糖尿病が強く疑われる者(糖尿病有病者)、及び、糖尿病の可能性を否定できない者(糖尿病予備群)はいずれも約1,000万人と推計され(平成28年「国民健康・栄養調査」から)、今や「糖尿病」は、国民病といっても過言ではないかもしれません。イギリスでもほぼ同様で、10人に1人が2型糖尿病を患い、さらに世界の糖尿病罹患患者数は4億人以上とも推算されています。そして糖尿病の蔓延に拍車をかけているのが「肥満者数の増加」と指摘されています。車や交通機関の普及、そしてIT技術の革命、ロボットによる家事代行、フードデリバリー、ネットショッピング、24時間営業のコンビニ、甘味料がたっぷり入った飲料が並ぶ自動販売機など、生活はあまりにも便利になり、動かなくとも通常の日常生活を営むことができるし、かつ、いつでも安価で、あらゆる食料や嗜好品、各地の名産品が調達できる現代の生活が、肥満を助長してきた、ことは言うまでもありません。
さて、厳格な管理下で行われた研究によって、日々の「生活習慣を適正化」すれば、境界型糖尿病のかたの2型糖尿病発症までの時間を遅らせたり、糖尿病の発症そのものを抑止することが可能であることは、証明されてきました。さらに、かつて「適正な食事と運動」を継続した時期が一定期間あれば、たとえその後の生活が乱れたとしても、糖尿病の発症リスクは抑制されるといった「レガシー効果」があることも報告されています。こうして「生活習慣を正しくすること」がいかに重要であるかが様々な研究によって証明されてきました。
今回、2型糖尿病の患者を対象に、「食事療法中心の生活介入」を遂行させることで、「投薬フリーとなり血糖も正常化する」いわゆる「糖尿病の寛解状態になる」という可能性が示唆され、注目されています。研究は、イギリス・ニューキャッスル大学のテイラー博士らによって、糖尿病歴6年未満の方を対象に、博士自身が開発した体重コントロールプログラムを用いて糖尿病寛解に挑みました。その結果がランセット2018年12月5日号に発表されましたので、解説を試みましょう(1)。
2008年、テイラー博士は、糖尿病の成因として「ツインサイクル仮説」を提唱しました(2)。これは、肝臓と膵臓に過剰に蓄積した脂肪が、インスリン分泌やインスリンの反応性を阻害し、糖尿病を惹起している、という斬新な考え方です。この考え方に基づき、超低カロリー食を主体とした食事療法が考案されました。驚くべきことに、600kcalから700kcalの超低カロリー食を摂取させると、7日間という短期間で、肝臓のインスリン抵抗性と脂肪含量が正常化すること、さらに8週間で膵臓の脂肪含量が正常化することが示されました。
一方で、これは、極めて厳密、かつ専門家の管理下の特殊環境の下で行われた研究でしたので、実臨床の現場での意義づけについては疑問視されてきました。今回、実臨床でこの仮説を元に治療を行うことが可能なのかどうか、そして、その仮説に基づき治療をした場合、糖尿病の寛解状態に至ることが可能なのかどうか、を実証するために、テイラー博士が調査研究を行いました。
<対象者>
スコットランドとタイネサイドの49の実地医家が、オープンラベルで地域別無作為試験に参加しました。20歳から65歳までの住民を対象に、過去6年間に2型糖尿病と診断された方を対象としました。詳細の条件として、HbA1cの値は6%以上とし、6~6.5%の症例で経口糖尿病薬を服用していること、6.5%以上の場合には条件を設けませんでした。BMIは27~45としました。この研究の対象除外となったのは、インスリン製剤使用者、 HbA1cの値が12%以上のコントロール不良の方、過去6ヶ月の間に体重減少が5Kg以上あるかた、eGFRの値が30以下の腎機能の悪い方、重症の心不全がある方、別の臨床研究に参加している方、学習障害がある方、薬物乱用者、過去6ヶ月にがん・心筋梗塞の診断のある方、抗肥満薬で治療中の方、摂食障害、浄化行動のある方、妊娠中あるいは妊娠予定の方、うつ病で入院している方、抗精神病薬服用者です。
