2017/08/16

第135回 愛し野塾 動脈硬化症による心血管イベントを抑制するためにー中性脂肪をターゲットにして


悪玉コレステロール、すなわち、LDLコレステロール(LDL-C)が、動脈硬化症の「治療の鍵」として認知されて久しく、現在までに「血中LDLコレステロール濃度」を低下させる薬剤開発が確実に成果を上げてきました。その代表的な例が「スタチン」、「エゼチミブ」、そして「PCSK9阻害剤」と薬が揃い、著しい効果を認め、その結果、動脈硬化性疾患である、冠動脈疾患、脳血管障害の予防についても一定の有効性を示してきました。
しかし、悪玉コレステロールを適正な値に下げても、動脈硬化を発症する方は少なくなく、特に衝撃的だったのは、2015年にNEJMに発表された、急性冠症候群の患者の報告です。スタチンだけの治療群で認めたLDL-C値(69mg/dl)が、スタチン+エゼチミブを投与することによって、LDL-C値も低値になっていたにもかかわらず(54mg/dlと15mg/dlの低下)、心血管イベント予防率については、2%程度の改善でしかなかったことです(文献1)。さらに2017年のNEJMより発表された、PCSK9阻害によるLDL-C低下と心血管イベントついての検証の結果も同様でした。スタチンのみ治療群(LDL-C=90mg/dl)に比較して、PCSK9阻害によって、LDL-Cが有意に低下したにも関わらず(30mg/dlと60mg/dlの低下)、心血管イベント予防率は「2%」の改善を認めた程度でした(文献2)。
このような背景から、「心血管イベント予防に結びつく治療」を探索するため、動脈硬化発症を促す、LDL-C以外の原因を検索し、その早期発見および治療を重点課題とする方向へ、転換し始めています。
この課題克服のために、日本では、メタボ健診が登場しました。根幹となる考え方が、「インスリン抵抗性」です。内臓脂肪の増加に伴って、「インスリン抵抗性」をもたらす因子が血中に過分泌され、結果として、血糖、中性脂肪、血圧を上昇させます。これはLDL-Cとは独立した、動脈硬化を促進するメカニズムであると考えられているのです。特に、中性脂肪(TG)について、昨今、動脈硬化惹起作用の研究が急速に進んでいます。遺伝子の立場からの解明が進み、メンデリアンランダマイゼーション法を用い、「TGリッチリポ蛋白の増加と冠動脈疾患発症上昇との相関関係」が明らかにされてきました。これまでTG代謝を制御する主たる3つの遺伝子、「ApoCIII・ANGPTL3・ANGPTL4」の関与が明らかにされ、いずれもリポ蛋白リパーゼの阻害作用をもつことから、この酵素の活性が、動脈硬化発症に重要な役割を果たすことが明瞭になってきました。
新しく2017年7月20日号のNEJMに立て続けに発表された2本の論文で、APNGPTL3の動脈硬化に果たす役割の詳細、その作用阻害による動脈効果抑止効果が明らかにされました。今回はこの解説に取り組んでみました。
I. 最初の論文は、リジェネロンジェネッティクスセンターのドウエー博士らの報告です。
(文献3)Dewey, F. E., Gusarova, V., Dunbar, R. L., O’Dushlaine, C., Schurmann, C., Gottesman, O., ... & Leader, J. B. (2017). Genetic and Pharmacologic Inactivation of ANGPTL3 and Cardiovascular Disease. New England Journal of Medicine.
