2018/05/20

愛し野塾 第171回 女性糖尿病の心血管死に与えるリスク解析




我が国では、糖尿病の疑いのある人は1000万人を超え最多記録を更新しています(2016年の国民健康・栄養調査)。もはや糖尿病は「国民病」と言っても過言ではなく、糖尿病が及ぼす寿命に与える影響を調査した結果、2001年から10年間の糖尿病患者さんの平均年齢は、男性が71.4歳、女性が75.1歳で、一般日本人寿命と比較すると、男性で、10.3歳、女性で13.9歳も短く、女性は糖尿病の影響がより強く出ることがわかりました。またこの理由のひとつとして「心血管病リスク」が女性でより高くなる可能性が指摘されています。
米国では、心臓血管病による女性の死亡リスクが男性よりも高いことから「Go RED」運動が展開され、中でも糖尿病を有する女性に認められる高い心臓血管病リスク(文献1)について注目されています。これまでの研究から、男性に比べて女性の糖尿病患者は「心血管疾患のリスク因子が多いこと、いったん冠動脈疾患を発症すると重篤になりやすいこと、エビデンスに基づく治療が十分に行われていないこと」が、心血管病リスクが高くなる理由として挙げられてきました。さらに閉経後のホルモンバランスの不調、早期閉経、適正ではない治療目標、非定型的な症状(無痛性心筋虚血)の頻度が高いことなども挙げられています。しかし、こういった理由を特定するには、データが不十分であること、高血圧や高コレステロール血症などの交絡因子による補正が必ずしも可能ではないこと、2016年に発表されたメキシコの研究(文献2)では、糖尿病の死亡に与える影響に男女差を認めなかったこと、などから、「女性の糖尿病患者における心血管病による死亡リスクの増大」を証明するには、適正なエビデンスが揃わず、女性に特化した治療開発には至っていないのが現状です。今回、この仮説について証明するために、100万人規模のコホートを対象にメタ解析が行われ、ランセットに発表(文献3)にされましたので、解説を試みます。
<対象>
試験登録時のデータは、1949年から1997年の間で、経過観察は、1985年から2002年の間に行われました。メタ解析対象となった研究は、死亡に関するデータが35歳から89歳までの間に得られていること、糖尿病の血液データ、性別、喫煙の有無、血圧、総コレステロール、身長、体重のデータがあることが条件として検索され、その結果、68本の前向き研究(いずれも、「前向き研究コラボレーション」と「アジア大西洋コホート研究コラボレーション」のデータを使った研究)が対象となりました。
糖尿病の診断は、空腹時血糖が126mg/dl以上、1型、2型の区別はつけず、医師の判断によって行われました。アウトカムは、死亡診断書の病名とし、ICD−9の病名記載に従い、コード390-459、798に該当するものを「閉塞性血管疾患」としました。
<結果>
98万793人が対象となり、そのうち男性は、56万8525人(58%)、女性は41万2268人(42%)でした。対象国は、19カ国に及び、西および中央ヨーロッパ諸国が52.6%、東南アジア諸国が27.7%、北アメリカ諸国が12.2%、オーストラリアが7.2%を占めました。
試験登録時の平均年齢は46歳で、閉塞性血管疾患による死亡は19686人(死亡時平均年齢は66歳)でした。試験登録時の糖尿病患者は全体の4.3%で、それぞれ男性全体の5.0%、女性全体の3.4%でした。糖尿病の罹患率は、年齢とともに増大し、40歳時に、男性の2.1%、女性の1.4%で、70歳時に、男性の8.9%、女性の6.0%が糖尿病と診断されました。
糖尿病の罹患率は、BMI、収縮期血圧(BMI補正)、全コレステロール(BMI補正)増加に伴い上昇し、HDL増加に伴い減少しました。
9800万人・年の経過観察中、35-89歳の対象者のうち、76765人の死亡があり、閉塞性血管疾患による死亡は25.6%でした。このうち91%は虚血性心疾患による死亡、7.6%が虚血性脳血管障害による死亡でした。また、糖尿病を有する症例では、非糖尿病症例に比べて、RR=2.30で、2倍以上のリスク増加を認め、特に女性(RR=3.00)は、男性(RR=2.10)よりもリスクが高いことがわかりました。若年者に高い死亡率を認め(年齢に伴う死亡トレンドはP=0.0001の有意差あり)、35-59歳の女性の死亡リスクは、5.55倍に達しました。
一方で、がんの相対死亡リスクは、1.17倍に留まり、閉塞性血管疾患に対するリスク増加よりも有意に低く、男女差もないことがわかりました。
結果を総合すると、糖尿病女性の死亡リスク増加の主たる死因は心血管病である可能性が高いこと、また絶対値としては、糖尿病男性のほうが、糖尿病女性に比べて血管死リスクが高いものの、非糖尿病女性の死亡リスクが最も低いことから、糖尿病の死亡に与える「相対リスク」は、結果として女性のほうが男性よりも大きくなることもわかりました。
