Rubino, F.,
Nathan, D. M., Eckel, R. H., Schauer, P. R., Alberti, K. G. M., Zimmet, P. Z.,
... & Amiel, S. A. (2016). Metabolic surgery in the treatment algorithm for
type 2 diabetes: a joint statement by international diabetes organizations. Diabetes
Care, 39(6), 861-877.
11本の2重盲見試験の解析から、これまでのライフスタイルへの治療介入や薬物療法と比較して、本外科術に優れた治療効果を認めました。減量だけではなく、血糖や心血管病リスク因子等の改善が認められました。術後1-5年の比較的短い観察期間内に、HbA1cは、2%低下し、これは、標準治療で認めたHbA1c値の0.5%低下に比較しても有意な低下を認めました(P<0.001)。特筆すべき点として、術前のHbA1c値の高低にかかわらず、術後は、6%前後に収まる症例を多く認め、HbA1cが6%未満で糖尿病の治療薬が1年以上不要となる、いわゆる「完全寛解状態」となるかたが、35−50%もいるというのです。さらにこの寛解状態は、平均8.3年継続し、術前と比較して著明な血糖低下を5年から15年持続することも確認されました。
血糖が低下するメカニズムについて、基礎研究の成果として、1)体重 2)腸管ホルモン 3)胆汁酸の代謝 4)腸内細菌、腸の糖代謝 5)栄養センシングなどの改善が総じて血糖制御に効果を及ぼすことが明らかとなりました。20年に及ぶ観察研究から、持続的な血糖コントロールも可能であることが明らかになってきました。一方で、これらの効果は時間経過に伴って減弱することが臨床医学上の課題として議論されてきました。
さて、本治療法が適用される患者は、1)BMIが40以上の2型糖尿病の患者、2)BMIが35から39.8で、ライフスタイルへの介入や、薬物療法の介入では、高血糖が是正できない患者に対して「推奨」すると提示しています。また、3)BMIが30−34.9と重症肥満に至らない症例については、薬物療法が有効でないことを条件に、「考慮」すると提示しています。またアジア人の場合は、さらに、BMIを2.5減じた基準を適用するとしています。論文の著者には、日本人研究者は含まれていませんでしたが、インド人及び、中国人研究者が含まれており、アジア人の基準が低めに設定されたことは説得性を感じます。アジア人の患者では、BMI27.5から外科術の適応になるとすれば、かなり多くのかたが、当該療法の適応患者となります。
この術式は、「メタボリック外科術」とか、「糖尿病外科術」と呼称されて、費用対効果の面からも良好な結果が得られると試算されています。手術の費用は高額ではあるものの、術後の医療費を大幅に減らせることが推測され、術後2年経過すると、これまでの標準治療費を下回ることが予測されています。
ただし、「手術」ですから、そのリスクへの懸念が残ります。現在までの症例検討では、死亡率は、0.1%から0.5%と比較的低いと報告され、このリスクは胆嚢摘出術と同程度とされます。術後の再手術を要する症例が、少なくはない点が気になります。もっとも良く行われている術式であるRYGB術(胃の噴門側を小さく残し、小腸とつなげる手術)の場合、3年の経過の中で、5.1%の再手術が試行されています。また、栄養面での合併症として、貧血・骨粗しょう症・低蛋白血症が挙げられ、ビタミン等のサプリ補給は欠かせないということです。鉄欠乏性貧血については、手術を受けた青年の症例のうち50%程度に認められたという報告もあります。ただし、成人の研究で、術前においても貧血が44%に認められた、との研究報告もあることから、術前、術後の貧血状態を精査する必要があるでしょう。今後の研究の報告が待たれます。骨折リスクについては、「変わらない」とする報告の一方で「1.2倍増える」とする報告もあり、さらなる精査が求められます。またRYGB術では食後低血糖は11%という高い頻度で発生することも報告されています。また、同手術法では、術後、幽門側の残胃の内部を胃カメラで観察することができなくなることから、胃がんの見落としという懸念も指摘されています。
以上の情報から総じて、この手術適応となっても、リスクとベネフィットを良く勘案し、手術を受けるのか、既存の標準治療でいくのか、個々のコンディションに適した納得のいくインフォームドコンセントを要するのは、言うまでもありません。ただし、命に関わるような肥満の場合には、手術が、優先候補として考慮されることは明白でしょう。「小錦」は体重300Kgでしたが、現在手術を受けて153Kgとなっており、「命が救われた」、と考えるのは、正しいと思います。術後、標準体重よりも増加している分の体重が50%以上低下することで、手術が成功したと見なされることから、小錦の場合、成功例であるといえるでしょう。
いずれにせよ、バリアトリック術が標準治療となり治療の選択の幅が広がったことは、一定の糖尿病患者にとって、喜ばしいことです。血糖が正常化する寛解者が多数出るほどの劇的かつ長期的な効果をもたらす「治癒メカニズム解明」に役立った点でも大きなインパクトがあったと考えられます。糖尿病の成因を明確にし、それらをターゲットした上で処方される「糖尿病の根治治療法の創生」に強い期待がかかります。これまで、糖尿病の主な原因は、内臓脂肪から放出される「液性因子が、インスリンの効果を減弱する」こととされてきました。したがって、いわゆる「インスリン抵抗性」の関与を主たる病因と捉え、各種薬剤が開発され一定の効果を上げてきました。しかし、ほとんどの患者で、血糖が正常化する寛解状態に至らないことは明白で、長い間、別な因子の関与が探索され議論されてきました。ルビオ博士は、「腸管が糖尿病の成因に大きな役割を果たしていることが分かってきた」、と主張しています。基礎研究の結果、「腸管のホルモン分泌量を制御し、そのタイミングをずらすことができるようになったため、インスリン分泌との関連において良好な効果がある。」ことがわかりました。また、胆汁酸に含まれる特殊な成分をもつ物質の合成が増えることで、インスリン抵抗性が改善され、腸管細胞での糖の取り込みが増える、という機序も判明しました。同時に生じた腸内細菌の種類の変化によって、栄養素の感受システム(栄養センシング)が効率よく機能することも示されました。こうして積み上げてきた基礎研究の成果を前提に、「十二指腸や小腸を起点に惹起されるシグナルをブロックすることが糖尿病治療に役立つ」という発想が生まれました。この発想に基づき開発された治療として、チューブを腸にいれ、栄養素と腸細胞の接触を最小化させる治療法が、現在、ヨーロッパとオーストラリアで認可されています。経鼻的にバルーンを腸までいれて、熱いお湯で、腸細胞を焼き殺す方法も現在開発中だといいます。糖尿病が治せる(根治できる)時代が来るかもしれない、そんな予感がしてきました。医療が疾患の根治へ向けて厳格な精査に基づいて進化してゆくこと。患者さんとともに、しっかりとフォローしてゆきたいと思います。