2017/08/18

第136回 愛し野塾 パーキンソン病・新治療法の開発に向けて


パーキンソン病は、神経変性疾患の一つで、アルツハイマー病についで患者数が多い難病です。年齢とともに有病率が上昇し、「65歳」に限ると人口の2-3%を占めると統計で示されています。パーキンソン病の患者数は、2005年の患者数に比較すると、2030年には、2倍に急増すると試算され、既に超高齢化社会を迎え、今後、いっそう高齢化に拍車がかかることが予想される日本では、あらゆる立場から正しい知見をもとに、この病気に取り組まなければなりません。
さて、パーキンソン病には4大症状と呼ばれる、「安静時振戦,筋固縮、無動、姿勢反射障害」を特徴とします。他に二つの動作を同時にすることが難しくなる症状、自由にリズムを作る能力の低下が認められます。初発症状には振戦が多く、また進行性変性疾患であるパーキンソン病は、病態が進行すると、足が地面に張り付いて離れなくなる現象(すくみ足)が生じ、ついには歩行困難が招来されます。適切とされる治療をしても、自立した生活を過ごせるのは、10年程度で、病態の進行とともに生活に介助が必要になります。
発症メカニズムは、不詳とされ、効果的な治療方法は未確立で、根治療法は未だに見つかっていません。また病態が進行性に増悪することから、長期の療養が必要です。実臨床では、1960年代からもっぱら「対症療法」として「レボドパ」を用いたドパミン補充療法が主流でした。しかし、レボドパ長期使用により、錐体外路性不随意運動が増強し、ヒョレア、アテトーゼ、ジストニアが認められる症例もあり、課題が多く残されています。このような現状から、生命を脅かすほどではないものの、この進行性の難病「パーキンソン病」の進行を遅らせることができる、進行を止めることができる、「病気の根本原因に根ざした治療法の創生が求められています。
「レボドパ」治療から、新規治療の開発がなかなか進まなかった背景には、「ドパミン欠乏」を病気の根本原因として捉える考え方にとらわれてきたことにあります。このドグマに疑念が生じはじめたのが1990年代後半でした。その後、数々の動物を用いたメカニズムの検証で得られた知見をもとに、「パーキンソン病は、基底核の直接、間接の刺激・抑制経路のバランス異常により発症する」、という新しい概念が登場しました。最近、この経路のバランス異常をターゲットとした創薬が成功を収めつつあります。そのうちの一つが「GLP―1」受容体作動薬です
「インスリン」として「インスリン様増殖因子1(IGF-1)」は、脳で合成され、酸化ストレス、アポプトーシス、オートファジー、炎症に対し、改善効果があることから、パーキンソン病治療への期待が高まっていました。一般に神経変性疾患では、インスリンシグナルの低下も報告されていることも、この期待に拍車をかけてきました。ところが、血糖が正常な方にインスリン投与をすれば副作用として低血糖が生じる危険性があります。 また、 IGF-1投与によって、細胞増殖が促進すれば、がん発症のリスクが上がるのではないかという指摘もあり、この「インスリンシグナル経路を利用してパーキンソン病を治す」という魅力的な考え方は、お蔵入りしていたのです。
治療法の開発が停滞する中、2005年、一筋の光明が差し込みました。糖尿病薬である「GLP-1作動薬」が登場したのです。GLP-1は、その受容体とともに脳に存在し、インスリン、及びIGF-1と細胞内シグナルを共用しています。 現在有効な糖尿病薬として汎用されているGLP-1受容体作動薬(エキセナタイド、リキセナタイド、リラグリチドの3種類)は、低血糖を惹起しにくく、癌を誘発しないなど、安全性の面でもトラブルが少ない薬剤です。加えて、アルツハイマー病の動物モデルを用いた実験から、GLP-1作動薬には、神経保護作用があることが証明されました。中でも「エキセナタイド」には、「パーキンソン病の動物モデル」を用いた検証から、神経保護作用があることが証明されたのです。パイロットスタディではありますが、エキセナタイドは、中程度に進行したパーキンソン病患者へ投与した結果、認知、及び運動障害に対し、有効な効果をあらわすことが証明されました(文献1)。
2017年8月、UCL(英国)のアトーダ博士らは、62人のパーキンソン病患者を対象に、パーキンソン病治療に新しい光をあてるべく、無作為偽薬対照試験によるGLP-1作動薬の検証を行いました。医学誌「ランセット」に掲載(文献2)されましたので解説したいと思います。
Athauda, D., Maclagan, K., Skene, S. S., Bajwa-Joseph, M., Letchford, D., Chowdhury, K., ... & Li, Y. (2017). Exenatide once weekly versus placebo in Parkinson's disease: a randomised, double-blind, placebo-controlled trial. The Lancet.

