自閉症スペクトラム障害は、子どもの約1%に認められる発達障害のひとつとされています。他人とのコミュニケーションの中でいわゆる自然な会話のやりとりが難しく、自分の感情のコントロール、相手の気持ちの推測などによって営まれる「ソーシャルスキル」が顕著に低いことから、社会で生きていくうえで困難を生じ、個々人の困難の程度に適した様々な支援が必要な障害です。特に自閉症の児童は、健やかな発育のための充実したケアを要するだけでなく、幼少期のうちに、さまざまな社会性を育むための個別に計画されたアプローチ(介入)によって、特別支援に基づいた教育を受けることが肝要となります。しかし、徐々に社会性を身につけ、自立する方がいらっしゃる一方で、成人以降も自立に至らず、生活・社会的な援助、あるいは、介護に至るケアを必要とする方もいらっしゃいます。また、自立し、職を得た場合でも、仕事が続かないケース、カウンセリングが必要なケース、など組織、地域、また国家レベルで、個々の持続的な支援が求められることは、さまざまな研究からも明らかにされてきました。一方で、米国の試算では、一生涯にかかる費用は、一人当たり2億円にも及ぶともいわれ、自閉症患者のための社会生活支援は、経済的側面からしばしば国家レベルの議論に上ります。「早期に障害を発見し、個々に応じた『介入』をできるだけ早く開始することで、長期にわたる障害を減らすことが、自立し、社会生活を安定的に営むことを可能とするのではないか」、と考えられていますが、この考えの妥当性を検証するのは容易ではありません。
今回、英国キングスカレッジのピクルス博士らが、この問題を世界で初めて真正面から取り組み、幼少期の自閉症のこどもを対象とした長期研究「PACT」の成果をランセットに発表し、注目を集めています。
本研究の対象者は、2歳から4歳11ヶ月までの幼児で、自閉症診断観察尺度汎用版として汎用されているADOS-Gを用いて、社会性とコミュニケーションドメインの両方の基準を満たす方、あるいは、自閉症診断面接改訂版であるADI-Rという方法で、3つのドメインのうち2つの基準を満たす「コアな自閉症」を呈していると症例が分析に供されました。除外条件として、双子の自閉症、言語能力のない症例、治療を要する癲癇患者、知覚障害の強い症例、重症の精神疾患をもつ症例としました。参加した親の使う言語は、英語でした。2006年から2008年の間にリクルートされた152人の子どものうち、無作為に「PACT療法群」(74人)もしくは「通常ケア群」(72人)かに割り付けられました。最初の評価は、介入終了した直後の13ヶ月目、そして、2度目が、平均で5.75年後でした。2度目の評価時には、PACT療法群が59人、通常療法群が62人であり、もともとの参加者の80%に達していました。
介入は、本研究のために特別なトレーニングを受けた、6人の言語療法士によって自閉症専門家のスーパーヴィジョンのもと行われました。さて、PACT療法では、社会性、及びコミュニケーション障害に「介入」が施行されました。「自閉症児の障害の程度に合わせた適切な対応を基礎に、親が子どもとコミュニケーションをとることによって、自閉症児のコミュニケーション能力、及び社会性の発達がより良く促される」との考えに基づき、療法士と親の一対一の対話で行われました。子どもはその場に一緒にいることが前提とされました。
まず、療法士は、ビデオを用いたフィードバック法を用いて、親との対話をはじめます。つまり、子どもがコミュニケーションをとろうとしている態度に対する「親の感性を磨く」ために、子どもの態度に対して、適切に即座に対応すること、タイミングをずらさないようにすることを、親に対して訓練を施しました。また「子どもが注目しているのは何か、言葉や行動の中で発しているシグナル」を見落とさないように、「子どもと遊んでいるときは、気持ちの方向ができるだけ同じ」になるように、訓練を行いました。次に、できるだけパターン化した行動様式をとるように促しました。例えば、「親の」質問のしかた、指示の出し方、コメントのし方について、毎回、同じ言葉を用いて行なうように指示しました。また、子どもの発したシグナルに対して、「親が」できるだけ意味のあるコミュニケーションをするように心がけ、子どもの言葉や行動に対して速やかに、かつ適切に反応してあげられるよう指導し、子どもに向き合う「親の」コミュニケーション力の向上をはかりました。子どもの発達段階に応じた適切な言葉を選んだり、子どもの興味のあることやコミュニケーションしたいと思うテーマについても理解を深めたりするように指導しました。一緒に遊ぶときには、あらかじめ練習を行い、子どもの立場で、予想可能な、同じ行動をとるように指導しました。
