2016/05/24

第71回 愛し野塾 REM睡眠と記憶形成(オプトジェネティクスによる解明)



「睡眠の質が記憶形成あたえる影響」について、研究の進展がみられています。既にこれまでの研究から、特に「レム(急速眼球運動 (rapid eye movementREM) )睡眠」は、記憶形成を促進させる重要な働きをもつことが示唆されてきました。レム睡眠は、夢をみる、眼球が急速に動く、またその持続時間は、20分程度の短時間であることが特徴です。これまでは、実験手法の限界から、レム睡眠の記憶に与える影響をバイアスなく制御、及び解析することは難しく、「レム睡眠が記憶形成に寄与している」とする決定的な証拠があるわけではなく、状況証拠に基づいた示唆にとどまっていたのが実情でした。

例えば、REM睡眠を阻害して記憶への影響を調査するのには、ヒトや動物を睡眠途中で覚醒させる操作を要するため、「覚醒の手法」そのものが、記憶形成に影響するのではないか?という疑いが拭いきれませんでした。また、莫大な画像データ等を処理することによって、レム睡眠と記憶の関係を統計学的に算出し記憶への関与を示した報告でも、依然、統計学的な推測の枠内にとどまり、生物学的妥当性を説明するには不十分で、釈然としない議論が続いておりました。

さて2016年5月、「生きている」動物の脳内で、ターゲットした神経細胞を、人為的に制御することを可能にした革命的な実験手法である「オプトジェネティックス」を用いて、この難問解決に取り組んだ研究成果が、カナダマックギル大学のボイス博士らによって、5月16日号のサイエンスに報告され、世界中で大きな話題となっています。

Boyce, R., Glasgow, S. D., Williams, S., & Adamantidis, A. (2016). Causal evidence for the role of REM sleep theta rhythm in contextual memory consolidation. Science, 352(6287), 812-816. 

実験では、マウスが用いられました。あらかじめ、マウスに、「ものの位置に付随する記憶」を形成させておきます。具体的には、まず、ケージの中で、2つの同一の物体についての位置の認識をもたせます。翌日、一つの物体は違う位置に、もう一つの物体は、もとの位置に設置します。「新しい環境にたいする興味を示す」という本能を持つ齧歯類(げっしるい)は、前日の物体の位置を記憶しているため、新しい位置におかれた物体の周辺に滞在する時間が有意に長くなります。しかし、前日の記憶が抹消されてしまうと、新しい位置に設置された物体に対しても、もとの位置に設置された物体に対しても興味の程度は変わらず、結果として同じくらいの時間、嗅ぎ回るという仮説が成り立ちます。そこで、レム睡眠のみを特異的に、阻害して、前日の物体の位置の記憶を消去することが可能かどうか、を検討したのです。

さて、レム睡眠時には、海馬領域が活性化し、θ(シータ)波という記憶回路を強化する脳波が発生することが検出されます。また内側中隔にある、GABAニューロンは、海馬とダイレクトに神経回路を形成しており、「内側中隔からの刺激を受けることで、海馬はθ波をだし、記憶を形成する」との仮説のもと、本研究では、検証が行われました。

まず、遺伝子導入のベクターとして、アデノアソシエイトウイルスを用い、このベクターに組み込まれた「抑制に用いられる光活性化蛋白・アーキロドプシン」を、GABAニューロンに得意的に発現するように作成されたトランスジェニックマウス(VGAT::Creマウス)の内側中隔に打ち込みます。このウイルスは3ヶ月間安定に、この部位にとどまり、組み込まれた遺伝子の蛋白発現が確認されました。

アーキロドプシンは光刺激に応じて、神経細胞を不活性化します。すなわちアーキロドプシンを発現した内側中隔に、光刺激を与えることで、海馬の神経機能を抑制するシステムを組み込んだのです。

レム睡眠時に、海馬付近から、発せられるθ波を電気生理学的に検出しました。θ波がでているはずの時間帯に、θ波が検出されなければ、レム睡眠を特異的に抑制できたことになります。実際、アーキロドプシンを人為的に内側中隔のみに発現したマウスの脳に、光刺激を与えると、θ波が検出されず、レム睡眠を抑制できることがわかりました。この条件下で、深い眠りを示すノンレム睡眠時に計測されるδ(デルタ)波や、覚醒しているときのα(アルファ)波やβ(ベータ)波は抑制されていないことも確認し、レム睡眠が特異的に抑制されることが確認されました。

