我が国では、糖尿病の疑いのある人は1000万人を超え最多記録を更新しています(2016年の国民健康・栄養調査)。もはや糖尿病は「国民病」と言っても過言ではなく、糖尿病が及ぼす寿命に与える影響を調査した結果、2001年から10年間の糖尿病患者さんの平均年齢は、男性が71.4歳、女性が75.1歳で、一般日本人寿命と比較すると、男性で、10.3歳、女性で13.9歳も短く、女性は糖尿病の影響がより強く出ることがわかりました。またこの理由のひとつとして「心血管病リスク」が女性でより高くなる可能性が指摘されています。
米国では、心臓血管病による女性の死亡リスクが男性よりも高いことから「Go RED」運動が展開され、中でも糖尿病を有する女性に認められる高い心臓血管病リスク(文献1)について注目されています。これまでの研究から、男性に比べて女性の糖尿病患者は「心血管疾患のリスク因子が多いこと、いったん冠動脈疾患を発症すると重篤になりやすいこと、エビデンスに基づく治療が十分に行われていないこと」が、心血管病リスクが高くなる理由として挙げられてきました。さらに閉経後のホルモンバランスの不調、早期閉経、適正ではない治療目標、非定型的な症状(無痛性心筋虚血)の頻度が高いことなども挙げられています。しかし、こういった理由を特定するには、データが不十分であること、高血圧や高コレステロール血症などの交絡因子による補正が必ずしも可能ではないこと、2016年に発表されたメキシコの研究(文献2)では、糖尿病の死亡に与える影響に男女差を認めなかったこと、などから、「女性の糖尿病患者における心血管病による死亡リスクの増大」を証明するには、適正なエビデンスが揃わず、女性に特化した治療開発には至っていないのが現状です。今回、この仮説について証明するために、100万人規模のコホートを対象にメタ解析が行われ、ランセットに発表(文献3)にされましたので、解説を試みます。
<対象>
試験登録時のデータは、1949年から1997年の間で、経過観察は、1985年から2002年の間に行われました。メタ解析対象となった研究は、死亡に関するデータが35歳から89歳までの間に得られていること、糖尿病の血液データ、性別、喫煙の有無、血圧、総コレステロール、身長、体重のデータがあることが条件として検索され、その結果、68本の前向き研究(いずれも、「前向き研究コラボレーション」と「アジア大西洋コホート研究コラボレーション」のデータを使った研究)が対象となりました。
糖尿病の診断は、空腹時血糖が126mg/dl以上、1型、2型の区別はつけず、医師の判断によって行われました。アウトカムは、死亡診断書の病名とし、ICD−9の病名記載に従い、コード390-459、798に該当するものを「閉塞性血管疾患」としました。
<結果>
98万793人が対象となり、そのうち男性は、56万8525人(58%)、女性は41万2268人(42%)でした。対象国は、19カ国に及び、西および中央ヨーロッパ諸国が52.6%、東南アジア諸国が27.7%、北アメリカ諸国が12.2%、オーストラリアが7.2%を占めました。
試験登録時の平均年齢は46歳で、閉塞性血管疾患による死亡は19686人(死亡時平均年齢は66歳)でした。試験登録時の糖尿病患者は全体の4.3%で、それぞれ男性全体の5.0%、女性全体の3.4%でした。糖尿病の罹患率は、年齢とともに増大し、40歳時に、男性の2.1%、女性の1.4%で、70歳時に、男性の8.9%、女性の6.0%が糖尿病と診断されました。
糖尿病の罹患率は、BMI、収縮期血圧(BMI補正)、全コレステロール(BMI補正)増加に伴い上昇し、HDL増加に伴い減少しました。
9800万人・年の経過観察中、35-89歳の対象者のうち、76765人の死亡があり、閉塞性血管疾患による死亡は25.6%でした。このうち91%は虚血性心疾患による死亡、7.6%が虚血性脳血管障害による死亡でした。また、糖尿病を有する症例では、非糖尿病症例に比べて、RR=2.30で、2倍以上のリスク増加を認め、特に女性(RR=3.00)は、男性(RR=2.10)よりもリスクが高いことがわかりました。若年者に高い死亡率を認め(年齢に伴う死亡トレンドはP=0.0001の有意差あり)、35-59歳の女性の死亡リスクは、5.55倍に達しました。
一方で、がんの相対死亡リスクは、1.17倍に留まり、閉塞性血管疾患に対するリスク増加よりも有意に低く、男女差もないことがわかりました。
結果を総合すると、糖尿病女性の死亡リスク増加の主たる死因は心血管病である可能性が高いこと、また絶対値としては、糖尿病男性のほうが、糖尿病女性に比べて血管死リスクが高いものの、非糖尿病女性の死亡リスクが最も低いことから、糖尿病の死亡に与える「相対リスク」は、結果として女性のほうが男性よりも大きくなることもわかりました。
心血管病死に与える、「血圧、コレステロール、BMI」の影響は、糖尿病の有無に関わらず、対数線形的に増えることがわかりました。このため、糖尿病女性が、糖尿病男性に比較して、心血管病リスクが増大するのは、これらのリスク因子による違いを介したものではないと考えられました。
