この8月から9月上旬にかけての関西空港での、麻疹(はしか)の感染拡大には、少なからず国民の注目が集まり、ワクチン接種に奔走したかたも多くいらしたと聞きます。感染した従業員は、総数で、33人と推定されましたが、幸い死亡例はなく全員回復しました。麻疹は、感染率が高い上、肺炎、脳炎のリスクがあり、罹患患者1,000人中1人は死亡するというリスクの高い
恐ろしい病気です。基本産生産数(感染したひとりが、感受性のある集団に入った場合、感染が成立する人数)は各種感染症の内で最大の12−18で、これは、スペイン風邪の6倍にあたる感染力です。麻疹は、ワクチンを2回接種すれば、ほぼ完全に予防できる病気とされていますが、アウトブレイクを防ぐには、ワクチンの接種率が95%に達する必要があるといわれています。
2015年3月27日、WHOによって、日本は、国内由来の麻疹ウイルスは3年間確認されていない「麻疹排除国」として認定されました。しかし、「日本では、麻疹は過去の病気」という思い込みが起きたとしたら大問題です。往来の多い空港という現場で生じた、アウトブレイクは厳格な検証が必要でしょう。
さて、時を同じくして、米国のドイツ系移民の子孫で、昔ながらの伝統を重んじて暮らしている「アーミッシュ」の間で、麻疹アウトブレイクがあった事案の詳細について、医学誌NEJMで取り上げられましたので、報告したいと思います。
Gastañaduy, P.A., Budd, J., Fisher, N., Redd,
S.B., Fletcher, J., Miller, J., McFadden III, D.J., Rota, J., Rota, P.A.,
Hickman, C. and Fowler, B., 2016. A Measles Outbreak in an Underimmunized Amish
Community in Ohio. New England Journal of Medicine, 375(14), pp.1343-1354.
2014年3月24日から2014年7月23日までの間、383人の麻疹のアウトブレイクが、米国オハイオ州のアーミッシュ居住地区でありました。罹患患者の年齢は1歳未満から53歳まで(中央値は、15歳)、46%が女性でした。ワクチン接種率はわずか11%で、つまり居住者の89%の
ワクチン接種をしていませんでした。今回の麻疹のアウトブレイクでは、感染はアーミッシュにほぼ限られていました。ワクチン未接種の住民の比率が高かったことが、アウトブレイクを招いた理由だろうと考察されています。関空職員の場合のワクチン接種率を含め、詳細な検証結果の発表が待たれます。
麻疹のジェノタイプは、D9というフィリピン由来のウイルスでした。アウトブレイクの発端となった感染者4人は、災害の援助の目的でフィリピンに渡航した際に感染し、米国に帰国したことが明らかになりました。感染当初に「デング熱」と誤診された後、麻疹の診断に至るまで、1ヶ月を要しました。この対応の遅れが、アウトブレイクを許した、もうひとつの要因であると報告されました。関空の事案では、インドネシアから帰国した旅行客が、感染源であろう、との報道がありますが、状況は定かではありません。初期感染者が、麻疹以外の感染症と誤診されていなかったかどうかの検証を要すると考えます。
封じ込め策として、患者、及びワクチン未接種の住民の隔離と、1万人以上の大規模ワクチン接種が施行されました。32,630人のアーミッシュのうち、感染が起きたのは1%という比較的小規模であったことは、封じ込め策が有効だったのかもしれません。
国立感染症研究所による調査では、日本で、麻疹ワクチンの接種回数が1回のみのかたは、25歳から40歳までで70%にも及ぶことが明らかになりました。こうしたかたは、麻疹に対する免疫が、不十分な「感染予備軍」とも考えられます。早急に麻疹ワクチンの2度目接種をする必要があるのではないでしょうか。無論、ワクチン未接種のかたは、大至急ワクチン接種を行うべきでしょう。ただし、麻疹の抗体価を調査した結果、どの年齢も95%以上の抗体保有率を示しており、麻疹接種率との齟齬が生じており、さらに関空でのアウトブレイクを許した事実とも矛盾します。調査集団の妥当性、抗体の調査法の精度、あるいは、結果の評価に問題がなかったかどうか、厳粛な再調査が必要ではないか?と思われてなりません。
また、当局は関空での罹患患者の麻疹ワクチン接種歴、抗体価、年齢を発表するべきでしょう。今後の麻疹アウトブレイク予防対策に役立てる必要があります。2007年麻疹のアウトブレイクの際、高校生、大学生1,657人が麻疹に罹患し、その原因として、麻疹ワクチン接種率が低かったことが問題点として大騒ぎになりました。この事案発生から9年がたち、この年代のかたが、現在の麻疹ワクチン接種率が低かった層を形成しています。関空罹患者の年齢層がここにあたっているのかどうか、今後の対策を立てる上で重要なポイントです。今では、多くの大学、短大、専門学校で、入学の条件として、麻疹の抗体を有する証明が義務づけられています。少なくとも空港職員は、麻疹抗体があることを採用の条件とするべきではないか、と思います。
日常臨床レベルでの教訓は、「麻疹の初期診断を誤ってはならない」、ことでしょう。「発熱、咳、鼻汁、眼球結膜充血、発疹」の症状をもち、「麻疹流行国、とくにアジア帰り、あるいは、海外渡航者との接触の多い」患者には特段の注意を払うことが、麻疹診断を確実にし、感染拡大をさせないために必須です。
麻疹は決して過去の病気ではなく、グローバル化した近年だからこそ、感染経路が多様化していることを再認識し、関空、アーミッシュの事例を教訓として、国レベルで麻疹対策の見直しを図るよう、切に願う次第です。
愛し野内科クリニック 編集部