心血管病死に与える、「血圧、コレステロール、BMI」の影響は、糖尿病の有無に関わらず、対数線形的に増えることがわかりました。このため、糖尿病女性が、糖尿病男性に比較して、心血管病リスクが増大するのは、これらのリスク因子による違いを介したものではないと考えられました。
<コメント>
今回の研究から、「心血管病予防効果」の観点から「女性」は、男性に比較して優位である一方で、女性は糖尿病に罹患すると、年齢が若いほど、その予防効果が著しく相殺されることがわかりました。また、これまで提唱されてきた「糖尿病によるがんの発症リスクの増大」は、「糖尿病患者のがんによる死亡リスク上昇」に直接結びつくものではないことがわかりました。
さらに、本研究で得られた知見は、肥満、高血圧、高コレステロールといった心血管病のリスク因子を介した効果ではなく、未知のメカニズムを介することがわかりました。今後は、「女性の糖尿病患者における心血管病発症を誘発させるメカニズムの解明」に期待がかかります。考察で、性ホルモン、炎症の関与について研究を展開するべき、と主張している通り、今後の研究の発展が期待されます。
一方で、この論文に対し、交絡因子に、「心不全」が考慮されていなかったことが、指摘されています。女性は心不全を発症しやすいという観点から検討が必要でしょう。また、調査対象には、かなり古いデータが含まれ、現在の女性糖尿病の病態を表していない可能性についても指摘されています。1型と2型の糖尿病を分離して解析されていないことも論点を弱くしていると言わざるをえません。 女性糖尿病の治療に際し、子癇前症、妊娠糖尿病の既往、早期閉経、心血管病の家族歴を有するケースでは、特に心血管病の発症に気をつけなければならない、ということはいうまでもありませんが、エディトリアルで指摘されている、女性特有の狭心症の症状に注目するべきである、との意見は強く同意するところです。特に、「疲労、吐き気、動悸、息切れ」の訴えがある症例では、低血糖の疑いに限らず、狭心症をも疑うことが重要ではないでしょうか。狭心症は、「疑ってなんぼ」という病気です。胸を締め付ける胸痛があれば、診断に至るのは難しいことではないでしょうが、非典型的な症状が主たる症状である女性糖尿病患者の診察には気をつけなければなりません。狭心症は、診断さえつけば直すことができます。幾つかの不満足な事項はある一方で、臨床医としてつくづく再認識させられた研究論文でした。
文献1. Mosca, L., Hammond, G., Mochari-Greenberger, H., Towfighi, A., & Albert, M. A. (2013). Fifteen-year trends in awareness of heart disease in women: results of a 2012 American Heart Association national survey. Circulation, 2013 Mar 19;127(11):1254-63, e1-29. doi: 10.1161/CIR.0b013e318287cf2f. Epub 2013 Feb 19.
文献2. Alegre-Díaz, J., Herrington, W., López-Cervantes, M., Gnatiuc, L., Ramirez, R., Hill, M., ... & Whitlock, G. (2016). Diabetes and cause-specific mortality in Mexico City. New England Journal of Medicine, 375(20), 1961-1971.
文献3. Prospective Studies Collaboration, & Asia Pacific Cohort Studies Collaboration. (2018). Sex-specific relevance of diabetes to occlusive vascular and other mortality: a collaborative meta-analysis of individual data from 980 793 adults from 68 prospective studies. The Lancet Diabetes & Endocrinology. 2018 May 8. pii: S2213-8587(18)30079-2. doi: 10.1016/S2213-8587(18)30079-2. [Epub ahead of print]
文献4.Diabetes and cardiovascular mortality: the impact of sex.