<コメント>
今回の研究から、「心血管病予防効果」の観点から「女性」は、男性に比較して優位である一方で、女性は糖尿病に罹患すると、年齢が若いほど、その予防効果が著しく相殺されることがわかりました。また、これまで提唱されてきた「糖尿病によるがんの発症リスクの増大」は、「糖尿病患者のがんによる死亡リスク上昇」に直接結びつくものではないことがわかりました。
さらに、本研究で得られた知見は、肥満、高血圧、高コレステロールといった心血管病のリスク因子を介した効果ではなく、未知のメカニズムを介することがわかりました。今後は、「女性の糖尿病患者における心血管病発症を誘発させるメカニズムの解明」に期待がかかります。考察で、性ホルモン、炎症の関与について研究を展開するべき、と主張している通り、今後の研究の発展が期待されます。
一方で、この論文に対し、交絡因子に、「心不全」が考慮されていなかったことが、指摘されています。女性は心不全を発症しやすいという観点から検討が必要でしょう。また、調査対象には、かなり古いデータが含まれ、現在の女性糖尿病の病態を表していない可能性についても指摘されています。1型と2型の糖尿病を分離して解析されていないことも論点を弱くしていると言わざるをえません。 女性糖尿病の治療に際し、子癇前症、妊娠糖尿病の既往、早期閉経、心血管病の家族歴を有するケースでは、特に心血管病の発症に気をつけなければならない、ということはいうまでもありませんが、エディトリアルで指摘されている、女性特有の狭心症の症状に注目するべきである、との意見は強く同意するところです。特に、「疲労、吐き気、動悸、息切れ」の訴えがある症例では、低血糖の疑いに限らず、狭心症をも疑うことが重要ではないでしょうか。狭心症は、「疑ってなんぼ」という病気です。胸を締め付ける胸痛があれば、診断に至るのは難しいことではないでしょうが、非典型的な症状が主たる症状である女性糖尿病患者の診察には気をつけなければなりません。狭心症は、診断さえつけば直すことができます。幾つかの不満足な事項はある一方で、臨床医としてつくづく再認識させられた研究論文でした。
文献1. Mosca, L., Hammond, G., Mochari-Greenberger, H., Towfighi, A., & Albert, M. A. (2013). Fifteen-year trends in awareness of heart disease in women: results of a 2012 American Heart Association national survey. Circulation, 2013 Mar 19;127(11):1254-63, e1-29. doi: 10.1161/CIR.0b013e318287cf2f. Epub 2013 Feb 19.
文献2. Alegre-Díaz, J., Herrington, W., López-Cervantes, M., Gnatiuc, L., Ramirez, R., Hill, M., ... & Whitlock, G. (2016). Diabetes and cause-specific mortality in Mexico City. New England Journal of Medicine, 375(20), 1961-1971.
文献3. Prospective Studies Collaboration, & Asia Pacific Cohort Studies Collaboration. (2018). Sex-specific relevance of diabetes to occlusive vascular and other mortality: a collaborative meta-analysis of individual data from 980 793 adults from 68 prospective studies. The Lancet Diabetes & Endocrinology. 2018 May 8. pii: S2213-8587(18)30079-2. doi: 10.1016/S2213-8587(18)30079-2. [Epub ahead of print]
文献4.Diabetes and cardiovascular mortality: the impact of sex.
Norhammar A. Lancet Diabetes Endocrinol. 2018 May 8. pii: S2213-8587(18)30111-6. doi: 10.1016/S2213-8587(18)30111-6. [Epub ahead of print] No abstract available.