体重減少プログラムとして、テイラー博士考案の「カウンターウエイトプラス」が使用されました。コントロール群には、ガイドラインに即した食事療法を行いました。それぞれの治療に精通した栄養士が、一般の看護師、及び栄養士に8時間に渡る教育を施し、試験期間中も、これら看護師・栄養士のスーパーバイザーを務めました。
「カウンターウエイトプラス」には、超低カロリーフォーミュラダイエット(1日あたり825-853kcal、59%が炭水化物、13%が脂質、26%がタンパク質、2%がファイバーから構成され、スープあるいはシェーク状となっている)を3ヶ月摂取させました(希望があれば5ヶ月まで継続可能)。この期間は食事置換期間と命名されました。その後、通常食再導入期間として2週間から~8週間の固形の食事(50%が炭水化物、35%が脂質、15%がタンパク質)を摂取させ、その後は、体重減少管理期間として1ヶ月ごとの外来で食事量が決定されました。カウンターウエイトプラスを開始した日から、経口糖尿病薬、降圧薬は全て中止としました。その後、血糖、血圧をモニターしながら、ガイドラインに沿い、必要がある場合、投薬を再開する方針としました。固形食の再開にあたり、歩数計を参加者に携行させ、一日最大で15000歩までの運動を勧奨しました。リストモニター装着させ、7日分の睡眠時間、及び歩数が計測されました。
<結果>
2014年から2016年の間に、306人の対象者が登録され、カウンターウエイトプラス群とコントロール群の2群に無作為に割り付けられました。最終的に、それぞれ149人ずつが登録され、女性の比率は、カウンターウエイトプラス群44%、コントロール群は38%、年齢は、前者で52歳、後者で55歳、体重は、前者で101Kg、後者で99Kg、糖尿病罹病期間いずれも3年、HbA1c値は、前者で7.7%と後者で7.5%と、2群間で違いはありませんでした。糖尿病薬が投与されていなかった比率は、前者で26%、後者で23%でした。12ヶ月のアセスメントを達成したのは、カウンターウエイトプラス群128人(86%)、コントロール群147人(99%)でした。
12ヶ月で15Kg以上の体重減少を認めたのは、カウンターウエイトプラス群の24%で、コントロール群の0%に比較して有意に多い結果が得られました(P<0.0001)。カウンターウエイトプラス群の46%が、糖尿病薬を中止し、少なくとも2ヶ月以上HbA1cが6.5%以下の「寛解」を達成しました。これは、コントロール群の4%に比較して十分高い割合でした(P<0.0001)。平均体重減少量は、カウンターウエイトプラス群で10Kg、コントロール群で1Kgと、有意差を認めました(P<0.0001)。
カウンターウエイトプラス群の体重変動を介入期間を通して観察した結果、順に「食事置換期間」で14.5Kgの減少、「通常食事再導入期間」で1.0Kgの増加、「体重減少管理期間」で1.9Kgの増加を認めました。「食事置換期間」の体重減少が最も総合的な体重減少に影響していることがわかりました。
HbA1cの値は、カウンターウエイトプラス群で0.9%低下、コントロール群で0.1%増加しており、2群間で有意差を認めました(P<0.0001)。
体重減少と糖尿病寛解率との関係を調べると、体重減少を認めなかった群で0%、0-5Kgの体重減少群で7%(89人中6人)、5-10Kgの体重減少群で34%(56人中19人)、10Kg-15Kgの体重減少群で57%(28人中16人)、15Kg以上の体重減少群で86%(36人中31人)でした。この結果、糖尿病寛解率は、体重の減少量に依存していることが示唆されました。
介入12ヶ月の段階で、カウンターウエイトプラス群の74%が糖尿病薬を服薬不要となり、平均HbA1cの値は、6.4%、一方で、コントロール群では、18%が糖尿病薬を服薬不要隣、平均HbA1cの値は、7.2%でした。カウンターウエイトプラス群では、血糖コントロールが良好になり、投薬状況も改善した方が多く認められました。
