2015/12/18

愛し野塾 第52回 喫煙と内臓脂肪分布と糖尿病と

喫煙と内臓脂肪分布と糖尿病と


喫煙が、さまざまな「がん」、肺気腫に代表される「呼吸器疾患」、心筋梗塞等の「心血管病」、さらには胃潰瘍等の「消化器疾患」などと、多くの健康障害の原因となっていていることは、人種を越えた、様々な観点からのアプローチによる研究報告から、よく知られるところです。またそういった健康被害は、喫煙者のみならず「受動喫煙者」についてもシビアな影響をもたらすことは、同様に数々の報告によって明らかで、もはやいうまでもありません。喫煙は、世界的には、毎年600万人の死亡をもたらすことが推算されています。

「禁煙」は、こうした病気を予防し、死亡者数を減らしていく上で重要な課題とされ、あまねく人々により実施されるよう推進されるべきでしょう。残念ながら、最近報告された2014年の国民栄養調査の結果では、男女ともに前回調査時に比較して習慣的に喫煙している人の率は0.3%の微増の19.6%でした。なかでも女性の喫煙率が増えていました(3年連続減少後の0.3%の微増)(この「微増」という結果について「横ばい」の解釈もあるようですが目標値が総合12%ですから厳しい評価が必要でしょう)。一日に21本以上吸う人の率も、この10年では、男性では有意に減少を認めているのに、女性では有意な減少を得るに至っておりません。社会進出に伴って生じる特有の人間関係のストレス発散のための有効な手段という思い込みでしょうか、はたまた喫煙という手段で減量したい、という女性ながらの思いも見え隠れするように思われます。

禁煙を促すこと、すなわちそれは健康増進策の優先課題であり、喫煙率が上昇に転じることはあってはなりません。そのためにも「喫煙の害」を知っておくことは一つの手段でしょう。


201512月号のランセットに発表になった論文は、喫煙と糖尿病について、詳細に分析をした、前述の国内の発表と重なりタイムリーな話題です。今回はこの論文について私論を交えて解説してみたいと思います。

この数年「喫煙が糖尿病発症リスクを上げる可能性」は、様々な報告によって示唆されてきましたが、「可能性」にとどまるといった報告内容でした。今回のランセット発表の研究では、88本の前向き研究のメタアナリシスをする手法で、5898795人を対象とし、その内訳として「2型糖尿病」の発症数は295446人と調査規模も最大で、得られた結果も高い信憑性をもつ報告となりました。

分析の結果、非喫煙者に比較して、喫煙者の2型糖尿病発症リスクは、37%も有意に上昇することが認められました(P<0.0001)。交絡因子と考えられる、体重、腹囲、運動量、食事、アルコール摂取量、血圧、血中脂質、血糖値は、「喫煙による2型発症リスク」には影響を与えず、「喫煙は独立した糖尿病発症リスク因子」であることがわかりました。

ヘビースモーカー(120本以上)、中程度のスモーカー(110-20本)、軽度のスモーカー(110本未満)にグループを分けて比較すると、喫煙量の増加に伴い、糖尿病発症リスクも増加を認めました。ヘビースモーカーで、57%リスク増加、中程度スモーカーで34%リスク増加、軽度スモーカーで21%のリスク増加となりました。

禁煙した人の場合でも非喫煙者と比較すると14%のリスク増加がありました(P<0.0001)。

受動喫煙でも深刻な結果が認められています。自分では喫煙したことはないグループで、受動喫煙者では、受動喫煙者でない人に比較して、22%の糖尿病発症リスク増大がありました。結果から推算すると、男性の2型糖尿病の11.7%、女性の2.4%にあたるひとは、タバコが理由で糖尿病を発症していたことになります。その数は、世界で、2780万人と推算されます。

喫煙を止めた場合、最初の5年間に糖尿病を発症するリスクは、54%増加、5-9年では、18%増加、10年以上では、11%増加となりました。つまり禁煙の効果は、禁煙の持続によって明確に現れることが示されています。

「喫煙」には、「体重を落とす効果」があることが知られています。肥満は糖尿病の確立したリスク因子です。禁煙による肥満を介した糖尿病リスク増大は想像に難くないもので、「喫煙が糖尿病発症リスク因子」であるという結果には、違和感を感じるかたも多いことでしょう。この論文に付随したコメントを書いた英国グラスゴー大学のサッター博士らによると、喫煙者は、非喫煙者に比較すると、学歴が低く、食事内容も劣悪で、運動レベルも低く、アルコール消費は多い傾向にあり、総合的に、「喫煙者のほうが体重が少ないということはない」と述べています。加えて、このランセットの論文報告によって、喫煙が直接的に糖尿病のリスクを上げている可能性は高まったものの、解析すべき交絡因子はまだ存在し、決定的な結論とするには時期尚早と述べています。分析には縦断的な観察が必須であり、私もこの考え方に賛成です。

サッター博士らは、さらに喫煙量の多くなる傾向のある特別な遺伝子変異(CHRNA5-CHRNA3-CHRNA4遺伝子クラスター)を持った人たちの解析結果から興味深い洞察を述べています。この遺伝子変異を持った喫煙者は持たない喫煙者に比べて、体重(BMI補正)が少ない傾向は明らかであり、言い換えれば、特異的な遺伝子変異を有する人は、「喫煙によって減量する」ことが示されています。しかし、非常に興味深い分析結果がでたのです。BMIの減少が認められた喫煙・変異遺伝子保有者は、遺伝子の非保有者に比較して、「腹囲が有意に大きい」というのです。サッター博士は、こうした結果から、喫煙には減量を促す一方で、脂肪分の体内分布を変化させ、結果的に、内臓脂肪を増加させる可能性があると指摘しています。さて、内臓脂肪が蓄積することは、すなわち糖尿病のリスクを上げることに直結します。いわゆる「メタボ腹」の高い糖尿病リスクのことです。今後、脂肪分布についての観点から研究がより精緻に遂行されれば、喫煙が糖尿病リスクをあげるメカニズムもより明確になることでしょう。

こういった研究、また指摘から、喫煙が、がん、肺病、心血管病のリスク因子であるという認識だけではなく、糖尿病発症のリスク因子である、という認識を持つこと、持続的な禁煙がその防止に効果的であることを認識することは、極めて重要なポイントです。また禁煙後しばらくは、体重増加や糖尿病リスクが上がることも含め、バランスのよい栄養摂取に留意し、禁煙生活が習慣化するまでは、自分の心がけに加え、家族の協力も得ながら、食事運動療法を比較的厳しくすることが必要でしょう。クリニックでの日常臨床において、患者さんやその家族に向き合って、主に糖尿病のかたを数多く診させていただいている医師としての立場からも、喫煙がきたす、様々な病気発症リスク、また治療経過中のリスク(喫煙による予後への悪影響)についても、正しくそのメカニズムを理解し、人々に伝えていく重要性をひしひしと感じています。

論文
Lancet Diabetes Endocrinol. 2015 Dec;3(12):958-67. doi: 10.1016/S2213-8587(15)00316-2. Epub 2015 Sep 18.
Relation of active, passive, and quitting smoking with incident type 2 diabetes: a systematic review and meta-analysis.

コメント
Lancet Diabetes Endocrinol. 2015 Dec;3(12):918-20. doi: 10.1016/S2213-8587(15)00341-1. Epub 2015 Sep 18.

Smoking and diabetes risk: building a causal case with clinical implications.