毛髪、爪、歯牙、汗腺の正常な成長を妨げ、免疫不全を発症することもある「外胚葉形成不全」は、非常に稀な遺伝性疾患です。中でも汗腺の形成不全を特徴とする代表的な疾患で、「X連鎖劣性遺伝性低汗性外胚葉形成不全(XLHED)」は、国内には、50-100人程度の患者さんがいると推定されています。
汗をかくことができず、体温調節の困難に至れば熱中症を起こしやすく、また皮膚は乾燥し、脂漏性湿疹を起こしやすく、目の周囲の皮膚の乾燥から色素沈着や皺壁を呈したり、歯牙の低形成や欠如から義歯を必要とするなど、他にもあらゆる合併症に注意していかなければなりません。一方で、その治療法は限られ、暑さを避け、保湿剤によって皮膚症状を和らげるなどの対処法しかないのが現状です。
さて、「X連鎖劣性遺伝性低汗症」は、エクトディスプラシンA(EDA)の機能欠失によって生じます。EDA遺伝子は、種を超えて存在し、EDA遺伝子を欠失させた変異マウスは、ヒトと酷似した特徴的な病態を呈することから、X連鎖劣性遺伝性低汗症の動物モデルとして用いられています。15年前には、スイスのシュナイダー博士らによって、EDA欠失マウスにリコンビナントEDAを静脈投与した結果、皮膚障害、歯芽形成異常などのほとんどの病態が消失することが確認され(1)、治療法確立に向け大きな一歩を踏み出しました。その後、EDA欠失マウスを用いて、出産直後の新生仔マウスにリコンビナント EDAを投与し、同様の効果を認めたことから、ヒトへの応用の可否を検討するために臨床試験が試みられました。残念ながら、10人の出産直後のXLHEDの子供(2日齢-14日齢)にリコンビナントEDAの投与が行われましたが、効果は認められませんでした。ヒトの臨床試験で、マウス同様の成果が得られなかったのは、胎児期の「汗腺形成の時期の違い」によるものではないか、すなわち、マウスの妊娠期間は20日と短く、汗腺形成は、出産近くまで始まらないが、ヒトでは、妊娠20-30週というかなり早い発達段階で形成される、といった発生時期の大きな差が注目されました。こうして「汗腺の形成時期に治療を開始すれば奏功する」という仮説を立て、今回、妊娠後、早期に治療が施行され、検証した結果、すばらしい結果が得られ、NEJMに論文発表されましたので報告したいと思います(2)。
<対象: 患者1、患者2>
XLHEDの家族歴がある38歳の妊婦が対象となりました。妊娠第22週に双子の胎児が、XLHEDに罹患している疑いがあるということで、ドイツ、エルランゲン大学のシュナイダー博士らに紹介されました。すでに生まれている長男は、生後、XLHEDを患い、汗腺が完全に消失し、EDAに変異を認めました(911A→G、Y304C)。この変異を有するEDAは、3量体を形成できないために細胞外に分泌されず、結果として、汗腺形成が誘導されないことがわかっています。母親は、この変異を持つヘテロ接合保因者でした。双子のエコー検査でも、またMRI検査でも、二人とも男子で、歯胚形成を認めませんでした。そのほかの異常所見は認めず、XLHEDに合致する所見と考えられました。
さて、羊水中にリコンビナントEDAを投与すれば、その羊水を飲み込んだ胎児の腸管を通して、リコンビナントEDAが吸収される可能性が高い、と仮説を立てました。また両親ともにリコンビナントEDA治療を強く望んでいることも踏まえ、大学倫理委員会によって、リコンビナントEDA治療が認可されました。
臨床試験では、これまでの臨床試験(出産後のXLHED患児のEDA治療)と同じ、リコンビナントEDAが使用され、妊娠第26週に羊水に投与されました。投与方法は、羊水穿刺で羊水15ccを取り除き、15ccの滅菌溶液中に胎児体重Kgあたり100mgのリコンビナントEDAを溶解し投与しました。羊水は総量500cc以上と見積もられました。過去に施行された妊娠した猿を用いた実験から、母体血では、羊水に投与したリコンビナントEDAの1%未満しか同定されないことが確認されていることから、母体への影響はないものと考えられました。
<リコンビナントEDAの投与>
2016年2月、妊娠第26週、リコンビナントEDAを投与後、胎児に異常を認めないこと、また母体血中にリコンビナントEDAが同定されないことが、確認されました。羊水穿刺検査の結果、EDAY304 C変異の存在を確定しました。妊娠31週には、羊水中にリコンビナントEDAが検出されず、2回目のリコンビナントEDAが投与されました。妊娠33週に帝王切開で出産しました。新生児の体重はそれぞれ1705gと1615gで、アプガールスコア(新生児の健康度を示すスコア)は生後10分後に9点と10点と良好な健康状態と診断されました。臍帯血中のリコンビナントEDAは62.4、932ng/mlと検出可能で、羊水から継続的にリコンビナントEDAが胎児に吸収されていることが確認されました。
汗管密度(足低部で測定)は、正常を示しました。6ヵ月後のピロカルピン誘発試験の結果、汗の量は正常を示しました。2度の夏を経験した生後22ヶ月時までに、高温エピソード、呼吸器系の病気、唾液腺の異常、入院加療のいずれも認めませんでした。またMRIの検査から、それぞれ10個と8個の歯牙があることがわかりました。
<対象:患者3>
XLHEDの男児の母。妊娠19週のエコー検査によって、胎児の歯牙がないことが判明し、妊娠26週に1回のみ投与されました(リコンビナントEDAの量不足により1回のみ投与)。羊水検査から胎児のV309GfsX8の変異が確定しました。妊娠39週で自然出産し、新生児の10分後のアプガールスコアは10点と健常を示し、体重は3460gでした。足底汗管数は、左右で1778と1822で、正常よりもやや少ない値でした。MRI検査によって9つの歯牙を認め、涙腺の数は正常値を示しました。
<コメント>
妊婦健診の超音波検査及び精査によって診断が可能となった「X連鎖劣性遺伝性低汗症」の治療の可能性が広がったといえる、喜ばしい結果に言葉を失いました。もちろん、対象者は2人の妊婦と3人の胎児、しかも生後14ヶ月から22ヶ月という短期の観察期間という弱点はあるものの、母体への投与薬剤の移行がないこと、羊水に投与した薬剤が継続的に胎児に取り込まれ、かつ機能していることが確認され、この疾患の遺伝子の保有者、その家族、そしてともに向き合う医療者にとっても一筋の光明が差し込んだとも言える論文だと感心するところです。
昨今、「新型出生前検査」によって、妊婦の血液検査で、胎児の染色体異常が高精度で判明可能になりました。しかし、その一方で染色体異常が発見された胎児の命の選別の可否が議論されています。高度医療の発展は、生命の倫理についての議論が不可欠です。今回の結果は、検査精度の発展によって、早期に胎児の遺伝子異常及び病態を把握することによって、早期治療の可能性を広げられることを証明するものだ、と感じています。
文献
1) Gaide, O., & Schneider, P. (2003). Permanent correction of an inherited ectodermal dysplasia with recombinant EDA. Nature medicine, 9(5), 614.
2) Schneider, H., Faschingbauer, F., Schuepbach-Mallepell, S., Körber, I., Wohlfart, S., Dick, A., ... & Tannert, C. (2018). Prenatal Correction of X-Linked Hypohidrotic Ectodermal Dysplasia. New England Journal of Medicine, 378(17), 1604-1610.