2017/11/18

第145回 愛し野塾 臓器移植の技術革新と生命倫理とのあいだ


日本臓器ネットワークのHPによると、臓器移植を待っている「待機患者」は1万1,900人、移植を受けられるのは、毎年わずか300人ということです。米国では、待機患者が11万6000人と日本の10倍以上で、2017年の最初の8ヶ月で、2万3,092件の臓器移植が行われています。臓器移植の盛んな米国ですら、移植待機中に4分の1の方が亡くなってしまいます。ドナーの減少が著しいドイツなどでは、臓器移植の手法の抜本的な見直しや臓器提供の体制を整える新案を国会に提出すべき時期だと専門家らによって主張されています。しかし臓器提供を促す施策には限界があるでしょうし、期待が高まるiPS細胞を用いた移植術も臨床応用に至るには課題が山積し、もう少し時間が必要でしょう。一刻を争う患者さんを救い出す打開策はないものでしょうか。
より現実的な手法として「ブタ」を用いた異種臓器移植が注目されています。ブタの体の作りは、生理学的に人間の仕組みと似ていること、期待通りのクローン作成や遺伝子改変が容易で、多産、かつ妊娠サイクルが短いという利点があります。しかし、ブタからヒトへの臓器移植には未解決な問題点は多く、特にブタ保有のウィルスのヒトへの感染は重大な問題です。ヒトからヒトへの臓器移植ですら、HIV、サイトメガロウイルス、狂犬病ウイルスの感染などの問題には最大の注意が必要とされています。ブタ固有の感染症でヒトにも伝播し、重篤な症状をもたらすのが、インフルエンザウイルスやE型肝炎ウイルスなどです。これらは胚移植、帝王切開術、ワクチン療法によって、感染をある程度抑止しうるものの万能ではありません。特にE型肝炎ウイルスの感染抑止は難しく、特に、ブタ内在性レトロウイルス(PERVs)は、臓器移植感染リスクとして最も注目されているウィルスです。 PERVsは、過去に感染したレトロウイルスがDNAコピーを作成し、ホストのゲノムの中に組み込まれ、そのまま潜み続けているものです。また、PERVsは、ウイルスを作成することができ、臓器移植時には、このウイルスがヒトに感染し、病気を起こす懸念があるのです。レトロウイルスの感染によって発症する疾患には、免役異常やがんも含まれ、PERVsの駆逐が、ブタ臓器移植術の成功の鍵となるのです。PERVsは、ブタのストレインにもよりますが、少ない場合3コピー、多いと140コピーがホストのゲノムに取り込まれています。2015年にヤング博士らは、CRISPR-CAS法を用いて、ブタの細胞株に対して、62個のPERVs全てを不活化することに成功しました(第45回の愛し野塾で解説)。今回は、PERVsを全て不活性化した、健康な子豚を作ることに成功し、異種臓器移植がいよいよ現実のものとなる可能性が大きく広がりましたので解説したいと思います(1)。NEJMの11月9日号にこの話題が取り上げられました(2)。
【研究】最初に初代胎児ブタ線維芽細胞を作成されました。次に、ゲノム PCRとゲノムシークエンス法によって、作成された細胞のゲノムに存在していた25個のPERVsを検出しました。その後、これら全てのPERVsをCRISPR-CAS法を用いて不活性化する方針としました。
PERVsのPOL遺伝子をターゲットとしたガイドRNAは2個用意しました。初代胎児ブタ線維芽細胞を、ガイドRNAとCRISPR―CASとで、12日間インキュベートしましたが、90%以上DNA編集が成功した細胞クローンを得ることはできませんでした。このことからDNA編集が成功したクローンは、アポトーシスを起こしやすいと推定し、抗アポトーシス、かつ細胞増殖に作用する薬剤(P53阻害剤、PFTアルファ、bFGF)を添加しインキュベートすることにしました。その結果、ゲノム編集される細胞クローン作成効率が有意に改善し、100%PERVsが不活性化された細胞クローン生成に成功しました。こうして作成された細胞の上澄み液には、レトロウイルスが検出されないことも確認されました。