対象
25歳から75歳の特発性パーキンソン病患者のうち、ドパミン作動薬で薬効が認められずパーキンソン症状が認められる、いわゆる「ウエアリング・オフ現象」が認められる方を対象としました。認知症がある、BMIが18.5以下、糖尿病がある症例は除外されました。
方法
投与期間は48週間とし、1週間に1度の頻度で、エキセナタイドかプラセボ(偽薬)を2mg、自己皮下注射しました。試験開始時、投与開始12、24、36、48、60週後に、評価しました。60週後の評価は、薬剤投与中止後、12週が経過した段階としました。
評価は、パーキンソン病統一スケール(UPDRS)が用いられました。(*パート1から4までに分かれ、パート1:精神機能、行動、気分、パート2:日常生活、パート3:運動機能、パート4:治療の合併症、を検査するもので、点数が高いと症状は重い)。その他、10 分歩行、マティス認知症レイティング・スケール、ユニファイド・ジスキネジア・レイティング・スケール、EuroQol FIVE Dimensions Questionnaire 39, モンゴメリー・アスバーグうつ病レイティング・スケール、Non-motor symptoms severity scaleを用いて記録されました。
「オフ・メディケーション」の定義は、「レボドパの場合、服薬後少なくとも8時間経過していること」、「長時間作用型のロピニロール、プラミペキソール、ラサリジン、ロチゴチンの場合、服薬後少なくとも36時間以上が経過していること」としました。評価は、オフ・メディケーション時、かつ早朝に行われました。
123I]FP-CITシングルフォトンエミッションCTスキャン(DaTscan: ダットスキャン)を試験開始時と60週間後に行いました。ダットスキャンによって、ドパミントランスポーター(DAT)の分布が可視化され、ドパミン神経の変性、及び脱落の状態を把握することが可能です。
毎回評価時に採血及び採尿が行われ、脊髄液採取は、12週後と48週後に施行されました。血中と脊髄液のエキセナタイドの濃度は、ELISA法によって測定されました。レボドパ換算容量の試算は、毎回評価時に試行しました。処方内容は、症状に合わせて変更可能とし、ドロップアウトをできるだけ減らす方針をとりました。
【結果】
2014年から2015年の間に、68人がスクリーニングされ、62人が試験対象者として選ばれました。エキセナタイド投与群とプラゼボ投与群の2群に分けられ、それぞれ31人、29人が割り付けられました。
試験開始時の特徴として、前者は後者に比較して年齢が高く(61.6歳対57.8歳)、オフ・メディケーション時のMDS-UPDRS(パート3)は、前者で高く(32.8対27.1)、レボドパ換算容量は低い(773.9対825.7)という結果となりました。
UPDRS(パート3: 運動機能検査)をオフ・メディケーションで行った場合、ベースラインの値が、エキセナタイドに割り付けられた群の方が、プラセボに割り付けられた群に比較して高い(症状が重い)という問題点があるものの、試験開始後60週の段階の評価では、プラセボ投与群で、2.1ポイント悪化(上昇)を認め、エキセナタイド投与群で、1.0ポイントの改善(低下)を認め、エキセナタイドの投与による3.5ポイントの有意な改善効果を認めました(P=0.0318)。48週後の段階では、プラセボで1.7ポイントの悪化、エキセナタイド投与群で2.3ポイント改善でした(4.3ポイントの有意差、P=0.0026)。オン・メディケーションの場合、UPDRS(パート1~4)は、48週、60週での群間の違いは、ありませんでした。
マティス認知症レイティング・スケール、ユニファイド・ジスキネジア・レイティング・スケール、EuroQol FIVE Dimensions Questionnaire 39, モンゴメリー・アスバーグうつ病レイティング・スケール、Non-motor symptoms severity scaleの評価では、いずれも2群間に差はありませんでした。
レボドバ換算容量は、エキセナタイド投与群でプラゼボ投与群に比較して、60週間後、19.6mg有意に増加していました。薬剤投与量の違いが、運動機能改善に寄与していた可能性を検討する目的で、レボドパ換算容量で補正し、UPDRSのパート3を再評価したところ、48週で、エキセナタイド投与群でプラセボ投与群に比較して、3.6ポイント有意な改善があり(P=0.0294)、60週で4.4ポイント有意な改善があり(P=0.0023)ました。レボドパ変換容量は、交絡因子として作用していないことが証明されました。
【ダットスキャン】試験開始時と比べて、60週間後に施行したダットスキャンでは、エキセナタイド投与群でもプラゼボ投与群でも、低下していましたが、低下の程度が、前者では、後者よりも有意に小さいことが、右被殻(P=0.0018)、左被殻(P=0.0034)、右尾状核(=0.0001)で判明しました。
【薬物濃度】
平均脳脊髄液中のエキセナタイド濃度は、12週間後で11.4pg/ml、48週間後で11.7pg/mlと保たれていることがわかりました。
【副反応】
エキセナタイド投与群では、プラゼボ投与群よりも体重減少が有意に大きく、48週間後で前者で2.6Kg減少、後者で0.6Kg減少でした。体重減少と運動機能改善効果の間に相関は認めませんでした(P=0.0986)。そのほか、副反応で有意差のあるものはありませんでした。
3人が、薬剤投与を中断されました。エキセナタイド投与群で1人、プラゼボ投与群で2人でした。エキセナタイド投与群の中止症例は、血中アミラーゼ濃度の上昇によるもので、プラセボ投与群では、不安症状の悪化が1人、ディスレキシアの発症が1人でした。またプラセボ群で、一人、モニタリング期間終了直後に膵癌が見つかり、盲検を解除する必要がありました。
【議論】
この論文の問題点は、無作為に割り付けた段階で、研究設定上重要な、実薬群とプラセボ群の間のプロフィールに違いが出てしまったことでしょう。特にUPDRSパート3とレボドパ換算容量に差がついてしまったことは腑に落ちません。実薬群の方が、プラセボ群に比べて、治療薬投与量不足で、症状が重い方が多数含まれていた、という感が否めません。試験期間中、実薬群の方が、レボドパ換算容量の増加が有意に多くなったことにも、試験結果に疑問を残すことになりました。もちろん、統計処理によって、試験登録時のプロフィールの差という因子の影響が、結果に影響しなかったことは、詳細に論文に示されているので、得られた結果は、正しい可能性が高いものと評価されるでしょう。今後、より多くの患者を対象とした妥当性かつ、信頼性の高い試験を行うことで、得られた結果が再現されることを期待するところです。
エキセナタイド投与群のダットスキャンのデータから、ドパミントランスポーターの発現促進効果が示唆されます。すでに動物実験によって、エキセナタイド投与による神経膜表面へのドパミントランスポーターの発現の増加(文献3)は確認され、エキセナタイドが、細胞外のドパミンの濃度を下げ、細胞内ドパミン濃度をあげるメカニズムの一助として機能していることが想定されています。本研究から、同様のメカニズムがパーキンソン病患者でも働いている可能性が高まりました。この「GLP-1作動薬」が、安心してパーキンソン病患者に対しても、日常臨床で使用可能となること、そして程よいADLを維持しながら、年を重ねられるよう、新薬の登場が待たれます。

文献1.
Aviles-Olmos, I., Dickson, J., Kefalopoulou, Z., Djamshidian, A., Ell, P., Soderlund, T., ... & Limousin, P. (2013). Exenatide and the treatment of patients with Parkinson’s disease. The Journal of clinical investigation, 123(6), 2730.
文献2.
Athauda, D., Maclagan, K., Skene, S. S., Bajwa-Joseph, M., Letchford, D., Chowdhury, K., ... & Li, Y. (2017). Exenatide once weekly versus placebo in Parkinson's disease: a randomised, double-blind, placebo-controlled trial. The Lancet.
文献3