【機能欠失バリアントと冠動脈疾患発症率の関係】
まず、DiscovEHRと呼ばれるコホートより、58,335人のANGPTL3の全エクソンの塩基配列を決定しました。ANGPTL3遺伝子の機能欠失バリアントキャリアーは、非キャリアーに比較して、ANGPTL3蛋白の血中濃度は約50%低下しており、中性脂肪(27%低下、P=2.5X10-21)、LDL―C(9%低下、P=2.8X10-5)、HDL―C(4%低下、P=0.02 )がいずれも有意に低下していることが確認されました。13種類の機能欠失バリアント(226人)があることがわかり、多く見られた変異は3つで、Asn121fsが91人、N147fsが48人、495+6T→Cは50人でした。 冠動脈疾患症例、13102人の内、機能欠失バリアント陽性率は、0.33%で、コントロール症例40,430人のうち、機能欠失バリアント陽性率は、0.45%でした。年齢、性別、家族歴で補正すると、機能欠失バリアントキャリアーは、非キャリアーに比較して、41%有意に冠動脈疾患発症率が低いことがわかりました(P=0.004)。
【動物実験を用いたANGPTL3阻害と動脈硬化抑制作用の検討】
動脈硬化マウス(APOE3Leiden.CETP)を用いた実験では、抗ANGPTL3抗体である「エビナクマブ」を投与すると、TGが84%低下(P<0.001)すること、コントロール抗体投与群に比較して、動脈硬化性の病変サイズが、39%も有意に減少すること(P<0.001 )が分かりました。「エビナクマブ」による動脈硬化にたいする縮小効果は、「アトルバスタチン」による効果とほぼ同じでした。
【健康なヒトへのエビナクマブ投与】
健常人83人を対象にエビナクマブ投与による検証が行われました。被験者の11%に頭痛、3%に肝機能障害を認めましたが、これら副反応による薬剤投与中止症例はありませんでした。さらに「投与方法」として、皮下注射か、静脈注射かの2方法で、また、「投与量」(75mg、150mg、250mg(皮下)、5mg/Kg、10mg/Kg、20mg/Kg(静注))と種々の条件によるTG低下への影響を検討しました。その結果、最大効果を発揮した「投与量・20mg/Kg」を「静脈注射」による投与によって、4日目にTGは76%低下、15日目にLDL-Cが23.2%低下、HDL-Cが18.4%低下と、著しい低下を認めました。
【試験の問題点】
本研究の対象者は、ほとんどヨーロッパ人でした。今後は、アジア人を含む他人種を対象とした検証が必要でしょう。本研究で明確に示された「動物モデルを用いた抗ANGPTL3抗体の動脈硬化抑止効果」の、ヒトへの汎用性の有無は厳格に検証されなければなりません。健康なボランティアを対象にした実験では、血中TG値など、良好な低下を認めましたが、実臨床へ応用するためには、重症な脂質異常を持つ患者さんや、動脈硬化が進んでいる患者さんへ、対象に広げて、有用性と安全性の検証をする必要があります。
最後に、「ANGPTL3遺伝子の欠失バリアント」を有するヒトは、生後すぐからANGPTL3の血中濃度が、このバリアントを持たないヒトに比べて50%少なかったわけで、「極めて長期間のANGPTL3効果の低下による影響」で動脈硬化が抑止されていたとすれば、成人になってから、ANGPTL3抗体を短期間投与したからといって、本当に動脈硬化が抑止できるのか、疑問が残ります。