 このオプトジェネティクスを用いた睡眠制御モデルによって、生きている動物で、その睡眠を妨げることなく、レム睡眠のみを正確に抑制できたことは、本研究の最も注目されたポイントです。

結果は、レム睡眠を得意的に抑制したマウスは、最初の日に覚えた物体の位置を忘れてしまい、次の日に新しい位置におかれた物体と もともとの位置にある物体の違いを認識出来ず、両方の物体を同じくらいの時間嗅ぎ回りました。レム睡眠以外の睡眠中に同じ時間、内側中隔に光刺激を与えたマウスをコントロールとして用いた場合、処置を施していないコントロールマウスと同様、2日目には、最初の日に見せられた物体の位置を記憶していたため、位置をかえられた物体のほうに有意に多くの時間を割いて嗅ぎ回るという結果を得ました。

この一連のエレガントな研究から、レム睡眠が記憶形成に寄与していることはゆるぎないことが示され、論文発表後、世界的に大きな反響がありました。

ただし、あくまでも「げっ歯類での実験」です。ヒトにもこの仮説が適用されるのか、検証が必要でしょう。オプトジェネティックスを採用できる動物として、人間に最も近い、霊長類の「猿」による検証が次のステップでしょうか。

睡眠障害は、アルツハイマー病やパーキンソン病の原因となりうることがわかってきています。また発達障害でもその知能指数や認知機能が睡眠障害と関係することが多々報告されています。今回の明白な結果から、快眠は、認知症予防、認知機能改善に重要である可能性が強く示されました。今後は、睡眠の「質の改善」に注目した、適切な運動処方・栄養処方の研究ならびに、REM睡眠に注目した新薬開発が期待されます。

当たり前なようですが、しかし、毎晩のことです。さあ寝るのを楽しみましょう。自らをストレスから離脱させ、重力から解放してやり、布団の中で自由にカラダを伸ばして。上手に寝ることが、あなたの記憶形成・認知機能改善に役立つのですから!

2016/05/17

第70回 愛し野塾 BMIと死亡率の関係



BMI(Body Mass Index:体重と身長によって算出される体格指数、体重(kg)÷身長(m)÷身長(m))が増加し、肥満度が上昇すると、死亡率が上がることは広く知られています。BMIの増加と糖尿病、高血圧、脂質異常の発症率の増加には明らかな相関があること、また動脈硬化の悪化とも関係し、心筋梗塞、脳卒中などの発症にもつよい関連をもつ数値として、健康診断・予防医学の分野では汎用されています。また、肥満は、癌の発症リスクの上昇にも関係し、死亡率が上がるもう一つの大きな原因と知られています。
 しかし、一方で、「BMIが減少しても死亡率が上がる」という仮説について、その因果関係の詳細には議論があるところです。「癌などの病気によって食事が摂れないなど持病に起因した理由からBMIが減少しているため、間接的に死亡率があがる」という意見と、「BMIが減少していると肺炎など呼吸器疾患のリスクが上昇し、死亡率があがる」という意見が対立しているところです。

近年、多くの国で、BMIは、緩やかに増えてきていますが、実は、肥満のかたに絞って分析すると、糖尿病を除く高血圧や高コレステロール血症、喫煙率などの心血管系のリスク因子は、有意に減少してきている、という研究報告があります。このため、時代の変遷とともに、BMIと死亡率との関係は変わってきている可能性が指摘されてきていました。重要な健康上の関心事である、「もっとも死亡率が低くなる適正なBMIの値」について、科学的に妥当性のある論文が報告されましたので、解説してみましょう。

論文は、デンマーク・コペンハーゲン大学のノルデスタガート博士らが、権威ある臨床医学誌、米国医師会雑誌に平成28年5月10日報告しました。

Afzal, S., Tybjærg-Hansen, A., Jensen, G. B., & Nordestgaard, B. G. (2016). Change in Body Mass Index Associated With Lowest Mortality in Denmark, 1976-2013. JAMA, 315(18), 1989-1996.