2017/08/16

第135回 愛し野塾 動脈硬化症による心血管イベントを抑制するためにー中性脂肪をターゲットにして


悪玉コレステロール、すなわち、LDLコレステロール(LDL-C)が、動脈硬化症の「治療の鍵」として認知されて久しく、現在までに「血中LDLコレステロール濃度」を低下させる薬剤開発が確実に成果を上げてきました。その代表的な例が「スタチン」、「エゼチミブ」、そして「PCSK9阻害剤」と薬が揃い、著しい効果を認め、その結果、動脈硬化性疾患である、冠動脈疾患、脳血管障害の予防についても一定の有効性を示してきました。
しかし、悪玉コレステロールを適正な値に下げても、動脈硬化を発症する方は少なくなく、特に衝撃的だったのは、2015年にNEJMに発表された、急性冠症候群の患者の報告です。スタチンだけの治療群で認めたLDL-C値(69mg/dl)が、スタチン+エゼチミブを投与することによって、LDL-C値も低値になっていたにもかかわらず(54mg/dlと15mg/dlの低下)、心血管イベント予防率については、2%程度の改善でしかなかったことです(文献1)。さらに2017年のNEJMより発表された、PCSK9阻害によるLDL-C低下と心血管イベントついての検証の結果も同様でした。スタチンのみ治療群(LDL-C=90mg/dl)に比較して、PCSK9阻害によって、LDL-Cが有意に低下したにも関わらず(30mg/dlと60mg/dlの低下)、心血管イベント予防率は「2%」の改善を認めた程度でした(文献2)。
このような背景から、「心血管イベント予防に結びつく治療」を探索するため、動脈硬化発症を促す、LDL-C以外の原因を検索し、その早期発見および治療を重点課題とする方向へ、転換し始めています。
この課題克服のために、日本では、メタボ健診が登場しました。根幹となる考え方が、「インスリン抵抗性」です。内臓脂肪の増加に伴って、「インスリン抵抗性」をもたらす因子が血中に過分泌され、結果として、血糖、中性脂肪、血圧を上昇させます。これはLDL-Cとは独立した、動脈硬化を促進するメカニズムであると考えられているのです。特に、中性脂肪(TG)について、昨今、動脈硬化惹起作用の研究が急速に進んでいます。遺伝子の立場からの解明が進み、メンデリアンランダマイゼーション法を用い、「TGリッチリポ蛋白の増加と冠動脈疾患発症上昇との相関関係」が明らかにされてきました。これまでTG代謝を制御する主たる3つの遺伝子、「ApoCIII・ANGPTL3・ANGPTL4」の関与が明らかにされ、いずれもリポ蛋白リパーゼの阻害作用をもつことから、この酵素の活性が、動脈硬化発症に重要な役割を果たすことが明瞭になってきました。
新しく2017年7月20日号のNEJMに立て続けに発表された2本の論文で、APNGPTL3の動脈硬化に果たす役割の詳細、その作用阻害による動脈効果抑止効果が明らかにされました。今回はこの解説に取り組んでみました。
I. 最初の論文は、リジェネロンジェネッティクスセンターのドウエー博士らの報告です。
(文献3)Dewey, F. E., Gusarova, V., Dunbar, R. L., O’Dushlaine, C., Schurmann, C., Gottesman, O., ... & Leader, J. B. (2017). Genetic and Pharmacologic Inactivation of ANGPTL3 and Cardiovascular Disease. New England Journal of Medicine.
【機能欠失バリアントと冠動脈疾患発症率の関係】
まず、DiscovEHRと呼ばれるコホートより、58,335人のANGPTL3の全エクソンの塩基配列を決定しました。ANGPTL3遺伝子の機能欠失バリアントキャリアーは、非キャリアーに比較して、ANGPTL3蛋白の血中濃度は約50%低下しており、中性脂肪(27%低下、P=2.5X10-21)、LDL―C(9%低下、P=2.8X10-5)、HDL―C(4%低下、P=0.02 )がいずれも有意に低下していることが確認されました。13種類の機能欠失バリアント(226人)があることがわかり、多く見られた変異は3つで、Asn121fsが91人、N147fsが48人、495+6T→Cは50人でした。 冠動脈疾患症例、13102人の内、機能欠失バリアント陽性率は、0.33%で、コントロール症例40,430人のうち、機能欠失バリアント陽性率は、0.45%でした。年齢、性別、家族歴で補正すると、機能欠失バリアントキャリアーは、非キャリアーに比較して、41%有意に冠動脈疾患発症率が低いことがわかりました(P=0.004)。
【動物実験を用いたANGPTL3阻害と動脈硬化抑制作用の検討】
動脈硬化マウス(APOE3Leiden.CETP)を用いた実験では、抗ANGPTL3抗体である「エビナクマブ」を投与すると、TGが84%低下(P<0.001)すること、コントロール抗体投与群に比較して、動脈硬化性の病変サイズが、39%も有意に減少すること(P<0.001 )が分かりました。「エビナクマブ」による動脈硬化にたいする縮小効果は、「アトルバスタチン」による効果とほぼ同じでした。
【健康なヒトへのエビナクマブ投与】
健常人83人を対象にエビナクマブ投与による検証が行われました。被験者の11%に頭痛、3%に肝機能障害を認めましたが、これら副反応による薬剤投与中止症例はありませんでした。さらに「投与方法」として、皮下注射か、静脈注射かの2方法で、また、「投与量」(75mg、150mg、250mg(皮下)、5mg/Kg、10mg/Kg、20mg/Kg(静注))と種々の条件によるTG低下への影響を検討しました。その結果、最大効果を発揮した「投与量・20mg/Kg」を「静脈注射」による投与によって、4日目にTGは76%低下、15日目にLDL-Cが23.2%低下、HDL-Cが18.4%低下と、著しい低下を認めました。
【試験の問題点】
本研究の対象者は、ほとんどヨーロッパ人でした。今後は、アジア人を含む他人種を対象とした検証が必要でしょう。本研究で明確に示された「動物モデルを用いた抗ANGPTL3抗体の動脈硬化抑止効果」の、ヒトへの汎用性の有無は厳格に検証されなければなりません。健康なボランティアを対象にした実験では、血中TG値など、良好な低下を認めましたが、実臨床へ応用するためには、重症な脂質異常を持つ患者さんや、動脈硬化が進んでいる患者さんへ、対象に広げて、有用性と安全性の検証をする必要があります。
最後に、「ANGPTL3遺伝子の欠失バリアント」を有するヒトは、生後すぐからANGPTL3の血中濃度が、このバリアントを持たないヒトに比べて50%少なかったわけで、「極めて長期間のANGPTL3効果の低下による影響」で動脈硬化が抑止されていたとすれば、成人になってから、ANGPTL3抗体を短期間投与したからといって、本当に動脈硬化が抑止できるのか、疑問が残ります。

II. 2つ目の論文は、アイオニス社のグラハム博士らの報告した研究です(文献4)。ANGPTL3に対するアンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)を用いており、前述の研究とはアプローチが異なります。
Graham, M. J., Lee, R. G., Brandt, T. A., Tai, L. J., Fu, W., Peralta, R., ... & Baker, B. F. (2017). Cardiovascular and Metabolic Effects of ANGPTL3 Antisense Oligonucleotides. New England Journal of Medicine.

