2016/10/18

第93回 愛し野塾 肺がん治療の進歩—免疫チェックポイント阻害剤


「肺がん」は、日本人のがん死亡原因の中でも、もっとも多い恐ろしい悪性疾患です。「肺がん」の分類については、その組織学的特徴「組織型」によって、「小細胞癌」と「非小細胞癌」にわかれています。「小細胞癌」は肺がんの5分の1を占め、頻度の高い「非小細胞癌」は、「腺癌」「扁平上皮癌」と「大細胞癌」に分類されています。またその治療となる、化学療法や放射線療法は、「小細胞癌」では比較的有効であるものの、「非小細胞癌」では、効果が得にくいことから、「非小細胞癌」では手術を受けることが治療の大前提とされています。最も進行度が低い病期1では、手術後の予後は、5年生存率で70-80%で「良好」と評価されていますが、手術ができない「進行性」となると治療に難渋します。特に脳などへの転移を認める「最も進行した病期」では、5年生存率は5%に及ばず、1年生存率ですら、わずか50%程度とされ、その予後の悪さには困惑を感ぜざるをえません。言うまでもなく、より有効性の高い治療法の「速やかな開発」が切望されています。最近では、がん遺伝子の異常(EGFRの変異やALKのトランスロケーション)に注目した、「分子標的治療」の研究開発によって、治療効果のある程度の有効性を示しているものの、適応となる症例は全体の20%程度であり、未だ死亡率低下という命題には至らず、有効性もまた限界ではないか?という説もあるようです。このように模索が続く中、201610月号のNEJMに掲載された研究報告は、「進行性非小細胞癌」の治療に一筋の光明が差し込んだ、ともとれる内容のものかもしれません。
Reck, M., Rodríguez-Abreu, D., Robinson, A.G., Hui, R., Csőszi, T., Fülöp, A., Gottfried, M., Peled, N., Tafreshi, A., Cuffe, S. and OBrien, M., 2016. Pembrolizumab versus Chemotherapy for PD-L1Positive NonSmall-Cell Lung Cancer. New England Journal of Medicine.
PD-L1program death ligand-1の略)と呼ばれる癌表面のマーカーを標的とした抗がん剤「ペンブロリツマブ」(PDL1に対する高度精製ヒト化モノクローナル抗体)が有意な治療効果を表したというのです。広く、「ペンブロリツマブ」は、「ニボルマブ(商品名、オブジーボ)」とともに、免疫チェックポイント阻害剤と呼ばれています。
「キーノート001」と呼ばれるフェーズ1研究で、すでに、「ペンブロリツマブ」が、未治療の肺非小細胞癌に使用したところ、58.3%の奏功率(治療効果が認められた割合)、2年生存率60.6%という有意な治療効果を認め、「ペンブロリツマブ」が、フェーズ3研究で、優越性を示すことが期待されていました。ご紹介する論文によると、国際協力プロジェクトとして、フェーズ3研究「キーノート-24」臨床試験が行われ、未治療の進行性肺非小細胞癌で、PD-L1が癌の50%以上に発現しているものについて、「ペンブロリツマブ」と「従来の化学療法」との比較が行われました。EGFRの遺伝子変異や、ALKトランスロケーションに伴う癌遺伝子の異常を来している症例は含まないものとしました。
16カ国142カ所で1934人をスクリーニングした結果、500人、すなわち全体の30.2%に「PDL1が50%以上ある」症例を認めました 。日本からは、岡山大学が参加しました。最終的に、臨床研究の登録基準すべてを満たす305人について、2014年から2015年にかけて治療が開始されました。患者は154人を「ペンブロリツマブ群」、151人を「化学療法群」と無作為に割り付けられました。化学療法では「カルボプラスチンとペメトリキサド」の組み合わせが高い頻度で用いられました。
対象となった患者は、「ペンブロリツマブ群」と「化学療法群」それぞれ、年齢は、「64.5歳」と「66歳」、男性が「59.7%」と「62.9%」、喫煙率は、「96.8%」と「87.4%」、扁平上皮がんが「18.8%」と「17.9%」、脳転移が「11.7%」と「6.6%」でした。喫煙率、脳転移率が、ペンブロリツマブ群で多い印象ですが、統計学的には有意差がありませんでした。
