心筋梗塞や脳卒中に代表される「心血管病」は、血管内に血液凝塊が形成され血管内腔が閉塞されることで引き起こされます。「ずり応力」とよばれる「血流の速度と粘性が血管壁に及ぼす物理的な力」が、動脈硬化や血流の鬱滞によってバランスを崩し、血小板や凝固因子の活性化を促します。この活性化は血液凝塊、いわゆる血栓をつくりやすくします。血小板は血管の傷ついた場所に付着し、さらに血小板そのものからも活性因子を放出し、血小板が互いに結合することで凝塊が形成されます。
こうした血小板の活性化メカニズムを明らかにし、血小板由来の凝固促進因子をターゲットとした治療法の開発を進めることによって、心血管病予防方法の刷新が期待されています。最新の厚生省の統計から、日本人の死亡原因の約4分の1が、心臓病(15%)もしくは脳卒中(9%)であることが示され、厚生労働省によって2016年6月30日、2018年から都道府県の地域医療計画に「これら疾病に対する医療体制を強化すること」が決定され検討会が立ち上げられました。
さて、それに関連した大変インパクトのある研究が報告されました。米国クリーブランド・クリニックのスンレー・ヘーゼン博士らによって、腸内細菌の代謝産物である「TMAO」(トリメチラミン•オキサイド)が血小板活性化をきたす決定的因子であることが証明され、科学誌「Cell」に掲載されました。
Zhu,
W., Gregory, J. C., Org, E., Buffa, J. A., Gupta, N., Wang, Z., ... &
Sartor, R. B. (2016). Gut Microbial Metabolite TMAO Enhances Platelet
Hyperreactivity and Thrombosis Risk. Cell, 165(1), 111-124.
最近10年間の研究で、腸管に生息する3万種、100兆個の腸内細菌が、動脈硬化・肥満・2型糖尿病の発症に関与している可能性がクローズアップされてきました。なかでも、腸内細菌が関与して生成されるTMAOについてその代謝経路が明らかとなってきました。まず、食物から摂取されたコリンの代謝物が、腸内細菌の代謝を介して、トリメチラミン(TMA)に変換され、TMAが、腸管から吸収され、肝臓に運搬され、FMO(フラビン含有モノオキシジェネース)と呼ばれる酵素作用によって、TMAOに転換されます。ヒトでは、卵や肉がTMAOの血中レベルを上昇させることが知られています。これまで血中TMAO濃度の上昇に伴う、冠動脈疾患のリスク上昇が報告され、コリンを多く含む卵や肉の過剰摂取によって、動脈硬化の悪化を惹起するというメカニズムをよく説明してくれています。動物実験では、抗生物質の投与によって腸内細菌を死滅させると、血中TMAO濃度は顕著に低下し、逆に、抗生物質投与の中止によって、血中TMAO濃度は通常レベルに回復することから、TMAO産生には、腸内細菌の存在が必須であることは明らかとなっています。このことから、<TMAOを介した動脈硬化>をターゲットとした治療法確立の目的で腸内細菌叢への介入に注目が集まっています。
さてCELLに発表された研究では、疫学調査をもとに、「血中TMAO濃度の上昇」と「血栓形成リスクの上昇」の因果関係が明らかとなりました。4,000人を超える対象者の血中TMAO濃度と、血栓形成を主体とする病態(心筋梗塞および脳卒中)の関係を分析した結果、血中TMAO濃度が最高を示す群は、最低を示す群の1.64倍の発症リスクの増大を認めました(p<0.001)。生理的濃度下では、TMAOは、ずり応力の刺激によって、固相化したコラーゲンに対する血小板の接着率を有意に上昇させることも示され、ずり応力がTMAO反応性の血小板接着率に強く影響することを認めました(P<0.0001)。また、通常、血小板の細胞内カルシウム濃度は低レベルで維持されていますが、TMAOの存在下では、血小板の細胞内カルシウム濃度が上昇し、これによって「ADPを介した血小板の活性化」を、TMAOが増強することがわかりました。コリンを多量に含んだ高コリン食をマウスに投与すると、TMAO依存性の血小板活性化による血栓形成が促進されますが、あらかじめ抗生剤を投与し腸内細菌の除菌を施したマウスにコリン食を与えても、血栓形成は促進されないことが明らかになりました。
本研究では、新規に以下の点が認められました。
「特定された9種類の腸内細菌叢がTMAO産生に関与する」
「特定された15種類の腸内細菌叢が血栓形成と相関がある」
「腸内細菌叢のないマウスに、正常マウスの便に含まれる細菌叢を移植することで、血栓形成の促進が認められる」
さて、これら一連のエレガントな研究結果から、TMAOが血小板の活性化を惹起し、動脈硬化を悪化させることは明らかなようです。
動脈硬化予防・治療に臨床応用するためには、食事性のコリンが、腸内細菌を介して最終的にTMAOとなる代謝過程のどこかで、「腸内細菌叢への介入」をおこなえれば、TMAO産生を制御可能とする可能性あると考えられ、動脈硬化を予防できる新たな可能性が広がったと考えられます。
具体的にTMAOを抑制するためには、どのような仮説が立つでしょうか。第一に、「3,3ジメチル1ブタノール」が候補にあがります。すでに動物実験下で、この物質「3,3ジメチル1ブタノール」は、腸内細菌によるTMA産生を抑制し、コリンを含む食事による動脈硬化促進増加作用を抑制することを認めています。将来ヒトへの臨床応用のために、3,3ジメチル1ブタノールあるいはその類似物質によって、動脈硬化予防作用が期待されるところです。第二に、FMO3を治療のターゲットとする手法です。インスリン抵抗性を有する肥満症例では血中FMO3値の上昇が認められ、FMO3ノックダウンマウスでは、高血糖、高脂血症が抑制され、動脈硬化を予防できることが証明されているところから、FMO3を治療のターゲットとして臨床応用できそうです。シンプルに「コリンの摂取」を控えればいいだろう、と考えるかもしれません。しかし、コリンは、細胞膜の形成、循環器系への作用、脳機能制御に必須な役割を果たしている重要な栄養素であり、たとえコリン摂取を減らして、動脈硬化を予防することができたとしても、他の重要な人体機能に障害を来すかもしれないという、ジレンマをかかえることになるでしょう。
今後、腸内細菌叢と動脈硬化予防・治療について、ヒトへの臨床応用のポイントは、1)適切なコリン摂取量、2)血中TMAO濃度を下げることの是非の検討、であると考えられます。今後、コリンにまつわる研究の進展が、動脈硬化あるいは、肥満、糖尿病、脂質異常症の抜本的問題点を解決できる鍵となるかどうか、期待をもってみまもりたいと考えます。