【動物実験】
マウス用のANGPTL3 ASOを、4種類のマウス(1. 野生型のC57BL/6マウス、2. Ldlr-/-マウス、3. Apoc3-/-マウス、4. ヒトApoCIIIを人為的に多量発現させたマウス)に投与して実験分析を行いました。ASO投与により、4種類すべてのマウスで、肝臓のAngptl3のmRNAの69-91%低下、および、血中Angptl3レベルの50-90%低下を認めました。これらの低下に伴って、TGは35-85%の低下、LDL-Cは7-64%の低下、HDL-Cは3-23%の低下を認めました。したがって、抗ANGPTL3拮抗作用によるTG,LDL-Cの低下は、LDL受容体を介する経路の存在の有無、ApoCIIIの存在の多寡にかかわらず、惹起されることが証明されました。
次に「リポ蛋白リパーゼ活性に及ぼす影響」に注目し、ApoCIII多量発現したマウスに、ANGPTL3 ASOを6週間投与しました。同量投与されたコントロールマウスに比較して、ApoCIII発現マウスのリポ蛋白リパーゼ活性は、88%も上昇を認めた(P=0.03)一方で、肝臓のリパーゼ活性に変化を認めませんでした。このことから、抗ANGPTL3拮抗作用によって、特異的にリポ蛋白リパーゼ活性が上昇することがわかりました。
次に、抗ANGPTL3拮抗作用によるインスリン抵抗性の改善に及ぼす影響が検討されました。食餌誘発性の肥満マウスに、ANGPTL3 ASOを6週間、腹腔投与し、インスリン耐性テストとグルコース耐性テストをすると、インスリン感受性は、インスリン耐性テストで、36%有意に良好な値を示し(P=0.02 )、グルコース耐性テストで、28%有意に良好な値を示しました(P=0.02 )。肝臓への中性脂肪の蓄積は、コントロールに比較して81%低下していました(P=0.03) 。これらの結果から、抗ANGPTL3拮抗作用で、インスリン抵抗性は改善し、肝臓への中性脂肪蓄積が低下することがわかりました。
最後に、動脈硬化に及ぼす効果が検討されました。Ldlr-/-マウスにウエスタンダイエットを投与し、ANGPTL3 ASOを投与しました。コントロールに比較して、動脈硬化の進行は、ANGPTL3 ASOを体重Kgあたり50mg投与では、52%の減少(P=0.002),体重Kgあたり12.5mg投与では、37%の減少(P=0.048)を認めました。
テクニカルな問題として、GalNacを付加した場合、ANGPTL3ASOのED50は、19分の1に低下しました。これによってGalNAc付加は、ASOの効果を劇的に上昇させることがわかりました。
【IONIS-ANGPTL3-Lrxのヒトでの効果】
GalNAcを5個付加したヒト型ANGPTL3のASOのヒトへの投与が血中脂質プロフィールへの影響について分析が行われました。一週間に一度10、20、40、60mgとそれぞれ投与量を変え、6人ずつに、6週間投与しました。ANGPTL3血中濃度は、投与開始後43日目で最も低下し、10mg投与群で46.6%低下、20mg投与群で72.5%低下、40mg投与群で81.3%低下、60mg投与群で84.5%低下を認めました。TGレベルは最大で、63%低下、LDL-Cは32%低下、ApoCIIIは58%低下していました。127日目には、すべてのデータは基礎値に戻りました。頭痛とめまいを訴えた患者が、プラゼボ、実薬群で、それぞれ3人ずついましたが、重篤な副反応はみられませんでした。

【議論】
動物を用いた検証から、1)ANGPTL3 ASOの脂質への良好な作用、2)それに伴うインスリン抵抗性の改善 3)動脈硬化進行の抑制といった有用性が明確になったことは高く評価されると思います。一方で、ヒトでの研究は、未だフェーズ1の段階です。ヒトで実証された脂質代謝の改善が、動脈硬化発症の抑制にどれほど反映されるのかは、次の課題です。
今回の研究で注目されるのは、「インスリン抵抗性の改善効果」です。「脂肪酸」の筋肉と褐色脂肪組織への取り込み量が増加し、その結果、白色脂肪組織への「脂肪酸」の取込みは抑制され、逆に「糖」の取込みの促進が生じるといったメカニズムが明らかにされました。
ヒトの研究から、リポ蛋白リパーゼ活性の上昇を認める遺伝子変異が存在する場合、冠動脈疾患発症率低下や糖尿病発症リスクの低下を認めています。ANPTL3阻害治療が汎用され、脂質改善、動脈硬化進行抑止といった効果にとどまらず、糖尿病予防の一助となれば、素晴らしいことだと思います。
TG代謝をターゲットとした動脈硬化予防の研究はますますヒートアップしていくことでしょう。今後の発展が楽しみです。

文献1
Cannon CP, Blazing MA, Giugliano RP, et al. Ezetimibe added to statin therapy after acute coronary syndromes. N Engl J Med 2015;372:2387-2397
文献2
Sabatine MS, Giugliano RP, Keech AC, et al. Evolocumab and clinical outcomes in patients with cardiovascular disease. N Engl J Med 2017;376:1713-1722
文献3
文献4

第134回 愛し野塾 最新研究が証明する「医食同源」


古来より「医食同源」といわれるように、「食事療法」は、より健康に寿命を全うするために、また、あらゆる慢性疾患を予防するために、古来より現在に至るまで、最適な手段とされ、健康医学界においても、もっとも活発な研究分野のひとつです。「栄養・食事療法」の研究分野では、2013年のエストラフ博士のNEJMの発表以来、糖質、たんぱく質、脂質といった個々の栄養素に注目した食事療法よりもむしろ、「食事全体のパターン」として、どういった食事療法が有効かという研究が、近年では盛んになっています(Estruch, R.,ら(2013). Primary prevention of cardiovascular disease with a Mediterranean diet. New England Journal of Medicine, 368(14), 1279-1290.)。さて、このエストラフ博士の研究では、「地中海食」を厳守することによって、脳卒中や心筋梗塞などの一次予防での効果が30%も上がることがつまびらかにされ、世界に衝撃を与えたことは、記憶に新しいところです。

