ほとんどの高齢者は、水痘帯状疱疹ウイルス(ヘルペスゾスターウイルス)を神経に保持している、と言われています。帯状疱疹の症状は、神経内部に潜在するウイルスの再活性化によって生じることが多く、免疫系が適切に機能している若い時期の発症は極めて稀です。加齢に伴う免疫機能の低下によってウイルスの再活性化を抑制しきれず、高齢者の帯状疱疹発症リスクが高まります。発症初期の「発疹」と「ピリピリするような軽い痛み」程度の症状であれば、比較的軽症のうちに治癒するものの、症例によっては、長期間の激痛を伴い、その強い痛みのために仕事もままならず入院加療が必要になるなど、重症患者の精神的・肉体的苦痛は甚大です。
英国における発症患者の統計調査から、2001年から2006年の間で、「50歳から54歳」の1000人・年あたりの帯状疱疹の発症率「3.5」は、「75歳から79歳」に到達すると「7.1」へとほぼ倍増することが示され、「加齢が帯状疱疹の発症促進因子」であることは明らかとなりました。「帯状疱疹後疼痛」と呼ばれる痛みは「発疹出現後3ヶ月以上続く痛み」と定義されています。帯状疱疹罹患患者の10−18%が高齢者であり、米国では帯状疱疹罹患者は、1年あたり100万人、50歳以上の99%が水痘ウイルスに罹患し、3人に1人は、帯状疱疹を生涯に1度は発症、85歳以上では50%の発症率と、報告されています。
このような背景から「ワクチン接種による高齢者の帯状疱疹予防」が注目されてきました。2006年には英国で、50歳以上の免疫機能に問題のない方を対象に、ヘルペスゾスターウイルスの弱毒生ワクチン「ゾスタバックス」の接種が開始されました。日本では遅れること10年、2016年から同ワクチン接種が開始されています。
ライセンス取得前に英国で行われた臨床試験では、70歳以上の高齢者で、3.13年の経過中、感染予防効果が38%、帯状疱疹後疼痛予防効果が67%と良好な成績が得られました。そこで、2010年、英国の「ワクチン・免疫合同委員会」は、70歳時のワクチン定期接種を勧告しました。また、71−79歳の症例を対象に、キャッチアッププログラムが付加されました。今回、この定期接種開始以来、集積されたデータ解析により、ワクチン接種と帯状疱疹発症率との関係、及び帯状疱疹後疼痛の発症率との関係について「ランセット」(1)で報告されました。
<対象と方法>
ワクチン接種開始3年で550万人が対象予定となりました。初年は、2013年9月1日、70歳(第一コホート)と79歳(第一キャッチアップコホート)の方が接種対象となり、2度目の2014年9月1日は、70歳の方(第二コホート)と、78歳、79歳の方(第二キャッチアップコホート)が接種対象となりました。3度目は、2015年9月1日、70歳(第三コホート)と78歳の方(第三キャッチアップコホート)が接種対象となりました。指定時期にワクチン接種ができなかった場合には80歳の誕生日までは接種可能としました。多くの方が、季節性インフルエンザワクチンと並行して実地医家のもとで接種しました。全英国国民の1%を占める大規模なデータソース、かつ国民全体を代表するサンプルと考えられている「データソース」である「一般臨床医王立カレッジ、研究監視センター」がカバーする住民が対象となりました。2017年3月、164の実地医家圏内の60−89歳の住民、実数にして2005年が27万4383人、2015年には33万5402人、11年間の平均は、31万人のデータが解析され、総数で336万人・年となりました。ワクチン接種率は、第一定期接種コホートが63%、第一キャッチアップコホートが60%、第二定期接種コホートが61%、第三定期接種コホートが58%でした。第二キャッチアップコホートは58−59%、第三キャッチアップコホートが61%でした。多くの対象者がインフルエンザワクチンと同時に接種したことが、高いワクチン接種率が得られた理由と推察されています。
帯状疱疹発症率とワクチン接種との関連性を求めるモデル作成の過程で、ワクチン接種資格、対数線形年次推移(ワクチン接種率を一年あたり0.8%の増加と見積もりました)、加齢による二次効果(発症率60歳時で、1000人・年あたり5.9から83歳で9.9、その後89歳で9.7としました)が交絡因子として考慮され、別の計算式から接種地域、接種月、性別は交絡因子にならないことが確認されました。
<結果>
「帯状疱疹発症率」は、定期接種コホート解析で35%低下、キャッチアップコホート解析で33%の低下が認められました。「帯状疱疹後疼痛」は、定期接種コホート解析で50%低下、キャッチアップコホート解析で38%低下を認めました。
