2016/03/03

第63回 愛し野塾 心臓の弁をカテーテル治療で治す

大動脈弁狭窄症は、主に加齢によって生じやすいといわれる心臓の弁の障害です。全身に血液を送り出す装置である「大動脈弁」の開きが悪くなるため、血流が体全体に送り出しにくくなります。一般的に無症状のまま経過することが多いのですが、徐々に病態が進行し、ついには、胸痛が現れ、狭心症を呈したり(狭心症と呼ばれる状態です)、突然意識を失ったり(失神)、また、息苦しさや足のむくみが出現(心不全の状態です)したりする事態に見舞われることもしばしばです。この分野の国内最先端施設である慶応大学のHPによると、狭心症が出現すると、約5年、失神の場合では約3年、心不全ではわずか2年で命を落とすことになると示されています。

同病院では、症状が出現する前に外科手術をすることを勧めていますが、手術のハイリスクの患者さん(例 高年齢者等)には侵襲の少ない、カテーテル治療を施しています。またこの治療法は、201310月から日本で保険診療として扱われています。

先んじて、ヨーロッパでは、2000年初頭からこの手法が用いられており、2015年末には、ドイツから2007年から2013年までの成績をまとめた結果が報告されました。
 Reinöhl, J., Kaier, K., Reinecke, H., Schmoor, C., Frankenstein, L., Vach, W., ... & Zehender, M. (2015). Effect of Availability of Transcatheter Aortic-Valve Replacement on Clinical Practice. New England Journal of Medicine373(25), 2438-2447.

この報告によると、2007年にカテーテルを用いた大動脈弁置換術の症例は、わずか144例だったものが、2013年には、9,147例にのぼり、外科手術よる症例数7,048例を凌駕するようになりました。外科手術療法を施された患者の平均年齢は、70歳、一方でカテーテル療法を受けた患者の平均年齢は、81歳と、顕著な年齢差を認めました。20%以上がハイリスクグループとされるユーロスコアを用いて、術前のリスクを試算すると、カテーテル療法で、22.4%、手術療法で6.3%と、カテーテル療法を行われた患者の多くがハイリスク患者であったことがわかりました。

カテーテル療法での院内死亡率は、2007年の13.2%から2013年の5.4%へと、有意な死亡率低下を認め(P<0.001)、術式の安全性の飛躍的な向上が示されました。脳卒中については、2007年の3.5%から2013年の2.6%と有意差はなく、やや低下傾向を認める程度にとどまりました(P=0.12)。高いリスクを理由に外科手術が施せず、死を待つほか選択肢のなかった高齢患者でも、安全に救命できる手段として、このカテーテルを用いた弁置換術は安定的な地位を確立しつつあるようです。

術式の安全性が確保されるという大きな利点を得た上で、現在最も議論されている問題は、未だ、脳卒中発症率が顕著な低下に至らないという点です。この原因解明に向け一筋の光が差すといってもいい論文が昨年発表されました。要約すると、研究では、患者によっては、人工弁に血栓が取り付いて、脳卒中を誘発する可能性があると示唆しています。人工弁に血栓がとりつくと、弁の動きが悪くなるため、弁の動きについてその詳細を調べることで、この問題を解き明かすことができたのです。
研究は、ニューイングランドジャーナリストオブメディシンに報告されました。
Makkar, R. R., Fontana, G., Jilaihawi, H., Chakravarty, T., Kofoed, K. F., de Backer, O., ... & Friedman, J. (2015). Possible subclinical leaflet thrombosis in bioprosthetic aortic valves. New England Journal of Medicine373(21), 2015-2024.

本研究では、次の3つの研究「ポルティコ・イデ研究、リゾルブ登録、サボリー登録」に含まれる、187人のデータが解析されました。ポルティコ・イデ研究では、FDA未認可のポルティコ弁が用いられました。登録研究では、すでにFDAで認可されたサピエンXT弁などが用いられました。挿入された人工大動脈弁の動きは、4次元CTによって解析され、人工弁の動きが評価されました。正常の動きよりも50-70%の低下を呈する症例を1)軽度な弁膜の動きの低下、70%より大きい割合で低下するものを2)重篤な弁膜の動きの低下、と定義されました。この定義で分類した結果、ポルティコ•イデ研究では、弁置換を受けた患者の40%に、人工弁膜の動きの低下が認められ、FDAで認可されたサピエンXT弁にも同様の異常が見いだされました。

さらに個々の症例を検討した結果、弁膜の動きが低下していた患者の脳卒中あるいは一過性脳虚血発作を呈する頻度は、弁膜の動きが正常な患者に比べ、有意に高くなることが明らかとなりました(18%1%P=0.007)。
さらに弁膜の動きの低下について、ワーファリン(抗凝固療法)使用による影響を検討した結果、ワーファリン(抗凝固療法)使用症例群で、2種の薬剤による抗血小板療法を施行している症例群に比較し、弁膜の動きの低下比率が低いことがわかりました(ワーファリン症例8人中0人、抗血小板療法41人中21人、P0.007)。そして、経過中、抗凝固療法を受けている症例11人全員の弁膜の動きの正常化を認めましたが、抗凝固療法を受けていない症例10人中9人の弁膜の動きの低下は持続するという結果を認めました。

