられてきており、例えば、高さ調節可能デスクを導入し、立位でも仕事ができるようにしたり、トレッドミール付きデスクが開発されたり、ペダル装着ワークステーションが登場したりと、試みは様々です。特に、高さ調節可能デスクを使った研究から、健康への良好な効果が示唆され、注目されましたが、研究のサンプルサイズが小さく、観察期間が短いことから、エビデンスとしては、弱いものでした。またサンプルサイズも比較的大きく、長期間観察されたオーストラリアの「スタンダップビクトリア」研究による結果は、残念ながら、座位時間の短縮化による、血糖、及び心臓代謝リスクの改善効果は、わずかなものでした(文献1)。
今回、英国で、サンプルサイズも大きく、研究手法も質の高い「スタンドアップモア」研究が発表になり、良好な結果がえらえました。論文は、10月にBMJに発表になりましたので報告したいと思います(文献2)。
対象と方法
クラスター·ランダマイズ試験を用い、介入群、もしくは非介入群(対照群)の分類は、群間でのコンタミネーションを避ける対策としてオフィスグループごとに無作為化されました。
2015年から2016年の間に、ライカスター国民保険サービス(NHS)トラストの糖尿病センターによって研究は主催され、ライカスターNHSトラストの職員に対して、個人レベルでの直接のコンタクトや、イントラネット、ポスターを通じて、参加者をリクルートしました。参加の条件は、(1)18歳から70歳、(2)オフィスワーク従事者、(3)75%以上を座位で過ごす、(4)少なくともフルタイムの6割は労働している、(5)同じデスクで、少なくとも週3回働いている、でした。
質問表により、年齢、性別、人種、喫煙、仕事の役割、給料レベル、労働時間について回答を得ました。また、身長、体重、体脂肪、血圧は、個々に直接測定し、データを得ました。
評価項目
試験開始時、3ヶ月、6ヶ月、12ヶ月後に評価しました。
一次評価項目
小型アクセロメーターを右大腿に装着し、座位、立位、ステッピング時間を正確に測定し、アクティブPAL(activPAL micro)によって、座位時間、立位時間、歩行時間が測定され、日常生活時間の80%以上の装着を有効と判断し、解析に共しました
二次評価項目
30分以上の座位時間、低、中、高強度のステッピングタイムが解析されました。立位、座位時間の占める割合が1日のうち95%以下、歩数が500歩/日以上、起床時間が10時間以上で、1日あたりの妥当なデータと定義しました。
アクティブPALと同時にアクティグラフも装着しました(装着部位は、非利き手の手首)。このアクセロメーターによって、労働時間中の中強度以上の運動量を別途計測されました。
<筋骨格の健康>首、肩、上肢、肘、手首、腰部、股関節、膝、足首について、標準化ノルディック質問表を用いて、筋骨格系に問題がないかどうか、尋ねました。<仕事関連指標>「ワークエンゲージメント」を、「高いエネルギーをもって仕事に取り組むこと」と定義し、仕事への「活気、情熱、やりがい、興味」について検討しました。ワークエンゲージメントは、9項目の、7ポイント·リッカートスケール用いて測定されました。この測定値は、生産性、労働者の幸せ度を表すと考えられています。<仕事への満足度、パーフォーマンス>は、1項目の、7ポイント·リッカートスケールを用いて測定されました。仕事による「疲労の検定」には、「リカバリー必要スケール」が使用されました。疾病があるにもかかわらず出勤する、いわゆる<疾病出勤>は、8項目職務制限質問票を用いて検定されました。また、疾病欠勤のアセスメントに、職務生産性·活動性阻害質問票が用いられました。<認知機能>「数字符号置換検査(Digit symbol substitution test)、ストループカラーワードテスト(Stroop color word test)ホプキンス言語学習試験」によって検定されました。<気分>多面的感情状態チェックリスト(Mood affect adjective check list)によって検定されました。<生活の質>WHOの「生活の質BREF」によって検定されました。
介入方法
<介入群>には、臨床試験に関する概説セミナーの受講後、高さが調節できるデスク(完全電化型か、デスクプラットフォームのいずれか)と2.5cmの厚さのクッションが配布され、30分座位が持続すると、バイブレーションによって参加者に通告されるように設定されました。また、専門スタッフによる、15分間の電話でのコーチングが、3ヶ月おきに施行されました。<非介入群>には、血圧、体重のデータ以外のフィードバックはなく、セミナーや電話によるコーチングもありませんでした。
結果
参加者は、37個のオフィスクラスターで146人、そのうちの19クラスター(76人)を介入群、18クラスター(69人)を対照群に割り付けました。試験中止率は、対照群33%、介入群17%でした。各オフィスクラスターの参加者は、1人から16人、平均4人でした。平均年齢41.2歳、78%が白人のヨーロパ人、80%が女性、BMI26.2、腹囲86cmでした。74%がフルタイムで働き、労働時間の72.6%を座位で過ごしていました。そのうちの47.1%が30分以上の比較的長時間の連続座位で過ごしていました。立位時間は全労働時間の20%、歩行時間は、7.5%でした。介入群、及び対照群間に有意な差がありません。ただし介入群は、対照群より南アジア人が多く(21%対13%)、男性が多い(27%対13%)ことがわかりました。介入群で使用されたデスクは、完全電化型が30人、デスクプラットフォームが46人でした。
