糖尿病の一番の怖さは、その「合併症」にあるというのは、もはや周知の通りです。「目」がおかされると、失明の危険性がありますし、「腎臓」に障害が及ぶと、透析のリスクがあります。「神経」の障害は、手足の痛みを誘発し、日常生活の不自由を強いる要因になります。冠動脈、脳血管、下肢動脈の「動脈硬化」は、心筋梗塞、脳卒中、下肢切断の原因となります。目、腎臓、神経の障害は、比較的細い血管に病変が生じることから「細小血管障害」と総称し、冠動脈、脳血管、下肢動脈病変は、大きな血管の異常であることから、「大血管障害」と総称されています。
「適切な血糖コントロールによって、低血糖や高血糖に陥らないよう注意しながら、正常範囲の血糖を保つこと」ができれば、細小血管障害や大血管障害の発症リスクを低下させることができることがわかっています。しかし、インスリンを初めとする強い血糖降下剤を使って、正常化しようとするあまり、血糖をしっかり下げようとすると、今度は、低血糖のリスクが増え、適正な血糖管理ができなくなることは、重大かつ少なくない問題です。2型糖尿病と診断された患者を対象に行われた大規模臨床試験「アコード」では、血糖の正常化をめざした強化療法と標準療法を比べると、強化療法によって、
21%の死亡率増加が来されることがわかりました。その原因は、インスリン過剰使用等に伴う低血糖の発症頻度の増大であることはすでに検証されています。インスリン注射を「絶対に必要」と診断された1型の糖尿病患者のうち30-40%もの多くの方が、「重症」低血糖を1年に平均1-3回経験しているとされます。特に「夜間帯の低血糖」は、気づかれないうちに生じることも多いため、命に関わる事態に発展することもありうるのです。実際、低血糖全体の半数がこの時間帯に生じていることも調査報告されています 。低血糖による日常生活への影響は大きく、運転中の事故や、体調不良によって仕事を休まざるを得ないなど、生活の質の低下も危惧されます。
本来、低血糖が生じても、反応性の影響として生じる「冷や汗」「紅潮」「動悸」などの自覚症状に応じて、即ブドウ糖を摂取するなど低血糖発作に対する自己処置が有効なことから、入院や、第三者の手助けを要する、いわゆる「重症の」低血糖にいたらないことがほとんどです。しかし、頻回に生じる低血糖発作に馴化するうちに、こうした症状を自覚しづらくなり、突然、意識消失するような重篤な事態を招き、最悪の場合、命も落としかねないのです。
このような医学的・社会的背景から、最近では、糖尿病管理のポイントとして「低血糖を回避する」ことが最優先されるようになりました。患者教育に力をいれ、個々の生活形態に応じた血糖管理値の設定をすること、自己血糖測定を行うことが特段重視されています。この10年の研究の進歩で、CGM(持続血糖測定器)の民間への導入によって、血糖コントロールがこれまで以上に簡便となり、低血糖頻度も減少してきました。一方でCGMを構成する、センサー強化型ポンプ(SAP)と、自動インスリン注入中止システムには、センサーの寿命が短いこと、毎日のキャリブレーションを患者自身が行わなければならないという「使い勝手の悪さ」 が指摘されています。 そのため、せっかくの新しい血糖測定システムは十分に汎用されているとはいえず、 日常臨床では低血糖問題の解決には至っていません。より使い勝手の良いデバイスの開発は、特に患者さんの間では、強く待ち望まれています。
こうした現状の下、 アボット社の開発した光センサー作動血糖モニター装置を用いた研究結果が発表されました。
この装置は、出荷時には、すでにキャリブレーションが完了され、14日間連続装着時のキャリブレーションが不要です。センサーに読み取り機を近づけるだけで、データが転送され 、転送されたデータは、現在の血糖値、過去8時間の血糖値、その傾向が示され、15分おきにセンサーにデータとして蓄積されていきます。また、リーダー装置は、90日間分のデータが保存可能で、安心です。データを患者さん個人や医師とともに閲覧できるソフトも組み込まれています。使い勝手のよさ、情報量の多さは、いままでのデバイスとは比べ物になりません。
この新型の光センサー型血糖モニター装置使用群(以下、光センサー群)と、従来品の自己血糖モニター装置使用群(以下、従来型装置群)とに、1型の糖尿病患者を対象に、無作為に割り付け、低血糖頻度が減少するかどうか、を前向きに検討した臨床研究が行われました。
