粒子状物質、及び排気ガスに因る「大気汚染」が、心血管病の有病率・死亡率を上昇させること、また、「大気汚染物質の長期間暴露」が、心筋梗塞や脳卒中の発症率を上昇させることなどが、多くの研究から示されてきました。しかし、大気汚染に伴う病態について、その機序を解明するには、これまでの研究では手法上の問題点があるとされ、結果が得られても、「今後より精彩な検証が必要である」とされてきました。検証すべき問題点として、一つ目に、研究の対象となった「都市の内部での大気の汚染程度の違い」を考慮にいれておらず、都市間の平均汚染量の違いで、心血管病リスクを検討していたこと、二つ目に、研究のほとんどが比較的短期間であり長期間の検証を必要すること、三つ目に、研究の多くは、別の目的に対する仮説の立証のために行われた2次解析だったことが、挙げられています。加えて、「大気汚染が、心血管病を惹起するメカニズムについての解析」についても不十分であったことは否めません。こうした事態を受け、米国環境保護局は、PM2.5(微小粒子状物質),NOx(窒素酸化物の総称)の動脈硬化への影響を検討する研究を支援することになり、2016年5月、「大気汚染物質が、冠動脈カルシウム沈着、総頚動脈の内膜中膜厚に与える影響」について「長期的に検証された研究」が報告されました。今回は、この米国ワシントン大学のカウフマン博士らが、ランセットに報告した内容について、説明しようと思います。
研究は、10年にわたるコホート研究で、MESA AIR(the
Multi-Ethnic Study of Atherosclerosis and Air Pollution)研究とよばれています。米国6箇所の都市(ニューヨーク、バルティモア、シカゴ、ロサンジェルス、セントポール、ウイストンーザーレム)在住の、6795人(45−84歳、平均年齢62歳、53%女性、39%白人、12%中国人、27%黒人、22%ヒスパニック系)が参加し、冠動脈カルシウム量をCTで、試験当初と試験期間中に2度測定・定量化され分析されました。対象となった参加者の人種比率は、都市間で大きく異なり、教育レベル・喫煙率・血圧・体重・糖尿病の有病率について、違いを意図的に持たせることで、これらの因子によるバイアスの影響を取り除けるよう計画されました。総頚動脈の内膜中膜厚は、超音波法で測定されました。居住区域特異的汚染状況監視モデルを使い、1999年から2012年の間のPM2.5,NOx濃度を推定しました。期間中の測定値は、PM2.5は、9.2-22.6μg/m3、NOxは、7.2-139.2ppb(parts per billion)でした。PM2.5は、ロサンジェルスが一番濃度が高く、セントポールが最低でした。NOxは、ニューヨークが最高で、ウイストンーザーレムが最低でした。平均の冠動脈石灰化の進行は、年単位で、24アガトストンでした。
PM2.5が5μg上昇するごとに、冠動脈の石灰化は、年単位で4.1agatston(石灰化スコア)上昇することが判明し、PM2.5が、動脈硬化を経時的に促進する因子であることがわかりました。また、40ppbのNOxの上昇ごとに、冠動脈のカルシウム沈着は、年4.8 agatston上昇することも判明し、NOxも又、動脈硬化の促進因子であることがわかりました。
ブラックカーボンには、動脈効果を促進する作用は、認められませんでした。得られた結果は、血圧値や糖尿病の有病率を考慮しても変わりませんでした。PM2.5もNOXもブラックカーボンも、総頚動脈の内膜中膜厚には、影響を与えないことがわかりました。
加齢・男性・内臓脂肪・収縮期血圧・糖尿病は、冠動脈のカルシウム沈着の促進因子であることが知られています。今回、これらの因子によるバイアスを取り除いた場合でも、「PM2.5やNOxは、独立して、冠動脈の石灰化を進める」ことがわかったことは重要と考えられます。冠動脈の石灰化は、すでに進行した動脈硬化の程度と相関することから、狭心症や心筋梗塞などの心血管病発症を予測するスクリーニングの指標として汎用されています。また、「高血圧罹患かつ高齢である場合、PM2.5暴露によって、冠動脈石灰化を顕著に促進」させてしまうことがわかりましたが、一方で、糖尿病や高コレステロール血症の既往者のPM2.5暴露に伴った石灰化促進効果はないことが判明しました。
これまでの研究から、「冠動脈石灰化スコア測定」は、その後の心血管病発症リスクの予測に役立つことがわかっていますが、総頚動脈の内膜中膜厚は、心血管病予測に貢献できないことがわかっており、PM2.5やNOxが冠動脈石灰化を促進する一方で、総頚動脈の内膜中膜厚の増加を認めない、という結果と一致しています。実際、MESAコホートにおいて、将来の心血管病発症リスクの予測因子として、冠動脈の石灰化は、総頚動脈の内膜中膜厚よりも有意に有効な因子となることがわかっています。総頚動脈の中膜内皮肥厚は、その進行程度が小さく、測定バイアスが大きく、今回のような微細な動脈硬化の評価には適さないと考えるのが妥当でしょう。
この論文の問題点は、「外気の」PM2.5とNOxの濃度が解析に使われていることです。対象者は、ほとんどの時間、室内で過ごしていることから、外気の暴露量で計算するよりも、PM2.5とNOxの暴露量は、実際は測定値より低いものと考えられ、本結論が過小評価されている可能性が多いにあると判断されます。今後は、室内のPM2.5やNOxも同時に測定し、詳細を評価する必要があるでしょう。
いずれにせよ、今回の研究で、PM2.5やNOxが「独立した動脈硬化促進因子」と科学的に裏付けられたことは明確で、今後は、クリーンエナジー使用をより強力に推し進めて行く必要があります。風力発電などへの期待がますます高まることでしょうし、その発電を利用した電気自動車の利用が望まれます。動脈硬化予防には、メタボを改善するべく、食事運動に気をつけることも大切ですが、予報でPM2.5やNOxの大気量が多い際には、マスク装着をする、外出を控える、などの具体的対策も早急に検討されるべきではないでしょうか。