「生活の質」の指標として調査に用いられたEQ-5Dの得点の推移から、カウンターウエイトプラス群では、7.2ポイントの改善を認めた一方で、コントロール群では2.9ポイント悪化を認め、2群間には有意差がありました(P=0.0012)。カウンターウエイトプラス群では、血糖値の改善、体重の減少、また薬を減らせた方が多く、結果として生活の質への満足度の増加につながったものと考えられます。
中性脂肪は、カウンターウエイトプラス群で、コントロール群に比較して20%有意に低下していました(P<0.0001)。HDL-Cと運動量には2群間に有意差を認めませんでした。カウンターウエイトプラス群から離脱した21%の方の8割は、社会的な理由での離脱でした。睡眠の量・質ともに、2群間に有意差を認めませんでした。カウンターウエイトプラス群のうち48%の方が降圧薬を中止した一方で、コントロール群に中止者はいませんでした。
有害事象は、カウンターウエイトプラス群で一人、胆石疝痛がありました。有害事象による試験中止、及び死亡例はありませんでした。
食事置換期間に認めた有害事象数は、16週目が最大で、その症状は便秘、冷感、頭痛、めまい、などでした。便秘以外は、処方による処置はありませんでした。
<議論>
先行研究では、「糖尿病の寛解」を一次評価項目としたものは一つもありませんでしたし、食事療法と運動療法を組み合わせた治療を試みた研究報告は少なくありませんが、ほとんどがエクスパートスタッフが中心となって行ったもので、実地診療レベルで行ったものはありませんでした。実地医家のレベルで施行された今回の研究で認めた異例の寛解率の高さ、有害事象の少なさは、現実性のある施行として高く評価されることと思われます。
しかし、一方でプログラムの離脱者が多いことは見過ごせません。超低カロリー食の継続が難しかったのではないか、と容易に想像されます。この治療法を標準治療として採用するためには、離脱者を増やさないような、プログラム達成までのモチベーションを維持する工夫をすることが必要でしょう。また、今回の研究では対象者のほとんどが白人ということもあり、比較的、体重の増加量が白人ほどではない、日本人を含むアジア人にも同じような効果をもたらすのかどうかは、疑問が残るところです。日本人を対象にした研究によって、初期の糖尿病の方への超低カロリーの食事療法が「糖尿病寛解」を含めどのような効果をもたらすのか、興味深いところです。
また、カウンターウエイトプラスによって、肝臓、膵臓の脂肪沈着は改善するのか、より長期にこの研究・観察を続けた場合、減量したからだは維持できるのか、糖尿病の合併症は予防できるのか。あらゆる疑問点は、現在進行しているより長期間の観察によって明らかにされていくようです。成果を見守りたいと思います。
一旦、糖尿病になったら治らない、そして一生、付き合って行かねばならないと信じられていた2型糖尿病ですが、ごく初期であれば、かなり荒療治とはなりますが、超低カロリー食によって寛解の可能性があり得ることが示され、一筋の光が差し込んだような気がいたします。肥満治療としての外科術であるバリアトリック術の効果が耳目を集めるようになって、「糖尿病の寛解」という概念がクローズアップされてきました。バリアトリック術とカウンターウエイトプラスによる初期の糖尿病治療との2者に共通しているのは、「劇的な体重減少と、体内の重要臓器からの脂肪沈着の減少」を可能とする方法であることと考えられます。今後、この概念を基にした治療法が徐々に糖尿病治療の中心になっていくように感じています。
(1)Lean, MEJ, Leslie, WS, Barnes, AC et al. Primary care-led weight management for remission of type 2 diabetes (DiRECT): an open-label, cluster-randomised trial. Lancet. 2017; (published online Dec 5.)
(2)Taylor, R. Pathogenesis of type 2 diabetes: tracing the reverse route from cure to cause. Diabetologia. 2008; 51: 1781–1789