2017/03/21

第114回 愛し野塾 加齢黄斑変性のiPS細胞を用いた治療



2007年、山中伸弥教授のiPSの歴史的な発見から10年の歳月を経て、2017年、神戸理研の網膜再生医療研究開発プロジェクトのCDBの髙橋政代プロジェクトリーダー、万代道子副プロジェクトリーダーらが、iPS技術を使って、安全かつ効果的な臨床応用に成功するという画期的な成果を論文発表しました(文献1)。「患者本人の皮膚」から採取した細胞を用い、シャーレのなかで、iPS細胞を作成、次に、シャーレの上で、網膜細胞を分化誘導させ、細胞シート(10万個の細胞、1.3x3.0mm)を作成して、あらかじめ、 病変部位である新生血管手術により除去された「加齢黄斑変性」の患者の目に植え込んだのです。細胞シートの移植術は、77歳女性患者の右目に2014年9月に行われました。この患者は、2010年に両目の加齢黄斑変性と診断され、29ヶ月の間に、13回のVEGF療法を受けていました。しかし徐々に右目の視力は低下していました。
国内で「加齢黄斑変性」を患う方は、約70万人いると推定されます。また悪化によって、成人の失明の主たる原因の一つといわれている疾患です。浸出性、萎縮性の2型に分類され、浸出性の場合、新生血管ができることで、網膜の機能が低下します。「浸出性加齢黄斑変性の治療」としては、VEGF療法による新生血管の抑制を目的とする方法が主たるものですが、この治療は残念ながら再発が多く、しばしば治療が長期に及ぶことが大きな課題となっています。手術により新生血管を取り除く方法もありますが、術後に網膜の萎縮がもたらされる懸念があり、現在ではあまり行われなくなりました。一方で、「萎縮性の加齢黄斑変性」の治療に、幹細胞を用いた治療が2015年に国外で行われました(2)が、免疫抑制剤を要し、副作用の問題が懸念されています。今回、「浸出性の加齢黄斑変性」に対して、「iPS細胞由来の網膜細胞」を用い、免疫抑制剤を用いる事なく、治療を行った結果、良好な成績が得られ、相次いでメディアで大きく取り上げましたので、解説したいと思います。特に臨床的に優れた2点について注目してみましょう。
第一に、移植による患者自身の適正な免疫応答です。患者自身から作成されたiPS細胞を用いて作成・移植された網膜細胞に対して、患者の生体は拒絶反応なしに、良好な状態で2年以上経過していることは特筆すべき点です。従来の移植とは異なり、免疫抑制剤を要せず、「視力」の改善はないものの、悪化することはなく、VEGF療法も必要なかったことは、多いに患者のベネフィットとなったと述べられています。
第二に、移植先での遺伝子変異についての安全性が確認されたことです。移植して2年経過後、移植された細胞の残存が確認され、移植面積の増大(1.3mmから6mm)を認めていることから、正常な網膜組織を形成している事実が確認されたことは疑うことなく大きな進歩です。従来多くの研究者が、iPS細胞由来の細胞には、導入された5個の遺伝子(GLIS1L-MYCSOX2KLF4OCT3/4)の中にがん遺伝子(LMYC)が存在することから、腫瘍形成の懸念を抱いていましたが、腫瘍はできることはありませんでした。採用された実験の手法から、腫瘍ができうる可能性をほぼ排除している点が明快です。まず、エピゾームにiPS細胞誘導遺伝子を封入し、細胞に導入することで、ゲノムに遺伝子が取り込まれないような工夫に加え、実際、ゲノムに導入遺伝子が取り込まれていないことを確認しています。iPS細胞を増やす段階で、誘導遺伝子の残存する細胞すら排除しています。その上、「出来上がった網膜細胞の遺伝子に傷がないかどうか」ついては、その細胞をマウスに植え込み、癌ができないこと、全ゲノム解析、全エクソーム解析をおこないゲノムに異常がないことを検証し確認しています。腫瘍を作る可能性が極めて低い安全な細胞が確立したことは歴史的快挙と言えるのではないでしょうか。
この研究結果は、エディトリアルのダレイ博士によって、「Landmark study」つまり「歴史に足跡を残す、際立った研究」と称賛され(文献3)、専門家にも高い評価を受けています。「iPS細胞治療」の時代の幕開けを告げる、今世紀最高の論文のひとつになることでしょう。
今後は、再現性の確認のために症例を重ねることになるでしょう。一方で、臨床応用への患者、医師らの期待は高く、1)移植準備に長い時間を要すること、2)治療費用が高いこと、がすでに問題提起されています。網膜細胞シート作成には1年を要し、また治療費用が約1億円に達するのです。こういった問題点を目論んで、「他人のiPS細胞を用いること」で、臨床研究が開始されることになったのは朗報といえるでしょう。なぜなら、他人iPS細胞を用いることで、細胞ストックをあらかじめ作成しておけることから、数ヶ月で細胞シートが準備可能となり、また費用も1千万円から数百万円に抑えられることが、分かっているからです。他人iPS細胞も自家細胞と同様に、免疫拒絶反応を起こさず、腫瘍形成もせず、視力も維持できれば、汎用性が上がることは間違いないでしょう。
この治療法研究の成果は、加齢黄斑変性の抜本的克服だけにとどまらず、未だ治療が極めて難しい「アルツハイマー病」「パーキンソン病」「糖尿病」などへの臨床応用にも大きく貢献することになるでしょう。「iPS臨床研究」から、しばらく目が離せません!