この研究から、「抗凝固療法を導入」によって、弁膜の動きの正常化だけではなく、脳卒中も予防できることが明らかとなりました。「人工弁誘発を疑う脳卒中発症」という問題の解決へ、一歩前進できたことは、喜ばしいことです。

さて、本研究の報告によって、実は、今回の件で、一旦中止になっていた、ポルティコ・イデ研究も再開されました。
ただし、ポルティコ・イデ研究の問題点は、サンプルサイズ(症例数)187人と小さいため「抗凝固剤を使用すれば、カテーテルによる人工弁置換術には問題なし」という結論の妥当性・信頼性について疑問が残ります。弁膜の動きの低下・脳卒中の発症という生命に直結する重大な課題であること、また、高齢化によって膨大な数の術式が行われている現状では、データの科学的妥当性・信頼性が強く求められているのです。

今後は、より大きなサンプルサイズで、長期に観察を行い、(1)人工弁の弁膜の動きの低下について、正確な頻度を調査する。人工弁の種類による差の有無について検討する。外科手術による人工弁置換における頻度も調査する。(2)弁膜の動きの低下の原因が、血栓によるものなのかどうかその詳細を検討する。弁膜の動きの低下が生じるその時間経過を調べる。(3)弁膜の動きの低下と、脳卒中、一過性脳虚血を引き起こす頻度との関係を明らかにする。(4)弁膜の動きの低下の治療法として抗凝固療法が正しいのかどうか検討する。(5)弁膜の動きの低下の早期診断、経過観察の手段として、どの画像診断が適切かを検討する。(6)現段階で、よりリスクの低い患者にもカテーテルによる弁膜置換術の適応を拡大すべきかどうかを明らかにする、ことが必要となります。

現状では、ワーファリンを使用しながら、弁膜の動きを定期的に観察し、安全を期していくこと、なにか不測の事態が生じた際には、早急活適切な対応をすることが、賢明な状況と考えられます。新しく、便利な技術を安易に無批判に取り入れるのではなく、クリティカルな視点を持ち、問題点があれば、即座に是正していく、そういった医学的な解決能力が医療側に強く求められることでしょう。


2016/03/01

愛し野塾 第62回 男性更年期に関するおはなし

人生も半ば、中年以降、これまでに経験のない心身の不調を感じると、「いよいよ更年期かもしれない」と考えるのは、もはや女性にだけに限らず、男性も同様のようです。アメリカでは、製薬会社の宣伝にも煽られたのでしょう、男性ホルモン、つまり、「テストステロンの減少こそが、更年期の原因だ」といわんばかりに、男性ホルモン製剤は大ブレークし、一方で懸念するFDAの見解も発表され、その是非については注目されているところです。
 
2010年に、テストステロン製剤の売り上げが120万件であったのが、2013年には220万件に跳ね上がりました。3年で、約2倍にも売り上げを伸ばしたのです。テストステロン使用者の80%以上を40-74歳の男性が占めているものの、実際にテストステロンの血中濃度の低下が確認された例は、そのうちのわずか28%と報告されました。本来、テストステロン製剤の使用の条件は、<血中テストステロン濃度が低下していること>にもかかわらず、70%強のひとが、ホルモン濃度の検査なしに、この製剤を使用しているのです。さらに、本来、一旦はじめたホルモン療法は長期に継続することが原則にもかかわらず、平均使用期間が6ヶ月と非常に短く、つまり、テストステロン濃度が正常なかたが使っても、当然、有効な効果が認められるわけもなく、多くのひとが、半年程度で使用を中止したのでしょう。
 
FDAがテストステロン使用者についての後ろ向きの5つのコホート研究を検証しています。そのうち2つの研究の検証から、使用により心血管病のリスクがあがることが示唆され、一方で、別の2つの研究の検証から、全死亡のリスクが低下すると示唆されるという全く反対の検証結果を得ております。前向きの無作為試験が行われない限り、現状では、なんとも結論が出しにくい状況ですが、テストステロン製剤の適正使用が守られていない状況を勘案し、FDAとしては、「男性ホルモン補充療法には、心血管病のリスクを上げる可能性が否定できない」、という結論を出しました。
 
一方、女性健康イニシャチブの研究結果から、閉経後の女性に、女性ホルモンを補充すると、乳癌、心臓病、脳卒中、肺塞栓が増えることがわかり、補充療法は推奨しないことが2002年に米国国立衛生研究所から発表されたことも、今回の問題を複雑化しています。
 
2016年2月、ようやく、前向きの無作為試験の結果が報告されました。テストステロンの血中濃度が低下しているかたのみを対象とし、テストステロン製剤を投与した場合、どのような臨床結果が得られるか検証され報告されましたので、今回はそのお話をしてみたいと思います。
 
Snyder, P. J., Bhasin, S., Cunningham, G. R., Matsumoto, A. M., Stephens-Shields, A. J., Cauley, J. A., ... & Ensrud, K. E. (2016). Effects of testosterone treatment in older men.New England Journal of Medicine374(7), 611-624.
 