Norhammar A. Lancet Diabetes Endocrinol. 2018 May 8. pii: S2213-8587(18)30111-6. doi: 10.1016/S2213-8587(18)30111-6. [Epub ahead of print] No abstract available.

2018/05/13

愛し野塾 第170回 「X連鎖劣性遺伝性低汗症」羊水治療への期待


毛髪、爪、歯牙、汗腺の正常な成長を妨げ、免疫不全を発症することもある「外胚葉形成不全」は、非常に稀な遺伝性疾患です。中でも汗腺の形成不全を特徴とする代表的な疾患で、「X連鎖劣性遺伝性低汗性外胚葉形成不全(XLHED)」は、国内には、50-100人程度の患者さんがいると推定されています。
汗をかくことができず、体温調節の困難に至れば熱中症を起こしやすく、また皮膚は乾燥し、脂漏性湿疹を起こしやすく、目の周囲の皮膚の乾燥から色素沈着や皺壁を呈したり、歯牙の低形成や欠如から義歯を必要とするなど、他にもあらゆる合併症に注意していかなければなりません。一方で、その治療法は限られ、暑さを避け、保湿剤によって皮膚症状を和らげるなどの対処法しかないのが現状です。
さて、「X連鎖劣性遺伝性低汗症」は、エクトディスプラシンA(EDA)の機能欠失によって生じます。EDA遺伝子は、種を超えて存在し、EDA遺伝子を欠失させた変異マウスは、ヒトと酷似した特徴的な病態を呈することから、X連鎖劣性遺伝性低汗症の動物モデルとして用いられています。15年前には、スイスのシュナイダー博士らによって、EDA欠失マウスにリコンビナントEDAを静脈投与した結果、皮膚障害、歯芽形成異常などのほとんどの病態が消失することが確認され(1)、治療法確立に向け大きな一歩を踏み出しました。その後、EDA欠失マウスを用いて、出産直後の新生仔マウスにリコンビナント EDAを投与し、同様の効果を認めたことから、ヒトへの応用の可否を検討するために臨床試験が試みられました。残念ながら、10人の出産直後のXLHEDの子供(2日齢-14日齢)にリコンビナントEDAの投与が行われましたが、効果は認められませんでした。ヒトの臨床試験で、マウス同様の成果が得られなかったのは、胎児期の「汗腺形成の時期の違い」によるものではないか、すなわち、マウスの妊娠期間は20日と短く、汗腺形成は、出産近くまで始まらないが、ヒトでは、妊娠20-30週というかなり早い発達段階で形成される、といった発生時期の大きな差が注目されました。こうして「汗腺の形成時期に治療を開始すれば奏功する」という仮説を立て、今回、妊娠後、早期に治療が施行され、検証した結果、すばらしい結果が得られ、NEJMに論文発表されましたので報告したいと思います(2)。
<対象: 患者1、患者2>
XLHEDの家族歴がある38歳の妊婦が対象となりました。妊娠第22週に双子の胎児が、XLHEDに罹患している疑いがあるということで、ドイツ、エルランゲン大学のシュナイダー博士らに紹介されました。すでに生まれている長男は、生後、XLHEDを患い、汗腺が完全に消失し、EDAに変異を認めました(911A→G、Y304C)。この変異を有するEDAは、3量体を形成できないために細胞外に分泌されず、結果として、汗腺形成が誘導されないことがわかっています。母親は、この変異を持つヘテロ接合保因者でした。双子のエコー検査でも、またMRI検査でも、二人とも男子で、歯胚形成を認めませんでした。そのほかの異常所見は認めず、XLHEDに合致する所見と考えられました。
さて、羊水中にリコンビナントEDAを投与すれば、その羊水を飲み込んだ胎児の腸管を通して、リコンビナントEDAが吸収される可能性が高い、と仮説を立てました。また両親ともにリコンビナントEDA治療を強く望んでいることも踏まえ、大学倫理委員会によって、リコンビナントEDA治療が認可されました。
