パーキンソン病は、神経変性疾患の一つで、アルツハイマー病についで患者数が多い難病です。年齢とともに有病率が上昇し、「65歳」に限ると人口の2-3%を占めると統計で示されています。パーキンソン病の患者数は、2005年の患者数に比較すると、2030年には、2倍に急増すると試算され、既に超高齢化社会を迎え、今後、いっそう高齢化に拍車がかかることが予想される日本では、あらゆる立場から正しい知見をもとに、この病気に取り組まなければなりません。
さて、パーキンソン病には4大症状と呼ばれる、「安静時振戦,筋固縮、無動、姿勢反射障害」を特徴とします。他に二つの動作を同時にすることが難しくなる症状、自由にリズムを作る能力の低下が認められます。初発症状には振戦が多く、また進行性変性疾患であるパーキンソン病は、病態が進行すると、足が地面に張り付いて離れなくなる現象(すくみ足)が生じ、ついには歩行困難が招来されます。適切とされる治療をしても、自立した生活を過ごせるのは、10年程度で、病態の進行とともに生活に介助が必要になります。
発症メカニズムは、不詳とされ、効果的な治療方法は未確立で、根治療法は未だに見つかっていません。また病態が進行性に増悪することから、長期の療養が必要です。実臨床では、1960年代からもっぱら「対症療法」として「レボドパ」を用いたドパミン補充療法が主流でした。しかし、レボドパ長期使用により、錐体外路性不随意運動が増強し、ヒョレア、アテトーゼ、ジストニアが認められる症例もあり、課題が多く残されています。このような現状から、生命を脅かすほどではないものの、この進行性の難病「パーキンソン病」の進行を遅らせることができる、進行を止めることができる、「病気の根本原因に根ざした治療法の創生が求められています。
「レボドパ」治療から、新規治療の開発がなかなか進まなかった背景には、「ドパミン欠乏」を病気の根本原因として捉える考え方にとらわれてきたことにあります。このドグマに疑念が生じはじめたのが1990年代後半でした。その後、数々の動物を用いたメカニズムの検証で得られた知見をもとに、「パーキンソン病は、基底核の直接、間接の刺激・抑制経路のバランス異常により発症する」、という新しい概念が登場しました。最近、この経路のバランス異常をターゲットとした創薬が成功を収めつつあります。そのうちの一つが「GLP―1」受容体作動薬です
「インスリン」として「インスリン様増殖因子1(IGF-1)」は、脳で合成され、酸化ストレス、アポプトーシス、オートファジー、炎症に対し、改善効果があることから、パーキンソン病治療への期待が高まっていました。一般に神経変性疾患では、インスリンシグナルの低下も報告されていることも、この期待に拍車をかけてきました。ところが、血糖が正常な方にインスリン投与をすれば副作用として低血糖が生じる危険性があります。 また、 IGF-1投与によって、細胞増殖が促進すれば、がん発症のリスクが上がるのではないかという指摘もあり、この「インスリンシグナル経路を利用してパーキンソン病を治す」という魅力的な考え方は、お蔵入りしていたのです。
治療法の開発が停滞する中、2005年、一筋の光明が差し込みました。糖尿病薬である「GLP-1作動薬」が登場したのです。GLP-1は、その受容体とともに脳に存在し、インスリン、及びIGF-1と細胞内シグナルを共用しています。 現在有効な糖尿病薬として汎用されているGLP-1受容体作動薬(エキセナタイド、リキセナタイド、リラグリチドの3種類)は、低血糖を惹起しにくく、癌を誘発しないなど、安全性の面でもトラブルが少ない薬剤です。加えて、アルツハイマー病の動物モデルを用いた実験から、GLP-1作動薬には、神経保護作用があることが証明されました。中でも「エキセナタイド」には、「パーキンソン病の動物モデル」を用いた検証から、神経保護作用があることが証明されたのです。パイロットスタディではありますが、エキセナタイドは、中程度に進行したパーキンソン病患者へ投与した結果、認知、及び運動障害に対し、有効な効果をあらわすことが証明されました(文献1)。
2017年8月、UCL(英国)のアトーダ博士らは、62人のパーキンソン病患者を対象に、パーキンソン病治療に新しい光をあてるべく、無作為偽薬対照試験によるGLP-1作動薬の検証を行いました。医学誌「ランセット」に掲載(文献2)されましたので解説したいと思います。
Athauda, D., Maclagan, K., Skene, S. S., Bajwa-Joseph, M., Letchford, D., Chowdhury, K., ... & Li, Y. (2017). Exenatide once weekly versus placebo in Parkinson's disease: a randomised, double-blind, placebo-controlled trial. The Lancet.