研究対象者の条件として、1)HbA1cが7.5%以下にコントロールされている、2)少なくとも1日3回以上自己血糖測定をしている極めて管理状態の良い、3)低血糖を自覚できる、1型の糖尿病患者のみが登録されました。参加施設は、23箇所のヨーロッパの糖尿病専門センターでした。まず2週間センサーが装着されました。得られたデータは、患者にも医師にも知らされませんでした。その後、光センサー群、従来型装置群の2群に無作為に患者が振り分けられました。6ヶ月の試験期間中は、センサー装着が継続され、従来型装置群は、センサーデータにはアクセスできないようにされまれました。
主要評価項目は、登録時の14日間の低血糖(70mg/dl以下)をきたした累計時間と、試験開始後6ヶ月後の15日間の低血糖を来した累計時間としました。
2014年から2015年にかけて、328人の患者が登録されました。119人が新型の光センサー群、120人が従来型装置群に割り付けられました。光センサー群と従来型装置群の比較では、 女性の比率がそれぞれ65%と49%、平均年齢は、42歳と45歳、糖尿病の罹病期間は、両者とも20年、HbA1cは、両群とも6.7%、自己血糖測定回数は、5.4回と5.6回、インスリン使用量は自己注射をしている場合、50単位と43単位、CSII(インスリン持続皮下注入)の場合、41単位と36単位でした。両群とも、80%が自己注射を行い、40%がCSIIを行っていました。 いずれの項目についても両群間に有意差はありませんでした。
結果
光センサー群では、「低血糖累計時間」は、1日あたり、登録時の3.38時間から6ヵ月後には、2.03時間と顕著な低下を示しました。1.39時間の減少を認めました。従来型装置群では、3.44時間から6ヵ月後3.27時間と0.14時間短縮したにすぎませんでした。光センサー群で、従来型装置群に比較して、低血糖累計時間が38%も有意に短縮しました(p<0.0001)。
より重篤な低血糖である55mg/dl以下となる累計時間は、光センサー群で、従来型装置群に比較して50.5%低下(p<0.0001)していました。40mg/dl
以下となる時間は、65.3%低下していました(p=0.0003)。
240mg/dl以上となる高血糖累計時間は、19.1%、光センサー群で有意に低下していました(p=0.0247)。
血糖のばらつきをしめす、血糖値の標準偏差は、5.0で光センサー群で有意に低下していました(p<0.0001)。
患者満足度は、有意に、光センサー群で改善していました(P<0.0001)。
血糖のコントロールを示すHbA1cは両者で変わりなく、インスリン使用量も変わりありませんでした。
入院あるいは第三者の介入を要する重症低血糖は、光センサー群で2回、自己血糖測定群で4回ありました。
センサー装着部位に関する苦情は、248回あり、痛みが38回、出血が25回、浮腫みが8回、皮膚硬結が5回、皮下出血が5回、発赤が85回、かゆみが51回、吹き出物が31回でした。7人のかたが、症状重く、臨床試験継続を断念されました。
デバイスの利便性から、光センサー群のかたは、1日の血糖モニター回数が平均3回増えたため、低血糖の頻度が有意に低下したと考えられます。デバイス装着直後から低血糖頻度は有意に低下しており、デバイスの使用がとても簡単であることが伺えます。光センサー群のひとが自己血糖測定をほとんどしなかったことからもこのデバイスに対する信頼の厚さが、推察されると考察されています。従来型の自己血糖測定装置では、その場の血糖しかわかりませんが、光センサーの場合には、血糖変化の傾向がわかりますので、インスリン投与やカロリー摂取のタイミングを計りやすかったと判断されます。
この研究では、「極めて管理状態のよい」勤勉な患者のみを集めた研究であるため、血糖管理値が悪い、血糖測定回数が少ない方の場合でも、同様の結果が得られるのかどうかは今後検討を要する点です。また、皮膚障害の程度は、ほかのデバイスとほぼ同様の副反応の頻度とされていますが、中止にいたったケースが7例あったことについては、原因の検討を図り今後装着部位の副反応を減らす工夫が必要でしょう。対象者として、本研究では、低血糖を自覚できない患者は除外されていること、成人のみが登録されていることは、今後は青少年への汎用性が有効かどうかの検討は必須ではないでしょうか。
利便性が格段に進歩したデバイスの登場で、低血糖にしない、やさしい血糖管理をめざす糖尿病治療がメインストリームとなっていく、そんな時代の到来を感じさせるレポートでした。