臨床試験では、これまでの臨床試験(出産後のXLHED患児のEDA治療)と同じ、リコンビナントEDAが使用され、妊娠第26週に羊水に投与されました。投与方法は、羊水穿刺で羊水15ccを取り除き、15ccの滅菌溶液中に胎児体重Kgあたり100mgのリコンビナントEDAを溶解し投与しました。羊水は総量500cc以上と見積もられました。過去に施行された妊娠した猿を用いた実験から、母体血では、羊水に投与したリコンビナントEDAの1%未満しか同定されないことが確認されていることから、母体への影響はないものと考えられました。
<リコンビナントEDAの投与>
2016年2月、妊娠第26週、リコンビナントEDAを投与後、胎児に異常を認めないこと、また母体血中にリコンビナントEDAが同定されないことが、確認されました。羊水穿刺検査の結果、EDAY304 C変異の存在を確定しました。妊娠31週には、羊水中にリコンビナントEDAが検出されず、2回目のリコンビナントEDAが投与されました。妊娠33週に帝王切開で出産しました。新生児の体重はそれぞれ1705gと1615gで、アプガールスコア(新生児の健康度を示すスコア)は生後10分後に9点と10点と良好な健康状態と診断されました。臍帯血中のリコンビナントEDAは62.4、932ng/mlと検出可能で、羊水から継続的にリコンビナントEDAが胎児に吸収されていることが確認されました。
汗管密度(足低部で測定)は、正常を示しました。6ヵ月後のピロカルピン誘発試験の結果、汗の量は正常を示しました。2度の夏を経験した生後22ヶ月時までに、高温エピソード、呼吸器系の病気、唾液腺の異常、入院加療のいずれも認めませんでした。またMRIの検査から、それぞれ10個と8個の歯牙があることがわかりました。
<対象:患者3>
XLHEDの男児の母。妊娠19週のエコー検査によって、胎児の歯牙がないことが判明し、妊娠26週に1回のみ投与されました(リコンビナントEDAの量不足により1回のみ投与)。羊水検査から胎児のV309GfsX8の変異が確定しました。妊娠39週で自然出産し、新生児の10分後のアプガールスコアは10点と健常を示し、体重は3460gでした。足底汗管数は、左右で1778と1822で、正常よりもやや少ない値でした。MRI検査によって9つの歯牙を認め、涙腺の数は正常値を示しました。
<コメント>
妊婦健診の超音波検査及び精査によって診断が可能となった「X連鎖劣性遺伝性低汗症」の治療の可能性が広がったといえる、喜ばしい結果に言葉を失いました。もちろん、対象者は2人の妊婦と3人の胎児、しかも生後14ヶ月から22ヶ月という短期の観察期間という弱点はあるものの、母体への投与薬剤の移行がないこと、羊水に投与した薬剤が継続的に胎児に取り込まれ、かつ機能していることが確認され、この疾患の遺伝子の保有者、その家族、そしてともに向き合う医療者にとっても一筋の光明が差し込んだとも言える論文だと感心するところです。
昨今、「新型出生前検査」によって、妊婦の血液検査で、胎児の染色体異常が高精度で判明可能になりました。しかし、その一方で染色体異常が発見された胎児の命の選別の可否が議論されています。高度医療の発展は、生命の倫理についての議論が不可欠です。今回の結果は、検査精度の発展によって、早期に胎児の遺伝子異常及び病態を把握することによって、早期治療の可能性を広げられることを証明するものだ、と感じています。
文献
1) Gaide, O., & Schneider, P. (2003). Permanent correction of an inherited ectodermal dysplasia with recombinant EDA. Nature medicine, 9(5), 614.
2) Schneider, H., Faschingbauer, F., Schuepbach-Mallepell, S., Körber, I., Wohlfart, S., Dick, A., ... & Tannert, C. (2018). Prenatal Correction of X-Linked Hypohidrotic Ectodermal Dysplasia. New England Journal of Medicine, 378(17), 1604-1610.


