「高血圧」は、命を脅かす心筋梗塞や狭心症といった「虚血性心疾患」や、脳梗塞といった「脳血管障害」など様々な疾患を引き起こします。収縮期血圧90-114mmHg 、拡張期血圧60-74mmHgを超えると、それぞれ血圧上昇に伴って、直線的に「心血管病」のリスクが増えることが知られています。国際的な基準では「心血管病」発症を抑えるために、高血圧患者は、血圧を140/90mmHg以下にコントロールすることが適切と示されています。特に、糖尿病など合併症のある症例では、血管障害のリスクが高いと見積もられる患者には、より厳しい血圧管理値を設定することが求められてきました。
しかし、昨今、「血圧の下げすぎは、却って心血管病を惹起し生命リスクもある」との見解が次々と報告されるようになり、臨床の現場では混乱が生じ「適正な血圧の基準値」の答えが求められています。特に、臨床的問題となるエビデンスは、「冠動脈疾患に比べて収縮期血圧の下げ過ぎの影響を受けやすい脳卒中や心不全を含む心血管病の発症」です。また、状態が安定している冠動脈疾患の方でも、「収縮期血圧の下げ過ぎ」が病態を悪化させることも既に報告されています。こうした現象は「Jカーブ」現象と呼ばれています 。つまり、ある程度の血圧値がベストで、それ以上でも、それ以下でも心血管病のリスクが高まるという考え方です。ところが、2年前、大規模臨床試験「スプリント研究」(文献1)では、血圧を下げれば下げただけ、メリットがあるとの結論が出され、この分野に混乱が生じています。「Jカーブ現象」説に疑問を呈する形になったのです。
研究では、収縮期血圧130-180mmHgの高血圧患者9361人を対象とし、さらに「糖尿病と脳卒中には罹患していないこと。またこれら以外の心血管病リスクを少なくとも一つ持っていること」などの条件を満たした患者が選ばれました。収縮期血圧を120mmHg以下にターゲットした治療の結果、140mmHg以下にターゲットした治療に比較して、心筋梗塞や、急性冠疾患、脳卒中、心不全による入院、心血管病死の複合エンドポイントが25%低下することが報告されたのです。エンドポイント低下に寄与したのは、主に、全死亡、心不全でした。注目すべきは、実際に到達できた血圧は、前者が「121mmHg」、後者が「135mmHg」。すなわち必ずしも、厳格管理でも120mmHg未満にはなっていない点です。
さて今回、医学誌「ランセット」に「Jカーブ説」を再度支持する大規模試験の結果(文献2)が発表され、話題を呼ぶとともに、「スプリント研究」との整合性を考える最良の機会と捉えられ、専門家らが注目しています。
さて、ドイツ、ザーランデス大学のベーム博士らが、過去に行われた2試験、すなわち「オンターゲット試験」、「トラセンド試験」のポストホック解析が行われました。31,546人を対象にした2つの試験では、降圧剤である「ラミプリル」、「テルミサルタン」、その「両者使用」の3群に分けられ、56ヶ月の経過観察が行われました。結果は、「どの群でも心血管病のアウトカムは変わらない」というものでした。対象者は、55歳以上で、心不全の兆候がなく、心血管病のリスク(冠動脈疾患、末梢動脈疾患、一過性脳虚血発作、脳卒中、合併症のある糖尿病の既往)をもっているかたで、40カ国、733の医療センターからリクルートされました。オンターゲット試験は、2001年から2008年の間に一方、トランセンド試験は、2001年から2004年までの間に患者のリクルートがなされました。収縮期血圧は、120mmHg未満が3,006人(平均年齢65歳)、120-140mmHgが30,517人(平均年齢65.6歳)、140-160mmHgが13,143人(平均年齢66.9歳)、160mmHg以上(68.4歳)が4,271人でした。収縮期血圧が高いほど、年齢が高く、BMIが大きく、高血圧、糖尿病、脳卒中の既往が高い傾向を認めました。テルミサルタン、ラミプリル、テルミサルタン+ラミプリルに割り付けられたいずれの群も、血圧の分布には変わりはありませんでした。これまで高血圧の診断を受けていた人は70%で、平均血圧は、141/80mmHgでした。
結果