「地中海食」は、加工されていない食事を基本として、主に、果物、野菜、全粒穀物、魚、オリーブオイルを中心とし、一方で、ファーストフード、砂糖で甘み付けした飲み物、製粉した食品、加工品、高カロリー食品、赤身肉を避けるものです。地中海食に準拠した食事パターンとなっているかどうかの評価は、「地中海食スコア」で検討され、「スコアが高いほど、心血管病発症リスクや死亡率リスクが低い」というポジティブな評価となります。そのほか、汎用性のある食事パターンを評価するツールとして、DASHスコア、Alternate Healthy Eating Indexがあります。これらも食事パターンの評価スコアが高いほど、各リスクの低下を意味し、すでに、食事パターンの評価スコアの上昇に伴い、死亡率が8-22%低下、心血管病の死亡率は、19-28%低下、がんによる死亡は、11-23%低下することが確認されています。2015年、米国食事ガイドラインでは、主に3つのスコアについて指摘し、スコアが高くなる食事療法を、勧めています。さて、今回、食事パターンの継続性及びスコアが、死亡率に及ぼす影響が、これらスコアを指標にして検討されました。ハーバード大のフー博士らによりNEJMにこの7月13日に発表されたこの研究結果(Hu, F. B. (2017). Association of Changes in Diet Quality with Total and Cause-Specific Mortality. New England Journal of Medicine, 377(2), 143-153.)は大変興味深いものでしたので、報告します。

対象と方法

2つのコホート:「ナース・ヘルス・研究」と「ヘルス・プロフェショナル・フォローアップ研究」を調査対象としました。「ナース・ヘルス・研究」は、1976年に開始され、30歳から55歳までの12万1,700人の女性ナースが参加、「ヘルス・プロフェッショナル・フォローアップ研究」は、1986年に開始され、5万1,529人の40歳から75歳までの米国の男性医療従事者が参加しました。質問票は、2年おきに送付され、生活や病気に関する情報が収集されました。2つのコホートともに、フォローアップ率は、90%を超えました。
今回の研究では、1986年を基本年とし、1998年を食事の質の変化の検討の年と設定されました。フォローアップは、2010年に終了し、また1998年よりも前に、心血管病あるいは癌に罹患した人、食事、ライフスタイルに関する情報がない人、カロリー摂取の極端に多い人、少ない人、1998年よりも前に死亡された方は除外され、最終的に対象となったのは、男性2万5,745人、女性4万7,994人でした。

結果

Alternate Healthy Eating Indexを用いて、12年間のスコアの差を求め比較検討しました。スコア上昇率の最も高い集団の性質は、スコア変化を認めない集団に比較して、年齢が若い、開始当時からスコアが低い、より運動を多く行う、よりアルコール摂取量が少ない、全粒・野菜・オメガ3脂肪酸の摂取量が多い、塩分摂取が少ないといった傾向を認めました。Alternate Mediterranean Dietと DASHスコアを用いた検討結果からも同様の傾向が見出されました。

Alternate Healthy Eating Indexを用い、死亡率変化を求めた結果、12年間で、スコアが最も上昇した集団(13-33%改善)では、スコアに変化を認めない(0-3%)集団に比較して、死亡率は9%低下し、Alternate Mediterranean Dietによって、同じく16%低下、DASHによって、11%の低下を認めました。逆に、食事の質が落ちることによって、死亡率は上昇傾向を認めました。それぞれの評価法で、12%、6%、6%(Alternate Healthy Eating Index、Alternate Mediterranean Diet、DASH)という結果が得られました。
連続解析から、12年の間に20%のスコア改善に達した群では、8-17%の死亡率低下を認めました。そのうち、心血管病を原因とする死亡率は、Alternate Healthy Eating Index、Alternate Mediterranean Diet、DASHスコアで検討すると、15%、7%、4%の低下をそれぞれ認めましたが、DASHスコア改善に対する死亡率の低下には統計的有意差は得られませんでした。がんを死因とする死亡率の変化は、Alternate Healthy Eating Index、Alternate Mediterranean Diet、DASHスコアでそれぞれ6%、2%、9%の低下を認めましたが、統計的有意差を得られたのは DASHによるスコア分析のみであり、肺がんによる死亡率減少が主たるものでした。

開始時に最低レベルのスコアを記録したものの、12年で最大の伸びを示した群では、Alternate Healthy Eating Index、Alternate Mediterranean Diet、DASHスコアのすべで、それぞれ15%、23%、28%の死亡率の低下が認められました継続的にスコアが高い群では、それぞれ、14%、11%、9%の死亡率低下を認めました。調査期間について、8年及び、16年という期間で検討した結果、それぞれ11%、26%の死亡率低下に達し、すなわち、20%のスコアの高さをより継続的に維持することで、より高い健康上の効果を認めることが明らかになりましたが、個々の項目を調査した結果、心血管病による死亡率抑制効果は顕著に認められたものの、がん死の死亡率抑制については、3つのいずれもスコア改善による効果を認めませんでした。

交絡因子の検討から、女性については、マンモグラフィー検査歴を、また、男女ともにでは、健康診断受診状況、アルコール摂取状況、喫煙歴を考慮しても、同様の結果が得られました。

 考察

3種類の評価スコアの改善に伴う死亡率の改善を認めたことから、これら3つに共通する「全粒、野菜、果物、魚、オメガ3脂肪酸」の摂取率の高さと死亡率低下効果の関係があらためて浮き彫りにされました。
さて、具体的事例を挙げてみましょう。例えば、Alternate Healthy Eating Indexで20%改善(110点満点で22点の改善)はどのような食事変化を指すのでしょう。ナッツや豆の摂取を、ゼロから1サービング(ピーナッツでいうと28個に相当)増やし、かつ、赤身肉あるいは加工肉の摂取を1.5サービング(150グラムの赤身肉に相当)を超えて摂取しない、というと、さほど苦しくはない努力ではないでしょうか。
DASHスコアの評価で、心血管病死の予防効果に有意差を認めなかった理由に、魚の摂取・アルコールの摂取がスコア項目にない点が指摘されています。今後、詳細な検討が必要でしょう。