2018/05/08

愛し野塾 第169回 外来血圧測定と24時間血圧測定の与える影響の違い



日本の高血圧患者数は、約4300万人に達し、「高血圧症」は今や「国民病」と呼ばれてもいたしかたない生活習慣病です。血圧が上がる主な原因には、塩分の取りすぎ、生野菜、果物の摂取不足、運動不足、ストレス過多、過剰なアルコール摂取量、太りすぎ、睡眠時無呼吸症候群などが挙げられます。生活習慣の適正化によって、血圧はコントロール可能であると考えられていますが、言うは易し行うは難し、ですね。漬物の達人から、当地の野菜づくしのお漬物をいただいたら、味見といいながらもすべて平らげるでしょうし、美味しくて安いインスタントラーメンがコンビニに並んで、かつお湯まで用意されていれば、ついつい買って食べてしまうでしょう。出歩かなくとも、インターネットにアクセスすれば好奇心を満たす情報をゲットできるし、スマホ中心のセダンタリーな生活習慣も老若男女、常態化しています。仕事の後、CMをみれば、アルコール飲料を魅力的な役者さんがおいしそうに飲んでいます。水よりもお酒・・・に手が出てしまいます。適度な運動を取り入れた正しい食生活を送るのは、高い志とそれを維持する決意が必要です。
困ったことに、血圧上昇が続くと、動脈硬化が進み、心筋梗塞、狭心症に代表される心血管病の発症頻度が高まり、死亡率も上がります。血圧管理をするには、もはや生活習慣を変えるだけでは効果を認めづらく、薬物療法を考慮するかたも増える中、家庭での自己血圧測定を中心とした「家庭血圧の重視」が示されています。一方で病院で測る外来血圧と家庭血圧は、様々な理由から計測値が食い違っていることも多く、患者さんの混乱を招いているケースが少なくないことも事実です。また、どちらの血圧測定値が、実際の死亡リスクや心血管病発症リスクの指標としてより反映されるのかも、いまだ判然としないのも混乱を招く所以です。
今回、これら2つの問題解決に取り組んだ、大規模研究がスペインで行われ、その結果が、医学誌NEJMに発表になりましたので、取り上げたいと思います(1)。本研究では、家庭血圧の代替法として、より厳格に血圧管理に有用な24時間血圧測定(ABPM)が用いられました。
ABPMは、文字通り24時間、体に装置を取り付けて血圧を測定する方法ですが、ABPMによって、夜間は昼間にくらべて血圧が低いことがわかり、血圧評価の研究に大きく貢献しました。また、外来での血圧測定では正常でも、ABPMによる血圧が高い「仮面高血圧」の患者さん、逆にABPMで正常血圧を示すものの、外来血圧だけ高い「白衣高血圧」の患者さん存在も検出されました。携帯式のABPM測定装置の重さは、1980年代は、2.3Kg もあり、装着を嫌うかたも多かったのですが、最新式のものは、わずか0.45Kg。多くのひとに受け入れられるようになりました。
<対象>
2004年から2014年の間に登録したスペインの63,910人を対象とし、4.7年の観察期間が設けられました。「持続高血圧」の定義は、外来血圧とABPMがともに高値であること、「白衣高血圧」は、外来血圧は高値を示すが、ABPMでは正常であること、「仮面高血圧」として、外来では、正常で、ABPMは高いこと、「正常血圧」は、外来、ABPMともに正常であることと定義されました。
<結果>
対象者の平均年齢は、58.4歳、男性が58%を占めました。平均の外来血圧は、147.9mmHg/86.7mmHg、ABPMの平均値は、129.2mmHg/76.5mmHgでした。
登録された対象者の血圧による分類では、正常血圧:6.6%、コントロールされている高血圧:10.5%のかた、治療を受けていない白衣高血圧:10.4%、治療を受けている白衣高血圧:17.3%のかた、治療を受けていない仮面高血圧:3.6%のかた、治療を受けている仮面高血圧:4.8%のかた、治療を受けていない持続する高血圧:19.6%、治療を受けている持続する高血圧:27.2%でした。
4.7年の経過観察期間中、死亡数3,808人、そのうちの1295人が心血管病に起因し、内訳は、440人が虚血性心疾患、291人が脳卒中、123人が心不全でした。
外来血圧とABPMの間に、中程度の相関を認め、収縮期血圧のイントラクラス相関係数は、0.57(P<0.001)、拡張期血圧の場合、0.70(P<0.001)でした。両者を、心血管病リスク因子で補正すると、全死亡、心血管死ともに、特に収縮期血圧で、相関を認めました。外来収縮期血圧の全死亡に対する予測能は、補正をABPM収縮期血圧でさらに行うと消失することがわかりました(HRが1.54から1.02に低下)。しかし、ABPM収縮期血圧は、外来血圧値での補正によっても、全死亡の予測能は変わらないことがわかりました(HRが1.58が1.58と同値)。