II. 2つ目の論文は、アイオニス社のグラハム博士らの報告した研究です(文献4)。ANGPTL3に対するアンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)を用いており、前述の研究とはアプローチが異なります。
Graham, M. J., Lee, R. G., Brandt, T. A., Tai, L. J., Fu, W., Peralta, R., ... & Baker, B. F. (2017). Cardiovascular and Metabolic Effects of ANGPTL3 Antisense Oligonucleotides. New England Journal of Medicine.

【動物実験】
マウス用のANGPTL3 ASOを、4種類のマウス(1. 野生型のC57BL/6マウス、2. Ldlr-/-マウス、3. Apoc3-/-マウス、4. ヒトApoCIIIを人為的に多量発現させたマウス)に投与して実験分析を行いました。ASO投与により、4種類すべてのマウスで、肝臓のAngptl3のmRNAの69-91%低下、および、血中Angptl3レベルの50-90%低下を認めました。これらの低下に伴って、TGは35-85%の低下、LDL-Cは7-64%の低下、HDL-Cは3-23%の低下を認めました。したがって、抗ANGPTL3拮抗作用によるTG,LDL-Cの低下は、LDL受容体を介する経路の存在の有無、ApoCIIIの存在の多寡にかかわらず、惹起されることが証明されました。
次に「リポ蛋白リパーゼ活性に及ぼす影響」に注目し、ApoCIII多量発現したマウスに、ANGPTL3 ASOを6週間投与しました。同量投与されたコントロールマウスに比較して、ApoCIII発現マウスのリポ蛋白リパーゼ活性は、88%も上昇を認めた(P=0.03)一方で、肝臓のリパーゼ活性に変化を認めませんでした。このことから、抗ANGPTL3拮抗作用によって、特異的にリポ蛋白リパーゼ活性が上昇することがわかりました。
次に、抗ANGPTL3拮抗作用によるインスリン抵抗性の改善に及ぼす影響が検討されました。食餌誘発性の肥満マウスに、ANGPTL3 ASOを6週間、腹腔投与し、インスリン耐性テストとグルコース耐性テストをすると、インスリン感受性は、インスリン耐性テストで、36%有意に良好な値を示し(P=0.02 )、グルコース耐性テストで、28%有意に良好な値を示しました(P=0.02 )。肝臓への中性脂肪の蓄積は、コントロールに比較して81%低下していました(P=0.03) 。これらの結果から、抗ANGPTL3拮抗作用で、インスリン抵抗性は改善し、肝臓への中性脂肪蓄積が低下することがわかりました。
最後に、動脈硬化に及ぼす効果が検討されました。Ldlr-/-マウスにウエスタンダイエットを投与し、ANGPTL3 ASOを投与しました。コントロールに比較して、動脈硬化の進行は、ANGPTL3 ASOを体重Kgあたり50mg投与では、52%の減少(P=0.002),体重Kgあたり12.5mg投与では、37%の減少(P=0.048)を認めました。
テクニカルな問題として、GalNacを付加した場合、ANGPTL3ASOのED50は、19分の1に低下しました。これによってGalNAc付加は、ASOの効果を劇的に上昇させることがわかりました。
【IONIS-ANGPTL3-Lrxのヒトでの効果】
GalNAcを5個付加したヒト型ANGPTL3のASOのヒトへの投与が血中脂質プロフィールへの影響について分析が行われました。一週間に一度10、20、40、60mgとそれぞれ投与量を変え、6人ずつに、6週間投与しました。ANGPTL3血中濃度は、投与開始後43日目で最も低下し、10mg投与群で46.6%低下、20mg投与群で72.5%低下、40mg投与群で81.3%低下、60mg投与群で84.5%低下を認めました。TGレベルは最大で、63%低下、LDL-Cは32%低下、ApoCIIIは58%低下していました。127日目には、すべてのデータは基礎値に戻りました。頭痛とめまいを訴えた患者が、プラゼボ、実薬群で、それぞれ3人ずついましたが、重篤な副反応はみられませんでした。

【議論】
動物を用いた検証から、1)ANGPTL3 ASOの脂質への良好な作用、2)それに伴うインスリン抵抗性の改善 3)動脈硬化進行の抑制といった有用性が明確になったことは高く評価されると思います。一方で、ヒトでの研究は、未だフェーズ1の段階です。ヒトで実証された脂質代謝の改善が、動脈硬化発症の抑制にどれほど反映されるのかは、次の課題です。
今回の研究で注目されるのは、「インスリン抵抗性の改善効果」です。「脂肪酸」の筋肉と褐色脂肪組織への取り込み量が増加し、その結果、白色脂肪組織への「脂肪酸」の取込みは抑制され、逆に「糖」の取込みの促進が生じるといったメカニズムが明らかにされました。
ヒトの研究から、リポ蛋白リパーゼ活性の上昇を認める遺伝子変異が存在する場合、冠動脈疾患発症率低下や糖尿病発症リスクの低下を認めています。ANPTL3阻害治療が汎用され、脂質改善、動脈硬化進行抑止といった効果にとどまらず、糖尿病予防の一助となれば、素晴らしいことだと思います。
TG代謝をターゲットとした動脈硬化予防の研究はますますヒートアップしていくことでしょう。今後の発展が楽しみです。

文献1
Cannon CP, Blazing MA, Giugliano RP, et al. Ezetimibe added to statin therapy after acute coronary syndromes. N Engl J Med 2015;372:2387-2397
文献2
Sabatine MS, Giugliano RP, Keech AC, et al. Evolocumab and clinical outcomes in patients with cardiovascular disease. N Engl J Med 2017;376:1713-1722
文献3
文献4