2015/12/31

愛し野塾 第54回 私たちの免疫機構から解説するクローン病根本治療の糸口

ご存知の通り、私たちの生体には感染症から私たちを防御するシステムが備わっています。これは「免疫反応」といわれる反応です。たとえば、身の回りに外在する細菌やカビ、ウイルスなどの体内への侵入が生じれば、たちどころに抗体などで応戦し、たいていの場合、肺炎など「重症の感染症」に至らずに済んでいるのです。まさに自然の冥利でしょう。非自己に由来する抗原でも、自己に由来する抗原でも、認識されたとたんに抗体が産生されます。細菌に対してつくりだされた抗体ならば、異物を排除し感染症を防ぎ、私たちの体にとって有益に働きますが、一方で、自己の細胞に対してつくられた抗体は、関節リウマチ、橋本病、1型糖尿病などの病気を引き起こします。しかし、こうした病気を発症しないよう、自己に不利益な抗体は、効率良く除去されることがわかっています。その機能を果たす主たる機能を果たすのが「胸腺」です。
口腔、皮膚、腸は、常に多量かつ多種の細菌に晒されています。決してすべての細菌が、自己にとって不利益なわけではなく、有利に働く種類のものもあります。ですから、おしなべて、細菌すべてに免疫システムをつかって応戦してしまうと、有益な細菌まで殺してしまうことになり、そのことが原因で病気を招来することもあるのです。そうした免疫制御機構の破綻によって生じる疾病の代表として、炎症性腸疾患である「クローン病」があります。こうした重症疾患の発症を防ぐためには、病原菌ではなく、自己にとって有利とされる細菌を選別し、免疫システムによって応戦しないことが重要です。その認識メカニズムは長らく不明のままでしたが、米国コーネル大学のヘップワース博士らは、<華麗な>手法を用いることで、この難問を解き明かすことに成功しました。その研究報告が、2015年5月号のサイエンスに登場しました。
 Hepworth, M. R., Fung, T. C., Masur, S. H., Kelsen, J. R., McConnell, F. M., Dubrot, J., ... & Eberl, G. (2015). Group 3 innate lymphoid cells mediate intestinal selection of commensal bacteria–specific CD4+ T cells. Science, 348(6238), 1031-1035. 
免疫には、自然免疫と適応免疫があります。前者は、好中球、マクロファージが担当し、どのような異物に対しても反応します。つまり、攻撃する相手を不特定に選ぶという意味で、特異性が低いのですが、そのかわり、異物に対して「迅速に反応」するという特徴があります。後者は、リンパ球が担当し、免疫グロブリンなどの遺伝子の再構成をすることで、抗原に対して「特異的な反応」を示しますが、逆に、準備に時間がかかるため、反応時間は遅いといった特徴をもちます。
最近になり、自然免疫と適応免疫の両方を兼ね備えた、「別のシステム」があることも分かってきました。このシステムを担当する細胞は、「自然リンパ球」と呼ばれています。この細胞は、免疫グロブリンなどの遺伝子の再構成をすることはできませんが、どうやら、共生している細菌を攻撃しないような仕組みを可能にする装置が備わっていることが分かってきたのです。
自己免疫疾患の発症予防のために、「胸腺」では、胸腺をなす上皮細胞が、MHCクラスIIを介して自己抗原を提示し、自己抗原に反応するCD4陽性細胞のアポトーシスを促しています。一方、「腸」では、胸腺の上皮細胞と同じ役割を、「自然リンパ球」が担っているというのです。この細胞が、細菌の抗原をMHCクラスIIを介して、提示し、細菌抗原に反応するCD4陽性T細胞のアポトーシスを誘導するため、共生する腸内細菌は、免疫細胞に攻撃されることなく、生き残ることができます。もしも、アポトーシスが誘導されず、細菌抗原に反応性のT細胞が生き残ると、炎症性腸疾患が発症するというのです。
実際の研究では、「自然リンパ球」の中で、MHCクラスIIを発現しているILC3細胞に注目し、この細胞にMHCクラスIIが発現できないようにしたノックアウトマウスを作成しました。このマウスでは、驚くべきことに、ヒトで認められる炎症性腸疾患と同一の症状、及び病理像を呈することがわかったのです。つまり、「自然リンパ球の機能不全が、炎症性腸疾患の原因である可能性」が示されたのでした。
この結果だけでは、動物実験からの類推の域を出ず、人の炎症性腸疾患との因果関係を論ずるには、まだまだ遠い道のりではないかという疑念を拭えません。しかし、ヘップワース博士らは、さらに踏み込んで、クローン病のこどもの腸の生検材料を精査し、ILC3細胞のMHCクラスIIの発現に異常があるのかどうかを調査したのでした。さて、結果は、仮説通り。動物実験から予測されたように、「MHCクラスII発現の欠如」を認めたのです。つまり、クローン病の犯人は、ILC3細胞の機能不全であることが証明されたといえましょう。