文献1
Mandai, M., Watanabe, A., Kurimoto, Y., Hirami, Y., Morinaga, C., Daimon, T., ... & Terada, M. (2017). Autologous Induced Stem-CellDerived Retinal Cells for Macular Degeneration. New England Journal of Medicine, 376(11), 1038-1046.

文献2
Schwartz, S. D., Regillo, C. D., Lam, B. L., Eliott, D., Rosenfeld, P. J., Gregori, N. Z., ... & Maguire, J. (2015). Human embryonic stem cell-derived retinal pigment epithelium in patients with age-related macular degeneration and Stargardt's macular dystrophy: follow-up of two open-label phase 1/2 studies. The Lancet, 385(9967), 509-516. 

文献3

2017/03/17

第113回 愛し野塾 野菜とフルーツの摂取もたらす抗動脈硬化・抗がん効果


我が国の総死亡者数から 「心血管病、もしくは、がん」が、死因のほぼ半分を占めることが「2015年人口動態統計月報年計」で明確に示されました。心血管病及び、がん予防法に注目が集まり、多くの疫学研究が行われてきました。なかでも「野菜とフルーツの適切な摂取による心血管病・がん発症の抑制効果」は、あらゆる立場から提唱されている一方で、エビデンスに基づいた明確な指針、つまり摂取量、摂取するフルーツや野菜の具体的な種類までは、未だ不明瞭なままでした。

健康日本21(文献1)によると、厚生労働省は、一日あたり350グラムの野菜摂取を推奨していますが、その根拠は、明確なものではありませんし、特別にどの野菜を食べなさい、と明示しているわけでもありません。フルーツについては、記載すら見当たりません。「野菜とフルーツの総摂取量」について、各国間で比べても隔たりがあり、世界がん研究基金、WHO、および英国では、一日400グラム摂取を推奨し、スゥェーデンでは500グラム、デンマークでは、600グラム、ノルウエーでは650から750グラム、米国では、640-800グラムを推奨しているといった状況で、各国、各機関でこれだけ推奨摂取量が異なるのは、すなわちエビデンスが乏しい、もしくは曖昧であることに起因していると考えられています。

2014年(文献2)、大規模なメタ解析によって、75グラムの野菜とフルーツを摂取するごとに、全死亡リスクが5%低下し、375グラムまで直線的に死亡リスクが低下することが示されました。しかし、野菜とフルーツの摂食の増量が、がん死亡率の低下を促すことは明確に示されませんでした。この論文の問題として、調査対象論文の選択にバイアス(全死亡に関する論文、20本が除外されていました)が存在したことが指摘され、対象者は80万人と多かったものの、より正確なメタアナリシスが必要である、との専門家によって指摘されていました。

さて、今回ここに採り上げました英国インペリアルカレッジのAune博士らによる最新の論文では、当時除外された論文も加えた上に、2014年の発表以後の16個のコホート研究も加えて、詳細なメタアナリシスが行われました(文献3)。その結果、「野菜やフルーツの摂食が、心血管病による死亡だけでなく、がんによる死亡についても抑制効果がある」ということが示され、同時に優先的に摂取すべき野菜やフルーツの具体的な種類、および量がわかったことから、大きな話題を集めました。

本研究では、PUBMEDEmbaseのデータベースを元に2016929日まで調査されました。「フルーツ・野菜摂取」と「心血管病・がん、全死亡」の、「前向き研究」をサーチし、49,772件ヒットし、95件のコホート研究(142本の論文)が最終的に採択されました。

コホート研究の対象国と件数は、 欧州から44件、アメリカから26件、アジアから20件が、オーストラリアから5件でした
総計から、43,000件の冠動脈疾患、47,000件の脳卒中、81,000件の心血管病、112,000件のがん、71,00094,000件の死亡数、総対象者は、「210万人」という巨大なサンプルサイズとなりました。