次に、ターゲットシークエンス以外の部位の異常が生じていないか、すなわちCRISPR-CAS9で切断された部位が予定通り切断されていること、また同部位に、大きな遺伝子欠損が生じていないことを、シークエンスによって確認されました。
次に、「PERVsが不活性化された」細胞から核のみを取り出し、予め核をすでに取り除いたブタ卵細胞に移植しエンブリオを作成しました(体細胞核移植術)。作成されたエンブリオを代理母となる雌ブタで育てました。雌ブタ一匹あたり200-300個のエンブリオを植えつけたところ、17匹の雌豚から、37匹の子豚が生まれました。最終的に15匹の子豚が生き残り、論文発表時点で、最も長く生き延びた子豚は、生後4ヶ月に達していました。生まれて来た子豚のゲノムには、25個のPERVsがありましたが全て不活性化されていました。
今回の研究成果から、全てのPERVsが不活性化された子豚が得られましたが、未解決の問題点は多いと、NEJMのコメントにデンナー博士が述べています(2)。第1に、E型肝炎、サイトメガロウイルス、サーコウイルスなど、PERVs以外の感染症の抑止という課題です。E型肝炎は、致死的な肝炎を発症しますし、またサイトメガロウイルス感染は、移植臓器の寿命を短くするリスクが指摘されています。しかし、感染症に罹患していない子豚を実験室で作成することは、それほど難しいことでは無いと考えます。仮にゲノムに取り込まれているのなら同じ手法で取り除けるわけですし、外来感染は、高度に管理された無菌室内での操作によって管理可能でしょう。ただしドナー動物では発症しながった未知のウイルスへの監視は重要なポイントとなるでしょう。
2番目の問題点として、異種臓器移植で問題になる超急性期拒絶反応です。特定の抗原に対するヒト免疫寛容の達成のために、HLA抗原を改変したブタを作る必要があります。これには今しばらく時間がかかりそうです。
いずれにしろ研究者の不断の努力によって、テクニカルな問題解決は、もはや時間の問題でしょう。一方で忘れてはならないことは、倫理的な問題です。臓器が足りないという現実から、命ある動物を遺伝子操作し、ヒトの受注に応じた臓器提供動物という役割を与えて良いものか、異種間臓器移植の現状を広く認知させ、十分な議論を重ねるべきでしょう。また、ブタの臓器を持った人間は、ハイブリッドとしてカテゴライズするべきなのか・・・。議論なしに臓器移植が進めば体のほとんどの臓器がブタから提供されることもありうるのです。「ヒト」として、どの程度までブタ臓器の代替が可能なのか。異種間移植が新種の病を発症させはしないか。フランケンシュタイン実験とどこが違うのか。
今やゲノム編集という新技術を使用すれば「個体レベル」での正確な遺伝子操作が可能となりました。従来考えもしなかった生命の可能性が爆発的に広がる一方で、新たな問題が同時に生まれているのです。私たち人類にとって、「ヒトとして」病気を克服し、幸せに生きる最良の方法は何でしょう。高度化する技術に遅れないよう、想像力を働かせ、生命倫理の下に高度医療開発の使命を共有してゆくべきではないでしょうか。それとも、高度医療技術の進歩によって「いのちの倫理」というものは変容してしまうものなのでしょうか。

文献1
Niu, D., Wei, H. J., Lin, L., George, H., Wang, T., Lee, I. H., ... & Lesha, E. (2017). Inactivation of porcine endogenous retrovirus in pigs using CRISPR-Cas9. Science, 357(6357), 1303-1307.

文献2
Denner, J. (2017). Paving the Path toward Porcine Organs for Transplantation. New England Journal of Medicine, 377(19), 1891-1893.