永いこと、クローン病は難病として取り扱われ(特定疾患に指定)、腸に狭窄病変などトラブルが生じると、消化管の切除が根治治療として唯一の方法とされてきました。過去10年を振り返ると約70%の患者さんが少なくとも一度は手術を受けておられます。日常的には病気の活動性を抑制することを目的とした動物性蛋白の摂取制限等の食事療法・薬物療法、症状のレベルに応じた対症療法としての薬物療法が中心です。本研究の結果を踏まえて、今後は、ILC3細胞をターゲットとした治療法が創成されていく可能性が広がってゆくでしょう。一番に思いつく治療方法は、患者自身のILC3細胞をいったん体外で増殖させ、もしくは活性化させ、その後、体内に戻すといった免疫細胞療法でしょう。ILC3の増殖・強化によって体に必要な細菌に反応するT細胞を破壊し、正常な腸内細菌巣を取り戻すことができるようになることでしょう。この方法こそ、外科的治療に代わって非観血的にクローン病を治癒しうる根本治療となるのではないでしょうか。患者さんのご苦労を根本から拭い取ってさしあげることの出来ない悔しさを感じるなか、難病のクローン病退治が近い将来実現するかもしれない、日常臨床での治療の可能性を拡大出来るかもしれない、そのような期待感を多いに持つことの出来る研究報告でした。

2015/12/30

愛し野塾 第53回 うつ病の親をもつ子供たちに生じやすいメンタル不調を予防するには


うつ病に罹患している親をもつ子どもたちは、メンタル不調をきたすリスクが、うつ病を持たない親の子どもたちに比較して、34倍も高いといわれています。

子どもは、メンタル不調によっていったん精神を病んでしまうと、モチベーションや集中力が低下し成績は振るわず、さらには、健康状態にも様々な悪影響を及ぼすことも明らかです。悪循環の果てに自信を喪失し、社会的成功から遠ざかり、自己否定の末、最悪の場合、自殺を企てることもあるということは、多くの研究調査から明確に示されています。

根本原因と推測される「親のうつ病を治療すれば、子どものメンタル不調も予防できるのではないか」と単純に考えるかもしれません。しかし、かならずしも親のうつ病治療がうまくいくとは限らないうえ、仮に親のうつ病治療がうまくいった場合でも、子供たちのメンタル不調を予防する効果は、比較的小さいとされています。このため、「うつ病の親をもつ子どもに対し直接的になんらかの予防策をとることが重要なのではないか」、と議論されるようになってきました。

さて、今回紹介する研究調査結果は、親がうつ病を患っていても、メンタルに健全な状態を保っている子供たちに注目しています。つまり、かれらのレジリエンスが生み出されるメカニズムを分析し、メンタル不調を訴える「うつ病の親をもつ子供たち」の治療に応用出来ないかという仮説のもと研究が行われ、201512月、大変興味深い結果が、Lancet Psychiatryに報告されました。
Collishaw, S., Hammerton, G., Mahedy, L., Sellers, R., Owen, M. J., Craddock, N., ... & Thapar, A. (2015). Mental health resilience in the adolescent offspring of parents with depression: a prospective longitudinal study. The Lancet Psychiatry..
この研究は、EPADと命名されました。うつ病を繰り返し発病する親を持つ子供たちを対象に、前向きにかつ長期的に観察が行われました。英国、サウスウエールズ地方の一般開業医にて治療中の患者さんのなかから「うつ病の親とその子ども」が研究対象者としてリクルートされました。親については、DSM-IVで定義する、うつ病のエピソードが最低2回認められたかたで、かつ精神障害、双極性障害、躁病、軽躁病を有さない親が対象となりました。子どもの年齢は、9歳から17歳まで、親とは血縁があること、親と同居していること、が条件とされました。IQ50以下、なんらかの重篤な身体的疾患を持つ子どもについても対象者からはずされました。