65歳以上の51,085人の男性をスクリーニングし、条件に適合した790人が試験登録されました。テストステロンレベルが低下していたひとは、全体の14.7%で、つまり7人中6人は、男性ホルモンは正常でした。平均年齢は72歳、被検者のうち90%が白人でした。62.9%が肥満、71.6%が高血圧を併発し、14.7%に心筋梗塞の既往がありました。さらに、5人に1人に睡眠時無呼吸がありました。試験登録された被検者が、かなり特殊な病態を呈し、得られた結果の汎用性について疑問の余地があるとされています。
 
調査は、主に問診票で行われ、点数化されました。性機能の検査には、PDQ―Q4(Psychosexual Daily Questionnaire)と呼ばれる質問表が使用され、満点は、12点で、高得点ほど、健全な性機能であると判断されます。勃起など性行為に関する問診票は、IIEF(国際勃起機能スコア)が用いられ、満点は30点。性欲に関する問診票は、DISF-M-II( Derogatis Interview for SexualFunctioning in Men–II)(満点は30点)です。「バイタリティー」は、FACIT(Functional Assessment of chronic illness therapy)(0-52点、高い点数ほど疲労が増える)で調査されました。気分障害検査には、PANAS(Positive and negative affect schedule scale, 5-50が前向きな気分、マイナスの気分は、より高い点数)が用いられ、うつ評価については、PHQ-9(patient health questionnaire,0-27点、高い点数ほどうつ症状が強い)が用いられました。
 
テストステロン製剤は、皮膚にゲルを塗布して使用する「テストステロンゲル」が使用され、使用後、最長12ヶ月までの分析が行われました。ポンプ付きのボトルに入ったゲルは、5グラムの塗布から開始して、その後は血中テストステロン濃度を確認しながら適切な塗布量が処方され、テストステロンゲル使用後3ヶ月から12ヶ月の間で、91%の被検者の血中テストステロンレベルが正常化されました。
 
性機能に関する問診票を用いた結果、PDQ―Q4(過去7日間の性活動調査)の点数は、0.62点統計上有意に上昇し、テストステロンレベルの上昇の程度に応じたスコアの上昇を認めました(P<0.001)。しかし、その程度は、満点のスコアの比率に換算すると、5%とわずかな上昇でした(P<0.001)。しかしこの効果は12ヶ月後には、効果が低下していました(P=0.08)。DISF-M-IIのスコアも2.54点有意に上昇していました(P<0.001)が、満点のスコアの比率に換算すると、わずか8%程度でした。勃起スコア(IIEF)の結果は、初期の平均点数が8点と中程度の勃起障害から、2.64点上昇と改善効果は認めましたが、すでに報告のあるシルデナフィル(バイアグラ)の5.7点の半分にも満たない程度のわずかな改善にとどまりました。
 
総合すると、性機能改善効果は統計的に認めるも、改善程度は小さく、しかも長続きしないことがわかりました。特に、勃起障害の改善効果は、既存のシルデナフィルの効果にまったく及ばない小さなものであることが明らかになったのです。
 
さて、運動能力について、6分間歩行時の総距離が50m以上増えるかどうかで検討した結果では、ややテストステロン製剤で良好な成績(テストステロン製剤で20.5%、プラセボで12.6%、p=0.03)を認めました。バイタリティーの項目には変化を認めず(P=0.30)、不安な気分(PANASで0.47点、P<0.001)や抑うつ傾向改善効果(PHQ−9で0.49点改善、P=0.004)は、わずかながら認められました。
 
本研究では、心血管病など有害事象は、検出されませんでしたが、1年と限られた研究であることから、結論付けるには時期尚早でしょう。女性イニシアチブ研究同様に、最低でも5年程度の研究期間での検証が必要でしょう。今後の研究成果が待たれるところです。
 
不確定な情報によって先行されたとも言える、テストステロン補充療法は、更年期症状への効果は予想して以上に低く、有害事象の検証も不十分であると言わざるを得ず、「ゴーサインはだせない」状況と受け止めました。
 
 ただし、薬物乱用状態ともいえるこの業界に、ようやく倫理的妥当性及び科学的妥当性を有する方法で、正面から向き合おうとする研究機関の登場に、まずは、少しほっとした感が否めないところです。