一次評価項目
試験開始当初と12ヶ月目の状況を比較すると、労働時間中の座位時間に有意な差を認めました。介入群は、対照群に比べて、83.28分/労働日あたり短縮(P=0.001)していました。
二次評価項目
試験開始後3ヶ月目の段階で、介入群では、労働日あたり50.62時間、6ヶ月で、労働日あたり64.4時間の座位時間の短縮があり、対照群に比べて有意な短縮を認めました。42.5歳以上と、42.5歳以下を比較した結果、42.5歳以上で、45.11時間の座位時間の短縮を認めました。30分以上の連続座位時間は、介入群で35.31分の有意な短縮を認めました。介入群における立位時間は、12ヶ月で66分も有意に延長していましたが、歩行時間や中強度以上の運動量の変化は認められませんでした。 <骨格筋問題>正常の活動を妨げるレベルの腰部の痛みなどの問題が、介入群で減少することを認め、介入後12ヶ月で、頸部と上肢の痛みなどの問題についても、減少するを認めました。
職務関連アウトカム
<エンゲージメント>介入後6ヶ月と12ヶ月の「活気と全体のエンゲージメントスケール」は、介入群で対照群に比較して良好な結果を認め、介入12ヶ月で「仕事への専念と専心」について良好な結果を認めました。「満足度、パーフォーマンス、疲労度」は、介入後6ヶ月と12ヶ月で、パーフォックンスと疲労からの回復に対して、良好な効果を介入群で認めましたが、満足度への効果は、認めませんでした。「疾病勤務、疾病欠勤」は、介入後3ヶ月で、「疾病勤務」の項目で介入群で良好な結果を認めましたが、「疾病欠勤」の項目について、有意差を認めませんでした。「認知機能」は、すべてのタイムポイントで両群間に差を認めず、「気分障害」は、介入後6、12ヶ月で「不安について」、また12ヶ月で、「不快感について」、介入群でより良い結果を認めました。「生活の質」は、介入後6、12ヶ月で良い結果を認めました。
コメント
高さ調節可能デスクの導入によって、職務中の座位時間が減少、立位時間は増加、さらに「職務遂行能力、ワークエンゲージメント、職務疲労、疾病出勤、メンタルヘルス」への効果は、概ね介入6ヶ月で現れてくる傾向が示されました。「職務満足度、認知機能、疾病欠勤」の改善への効果は見出されませんでしたが、座位時間を減らし、立位時間を増やす重要性が多方面の評価によって明確に示されました。ただし、この研究は、NHSという一団体のみを対象に行われたため、一般化するには時期尚早かもしれません。さらに対象を拡大し、複数の団体を対象にした研究を施行する必要があると考えられます。また、本研究で取り上げられなかった「座業時間の縮小が死亡リスクや心血管リスクに対する効果」を解明するには、より長期的な研究の必要があるでしょう。
本研究のバイアスとして、アウトカムのほとんどが自己申告によるものだったこと、またativPALを装着され、勤務状況が記録されているという心理的効果によって、行動に変容を起こした可能性があることが挙げられます。今後は、座位時間を立位時間に置き換えることだけでなく、歩行時間への置き換えによっても、よりよい効果が得られるのか、疾病欠勤の予防につながるのかどうか、興味がわくところです。なぜなら、私自身、運動時間を有意義にするために、トレッドミル歩行をしながら文献を読んだり、読書を行うことを習慣として間もなく一年になりますが、心と体の健康状態にいささかの効果を感じているからです。いずれにせよ、オフィスワークのかたは、健康面のことを考慮するのであれば、できれば、1日あたり1時間半ほどは、少なくとも座位時間を立位時間に置き換えていく必要がある、ということは、間違いないところでしょう。
文献1. Healy, G. N., Goode, A., Schultz, D., Lee, D., Leahy, B., Dunstan, D. W., ... & Eakin, E. G. (2016). The BeUpstanding Program™: Scaling up the Stand Up Australia Workplace Intervention for Translation into Practice. AIMS public health, 3(2), 341.
文献2. Edwardson, C. L., Yates, T., Biddle, S. J., Davies, M. J., Dunstan, D. W., Esliger, D. W., ... & Munir, F. (2018). Effectiveness of the Stand More AT (SMArT) Work intervention: cluster randomised controlled trial. bmj, 363, k3870.