2016年5月9日の段階で、経過観察期間 は、11.2ヶ月(中央値)でした。ペンブロリツマブ群の48.1%、化学療法群の10%が治療を継続していました。化学療法群のうち66例は、病気が進行したため、その後ペンブロリツマブ治療に移行しました。無増悪生存期間は、ペンブロリツマブ群で10.3ヶ月(中央値)、化学療法群で、6.0ヶ月(中央値)でした。すなわち、無増悪生存期間は、ペンブロリツマブ群で有意に長く、増悪あるいは死亡の合計件数は、化学療法群に比較し、ペンブロリツマブ群で50%有意に低下(p<0.001)していました。死亡率のみに注目すると、前者は、後者に比べ、40%有意な低下が見られました(p<0.005)。
ペンブロリツマブ群に認められた治療効果の優越性について詳細を検討した結果、「年齢」「性別」「パーフォーマンス」「組織型」「患者登録地」「脳転移の有無」「化学療法の種類」「喫煙率」に影響を受けないことが分かりました。つまり、進行性の非小細胞癌の場合、条件如何によらず、「ペンブロリツマブ」による治療が従来治療に優ることが明らかとなりました。加えて、非小細胞癌のなかでも、治療のオプションが限られている「扁平上皮癌」に対する有効性の高さは、ことさら顕著だったのです。「ペンブロリツマブ」による治療によって、「扁平上皮癌」症例の増悪、死亡の合計は、従来治療に比較して、65%の有意な低下を示したのです。かたや、「非扁平上皮癌」では、45%の低下にとどまっていました。扁平上皮癌への治療のオプションが広がったと受けとっていいでしょう。
治療に伴う有害事象は、ペンブロリツマブ群で73.4%、化学療法群で90%に認められました。ペンブロリツマブ群では、下痢が最も多く、14.3%に認められ、続いて、倦怠感が10.4%、熱発が10.4%に生じました。化学療法群では、貧血が44%、吐き気が43.3%、倦怠感が28.7%に認められました。
このように有害事象が少なく、有効率も高いことが判明したため、臨床研究モニタリング委員会が、試験期間中に、化学療法群の患者をペンブロリツマブ治療群に移行するよう勧告を出すほどでした。
今後の課題としては、PD-L1の発現率が50%よりも少ない症例でもペンブロリツマブ治療が、有効かどうかを検討することとされます。「キーノート042」臨床研究で、肺がんのうち、PDL1の発現率がわずか1%以上の群に対する効果検討がなされており、その結果が待たれます。
冒頭でも述べた、がん遺伝子の異常にともなう非小細胞癌の治療の対象となるのは、今回の研究の対象者である「男性」「喫煙者」が多数含まれる状況とは異なり、「女性」「非喫煙者」が多く含まれていました。しかし、少なからず、PD-L1の発現率が50%以上でしかも癌遺伝子異常があるかたもいるわけで、こうした患者の場合、ペンブロリツマブ治療を第一選択とするのか、がん遺伝子に対する分子標的治療を最優先とするのか、今後検討しなければならない課題とされます。
今後、さらに長期に臨床研究が続けられ、未治療の肺非小細胞癌の3年生存率である20%以上を達成できるのかどうか、免疫チェックポイント阻害剤による治療の可能性を、多くの研究者、患者、その家族が固唾をのんで見守っています。
一方で医療経済の観点から、オブジーボの年間治療費が、患者1人あたり3500万円かかり、総額が1兆円/年にも達することが、国家の財政を逼迫する大問題とされている現状を鑑みるに、まずは、オプジーボの価格を下げ、ペンブロリツマブが、近々上梓されることに備えることが必要であることは言うまでもないことです。
また、「ペンブロリツマブ治療」の副作用によって1名の死亡例が生じたこと、重大な有害事象が21.4%に認められたこと、有害事象を理由に、7.1%のかたが治療を断念したことにも、十分留意する必要があります。こうした有害事象の発現率は、化学療法の使用時に比べて少ないとはいえ、その詳細を把握し、回避する手段を検討していかねばならないことは、当然のことです。薬の特性から、化学療法には認められない有害事象として、免疫系に関与するものがあり、「甲状腺」関連疾患が19.5%に認められたこと、「肺臓炎」が5.8%のかたにみとめられたことについても、特に十分な対策を講じることが求められるでしょう。

安全性、値段の問題点をクリアしてこそ、今回報告された結果が、実臨床の場で現実的に有効に平等に生かされていくことでしょう。有効だが、高額な治療薬を市場導入する際のルールの確立も国民的議論を要するところだと考えています。