最初に外来血圧のデータを取り込み作成したアウトカムモデルに、後からABPMのデータを入れると、死亡予測能は有意な改善を認めましたが、最初にABPMのデータを取りいれたアウトカムモデルでは、後から外来血圧のデータをいれても、死亡予測能は改善されませんでした。
得られた結果は、年齢、性別、肥満、糖尿病、心血管病、降圧剤の種類による補正でもほぼ変わりありませんでした。「虚血性心疾患、脳卒中、心不全に起因する死亡」と「ABPM収縮期血圧」との関係は、「外来収縮期血圧」との相関に比較して、より強い相関を認めました。
「全死亡」と最も高い相関を認めたのは、持続高血圧のHR1.80、白衣高血圧の1.79よりも高い2.83というHRを示した「仮面高血圧」でした。また、仮面高血圧のうち、コントロール不良の症例では、良好の場合に比べて全死亡のHRは2.61、心血管病のHRは2.48と高い値を示しました。
全体の27%が白衣高血圧でした。降圧剤による治療について、不使用が10%、17%は使用し、前者は、ABPM、外来血圧ともに正常者に比較して死亡リスクが2倍増加していました。しかし、使用症例の死亡リスクは、増加を認めませんでした。
仮面高血圧のうち、治療を受けていない人は全体の4%で、治療を受けている人は全体の5%でした。両者ともに、外来、ABPMともに高血圧を示す群に比べて死亡のHRが高いとわかりました。
<コメント>
今回の大規模研究の結果によって、外来収縮期血圧ではなく、「ABPMで計測した収縮期血圧の方が、全死亡、心血管死を予測する因子として重要である」ということが明確に示されました。改めてABPMが高く評価され、ABPMによる血圧測定をますます充実させていくためにより軽量で安価な装置の開発が望まれます。またABPMの一層の普及が成功するまでは、家庭血圧によって代用されていくことになるでしょう。家庭血圧についてのより適切な指導も大切な課題でしょう。
また、従来より仮面高血圧の危険性は指摘されていましたが、持続高血圧よりも全死亡に対するリスクが高いことが明確になったことは驚きでした。仮面高血圧は、診断までに時間を要することもあり、発見時には動脈硬化が進んでしまっている恐れがある、といった議論もありますので、今後、証拠に基づいた解明が必要でしょう。まずは、クリニックで血圧が低いから安心・・・ではなく、血圧はセルフチェックすべきもの、という意識改革が必要だと思います。
さらなる驚きは、「白衣高血圧」が「持続高血圧」と同じレベルの全死亡予測因子であることが判明したことです。従来、白衣高血圧は、正常血圧に対してわずかな死亡リスクの上昇効果しかないと考えられていましたが、本研究によって平均血圧が、ABPMの119.9/79.9が、外来血圧の116.6/70.6より有意に高く(p<0.001)、死亡リスクの上昇に寄与したのではないかと考えられていますが、より一層の研究進展を期待したいところです。
研究の弱点は、外来血圧の条件を2度の測定の平均値としていることから、過大評価の懸念があることが指摘されています。血圧は測定回数とともに低下することが知られているためです。また、ABPMは一度しか施行していないかたが多く、再現性の観点から批判されるところでしょう。またABPMを一度しかしていないひとについての処方内容も不明でした。こうした弱点を克服するために、より厳格な研究が期待されます。
長期かつ大規模な研究から、外来血圧の管理の限界が明らかとなり、家庭で計る血圧の重要性が再認識されたと感じるところです。家庭血圧は、測定の起床後1時間以内、就寝直前、できるだけ同じ環境で測定することがポイントです。 元気なうちから、健康のバロメーターとして習慣づけることをお勧めします。
文献
(1)N Engl J Med. 2018 Apr 19;378(16):1509-1520. doi: 10.1056/NEJMoa1712231.
Relationship between Clinic and Ambulatory Blood-Pressure Measurements and Mortality. Banegas JR1, Ruilope LM1, de la Sierra A1, Vinyoles E1, Gorostidi M1, de la Cruz JJ1, Ruiz-Hurtado G1, Segura J1, Rodríguez-Artalejo F1, Williams B1.