さらに、次の段階には、子ども自からが、すすんでコミュニケーションをとりたくなるような環境づくりができるような指導をしました。
最終的には、親に対して、子どもの使った「言葉」に呼応して、それることなく、そこから派生した言葉や語彙に広がりのある会話を促し、さらに言葉に加え、新しい概念を付け加えて、会話の方向性を変えず、広がりを持たせるように指導が行われました。6ヶ月間、2週間おきに、各セッション2時間、療法士から親は上述の教育を受けました。その後さらに6ヶ月間、1カ月おきに、ブースターセッションを受け、全部で、18回のセッションが執り行われました。また、家庭では、毎日、30分、指導された課題が継続されました。12ヶ月後以降は、介入は一切ありませんでした。
結果
再評価時の対象者の平均年齢は、10.5歳でした。31人が研究対象から脱落していましたが、脱落した者についての解析では、治療群による差、自閉症の重症度、参加地域などの違いに、相関はありませんでした。PACT療法群は、通常療法群に比較して、男子が多く(p=0.05)、2人親家庭が多く(p=0.02)、高い教育歴を持つ親が多い(p=0.001)という傾向がありました。そのため、こうした違いをバイアスとして補正したところ、ADOS CSSによって分析された、自閉症の重症度の評価では、PACT療法群では、標準治療群と比較すると、55%もの有意な重症度の低下が認められました(p=0.009)。「社会性コミュニケーション」、及び「限局された繰り返し行動」についてのドメインの改善が明らかに認められました。13ヶ月の段階で得られた評価は、その後、持続していたことも示されました。
平均おおよそ6年にわたり、PACT療法の効果が持続していたことは、早期介入の重要性が明白になったと極めて評価されるところです。また、治療を中止後、効果が少なくとも5年は、持続している点も注目されています。社会性と繰り返し行動は、ドメインとして重なる部分があるとすでに報告されています。これら2つのドメインがPACT療法で改善したことは、理にかなっていると考えられます。
限局性の繰り返し行動は、「不安」という心理状態が背景にあると解釈する傾向がありますが、今回の試験では、「不安」の項目について、PACT療法で改善しているとはいえず、ほかのメカニズムが働いていることが予想されます。
親を介した治療は、直接子どもに施した治療に比べ、治療効果の低い方法とされています。しかし今回、その治療効果の低い、また手間が比較的少ないPACT療法で、長期にわたり良好な結果が得られたことは、自閉症児支援のための親への介入の可能性を広げ、今後、一般臨床・教育福祉の現場で十分に応用できる可能性が広がったと言えるのではないでしょうか。
本研究で得られた効果について、考察を深めると、メカニズムについて、二つの仮説が提唱されています。まず、親が子どもの発するシグナルに適切に反応することが可能になる「介入」によって、プログラム終了後も、子どもがそのような介入法に基づいた行動が、自らできるようになったという仮説と、早期の介入が脳神経ネットワークの成長の正常化を促したという仮説、の二つです。早期に介入することで、脳やシナプスの発達において、可塑性の高い時期を逃す事なく、神経にポジティブな効果が及んだという可能性は高いのではないか、と考えます。
今後は、学校生活における、出席率、学業成績、クラスメートとの関係、その他の人間関係、また、社会人として周辺環境を整え、自立した生活が健全に続けられるのか否か、調査をして適正な指標のもと、評価してゆくことが必要でしょう。そうした長期の観察をもとに、真にPACT療法が有効であるのかどうか、検証されることになるでしょう。
しかし、研究結果を待つまでもなく、自閉症の診断はできるだけ早く、遅くとも5歳までに得られるようにすること、親、保護者、保育士を専門的に教育していく環境を整えること、「親」もしくは、自閉症児に寄り添う保護者が、一人一人のこどもの立場に立った愛情のあるコミュニケーションをとること、かつ高度なコミュニケーション技術を学べるような指導体制をつくってゆくこと、が重要だと思えてなりません。