また、がん死亡率に対する、食事療法による低減効果は、今回は不明瞭でしたが、未だ議論のあるところです。最近の研究報告の中には「大量の野菜と果物の摂取(1日に800グラム)に、がん死亡率抑制効果がある」との報告もありますが、今回の論文では、3つの評価法を用いて調査検討した上で、がん死予防は食事療法では難しいという結果となりました。引き続き、がん死亡率を減少させる食事療法についてあらゆる観点からの議論が求められることは言うまでもありません。


いかにせん、「全粒、野菜、果物、魚、オメガ3脂肪酸」の適量、かつ持続的な摂取を強く意識することは、また今すぐにでも、実現可能であることは明らかです。毎日の少しの食事への心がけは「雨だれ石をも穿つ」、一見避けようのない困難も静かになしくずしてゆけるかもしれませんね。

2017/08/09

第133回 愛し野塾 蔓延する運動不足解消の施策のターゲット項目は




適切な運動が、筋骨格系の疾患予防、身体機能の改善、認知機能の是正、うつ病治療、肥満の予防、及び治療などに有効であることは、あらゆる研究によって証明されてきました。しかし、総合的に見て、一般市民は、健康に寿命を全うするために最適な運動量はどの程度なのか、未だ結論には及ばず、あらゆる情報に振り回されているのが現状です。
理由の一つには、日常生活における運動量を正確に測定した、世界的大規模な研究調査がなく、「現代の人類の一般生活を営む上で消費している運動量について」、「その運動量と疾病の関係について」高い信頼性、及び妥当性を満たした調査データが存在しないからだ、とも言われ、ひいては運動など身体活動に関する健康政策を作成していく上で問題が生じることはやむをえないわけです。
日本政府は、わが国民の平均歩数(平成27年)は、一日あたり男性7,194歩、女性6,227歩と発表しています。しかし、計測された歩数データは「自己申告」という性質上、データの信頼性について疑問の余地が残ります。例えば、「よく運動していると思われたい」という被験者のインセンティブが働き、結果として、調査期間の歩数が通常より増え、調査後には普段通りの歩数に戻るなどといった心理が働くことは、否めません。こうしたことからこの方法は、日常の歩数値を正しく表しているとは言い切れず、正確性に欠けるのではないかと考えられてきました。かといって、そういったバイアスを回避する方法論も見当たらず、こうして自己申告によって得られたデータが、使用されてきたのです。
さて、今回、全世界の人々を対象に、スマートホンにビルトインされた歩数計(アクセロメーター)のデータをもとに、111カ国、71万7,527人を対象として、6,800万日分のデータを回収・解析するといった、画期的な試みが行われました。勿論、スマートホンを用いる上で限界となる、水中運動や自転車エルゴメーターを行っている時の運動量の測定は不可能ですが、対象者が大規模であることから、そういった運動量の全データで希釈される率を考えれば、方法のネガティブな特性の影響は、最少とみなされます。そして、何よりも、日常の歩数測定がブラインド(対象者に知らされない方法)で行われ、恣意性がなく、従来の「自己申告に基づく方法」に比較すれば、格段にその信頼性は高いものと考えられます。そういったユニーク、かつ信頼度の高い方法による調査結果ということから、この論文は、「ネイチャー」に報告され、大きな注目を集めています(Althoff, T., Hicks, J. L., King, A. C., Delp, S. L., & Leskovec, J. (2017). Large-scale physical activity data reveal worldwide activity inequality. Nature, 547(7663), nature23018.)。
【対象と方法】アズミオ社製のアーガスAPP(無料ソフト)を、Apple社製 iPhoneで使用しているかたを対象としました。2013年から2014年の間に匿名ファイルとしてデータを収集しました。111カ国、71万人のデータを対象とし、少なくとも1,000人の使用者がいる46カ国を主たる解析対象国としました(69万3,806人、6,600万日分データ)。90%は、高収入の国(32カ国)で、10%は、14カ国の中程度の収入のある国でした。使用者は、「性別、年齢、身長、体重」をアプリ設定時に入力し、また体重は、28.9%の使用者が、複数回入力していました。体重について、初回と最後の記入された値の差は、平均で0.24Kgでした。平均使用日は、95日でしたが、σ(標準誤差)は313日と大きなばらつきを認めました。初期データの入力がない場合には解析対象から除外しましたが、性別、年齢、身長、体重のデータに欠失の有無で、平均歩数、性別、年齢、身長、体重のデータを比較しましたが、有意な差を認めませんでした。
本研究で得られた「一日あたりの歩数」は、「年齢、及びBMIの上昇」に伴う低下を認め、また女性のほうが男性よりも少なく、これらの結果は、これまでの報告と一致しました。一日のうち、最初と最後の歩数計側時間から求めた、一日のスマートフォン帯同時間を算出すると、平均14時間でした。各国間で、帯同時間とそれぞれの国の歩数との関係を求めましたが、相関関係は認められず(r=0.427、p<100億分の一),帯同時間の差が、歩数の違いを表しているのではないことが証明されました。男性は、女性よりも30分スマートフォンの帯同時間が長く(男性 対 女性、14.2時間 対 13.7時間)女性のほうが男性よりも睡眠時間が長いことと齟齬がありませんでした。
WHOの身体活動データは、自己申告による調査であり、かつ運動強度としての定義のもとの計測であることから、「実際の歩数を表すものではない」と指摘されてきました。したがって信頼区間のばらつきは大きく(28-89%;日本)、比較は困難とされましたが、スマートフォンで測定した歩数と、WHOの身体活動データから得られた歩数の間には有意な相関があることがわかりました(相関係数 0.3194, P=0.0393)。以上から、スマートフォンを用いた歩数計側の精度の高さが評価されました。
【結果】
平均歩数は、4961歩(σ=2684)でした。日本は5846歩、サウジアラビアは3103歩でした。歩数と肥満レベルには密接な関係があることがわかりました。女性の場合、一日あたり1000歩程度のグループの肥満の比率は30%と高く、一日10,000歩では、10%と低く、歩数によって肥満レベルに大きな差を認めました。一方、一日あたりの歩数が減少すればするほど、それぞれの集団の個々人の歩数にばらつきが大きくなることがわかりました。
この「歩数の不均等」は、歩数そのものよりも、肥満に与える影響が大きいことが分かりました。例えば、不均等が最大と記録されたサウジアラビアでは、肥満の比率もまた26%とほぼ最大値に達しました。一方、日本は歩数の不均等が中国についで少なく、肥満の比率も中国についで少ないことがわかりました。
「歩数そのもの」、及び「歩数の不均衡」の両方と「肥満」との相関を検討した結果、それぞれ決定係数Rは、0.47と0.64(P<0.01)となり、「肥満比率」は、歩数そのものよりも、歩数の不均衡性との間に有意な相関があることが分かりました。例えば、米国とメキシコの平均歩数は、4774歩と4692歩とほぼ同数であるにもかかわらず、歩数の不均衡は0.303と0.279と米国で有意に高値を示しました。米国の肥満比率は27.7%でこの数値はメキシコの18.1%よりも有意に高いものでした。
面白いことに、歩数の不均衡が大きい国では、男性より女性の歩数が有意に少ないことがわかりました。歩数の不均衡に寄与する要因の43%は、性差によるものであることがわかっています。この知見から、国レベルの肥満対策をするならば、「歩数の不均衡」是正のために、歩数の少ない、身体活動量が低いグループを強化することが、国民全体を対象とするよりも4倍効率がよいと試算されています。
「環境の歩き安さ」を公園の多さ、店の多さなどといった「歩行スコア」で評価し、米国の69の都市で比較した結果、「歩行スコアが高いと、活動不均衡が少ない」ことがわかりました。カリフォルニア州の3都市(サンフランシスコ、サンホゼ、フレモント)を比較しても、歩行スコアの一番高い、サンフランシスコで、活動不均衡が一番低いことがわかりました。歩行スコアは、地理的要因、生活レベルが似たような都市間でも、実際に活動に与える影響が甚大であることがわかりました。歩きやすい環境が整備された都市ほど、ウイークデーの朝晩の通勤時間の歩数、ランチタイムの歩数、また週末の午後の歩数が多くなることがわかりました。また歩行スコアが高いと、性別、年齢、BMIに関わらず、有意に歩数が増えることもわかりました(P<10-6)。この変化は、男性に比較して、女性で有意に生じました。(P<10-4)。とりわけ50歳以下の女性で、歩数の不均衡を有意に減らすことがわかりました。具体例で示しますと、カリフォルニアのサクラメントの40歳女性が、歩行スコアが25点高いカリフォルニアのオークランドに移住すると、一日あたりの歩数が868歩増加し、男性の場合では、622歩の増加にとどまります。主に標準体重のグループが、その恩恵を受けますが、肥満のかたでも、歩数上昇を促すことがわかりました。
議論
問題点として、横断的研究であるゆえに、対象者が、低収入国でも高収入の層に偏ったり、運動意識の高いかたに偏ってしまう可能性が否定できない点があげられるかもしれません。しかし、身体活動の不均衡と肥満の程度の関係について、高収入国でも中程度の収入国でも、有意な相関関係を認め、この問題はバイアスにはなっていないと判断されるでしょう。また、米国に於いて収入の異なる4地域の住人を比較した結果に於いても、収入の高低や地域に関わらず、歩行スコアは運動不均衡を予測可能であるという結果を得ました。つまり、社会経済的な地位というバイアスに影響されないことが示唆されるとしています。まったく同意するものです。
街を歩きやすく整備することが、健康かつ、快活に長生きできる秘訣であることを教えてくれた印象的な論文でした。赤レンガの街並みをそろえたり、街路樹の並ぶ歩行者優先のプロムナードを作ったり、鳥たちが憩いさえずる公園づくりをしたり、一見経済活動としては無駄かとも思える施策に税金が投入されることこそが、公衆衛生に多大な利益をもたらすのかもしれません。今回の調査ではスマートフォンというもはや日常生活の一部となっているツールが、人間の活動そのものを無意識のうちにモニターし、病気の広がり(マラリアで証明されました)や、経済活動状況のもとになるビッグデータを収集しうる時代となったことを実感させるものでした。今後はさらに公衆衛生調査のツールとして認識され病気の研究の幅がぐっと広がったように感じております。