対象
25歳から75歳の特発性パーキンソン病患者のうち、ドパミン作動薬で薬効が認められずパーキンソン症状が認められる、いわゆる「ウエアリング・オフ現象」が認められる方を対象としました。認知症がある、BMIが18.5以下、糖尿病がある症例は除外されました。
方法
投与期間は48週間とし、1週間に1度の頻度で、エキセナタイドかプラセボ(偽薬)を2mg、自己皮下注射しました。試験開始時、投与開始12、24、36、48、60週後に、評価しました。60週後の評価は、薬剤投与中止後、12週が経過した段階としました。
評価は、パーキンソン病統一スケール(UPDRS)が用いられました。(*パート1から4までに分かれ、パート1:精神機能、行動、気分、パート2:日常生活、パート3:運動機能、パート4:治療の合併症、を検査するもので、点数が高いと症状は重い)。その他、10 分歩行、マティス認知症レイティング・スケール、ユニファイド・ジスキネジア・レイティング・スケール、EuroQol FIVE Dimensions Questionnaire 39, モンゴメリー・アスバーグうつ病レイティング・スケール、Non-motor symptoms severity scaleを用いて記録されました。
「オフ・メディケーション」の定義は、「レボドパの場合、服薬後少なくとも8時間経過していること」、「長時間作用型のロピニロール、プラミペキソール、ラサリジン、ロチゴチンの場合、服薬後少なくとも36時間以上が経過していること」としました。評価は、オフ・メディケーション時、かつ早朝に行われました。
[123I]FP-CITシングルフォトンエミッションCTスキャン(DaTscan: ダットスキャン)を試験開始時と60週間後に行いました。ダットスキャンによって、ドパミントランスポーター(DAT)の分布が可視化され、ドパミン神経の変性、及び脱落の状態を把握することが可能です。
毎回評価時に採血及び採尿が行われ、脊髄液採取は、12週後と48週後に施行されました。血中と脊髄液のエキセナタイドの濃度は、ELISA法によって測定されました。レボドパ換算容量の試算は、毎回評価時に試行しました。処方内容は、症状に合わせて変更可能とし、ドロップアウトをできるだけ減らす方針をとりました。
【結果】
2014年から2015年の間に、68人がスクリーニングされ、62人が試験対象者として選ばれました。エキセナタイド投与群とプラゼボ投与群の2群に分けられ、それぞれ31人、29人が割り付けられました。
試験開始時の特徴として、前者は後者に比較して年齢が高く(61.6歳対57.8歳)、オフ・メディケーション時のMDS-UPDRS(パート3)は、前者で高く(32.8対27.1)、レボドパ換算容量は低い(773.9対825.7)という結果となりました。
UPDRS(パート3: 運動機能検査)をオフ・メディケーションで行った場合、ベースラインの値が、エキセナタイドに割り付けられた群の方が、プラセボに割り付けられた群に比較して高い(症状が重い)という問題点があるものの、試験開始後60週の段階の評価では、プラセボ投与群で、2.1ポイント悪化(上昇)を認め、エキセナタイド投与群で、1.0ポイントの改善(低下)を認め、エキセナタイドの投与による3.5ポイントの有意な改善効果を認めました(P=0.0318)。48週後の段階では、プラセボで1.7ポイントの悪化、エキセナタイド投与群で2.3ポイント改善でした(4.3ポイントの有意差、P=0.0026)。オン・メディケーションの場合、UPDRS(パート1~4)は、48週、60週での群間の違いは、ありませんでした。
マティス認知症レイティング・スケール、ユニファイド・ジスキネジア・レイティング・スケール、EuroQol FIVE Dimensions Questionnaire 39, モンゴメリー・アスバーグうつ病レイティング・スケール、Non-motor symptoms severity scaleの評価では、いずれも2群間に差はありませんでした。