<結果>
「冠動脈疾患の発症リスク」は、フルーツと野菜200グラム摂取するごとに、8%ずつ低下しました。フルーツのみの摂取で10%低下、野菜のみでは、16%低下しました。最大の効果は、フルーツと野菜摂取の総計が800グラムで24%の低下、フルーツのみ750-800グラム摂取で21%の低下、野菜550-650グラム摂取のみで30%の低下でした。フルーツと野菜の「両方の摂取」によって、両摂取量が増加すると直線的にリスク低減効果が認められましたが、野菜単独、もしくはフルーツ単独摂取では、低摂取量では比較的大きなリスク低減効果を認めた一方で、高摂取量になると、その効果は、頭打ちとなりました。野菜とフルーツの「種類について」検討すると、「リンゴ、なし、柑橘類、フルーツジュース、緑黄色野菜、βカロチンを豊富に含むフルーツと野菜、ビタミンCを豊富に含むフルーツ、トマト」がリスク低減に有効的な種類でした。

「脳卒中の発症リスク」は、フルーツと野菜200グラム摂取ごとに、16%低下、フルーツ単独では、18%低下、野菜単独では、13%低下しました。最大の効果は、野菜とフルーツの摂取量が800グラムで、33%の低下、フルーツ200-350グラムで20%の低下、野菜500グラムで28%の低下でした。フルーツと野菜摂取、野菜単独、フルーツ単独摂取いずれの場合も、低摂取量では比較的大きなリスク低減効果を認めたものの、高摂取量ではその効果は、頭打ちとなりました。

種類としては、「リンゴ、梨、柑橘類、フルーツジュース、緑黄色野菜、酢漬けの野菜、ぶどう」がリスク低減に有効となることがわかりました。
「心血管病の発症リスク」は、フルーツと野菜200グラム摂取ごとに、8%低下、フルーツ単独では、13%低下、野菜単独では、10%低下しました。800グラムのフルーツと野菜の摂取で、最大28%の発症率低下効果があり、600グラムの摂取した野菜あるいはフルーツ単独では、それぞれ、28%と27%の低下効果がありました。野菜単独摂取の場合は、摂取量が増加すると直線的にリスク低減効果がみられましたが、野菜とフルーツの摂取、フルーツ単独摂取の場合は、低摂取量では比較的大きなリスク低減効果を認めたものの、高摂取量ではその効果は、頭打ちとなりました。「リンゴ、梨、人参、トマト、ブロッコリー、緑黄色野菜」に心血管病リスク低減効果がある事が分かりました。

「がんの発症リスク」は、フルーツと野菜200グラム摂取ごとに、3%低下、フルーツ単独では、4%低下、野菜単独では、4%低下しました。抗がん作用は、550600グラムの野菜とフルーツの総和、野菜単独、フルーツ単独摂取で、最大低下効果が見られ、それぞれ、低減効果は、14128%でした。フルーツと野菜摂取、野菜単独、フルーツ単独摂取いずれの場合も、低摂取量では比較的大きなリスク低減効果を認めたものの、高摂取量ではその効果は、頭打ちとなりました。

「アブラナ科の野菜、緑黄色野菜」にリスク低減効果がありました。
「全死亡リスク」は、フルーツと野菜200グラム摂取ごとに、10%低下、フルーツ単独では、15%低下、野菜単独では、13%低下しました。フルーツと野菜の総和800グラム摂取で、最大31%の低下、600グラムのフルーツ単独、あるいは、野菜単独摂取は、それぞれ、19%、25%の全死亡低下効果がありました。フルーツと野菜摂取、野菜単独、フルーツ単独摂取いずれの場合も、低摂取量では比較的大きなリスク低減効果を認めたものの、高摂取量ではその効果は、頭打ちとなりました。

「リンゴ、梨、アブラナ科の野菜、フルーツジュース、調理した野菜、柑橘類、ポテト、緑黄色野菜」にリスク低下効果が認められました。一方で、缶詰のフルーツの摂取量の増加は、死亡リスク上昇に寄与することが示されました。

さて、上記のそれぞれの結果をまとめると、「最大の効果が期待される、摂取量フルーツと野菜の総和の摂取量」は、「がん発症リスク抑制」のために、一日あたり600グラム」、「総死亡リスク、および冠動脈疾患・心血管病・脳卒中発症リスクの抑制のために、一日あたり800グラムであることがわかりました。

2013年の世界の統計データに基づいた解析から、野菜やフルーツの摂取不足(1日あたり800グラム以下)による死亡が、冠動脈疾患で134万人、脳卒中で268万人、がんで66万人、また若年死亡は、780万人と推定されました。こうした結果も踏まえ、著者らは、これまでのガイドラインを見直し、「より多くの野菜摂取を推奨するガイドライン」へ改定するべきであると主張しています。