2007年から2011年の間に、12−18ヶ月の期間をあけて、3回の面接調査によって問診が親子に行われました。分子精神医学のための臨床評価(SCAN)、児童青年精神評価(CAPA)、強みと困難さのアンケート(SDQ)の指標が用いられ分析されました。家族機能(family functioning)を見る目的で、IYFPを用いた親と兄弟などの当該人物への「おもいやり」の程度が評価され、「前向きな感情表出」の評価は、5分間の検査中に表出された感情の記録から解析され、ソーシャルサポートスケールを用いて「両親による感情面での支援」が測定評価されました。社会とのつながり、及び交友関係については、主にSDQ尺度によって評価されました。

2007年2月から6月の間までにスクリーニングを受けた469家族から、繰り返すうつ病を患う親337人(女性315人、男性22人)が抽出されました。後に躁うつ病の診断を受けたケース、親の精神疾患の影響をほとんど受けていないケースは除外されました。親と血縁関係があり、親と同居している青少年331人(194人少女、137人少年、平均年齢12.4歳)から、最終的に、既に精神面での健康調査が施行されていた262人を本研究の調査対象とされました。

 <結果>精神疾患の基準を満たしていた「子ども」は、103人(39%)、鬱的な症状を呈していた「子ども」は、118人(45%)と、高い水準で認められました。そのうち182人(70%)に行動異常を認め、73人(28%)は、少なくとも一度は自殺念慮を抱いたり、自傷行為をしていました。わずか53人(20%)のみが、「健全な精神状態を維持している」と判断され、ここに記した精神異常のいずれも示していませんでした。

親が重度の鬱的状態を経験していると、その子供は、健全な状態にメンタルを維持できなくなるリスクが有意に上昇することが認められました。いずれの精神異常も認めなかった子どもたちは、同年齢の英国人の一般の子供たちと比較すると、SDQスコアの評価で、同程度かやや良好な傾向を示しました。また、いずれの精神異常も示さなかった子供たちと同じコホート内で、なんらかの精神異常を示した子供たちとの間で、因子を解析し両者を比較してみると、5つの因子が浮かび上がりました。つまり、うつ病の親をもっていても、メンタルが健全に維持ができている子どもには、

「親に前向きな感情表現が認められること」(p=0.0008
「両方の親のサポートが得られること」(p<0.0001
「子供自身ではなく、親が評価した場合の同輩との関係が良好であること」(p=0.01
「自己効力感が高いこと」(p=0.03
「運動の頻度が高いこと」(p=0.01
が重要な役割を果たしていることがわかりました。

これら5つの因子がメンタルに与える良好な効果は、交絡因子(性別や年齢等)の影響をうけませんでした。面白いことに、ここでみつかった5つのメンタル保護因子は、その因子の数依存性(項目数が多いほど)に、メンタル保護効果が認められたことです(OR=2.27,p<0.0001)。メンタル保護効果は、親の鬱病エピソードの再発に影響を受けることもありませんでした。
最後に「気分(mood)」と「行動」に関するふたつのレジリエンスに分類し、それぞれに良好な効果を与える因子を解析しました。前者(気分)に対しては、「両方の親のサポートが得られること」、「子供自身かつ親、もしくは両者が、こどもの友人関係が良好であると評価していること」、「課外活動をしていること」、「子供が友情を感じていること」、「自己効力感があること」、「運動の頻度が高いこと」が効果的因子として認められました。後者(行動)に対しては、「親に思いやりがあること」、「親に前向きな感情表現が認められること」、「両方の親のサポートが得られること」、「子供自身でも、親でも、かれらが評価した場合の同輩との関係が良好であること」、「子供が友情を感じていること」、「自己効力感があること」といった因子がレジリエンスを支持し、効果をもたらすという結果が得られました。

さて、この研究を少し批判的にみると、いくつかの疑問が生じます。まず、観察期間が短く(9歳から17歳の子どもが対象である)、限定的な解析であることが否めません。したがって、「レジリエンスが、長期的に維持されるのかどうか」は不明です。この解決策には、同じコホートを、成人に至るまで長期的観察を行うことでしょう。ここで認定された因子が、さらに年齢を経ても同様に重要は役割を果たすのかどうか、また、異なる因子が重要になるのか、調査をすることが求められるでしょう。二つ目の疑問として、本研究の解析因子以外の別の重要な因子が漏れている可能性があり得る点が上げられます。三つ目に、遺伝的因子の解析がなされていないことでしょう。こうした疑問を究明することで、子どものレジリエンスを左右する因子の精度を上げることは重要でしょう。