レボドバ換算容量は、エキセナタイド投与群でプラゼボ投与群に比較して、60週間後、19.6mg有意に増加していました。薬剤投与量の違いが、運動機能改善に寄与していた可能性を検討する目的で、レボドパ換算容量で補正し、UPDRSのパート3を再評価したところ、48週で、エキセナタイド投与群でプラセボ投与群に比較して、3.6ポイント有意な改善があり(P=0.0294)、60週で4.4ポイント有意な改善があり(P=0.0023)ました。レボドパ変換容量は、交絡因子として作用していないことが証明されました。
【ダットスキャン】試験開始時と比べて、60週間後に施行したダットスキャンでは、エキセナタイド投与群でもプラゼボ投与群でも、低下していましたが、低下の程度が、前者では、後者よりも有意に小さいことが、右被殻(P=0.0018)、左被殻(P=0.0034)、右尾状核(=0.0001)で判明しました。
【薬物濃度】
平均脳脊髄液中のエキセナタイド濃度は、12週間後で11.4pg/ml、48週間後で11.7pg/mlと保たれていることがわかりました。
【副反応】
エキセナタイド投与群では、プラゼボ投与群よりも体重減少が有意に大きく、48週間後で前者で2.6Kg減少、後者で0.6Kg減少でした。体重減少と運動機能改善効果の間に相関は認めませんでした(P=0.0986)。そのほか、副反応で有意差のあるものはありませんでした。
3人が、薬剤投与を中断されました。エキセナタイド投与群で1人、プラゼボ投与群で2人でした。エキセナタイド投与群の中止症例は、血中アミラーゼ濃度の上昇によるもので、プラセボ投与群では、不安症状の悪化が1人、ディスレキシアの発症が1人でした。またプラセボ群で、一人、モニタリング期間終了直後に膵癌が見つかり、盲検を解除する必要がありました。
【議論】
この論文の問題点は、無作為に割り付けた段階で、研究設定上重要な、実薬群とプラセボ群の間のプロフィールに違いが出てしまったことでしょう。特にUPDRSパート3とレボドパ換算容量に差がついてしまったことは腑に落ちません。実薬群の方が、プラセボ群に比べて、治療薬投与量不足で、症状が重い方が多数含まれていた、という感が否めません。試験期間中、実薬群の方が、レボドパ換算容量の増加が有意に多くなったことにも、試験結果に疑問を残すことになりました。もちろん、統計処理によって、試験登録時のプロフィールの差という因子の影響が、結果に影響しなかったことは、詳細に論文に示されているので、得られた結果は、正しい可能性が高いものと評価されるでしょう。今後、より多くの患者を対象とした妥当性かつ、信頼性の高い試験を行うことで、得られた結果が再現されることを期待するところです。
エキセナタイド投与群のダットスキャンのデータから、ドパミントランスポーターの発現促進効果が示唆されます。すでに動物実験によって、エキセナタイド投与による神経膜表面へのドパミントランスポーターの発現の増加(文献3)は確認され、エキセナタイドが、細胞外のドパミンの濃度を下げ、細胞内ドパミン濃度をあげるメカニズムの一助として機能していることが想定されています。本研究から、同様のメカニズムがパーキンソン病患者でも働いている可能性が高まりました。この「GLP-1作動薬」が、安心してパーキンソン病患者に対しても、日常臨床で使用可能となること、そして程よいADLを維持しながら、年を重ねられるよう、新薬の登場が待たれます。
文献1.
Aviles-Olmos, I., Dickson, J., Kefalopoulou, Z., Djamshidian, A., Ell, P., Soderlund, T., ... & Limousin, P. (2013). Exenatide and the treatment of patients with Parkinson’s disease. The Journal of clinical investigation, 123(6), 2730.
文献2.
Athauda, D., Maclagan, K., Skene, S. S., Bajwa-Joseph, M., Letchford, D., Chowdhury, K., ... & Li, Y. (2017). Exenatide once weekly versus placebo in Parkinson's disease: a randomised, double-blind, placebo-controlled trial. The Lancet.
文献3