心血管イベント、全死亡がもっとも低下したのは、収縮期血圧が「130mmHg」 のときでした。120mmHgよりも低下すると(4,052人)、120-140mmHgの方に比較して(16,099人)、複合心血管イベントが14%増加(P<0.0001)、心血管死が29%増加(P=0.0217)、全死亡が28%増加(P=0.0014)しました。心筋梗塞、脳卒中、心不全による入院数には影響しませんでした。
「拡張期血圧75mmHgで最大の効果」を認め、70mmHg以下で(5352人)、心血管イベントが31%増加(P<0.0001)、心筋梗塞が51%増加(P=0.0018)、心不全による入院が59%増加(P<0.0001)、全死亡が16%増大(P=0.0386) しました。また試験開始時の血圧ではなく、治療の結果、達成した血圧のほうが、予後をよりよく推定することができることもわかりました。
今回の発表の弱点ともいえるポイントは、血圧が下がっていることで動脈硬化が惹起されたのではなく、動脈硬化により血圧低下が誘因された可能性が否定できない、という懸念です。これは、観察研究にはつきものの弱点といえましょう。今後、より厳密な条件設定をされた前向き無作為試験によって明確にされるべきでしょう。
今回の結果を含む、他の臨床研究の結果からも、心血管病のハイリスク群の患者には、収縮期血圧「125-135mmHg」、拡張期血圧「75-80mmHg」をターゲットとすることが提案されました。
「ランセットのコメント」(文献3)を作成したカロリンスカ研究所のカハン博士は、本研究と「スプリント研究」の結果の齟齬について、それぞれの血圧測定環境を指摘し、面白い洞察を得ています。本研究論文(文献2)では「アテンダント存在下」の自動血圧計による測定結果を分析に用いたが、「スプリント研究」では、「アテンダントがいないオフィス」での自動血圧計による測定によるデータを用いたという違いです。実は収縮期血圧は、「アテンダントがいない」というだけで、「10mmHg」低下することが報告されています。同様に拡張期血圧もまた「5mmHg」低下します。「スプリント研究」で得られた収縮期血圧「121mmHg」は、アテンダント存在下の測定なら、「131mmHg」になっていた可能性が高くなるのです。そうすると、「125-135」mmHgが至適な収縮期血圧であるという主張は受け入れられるということになります。日常臨床の経験からも実に納得のいくものだと思います。
現行の血圧標準管理は、「スプリント研究」の結果に従い「下げるだけ下げたほうかいいのではないか」という論理に影響されています 。しかし、今回の結果と、専門家の鋭い洞察から、「スプリント研究」の内容を包含する形で、「125-135/75-80mmHg」をターゲット血圧値にすべきだと提案されたことは、大変喜ばしいことです。実際に臨床をしている医療関係者、高血圧患者さんも確かなエビデンスを背景に治療ができる、嬉しいことではないでしょうか。
文献1)SPRINT Research Group. "A randomized
trial of intensive versus standard blood-pressure control." N Engl
J Med 2015.373 (2015): 2103-2116.
文献2)Böhm, M., Schumacher, H., Teo, K. K.,
Lonn, E. M., Mahfoud, F., Mann, J. F., ... & Weber, M. A. (2017). Achieved
blood pressure and cardiovascular outcomes in high-risk patients: results from
ONTARGET and TRANSCEND trials. The Lancet. 2017 Apr 5. pii:
S0140-6736(17)30754-7. doi: 10.1016/S0140-6736(17)30754-7.
文献3)Thomas Kahan, Target blood pressure in patients at
high cardiovascular risk. The Lancet. 2017 Apr 5. doi:
10.1016/S0140-6736(17)30935-2