今回の研究では、うつ病の親と一緒に暮らす子供たちが精神疾患に陥る頻度がほぼ80%と非常に高いことが明確になりました。精神疾患発症の予防策をとることは火急の課題であることはいうまでもなく、できれば両親が子供に対してサポートをすることが有効と判明したことの意義は大きいのではないでしょうか。多くの場合うつ病は母親に発病し、父親の役割の重要性があらためてクローズアップされた結果となっています。本研究では、バイオロジカルなつながりのある両親によるサポートが注目されていますが、両親ではない「普段の生活を共にする保護者のありかたのレジリエンスに及ぼす影響」もまた、再確認する必要があるでしょう。子どもを取り巻くさまざまな家族形態が想定される現代社会では、この研究結果を参考に、広い視野で日常臨床の中で対処していくことは必須だと思います。また、子どもが、「自己効力感」、つまり、「逆境をはねのける能力を有している」といった、自分ながらの信念をもっていることが、精神疾患罹患回避につながるのであれば、そこに重点を置いた対策の立てようもあることでしょう。「うつ病の親を治療すれば、子供の精神疾患が予防できる」という視点は捨てるわけではありませんが、親のうつ病を治せる頻度は高いわけではない、という事実を認識するべきでしょう。そしてなにより本研究は、「親が、子どもの友だちづくりにサポーティブに関心を寄せる」ことや「適切な運動を励行する」など、特別な準備をすることなく、今すぐにでも対処し得るポイントが明確に示され、示唆に富む有意義な報告だと感心するものでした。

2015/12/18

愛し野塾 第52回 喫煙と内臓脂肪分布と糖尿病と

喫煙と内臓脂肪分布と糖尿病と


喫煙が、さまざまな「がん」、肺気腫に代表される「呼吸器疾患」、心筋梗塞等の「心血管病」、さらには胃潰瘍等の「消化器疾患」などと、多くの健康障害の原因となっていていることは、人種を越えた、様々な観点からのアプローチによる研究報告から、よく知られるところです。またそういった健康被害は、喫煙者のみならず「受動喫煙者」についてもシビアな影響をもたらすことは、同様に数々の報告によって明らかで、もはやいうまでもありません。喫煙は、世界的には、毎年600万人の死亡をもたらすことが推算されています。

「禁煙」は、こうした病気を予防し、死亡者数を減らしていく上で重要な課題とされ、あまねく人々により実施されるよう推進されるべきでしょう。残念ながら、最近報告された2014年の国民栄養調査の結果では、男女ともに前回調査時に比較して習慣的に喫煙している人の率は0.3%の微増の19.6%でした。なかでも女性の喫煙率が増えていました(3年連続減少後の0.3%の微増)(この「微増」という結果について「横ばい」の解釈もあるようですが目標値が総合12%ですから厳しい評価が必要でしょう)。一日に21本以上吸う人の率も、この10年では、男性では有意に減少を認めているのに、女性では有意な減少を得るに至っておりません。社会進出に伴って生じる特有の人間関係のストレス発散のための有効な手段という思い込みでしょうか、はたまた喫煙という手段で減量したい、という女性ながらの思いも見え隠れするように思われます。

禁煙を促すこと、すなわちそれは健康増進策の優先課題であり、喫煙率が上昇に転じることはあってはなりません。そのためにも「喫煙の害」を知っておくことは一つの手段でしょう。


201512月号のランセットに発表になった論文は、喫煙と糖尿病について、詳細に分析をした、前述の国内の発表と重なりタイムリーな話題です。今回はこの論文について私論を交えて解説してみたいと思います。

この数年「喫煙が糖尿病発症リスクを上げる可能性」は、様々な報告によって示唆されてきましたが、「可能性」にとどまるといった報告内容でした。今回のランセット発表の研究では、88本の前向き研究のメタアナリシスをする手法で、5898795人を対象とし、その内訳として「2型糖尿病」の発症数は295446人と調査規模も最大で、得られた結果も高い信憑性をもつ報告となりました。

分析の結果、非喫煙者に比較して、喫煙者の2型糖尿病発症リスクは、37%も有意に上昇することが認められました(P<0.0001)。交絡因子と考えられる、体重、腹囲、運動量、食事、アルコール摂取量、血圧、血中脂質、血糖値は、「喫煙による2型発症リスク」には影響を与えず、「喫煙は独立した糖尿病発症リスク因子」であることがわかりました。