愛し野塾 第168回 高齢者の血糖管理値


高齢化社会の進展の一方で、「高齢糖尿病患者数」は、著しく増加しています。高齢ゆえに糖尿病の患者さんには、「腎機能、及び肝機能の低下」といった症例が多く、「薬物の代謝遅延に伴う重症低血糖を引き起こしやすい」といった問題も抱えています。重症の低血糖は、認知機能の低下や心血管イベントリスクを増大させるだけでなく、日常生活動作レベルの低下、死亡率の上昇に直結する恐れがあります。もちろん、高血糖が身体に与える悪影響についてはいうまでもなく、適正な血糖管理は大変重要です。近年、高齢者の糖尿病の血糖コントロール目標は、「年齢、認知機能、身体機能、併発疾患、重症低血糖のリスク、余命」などを考慮して、個別に設定することが重要視されるようになりました。まさに理にかなったことだと思います。
しかし、これまでのところ、高齢糖尿病患者の血糖管理値と死亡率に関する疫学調査を厳格に行った研究は少なく、エビデンスをもとにした最適な血糖値は曖昧なままでした。保険のデータベース(1)から、最小の死亡率を示すのは、HbA1c 6-9%である事。6%未満、及び11%以上の死亡率が高い事。総合的に、HbA1cの管理値は下限6%、上限8%が好ましい」と報告されています。最近では「血糖の変動が身体に与える悪影響」を示した研究が話題となり(2)、2型糖尿病では、HbA1cの変動が大きくなると、腎症、大血管障害、皮膚潰瘍、心血管病、死亡リスクが上がることが示唆され、高齢糖尿病患者に及ぼす血糖変動の影響について、調査の必要性が求められてきました。今回ランセットに高齢者の適正血糖値と、HbA1cの変動がもたらすリスクについてまとめられましたので、解説を試みます。
<対象>
「平均HbA1c」と「HbA1c変動」が、全死亡に与える影響を明らかにするために、5年間の後ろ向き研究が行われました。糖尿病罹病期間、性別、治療法(経口剤かインスリン注射か)、血圧、脂質、ポリファーマシー、社会地理要因が考慮されました。
データソースには、ヘルス・インプルーブメント・データセット(THIN)を用い、イギリスの開業医587人の有するデータが分析対象となりました。2007年1月1日の時点で、糖尿病と診断された後、6ヶ月以上経過している70歳以上の症例が対象となりました。1型、2型糖尿病の両症例を含み、少なくとも90%は2型糖尿病と推測されました。
3つのモデルが採用され、モデル1では、平均HbA1cは、2003年、2004年、2005年、2006年のそれぞれの年の平均HbA1cの平均値が用いられ、モデル2では、平均HbA1cは、2003年から、患者の死亡時まで、あるいは、観察期間の最後まで、の毎年の平均の平均が用いられ、モデル3では、2003年からの最新の年次の平均HbA1cとし、時間変動モデルが採用されました。
「HbA1c変動係数」は、連続した年でのHbA1cの差が0.5%以上の場合を1とカウントし、100倍することでスコア化しました。例えば、6.7%、7.0%、7.8%、7.4%、8.0%、7.9%と6年の連続データが得られた場合、0.5%以上の差があるのは、2回のためスコアは、100X2 /5となります。
<結果>
対象者は54,803人(女性28,017人、男性26,786人)で男女比はほぼ同等、女性の平均年齢は79歳、男性は77.49歳でした。観察期間中に死亡したのは、女性の30.7%、男性の33.8%、糖尿病罹病期間は、女性8.48年、男性9.09年でした。ベースラインの平均HbA1cは、女性7.23%、男性7.22%でした。2003年から2006年の「HbA1c変動係数」は、女性43.46、男性44.07でした。ベースラインで、HbA1c変動係数が80以上を示したのは、6.6%でした。
<生存率との相関>
HbA1cの値は、モデル1-3で男女共に同様の分布を認めました。HbA1cが8.0%以上の割合は、モデル1で女性20.3%、男性18.5%で、モデル2では、それぞれ19.0%と18.5%でした。HbA1cが8.0%以上では、死亡率は、男女ともにHbA1c値依存性に増加しました。6%未満でも死亡率の増加を認め、高くてもまた低すぎても死亡率が上昇することを示す、Jカーブを描くことがわかりました。ただし、モデル1の男性のHbA1cが8.0%から8.5%までは有意差を示さず、モデル1とモデル3では、HbA1cが6.0%未満で有意差を認めませんでした。