2017/08/02

第132回 愛し野塾 インフルエンザワクチンの革命



WHOをはじめ、世界各国で、インフルエンザワクチン接種はエビデンスに基づき強く推奨されていますが、接種率は目標達成には今ひとつとどかない状況です。
ワクチン接種率の目標値は、65歳以上の高齢者は、75%、65歳以下のかたは55%、また、医療従事者は75%とされています。2013年のOECDのデータでは、日本は、摂取率50%と目標値をかなり下回り、極めて少ない状況です。一方で、英国は、76.5%、米国は65.5%と日本よりも有意に高い接種率が報告されています。
インフルエンザの直接、あるいは間接的な関与によって、死亡する症例数(超過死亡概念)は、わが国で年間1万人とされ、ワクチン接種をより広範に普及させることが求められています。
北米とヨーロッパのデータでは、ワクチン接種を行わない主たる理由として、非接種者が「ワクチンの有効性に疑問を感じている」ことが挙げられます。専門家は、「インフルエンザ感染の重症度、ワクチンの有効性、ワクチン接種のリスクについて、誤解があることが疑問の所以である」と解釈しており、社会教育をより重点的に、また正しく施行することが求められると意見を述べています。
ワクチン摂取率が上がらない要因には、接種の方法が「注射」で、「針を刺されること」が嫌で、躊躇することも大きな理由として挙げられています。また、接種の費用も決して安価ではなく、家族でワクチン接種を施行するとなると、一層、家計への負担がかかることも、見逃せない要因です。
注射針を用いない新規の方法を開発することで、注射による痛みを回避し、同時にコスト削減も達成すれば、ワクチン摂取率を上げられるのではないか、各社、研究開発に取り組んでいるところです。
2012年、UKでは、すべての子供にインフルエンザワクチンを接種するよう強く推奨され、同時に、インフルエンザの生ワクチンの経鼻導入法が承認されました。2014年にはUSAでも、子どもの場合、従来の不活化ワクチンの注射導入法から、生ワクチンを用いた経鼻導入法による接種が推奨されました。しかし、この「生ワクチンの経鼻による導入夥多法」は、ワクチンの有効性について、従来の注射による方法に比べて有意に劣ることが判明し、期待を大きく外れ、結局、2016年、経鼻法の推奨は取りやめることになりました(文献1)。このような段階を経て、経鼻以外のルートで、「痛みのない」ワクチン接種が求められています。
さて、今回ランセットに掲載された研究では、ワクチンを封入した可溶性マイクロニードルを装着した粘着性のあるパッチを用いる方法が開発され、安全性、有効性ともに良好な結果を示し、大きな話題となっています(文献2)。
ワクチンを経皮的に導入することでワクチンの有効性が上がる理由に、「免疫を賦活化するランゲルハンス細胞が豊富に存在している」という皮膚の特性が、挙げられます。前述した背景から、従来の針を用いた方法に比較して、(1)注射恐怖症の方にも使える、(2)ワクチン作成費が安価、針の廃棄費用が不要、熱安定性がよいことから冷所保存不要、自己貼付するだけなので医療従事者の関与の大幅減、包装の小型化、輸送及び保管費用の削減、といった「コストの削減」(3)高い忍容性、といった利点があります。すでに、可溶性パッチは、化粧品として使われていること、医療界では、副甲状腺ホルモン投与の臨床試験に用いられていることなどからも、安全面からも受け入れやすい材料であることも臨床応用のしやすさが期待されます。