ヘビースモーカー(120本以上)、中程度のスモーカー(110-20本)、軽度のスモーカー(110本未満)にグループを分けて比較すると、喫煙量の増加に伴い、糖尿病発症リスクも増加を認めました。ヘビースモーカーで、57%リスク増加、中程度スモーカーで34%リスク増加、軽度スモーカーで21%のリスク増加となりました。

禁煙した人の場合でも非喫煙者と比較すると14%のリスク増加がありました(P<0.0001)。

受動喫煙でも深刻な結果が認められています。自分では喫煙したことはないグループで、受動喫煙者では、受動喫煙者でない人に比較して、22%の糖尿病発症リスク増大がありました。結果から推算すると、男性の2型糖尿病の11.7%、女性の2.4%にあたるひとは、タバコが理由で糖尿病を発症していたことになります。その数は、世界で、2780万人と推算されます。

喫煙を止めた場合、最初の5年間に糖尿病を発症するリスクは、54%増加、5-9年では、18%増加、10年以上では、11%増加となりました。つまり禁煙の効果は、禁煙の持続によって明確に現れることが示されています。

「喫煙」には、「体重を落とす効果」があることが知られています。肥満は糖尿病の確立したリスク因子です。禁煙による肥満を介した糖尿病リスク増大は想像に難くないもので、「喫煙が糖尿病発症リスク因子」であるという結果には、違和感を感じるかたも多いことでしょう。この論文に付随したコメントを書いた英国グラスゴー大学のサッター博士らによると、喫煙者は、非喫煙者に比較すると、学歴が低く、食事内容も劣悪で、運動レベルも低く、アルコール消費は多い傾向にあり、総合的に、「喫煙者のほうが体重が少ないということはない」と述べています。加えて、このランセットの論文報告によって、喫煙が直接的に糖尿病のリスクを上げている可能性は高まったものの、解析すべき交絡因子はまだ存在し、決定的な結論とするには時期尚早と述べています。分析には縦断的な観察が必須であり、私もこの考え方に賛成です。

サッター博士らは、さらに喫煙量の多くなる傾向のある特別な遺伝子変異(CHRNA5-CHRNA3-CHRNA4遺伝子クラスター)を持った人たちの解析結果から興味深い洞察を述べています。この遺伝子変異を持った喫煙者は持たない喫煙者に比べて、体重(BMI補正)が少ない傾向は明らかであり、言い換えれば、特異的な遺伝子変異を有する人は、「喫煙によって減量する」ことが示されています。しかし、非常に興味深い分析結果がでたのです。BMIの減少が認められた喫煙・変異遺伝子保有者は、遺伝子の非保有者に比較して、「腹囲が有意に大きい」というのです。サッター博士は、こうした結果から、喫煙には減量を促す一方で、脂肪分の体内分布を変化させ、結果的に、内臓脂肪を増加させる可能性があると指摘しています。さて、内臓脂肪が蓄積することは、すなわち糖尿病のリスクを上げることに直結します。いわゆる「メタボ腹」の高い糖尿病リスクのことです。今後、脂肪分布についての観点から研究がより精緻に遂行されれば、喫煙が糖尿病リスクをあげるメカニズムもより明確になることでしょう。

こういった研究、また指摘から、喫煙が、がん、肺病、心血管病のリスク因子であるという認識だけではなく、糖尿病発症のリスク因子である、という認識を持つこと、持続的な禁煙がその防止に効果的であることを認識することは、極めて重要なポイントです。また禁煙後しばらくは、体重増加や糖尿病リスクが上がることも含め、バランスのよい栄養摂取に留意し、禁煙生活が習慣化するまでは、自分の心がけに加え、家族の協力も得ながら、食事運動療法を比較的厳しくすることが必要でしょう。クリニックでの日常臨床において、患者さんやその家族に向き合って、主に糖尿病のかたを数多く診させていただいている医師としての立場からも、喫煙がきたす、様々な病気発症リスク、また治療経過中のリスク(喫煙による予後への悪影響)についても、正しくそのメカニズムを理解し、人々に伝えていく重要性をひしひしと感じています。

論文
Lancet Diabetes Endocrinol. 2015 Dec;3(12):958-67. doi: 10.1016/S2213-8587(15)00316-2. Epub 2015 Sep 18.
Relation of active, passive, and quitting smoking with incident type 2 diabetes: a systematic review and meta-analysis.

コメント
Lancet Diabetes Endocrinol. 2015 Dec;3(12):918-20. doi: 10.1016/S2213-8587(15)00341-1. Epub 2015 Sep 18.

Smoking and diabetes risk: building a causal case with clinical implications.