一方、すべてのモデルで、HbA1cの変動係数と死亡率との間に、男女とも負の相関がありました。モデル2で変動係数が80から100の高値群では、0から20の低値群に比べて、死亡リスクが男性で2.21倍、女性で2.47倍に増加していました。平均HbA1cモデルと血糖変異の2つのパラメーターを統合した場合、リスク分布が変わり、モデル2では、死亡リスク増大は、女性でHbA1c,9.5%以上、男性で、9%以上のみとなりました。
<コメント>
HbA1cの値が、7.0-7.4%の範囲にコントロールされている症例群が、男女とももっとも生存率が高いことが示され、この辺りをHbA1cの目標にすれば良いことが示されました。糖尿病予防及び治療には、食事療法と運動療法が基本となりますが、薬物による治療では、下げすぎ(治療強化)には十分な注意が必要で、6.0%以下にはさげないことが肝要でしょう。また、男女共、血糖変動が大きくなるに伴った死亡率の上昇を認めたことから、血糖値の変動を最小限にし、生活習慣の改善を徐々に実現していくことも必要であることがわかりました。一方で、生活改善のポイントである「栄養状態の変化」、「運動量の変化」もまた、血糖変動に大きく影響する因子ですから、普段から栄養のバランス、摂取量、また運動量が、同じレベルに、習慣的に行われ、維持される生活ができているのか、をチェックし総合的な管理の必要性があることが浮き彫りになりました。
「フレイル」と呼ばれる指標が、しばしば高齢者の健康評価に用いられます。(フレイル:加齢に伴う様々な機能変化や予備能力 低下によって健康障害に対する脆弱性が増加した状態)「体重減少、主観的疲労感、日常生活活動量の減少、歩行速度の減弱、握力低下」などの脆弱性を示す主たるフレイルの因子が、血糖変動に与える影響も危惧されており、血糖変動が大きい場合には、フレイルの関与がないかどうか、介入が必要かどうかも検討するべきかもしれません。また、「HbA1c6.0%未満」という因子もフレイルを表す指標になるかもしれない、との指摘もあり今後の議論が注目されるところです。いずれにせよ、医師は、血糖コントロールに当たって「できるだけ、穏やかな血糖の上げ下げを伴う血糖管理を進めること、また、血糖の変動の少ない、安定性を目的とした治療法を最大限に考えること」が必要となるでしょう。
この研究では高齢者の脆弱性を示す「フレイルの指標」との比較検討がなくこれは批判される点でしょう。今後イギリスでは、フレイル指標も採用される予定になっていますので、研究の意義が増すと思います。また、分析にあたり1型と2型糖尿病を分類しなかったこと、血糖データがなかったことについても問題視されています。より厳密なデータ採取によって、解釈も深まるでしょう。これら問題点が将来的に是正されることを期待します。
高齢者の糖尿病・血糖値の管理には、高血糖への心配だけではなく、むしろ血糖の下げすぎに警戒すること、フレイルの低下に伴って認められる、体重減少、筋力減少、活動量減少などを見逃さず、本人、家族、介護者へに向けて、慎重に個体差に応じた生活指導、並びに意識喚起を行うことが、ポイントだと考えるところです。
文献1 Huang, E. S., Liu, J. Y., Moffet, H. H., John, P. M., & Karter, A. J. (2011). Glycemic control, complications, and death in older diabetic patients. Diabetes care, DC_102377.
文献2 Gorst, C., Kwok, C. S., Aslam, S., Buchan, I., Kontopantelis, E., Myint, P. K., ... & Mamas, M. A. (2015). Long-term glycemic variability and risk of adverse outcomes: a systematic review and meta-analysis. Diabetes Care, 38(12), 2354-2369.
文献3  Forbes, Angus, et al. "Mean HbA 1c, HbA 1c variability, and mortality in people with diabetes aged 70 years and older: a retrospective cohort study." The Lancet Diabetes & Endocrinology (2018).
Published Online April 16