適切な運動が、筋骨格系の疾患予防、身体機能の改善、認知機能の是正、うつ病治療、肥満の予防、及び治療などに有効であることは、あらゆる研究によって証明されてきました。しかし、総合的に見て、一般市民は、健康に寿命を全うするために最適な運動量はどの程度なのか、未だ結論には及ばず、あらゆる情報に振り回されているのが現状です。
理由の一つには、日常生活における運動量を正確に測定した、世界的大規模な研究調査がなく、「現代の人類の一般生活を営む上で消費している運動量について」、「その運動量と疾病の関係について」高い信頼性、及び妥当性を満たした調査データが存在しないからだ、とも言われ、ひいては運動など身体活動に関する健康政策を作成していく上で問題が生じることはやむをえないわけです。
日本政府は、わが国民の平均歩数(平成27年)は、一日あたり男性7,194歩、女性6,227歩と発表しています。しかし、計測された歩数データは「自己申告」という性質上、データの信頼性について疑問の余地が残ります。例えば、「よく運動していると思われたい」という被験者のインセンティブが働き、結果として、調査期間の歩数が通常より増え、調査後には普段通りの歩数に戻るなどといった心理が働くことは、否めません。こうしたことからこの方法は、日常の歩数値を正しく表しているとは言い切れず、正確性に欠けるのではないかと考えられてきました。かといって、そういったバイアスを回避する方法論も見当たらず、こうして自己申告によって得られたデータが、使用されてきたのです。
さて、今回、全世界の人々を対象に、スマートホンにビルトインされた歩数計(アクセロメーター)のデータをもとに、111カ国、71万7,527人を対象として、6,800万日分のデータを回収・解析するといった、画期的な試みが行われました。勿論、スマートホンを用いる上で限界となる、水中運動や自転車エルゴメーターを行っている時の運動量の測定は不可能ですが、対象者が大規模であることから、そういった運動量の全データで希釈される率を考えれば、方法のネガティブな特性の影響は、最少とみなされます。そして、何よりも、日常の歩数測定がブラインド(対象者に知らされない方法)で行われ、恣意性がなく、従来の「自己申告に基づく方法」に比較すれば、格段にその信頼性は高いものと考えられます。そういったユニーク、かつ信頼度の高い方法による調査結果ということから、この論文は、「ネイチャー」に報告され、大きな注目を集めています(Althoff, T., Hicks, J. L., King, A. C., Delp, S. L., & Leskovec, J. (2017). Large-scale physical activity data reveal worldwide activity inequality. Nature, 547(7663), nature23018.)。
【対象と方法】アズミオ社製のアーガスAPP(無料ソフト)を、Apple社製 iPhoneで使用しているかたを対象としました。2013年から2014年の間に匿名ファイルとしてデータを収集しました。111カ国、71万人のデータを対象とし、少なくとも1,000人の使用者がいる46カ国を主たる解析対象国としました(69万3,806人、6,600万日分データ)。90%は、高収入の国(32カ国)で、10%は、14カ国の中程度の収入のある国でした。使用者は、「性別、年齢、身長、体重」をアプリ設定時に入力し、また体重は、28.9%の使用者が、複数回入力していました。体重について、初回と最後の記入された値の差は、平均で0.24Kgでした。平均使用日は、95日でしたが、σ(標準誤差)は313日と大きなばらつきを認めました。初期データの入力がない場合には解析対象から除外しましたが、性別、年齢、身長、体重のデータに欠失の有無で、平均歩数、性別、年齢、身長、体重のデータを比較しましたが、有意な差を認めませんでした。
本研究で得られた「一日あたりの歩数」は、「年齢、及びBMIの上昇」に伴う低下を認め、また女性のほうが男性よりも少なく、これらの結果は、これまでの報告と一致しました。一日のうち、最初と最後の歩数計側時間から求めた、一日のスマートフォン帯同時間を算出すると、平均14時間でした。各国間で、帯同時間とそれぞれの国の歩数との関係を求めましたが、相関関係は認められず(r=0.427、p<100億分の一),帯同時間の差が、歩数の違いを表しているのではないことが証明されました。男性は、女性よりも30分スマートフォンの帯同時間が長く(男性 対 女性、14.2時間 対 13.7時間)女性のほうが男性よりも睡眠時間が長いことと齟齬がありませんでした。