この結果から、ワクチン接種3年後の効果は、定期接種コホートでヘルペスゾスターウイルス感染症抑止効果が62%、帯状疱疹後疼痛抑止効果が88 %と見積もられ、キャッチアップコホートでは、それぞれ62%と70%と見積もられました。
<議論>
1995年以来、幼少時の水痘ワクチンの定期接種を行っている米国では、帯状疱疹ワクチンによるヘルペスゾスターに対する免疫ブースト効果が大きいのではないか(2)という意見もありましたが、水痘ワクチンを幼少時に定期接種していない英国で、米国よりも良好な成績を上げ、この説は正しくない可能性が示唆されました。特に「帯状疱疹後疼痛の抑止効果」は、米国では59%と報告されているのに対し、今回の英国の調査では最大88%に至ることが示され、2国間で顕著な差を認めたことは驚きでした。神経に潜んでいるウイルスに対して十分な免疫を有する状態が、長く続くヘルペスゾスターウイルス感染の自然史を考えれば、「幼少期の水痘ワクチン接種の有無が、高齢時の帯状疱疹ワクチン接種の有効性に影響を与えない」というのは理解可能ですが、幼少時の水痘ワクチンの接種が、将来の帯状疱疹ワクチン接種の効果をむしろ減弱させるとすれば、無視できません。現在日本国内では幼少時の水痘ワクチンは、定期接種リストから除外されているものの、国内の調査の必要性を感じるところです。
さて、昨年高い有効性を示した、新しいワクチンをめぐってますます議論が加熱しています(3)。ヘルペスゾスターウイルスのgEサブユニットを免疫原にし2回接種する様式のもので「シングリックス」と命名されています。70歳以上を対象にした接種3.7年経過後の調査では、ウイルス抑制効果が91.3%、帯状疱疹後疼痛の抑止効果が88.8%と極めてすぐれた効果が得られました。この結果から、今年10月25日、FDAは、帯状疱疹ワクチンを、ゾスタバックスからシングリックスへの変更を決定し、すでにゾスタバックスを受けている人も含めて50歳以上の健康な方へのシングリックス接種を推奨することになりました。コスト面での議論が最優先されるヨーロッパでは今後、方針変更をするのか否か、注目が集まるところです。1回接種のゾスタバックスに対し、シングリックスは2回の接種を要し、費用に大きな差が出てきます。また「帯状疱疹後疼痛の抑止効果」は、英国ではゾスタバックスが、米国でのシングリックスに匹敵する効果を上げました。また、今回の結果を鑑み、日本では、シングリックス採用に傾くのかどうか、も気になるところで、しばらく帯状疱疹ワクチンのホットな議論が続きそうです。ただし、免疫抑制剤、副腎ステロイドを投与されている場合には、生ワクチンであるゾスタバックスは接種禁忌で、実際、2.9−3.6%の方が、今回の英国の研究では接種禁忌対象となりました。帯状疱疹を発症しやすいこのような症例に対しては、シングリックスの接種が推奨されるべきとも思われます。あらゆるデータを審らかにし、科学的な議論を進め、同時に広い視野で、最適な帯状疱疹予防法を採択すべき転換点に我々は立たされているようです。
(1)Amirthalingam, G, Andrews, N, Keel, P et al. Evaluation of the impact of the herpes zoster vaccination programme 3 years after its introduction in England: a population-based study. Lancet Public Health. 2017; (published online Dec 21.)
(2)UK experience of herpes zoster vaccination can inform varicella zoster virus policies Benson Ogunjimi, Philippe Beutels
Lancet Public Health. 2017; (published online Dec 21.)
(3)Cunningham, AL, Lal, H, Kovac, M et al. Efficacy of the herpes zoster subunit vaccine in adults 70 years of age or older.
N Engl J Med. 2016; 375: 1019–1032
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