さて、もう少し、論文に踏み込んで検証すると、いくつか問題点もあるようです。「とにかくサンプルサイズを拡大する」という目的達成のために、多数の異なる研究成果を収集したことによって、条件の異なる、いわゆる「不均質な」母集団サンプルが多数含まれることになったのも事実です。つまり年齢、経過観察期間、地理的条件、サンプルサイズ、食事のアセスメント方法、摂取量の時間による変化、死亡原因の特定などが、おのおののコホート研究で異なります。コメントの中には、それぞれの母集団の不均質性の検証を試みたところ、結果に影響を及ぼす因子はなかったという主張もありました。しかし、著者らもこの点は危惧しているところであり、フルーツと野菜の摂取量のアセスメント、研究期間中の摂取量の変化についての評価が、適正に行われていないと、結果が異なってしまう可能性があることから、母集団については、十分に考慮すべき点であると、著者らは述べており、私もその通りだと考えます。2つのコホート研究、すなわちEPIC研究と中国のカドリーコホート研究だけが、経過観察期間中の摂取量の変化にともなって生じる「測定誤差」と「因果関係希釈バイアス」の影響を検討していました。EPIC研究では、測定誤差を考慮すると、全死亡リスクは、野菜・フルーツ摂取によって、さらに3%低下すること、またカドリーコホート研究では、因果関係希釈バイアスを考慮すると、心血管死リスクがさらに14%も低下すると、算出されていました。測定誤差、および因果関係希釈バイアスを考慮されていないそのほかの大多数のコホート研究では、リスク評価の結果が減弱している可能性が大きいと言わざるを得ず、今後の課題とされます。また、野菜やフルーツ摂取量が高くなればなるほど、その摂取量の測定誤差は大きくなることが予想され、特に「高容量の摂取のリスク低減効果」は、今後のより適正な条件での評価が求められるところです。

さて、視野を広げると、普段からフルーツと野菜摂取量の多い方は、概して「喫煙率は低く、適切な運動量を行い、肥満も少なく、アルコール摂取量や赤身肉や加工肉の摂取が比較的少ない」という傾向があり、こういった因子がバイアスになることは想像に難くないことです。しかし今回用いられた研究のほとんどで、こうしたバイアスについての調整は行われており、結果への影響はないという主張が展開され、信頼に足るものと思われます。一方で、「野菜とフルーツを多く摂取する方は、相対的に健康意識が高いことが想定され、健康診断を受ける率が高い可能性、すなわち治療へのコンプライアンスが高い可能性」があることも否めず、今後のバイアスとしての調整検討が必要な課題となるでしょう。

「サンプルの小さいコホート研究を取り入れたことによる、いわゆるパブリケーションバイアスが考慮されているのかどうか」については、既に「サンプルの小さいコホート研究をメタ解析から取り除いても結果は変わらなかった」と証明されており、この研究が高く評価されたことが改めて窺い知れるところです。

今回、メタ解析したコホート研究が包括していない地域は、アフリカ、西アジア、南アメリカ、ラテンアメリカでした。こうした地域のデータが将来的に解析加われば、結果もまた変わってくる可能性も指摘されています。実際、サハラ砂漠南部地方の死亡の特徴は、他の地域と全く異なり、この地域の若年死に及ぼす影響を考慮した場合、野菜とフルーツの摂取不足(1日あたり800グラム以下)による推定死亡数が、780万人から760万人に減少することが分かりました。しかし、誤差の程度は小さく、全体への影響もさほど大きなものでではなかったため、地域差は、おおきなバイアスにはならないのではないかとしています。

今回の研究の「巨大なサンプルサイズ」、しかしその一方で危惧されるサンプルの不均一性を浮き彫りにし、起こりうる様々な「バイアスの詳細の検証と考察」は、この研究の価値であることは明確です。今後、残された課題の検証が進むにしたがって、「抗血小板薬・スタチン」といった薬剤効果を上回る、心血管病発症および、がん予防効果を持つ「野菜とフルーツ摂取800グラム以上」が常識になっていくかもしれない、そんな予感すら感じるユニークな論文でした。

文献1

文献2
Wang, X., Ouyang, Y., Liu, J., Zhu, M., Zhao, G., Bao, W., & Hu, F. B. (2014). Fruit and vegetable consumption and mortality from all causes, cardiovascular disease, and cancer: systematic review and dose-response meta-analysis of prospective cohort studies. Bmj, 349, g4490.

 文献3
Aune, D., Giovannucci, E., Boffetta, P., Fadnes, L. T., Keum, N., Norat, T., ... & Tonstad, S. (2016). Fruit and vegetable intake and the risk of cardiovascular disease, total cancer and all-cause mortalitya systematic review and dose-response meta-analysis of prospective studies. International Journal of Epidemiology.