WHOの身体活動データは、自己申告による調査であり、かつ運動強度としての定義のもとの計測であることから、「実際の歩数を表すものではない」と指摘されてきました。したがって信頼区間のばらつきは大きく(28-89%;日本)、比較は困難とされましたが、スマートフォンで測定した歩数と、WHOの身体活動データから得られた歩数の間には有意な相関があることがわかりました(相関係数 0.3194, P=0.0393)。以上から、スマートフォンを用いた歩数計側の精度の高さが評価されました。
【結果】
平均歩数は、4961歩(σ=2684)でした。日本は5846歩、サウジアラビアは3103歩でした。歩数と肥満レベルには密接な関係があることがわかりました。女性の場合、一日あたり1000歩程度のグループの肥満の比率は30%と高く、一日10,000歩では、10%と低く、歩数によって肥満レベルに大きな差を認めました。一方、一日あたりの歩数が減少すればするほど、それぞれの集団の個々人の歩数にばらつきが大きくなることがわかりました。
この「歩数の不均等」は、歩数そのものよりも、肥満に与える影響が大きいことが分かりました。例えば、不均等が最大と記録されたサウジアラビアでは、肥満の比率もまた26%とほぼ最大値に達しました。一方、日本は歩数の不均等が中国についで少なく、肥満の比率も中国についで少ないことがわかりました。
「歩数そのもの」、及び「歩数の不均衡」の両方と「肥満」との相関を検討した結果、それぞれ決定係数R2は、0.47と0.64(P<0.01)となり、「肥満比率」は、歩数そのものよりも、歩数の不均衡性との間に有意な相関があることが分かりました。例えば、米国とメキシコの平均歩数は、4774歩と4692歩とほぼ同数であるにもかかわらず、歩数の不均衡は0.303と0.279と米国で有意に高値を示しました。米国の肥満比率は27.7%でこの数値はメキシコの18.1%よりも有意に高いものでした。
面白いことに、歩数の不均衡が大きい国では、男性より女性の歩数が有意に少ないことがわかりました。歩数の不均衡に寄与する要因の43%は、性差によるものであることがわかっています。この知見から、国レベルの肥満対策をするならば、「歩数の不均衡」是正のために、歩数の少ない、身体活動量が低いグループを強化することが、国民全体を対象とするよりも4倍効率がよいと試算されています。
「環境の歩き安さ」を公園の多さ、店の多さなどといった「歩行スコア」で評価し、米国の69の都市で比較した結果、「歩行スコアが高いと、活動不均衡が少ない」ことがわかりました。カリフォルニア州の3都市(サンフランシスコ、サンホゼ、フレモント)を比較しても、歩行スコアの一番高い、サンフランシスコで、活動不均衡が一番低いことがわかりました。歩行スコアは、地理的要因、生活レベルが似たような都市間でも、実際に活動に与える影響が甚大であることがわかりました。歩きやすい環境が整備された都市ほど、ウイークデーの朝晩の通勤時間の歩数、ランチタイムの歩数、また週末の午後の歩数が多くなることがわかりました。また歩行スコアが高いと、性別、年齢、BMIに関わらず、有意に歩数が増えることもわかりました(P<10-6)。この変化は、男性に比較して、女性で有意に生じました。(P<10-4)。とりわけ50歳以下の女性で、歩数の不均衡を有意に減らすことがわかりました。具体例で示しますと、カリフォルニアのサクラメントの40歳女性が、歩行スコアが25点高いカリフォルニアのオークランドに移住すると、一日あたりの歩数が868歩増加し、男性の場合では、622歩の増加にとどまります。主に標準体重のグループが、その恩恵を受けますが、肥満のかたでも、歩数上昇を促すことがわかりました。
議論
問題点として、横断的研究であるゆえに、対象者が、低収入国でも高収入の層に偏ったり、運動意識の高いかたに偏ってしまう可能性が否定できない点があげられるかもしれません。しかし、身体活動の不均衡と肥満の程度の関係について、高収入国でも中程度の収入国でも、有意な相関関係を認め、この問題はバイアスにはなっていないと判断されるでしょう。また、米国に於いて収入の異なる4地域の住人を比較した結果に於いても、収入の高低や地域に関わらず、歩行スコアは運動不均衡を予測可能であるという結果を得ました。つまり、社会経済的な地位というバイアスに影響されないことが示唆されるとしています。まったく同意するものです。
街を歩きやすく整備することが、健康かつ、快活に長生きできる秘訣であることを教えてくれた印象的な論文でした。赤レンガの街並みをそろえたり、街路樹の並ぶ歩行者優先のプロムナードを作ったり、鳥たちが憩いさえずる公園づくりをしたり、一見経済活動としては無駄かとも思える施策に税金が投入されることこそが、公衆衛生に多大な利益をもたらすのかもしれません。今回の調査ではスマートフォンというもはや日常生活の一部となっているツールが、人間の活動そのものを無意識のうちにモニターし、病気の広がり(マラリアで証明されました)や、経済活動状況のもとになるビッグデータを収集しうる時代となったことを実感させるものでした。今後はさらに公衆衛生調査のツールとして認識され病気の研究の幅がぐっと広がったように感じております。