2017/08/02

第132回 愛し野塾 インフルエンザワクチンの革命



WHOをはじめ、世界各国で、インフルエンザワクチン接種はエビデンスに基づき強く推奨されていますが、接種率は目標達成には今ひとつとどかない状況です。
ワクチン接種率の目標値は、65歳以上の高齢者は、75%、65歳以下のかたは55%、また、医療従事者は75%とされています。2013年のOECDのデータでは、日本は、摂取率50%と目標値をかなり下回り、極めて少ない状況です。一方で、英国は、76.5%、米国は65.5%と日本よりも有意に高い接種率が報告されています。
インフルエンザの直接、あるいは間接的な関与によって、死亡する症例数(超過死亡概念)は、わが国で年間1万人とされ、ワクチン接種をより広範に普及させることが求められています。
北米とヨーロッパのデータでは、ワクチン接種を行わない主たる理由として、非接種者が「ワクチンの有効性に疑問を感じている」ことが挙げられます。専門家は、「インフルエンザ感染の重症度、ワクチンの有効性、ワクチン接種のリスクについて、誤解があることが疑問の所以である」と解釈しており、社会教育をより重点的に、また正しく施行することが求められると意見を述べています。
ワクチン摂取率が上がらない要因には、接種の方法が「注射」で、「針を刺されること」が嫌で、躊躇することも大きな理由として挙げられています。また、接種の費用も決して安価ではなく、家族でワクチン接種を施行するとなると、一層、家計への負担がかかることも、見逃せない要因です。
注射針を用いない新規の方法を開発することで、注射による痛みを回避し、同時にコスト削減も達成すれば、ワクチン摂取率を上げられるのではないか、各社、研究開発に取り組んでいるところです。
2012年、UKでは、すべての子供にインフルエンザワクチンを接種するよう強く推奨され、同時に、インフルエンザの生ワクチンの経鼻導入法が承認されました。2014年にはUSAでも、子どもの場合、従来の不活化ワクチンの注射導入法から、生ワクチンを用いた経鼻導入法による接種が推奨されました。しかし、この「生ワクチンの経鼻による導入夥多法」は、ワクチンの有効性について、従来の注射による方法に比べて有意に劣ることが判明し、期待を大きく外れ、結局、2016年、経鼻法の推奨は取りやめることになりました(文献1)。このような段階を経て、経鼻以外のルートで、「痛みのない」ワクチン接種が求められています。
さて、今回ランセットに掲載された研究では、ワクチンを封入した可溶性マイクロニードルを装着した粘着性のあるパッチを用いる方法が開発され、安全性、有効性ともに良好な結果を示し、大きな話題となっています(文献2)。
ワクチンを経皮的に導入することでワクチンの有効性が上がる理由に、「免疫を賦活化するランゲルハンス細胞が豊富に存在している」という皮膚の特性が、挙げられます。前述した背景から、従来の針を用いた方法に比較して、(1)注射恐怖症の方にも使える、(2)ワクチン作成費が安価、針の廃棄費用が不要、熱安定性がよいことから冷所保存不要、自己貼付するだけなので医療従事者の関与の大幅減、包装の小型化、輸送及び保管費用の削減、といった「コストの削減」(3)高い忍容性、といった利点があります。すでに、可溶性パッチは、化粧品として使われていること、医療界では、副甲状腺ホルモン投与の臨床試験に用いられていることなどからも、安全面からも受け入れやすい材料であることも臨床応用のしやすさが期待されます。

【対象】
対象者となったのは、米国、アトランタ在住の、(1)免疫能に問題なし、(2)2014年から2015年の間のインフルエンザワクチン接種なし、(3)18歳から49歳、(4)妊娠していない、(5)皮膚疾患なし、といったすべての条件項目を満たした方でした。
試験は、無作為盲検法を用いて、プラセボを対照として行われ、対象者は4グループに無作為に分けられました。すなわち、(1)不活化ワクチンのマイクロニードルパッチの自己貼付あるいは(2)不活化ワクチンのマイクロニードルパッチの医療者による貼付、(3)不活化ワクチンの筋注、(4)プラゼボのマイクロニードルパッチの医療者による貼付、の4グループでした。
ワクチンは、「フルビリン」で、H1N1株のヘマグルチニン18μg、H3N2株のヘマグルチニン17μg、B株のヘマグルチニン15μgを含有されました。
2015年6月23日から同年9月25日までの間に、100人がリクルートされ試験が実施されました。