【対象】
対象者となったのは、米国、アトランタ在住の、(1)免疫能に問題なし、(2)2014年から2015年の間のインフルエンザワクチン接種なし、(3)18歳から49歳、(4)妊娠していない、(5)皮膚疾患なし、といったすべての条件項目を満たした方でした。
試験は、無作為盲検法を用いて、プラセボを対照として行われ、対象者は4グループに無作為に分けられました。すなわち、(1)不活化ワクチンのマイクロニードルパッチの自己貼付あるいは(2)不活化ワクチンのマイクロニードルパッチの医療者による貼付、(3)不活化ワクチンの筋注、(4)プラゼボのマイクロニードルパッチの医療者による貼付、の4グループでした。
ワクチンは、「フルビリン」で、H1N1株のヘマグルチニン18μg、H3N2株のヘマグルチニン17μg、B株のヘマグルチニン15μgを含有されました。
2015年6月23日から同年9月25日までの間に、100人がリクルートされ試験が実施されました。

【結果】
投与後7日以内の反応原生、および28日以内の、重篤な副反応と自己申告の副反応、について調査が行われました。
安全性については、<非自己申告による副反応>は、(1)ワクチンのマイクロニードルパッチの自己貼付ー89回、(2)医療者による貼付ー73回、(3)不活化ワクチンの筋注ー73回、と3群間に差は認められず、<自己申告による副反応>は、(1)ワクチンのマイクロニードルパッチの自己貼付ー18回、(2)医療者による貼付ー14回、(3)不活化ワクチンの筋注ー12回と、3群間に差はありませんでした。 重篤な副反応はなく、グレード2、ないしグレード3の副反応は、筋注のグループで、マイクロニードルパッチ法のグループよりも多く認められ、痛みの部位は主に注射部位でした。
反応原生は、筋注によるものは、圧痛が60%、痛みが44%で、マイクロニードルパッチ法では、圧痛が66%、発赤が44%、かゆみが82%に見られました。幾何平均抗体価(有効性の指標)は、H1N1株について、医療者がマイクロニードルパッチをした場合、1197で、筋注では、997と有意差はありませんでした。同様に、H3N2株では、前者が287、後者が223、B型については、前者が126、後者が94で、有意差はありませんでした。自己貼付の場合も、医療者による貼付の場合と同様の抗体価が得られました。ただし、B型の陽転率は、マイクロニードルパッチ法で65%、筋注で32%と、前者で優っていました。抗体陽転割合は、マイクロニードルパッチ法とプラセボを比較すると有意に前者で勝っており、筋注法と有意な差はありませんでした。

【考察】
本研究によって、マイクロニードルパッチ法の開発とともに、ワクチンの安全性、そして、有効性が、確認されたました。同時に行われた調査結果から、自己貼付の希望者は、70%の上ることから、自己貼付の普及によって、ワクチン摂取率は上昇し、コストが低下することは明らかです。この研究では、たとえ、一般の医療知識のない方でも、医療者の直接の指導を受けることなしに、視聴マテリアルを用いた使用法の解説だけで、自己貼付法について簡単にマスターできることも確認されました。
また、マイクロニードルパッチ法を用いれば、針の廃棄は不要、また、保存方法について、保冷を要しません。なんと40度の温度環境で、1年有効性が維持されることがわかっています。パッケージは小さく、配送料も低コストに抑えることが可能です。なんといっても、ワクチン接種に、痛みを伴いません。今後、医療経済削減の点から、マイクロニードルパッチを用いた方法が主流となり、医療者を介することなく、ホームデリバリーされ、自己貼付する方法が主流になることが予想されます。ただし、配布された特定の人がきちんと用法を守っているか、例えば、効果を確実にしようと、何回も貼付するようなことをしていないか、逆に半分で使用したりすることがないか、不法な取引が生じないか、など、様々なリスクについて対策を講じることもまた汎用性向上の重要なポイントになるでしょう。
研究上、今後の課題となるのは、今回の研究は、わずか100人を対象にしたフェーズ1研究でしたので、より多くの方に使用し、安全性、有効性を確認することが必要でしょう。また、皮膚免疫を用いると、筋注よりも、特にB型に関して抗体産生が有効である可能性が示されましたが、その詳細メカニズムを明らかにすることも必要でしょう。
まだまだ確認作業は沢山あるものの、将来的に、クリニックや病院ではなく、安全な使用法さえ厳守されれば、家庭で、自分で、簡単にワクチン摂取できる可能性が広がったのは、公衆衛生上、高く評価される インフルエンザワクチン接種の「方法」の開発ではないかと思います。

文献1. Grohskopf, L. A. (2016). Prevention and control of seasonal influenza with vaccines. MMWR. Recommendations and Reports, 65. 
文献2. Rouphael, N. G., Paine, M., Mosley, R., Henry, S., McAllister, D. V., Kalluri, H., ... & Kabbani, S. (2017). The safety, immunogenicity, and acceptability of inactivated influenza vaccine delivered by microneedle patch (TIV-MNP 2015): a randomised, partly blinded, placebo-controlled, phase 1 trial. The Lancet.

Lancet. 2017 Jun 27. pii: S0140-6736(17)30575-5. doi: 10.1016/S0140-6736(17)30575-5. [Epub ahead of print]