この論文では、「最も低い死亡率を示すBMIが過去30年の間、経時的に上昇しているという仮説のもと、デンマークの3つのコホート、19761978年(13704人、男性46%、年齢の中央値54歳、観察期間23.6年、初期コホート)、19911994年(9482人、男性43%、年齢の中央値61歳、観察期間15.9年、中期コホート)、20032013年(97362人、男性44%、年齢の中央値58歳、観察期間5.9年、最終コホート)に登録したかたのBMIと死亡率の関係を解析しました。

本研究は、コペンハーゲンシティー心臓研究と呼ばれます。20-100歳のかたを無作為に選び試験に参加してもらう形を取っています。全員がデンマークの白人で、デンマーク生まれで、その両親もデンマーク人です。喫煙率は、20(初期コホート)26(中期コホート)15(最終コホート)パック年と有意に減少していました。アルコール消費量は、1週間あたり、48グラム6096と有意に増加していました。運動量は有意に増加、また収入も有意に増加していました。1000 person-years(観察人年)あたりの死亡率は、30164と有意に低下していました。

結果は、死亡率が最も低いBMIの値は、23.724.627.0と上昇していました。心血管死亡率が最も低いBMIは、23.224.026.4と同様に上昇していました。そして、BMI18.524.9の適正BMI値のかたと、BMI30以上の「肥満」にあたるかたの死亡率の比較では、30年の経過で、リスクが1.3から1.0へ低下したこという驚くべき結果を見いだしたのです。この結果は、年齢、性別、喫煙、心血管病、癌の既往といった交絡因子の影響をうけませんでした。つまり、この30年で「肥満になっても、死亡率が有意に低下した」ということがわかったのです。そして、その理由は高血圧、糖尿病、脂質異常、心血管病の治療法が進歩し、全体の死亡率が低下したが、もっとも医学の恩恵を受けたのが、肥満者だったと解釈されているところです。

さて、最も死亡率が低かったBMIについてとりあげますと、これが、現在WHOが推奨しているBMIのレンジ(18.5から24.9)ではなく、肥満のレンジとして判定されるBMI27が、最低死亡率であったことは、国際的に衝撃があったようです。また、喫煙歴がまったくなく、心血管病や癌の既往歴のないかただけを対象にした解析でも、BMI26.1が最低死亡率を示し、得られた結論は確かなようです。

この研究が信頼性にたるものであると見なされる重要なポイントは3つあります。(1)3回のコホートともコペンハーゲンという同じ町の住人を試験登録しており、地域によるバイアスがないこと、(2)様々な交絡因子の登録、解析もほぼ同じ手法を毎回とっていること(3)すべての登録者をひとりひとり死亡にいたる、あるいは海外への移住にいたるまで完璧に経過を追っていることがあげられ、バイアスの少ない精度の高い研究といえるのではないでしょうか。

一方で考慮すべきポイントは、まず第一に、3つのコホートの経過観察期間が異なることですが、初期コホートと最終コホートのセンシティビティー解析では、観察期間の差では、得られた結果の相違は説明できないとする評価でした。また、初期コホートの一部が、中期コホートにも登録されていることも問題ですが、初期コホートと最終コホートのみを比較しても結論は変わらなかったことから、結果の解釈に影響はないレベルの弱点と考えられます。ただし、年齢の中央値がそれぞれのコホートで異なっていたのは、問題ではないでしょうか(年齢の中央値が初期コホート54歳、中期コホート61歳、最終コホート58歳)。中期コホートには、若いひとの新規登録を増やして、年齢をあわせようとしたと論文中に記載がありますが、十分ではなかったようです。こうした事情もあり、最終コホートには、健康な人の割合が、初期、中期コホートに比較して、多かったのではないか、という懸念が生じますが、2014年のデンマークの死亡率は、1000年あたり9で、心血管死が23%、癌死が30%であり、最終コホートは、死亡率が、1000年あたり9で、心血管死が26%、癌死が41%でしたので、この指摘は当たらないようです。デンマーク人のBMI25以上を占める割合は47%で、最終コホートは、56%でしたので、むしろ、最終コホートには、肥満者の割合が多かった可能性も否定できず、得られた結果の正当性は揺るがないと考えていいようです。

2011年の日本のコホート研究では、最も低い死亡率をしめしたのは、BMI2127でした。特に男性では、2527が一番低い死亡率を示したことは、今回の結果と良く符号します。

こうした結果を踏まえて、健康維持のためには、やせすぎ、太りすぎに注意をするが、BMI27あたりのやや太目をキープする 定期的な運動(目安として120分程度、1.6kmを歩く等)を行う、フレッシュな果物を毎日食べる、エクストラバージンオリーブオイルを料理に使う、野菜を毎日食する、といった生活習慣を身につける、といったことが、ポイントになりそうです。夏までに〜キロ減量!と目標を立てる前に、まずは、自分の健康生活に相応しい適正体重を今一度確認してみませんか?