【結果】
投与後7日以内の反応原生、および28日以内の、重篤な副反応と自己申告の副反応、について調査が行われました。
安全性については、<非自己申告による副反応>は、(1)ワクチンのマイクロニードルパッチの自己貼付ー89回、(2)医療者による貼付ー73回、(3)不活化ワクチンの筋注ー73回、と3群間に差は認められず、<自己申告による副反応>は、(1)ワクチンのマイクロニードルパッチの自己貼付ー18回、(2)医療者による貼付ー14回、(3)不活化ワクチンの筋注ー12回と、3群間に差はありませんでした。 重篤な副反応はなく、グレード2、ないしグレード3の副反応は、筋注のグループで、マイクロニードルパッチ法のグループよりも多く認められ、痛みの部位は主に注射部位でした。
反応原生は、筋注によるものは、圧痛が60%、痛みが44%で、マイクロニードルパッチ法では、圧痛が66%、発赤が44%、かゆみが82%に見られました。幾何平均抗体価(有効性の指標)は、H1N1株について、医療者がマイクロニードルパッチをした場合、1197で、筋注では、997と有意差はありませんでした。同様に、H3N2株では、前者が287、後者が223、B型については、前者が126、後者が94で、有意差はありませんでした。自己貼付の場合も、医療者による貼付の場合と同様の抗体価が得られました。ただし、B型の陽転率は、マイクロニードルパッチ法で65%、筋注で32%と、前者で優っていました。抗体陽転割合は、マイクロニードルパッチ法とプラセボを比較すると有意に前者で勝っており、筋注法と有意な差はありませんでした。

【考察】
本研究によって、マイクロニードルパッチ法の開発とともに、ワクチンの安全性、そして、有効性が、確認されたました。同時に行われた調査結果から、自己貼付の希望者は、70%の上ることから、自己貼付の普及によって、ワクチン摂取率は上昇し、コストが低下することは明らかです。この研究では、たとえ、一般の医療知識のない方でも、医療者の直接の指導を受けることなしに、視聴マテリアルを用いた使用法の解説だけで、自己貼付法について簡単にマスターできることも確認されました。
また、マイクロニードルパッチ法を用いれば、針の廃棄は不要、また、保存方法について、保冷を要しません。なんと40度の温度環境で、1年有効性が維持されることがわかっています。パッケージは小さく、配送料も低コストに抑えることが可能です。なんといっても、ワクチン接種に、痛みを伴いません。今後、医療経済削減の点から、マイクロニードルパッチを用いた方法が主流となり、医療者を介することなく、ホームデリバリーされ、自己貼付する方法が主流になることが予想されます。ただし、配布された特定の人がきちんと用法を守っているか、例えば、効果を確実にしようと、何回も貼付するようなことをしていないか、逆に半分で使用したりすることがないか、不法な取引が生じないか、など、様々なリスクについて対策を講じることもまた汎用性向上の重要なポイントになるでしょう。
研究上、今後の課題となるのは、今回の研究は、わずか100人を対象にしたフェーズ1研究でしたので、より多くの方に使用し、安全性、有効性を確認することが必要でしょう。また、皮膚免疫を用いると、筋注よりも、特にB型に関して抗体産生が有効である可能性が示されましたが、その詳細メカニズムを明らかにすることも必要でしょう。
まだまだ確認作業は沢山あるものの、将来的に、クリニックや病院ではなく、安全な使用法さえ厳守されれば、家庭で、自分で、簡単にワクチン摂取できる可能性が広がったのは、公衆衛生上、高く評価される インフルエンザワクチン接種の「方法」の開発ではないかと思います。

文献1. Grohskopf, L. A. (2016). Prevention and control of seasonal influenza with vaccines. MMWR. Recommendations and Reports, 65. 
文献2. Rouphael, N. G., Paine, M., Mosley, R., Henry, S., McAllister, D. V., Kalluri, H., ... & Kabbani, S. (2017). The safety, immunogenicity, and acceptability of inactivated influenza vaccine delivered by microneedle patch (TIV-MNP 2015): a randomised, partly blinded, placebo-controlled, phase 1 trial. The Lancet.

Lancet. 2017 Jun 27. pii: S0140-6736(17)30575-5. doi: 10.1016/S0140-6736(17)30575-5. [Epub ahead of print]