我が国の高血圧患者数は、4,000万人、そのうち外来受診・治療を受けている患者は、1,000万人を超え、高血圧関連疾患に費やされている医療費は、2兆円弱といわれています。
さて、血圧を4mmHg降下させると、脳卒中による死亡者数は、1万人、心筋梗塞では5,000人経ると推定され、血圧を適切な値に保つことは、心血管病予防の観点から重要であることはいうまでもありません(文献1)。米国NHANES(米国国民健康栄養調査)の調査によると、2008年の血圧管理不良が原因と考えられる心血管病死の割合は、10万人あたり、男性で260人、女性で290人と算出され、血圧管理の重要性は国内外で確立されています。「塩分制限」「適度な運動習慣」「地中海食の摂取」「ストレスの適切な管理」「睡眠時無呼吸症候群の治療」「アルコール飲酒量の制限」などは、血圧コントロールに効果的です。それでもなお血圧が高い場合は、薬を使用します。「利尿剤」「カルシウムチャンネルブロッカー」「アンギオテンシ受容体阻害剤」「ベーター阻害剤」の4種が主たる降圧剤で、いずれかを少量から処方開始し、コントロール不良であれば、徐々に増量をするか、他の薬と組み合わせを考えることになります。
こうした血圧の常識が世界中で確立される中、2013年、血圧管理の現状について、驚きのデータが報告されました(文献2)。17カ国、14万2,042人を対象に調査が行われ、調査対象者の「40.8%に高血圧」が認められましたが、調査以前に高血圧との認識があった人は、そのうちわずか46.5%でした。既に高血圧診断された対象者の87.5%が、薬物療法を受けていましたが、「良好な」血圧コントロールと認定されたのは、7,634人で、これは、高血圧と鑑別診断された対象者の11.5%に過ぎませんでした。多くの臨床研究や大規模調査から、「血圧管理の重要性」が叫ばれ、血圧を下げる方法もすでに確立していると考えられている中で、お粗末なコントロールの現状が詳らかにされ、世界中の医療関係者が唖然としたのでした。「血圧管理」の目標と現実の悍ましいギャップは何故もたらされるのでしょうか。
幾つかの要因が考えられています。とりわけ「生活習慣を改善することの困難さ」は、残念ながら共感しやすいところでしょう。わかっていても、塩分制限、食事制限、運動の推進、アルコール制限を持続的に守ることは簡単なことではありません。治療へのモチベーションの低下も大きな理由でしょう。処方された降圧剤の服薬が遵守できていない方は少なくないことが調査によってわかってきました。その背景には、医師との脆弱な信頼関係があるかもしれません。降圧剤は一種類では効果に限界があることが多く、良好な降圧が得られない症例では、徐々に処方量が増量してゆくことがあります。そのため、処方された側には、「血圧が下がるどころか、悪くなっているのではないか」と、医師に対する懐疑心や副作用の懸念が生じ、心理的な抵抗感に見舞われるのです。最近の大規模試験では、「血圧は低めに下げたほうが、心血管イベントも減らせる」ことが発表され、「血圧管理の抜本的対策の見直しの必要性」がまことしやかに叫ばれるようになったことも積極的な処方の背景にあることは確かでしょう。
最近医学誌ランセットで 「ごく少量の降圧剤の組み合わせ療法の効果」についての研究論文(文献3)について発表されました。「極」少量の降圧剤であれば、副作用は極めて少なく、また違う作用機序を持つ薬剤の組み合わせは、単剤投与に比べて、より良好な降圧効果が、得られる可能性がある、との仮説に基づいて検証されました。その結果、「通常容量のわずか25%の薬剤量の、4種類の降圧剤(利尿剤、カルシウムチャンネル阻害剤、アンギオテンシン受容体阻害剤、ベータブロッカー)」を同時に服薬する(Quadpill試験)ことで、血圧を「安全に」かつ、「適切に」降圧させることを明らかにしました。
方法
オーストラリアのシドニーの4つのメディカルセンターで調査は行われました。対象者の条件は、(1)18歳以上、(2)降圧剤の服薬がなく、外来の、収縮期血圧が140mmHg以上あるいは拡張期血圧が90mmHg以上、(3)降圧剤の服薬がなく、24時間血圧が130mmHg/85mmHg以上、の症例とし、また対象除外項目として(1)Quadpillに含まれる薬剤に対する禁忌項目がある、(2)妊婦、(3)生存期間が3ヶ月未満と推定される、(4)同意がえられない、(5)現状の治療を変更する事による危険が予測される、といった症例、としました。試験は、シドニー大学の倫理委員会の承認を得た上で行われました。
対象者は、Quadpill処方の時期を変えた2つのグループに無作為に分けられました。「最初にquadpillを4週間、ウオッシュアウトに2週間、プラセボを4週間」投与群、「最初にプラセボを4週間、ウオッシュアウトを2週間、quadpillを4週間」投与群として割り付けられました。Quadpillは、37.5mgのイルベサルタン、1.25mgのアムロジピン、6.25mgのヒドロクロルサイアザイド、12.5mgのアテノロールからなり、一つのカプセルに入っています。一次評価項目は、「4週段階での24時間収縮期血圧」、二次評価項目は、「夜間と昼間に分類した上ので、収縮期血圧と拡張期血圧」でした。
最終的に対象者数は18人となり、年齢平均は、58歳、男女比はほぼ同数で、外来血圧は154/90、24時間血圧は、140/87でした。
結果
24時間の収縮期血圧は、プラセボに比較して、Quadpill 処方では18.7mmHg有意に低下(P<0.0001)、拡張期血圧は、14.2mmHg低下(P<0.0001)しました。外来血圧は、収縮期血圧は22.4mmHg、拡張期血圧は13.1mmHg低下しました。18人全対象者が、外来血圧140/90以下を達成したのに比較して、プラセボ投与群は140/90以下を達成したのはわずか6人で、有意にQuadpill処方群で良好な血圧達成率を示しました(P=0.0013)。年齢、性別、BMIと血圧降下度には相関はありませんでした。一週間当たりの飲み忘れは、Quadpillで0.2カプセル、プラゼボで0.3カプセルで、服薬コンプライアンスは良好と判断されました。問診では、Quadpillは飲みやすく、今後継続の意向が参加者全員によって示さレました。
副作用について
「めまい」を訴えた1名について、一旦服薬中止を余儀なくされましたが、その後、継続可能でした。「尿量が増えた」と訴えた1名についても継続は可能でした。「心拍数」は、Quadpill処方によってプラゼボより6.5低く、クレアチニン値は0.05の有意な上昇を認め(P=0.02)、尿酸値上昇(0.5mg/dl、P=0.003)、血糖値上昇(3.6mg/dl上昇、P=0.04)を認めました。いずれも前値に比較して12%以下の範囲でした。
Quadpillによる降圧降下の副作用のプロフィールについて、単剤、2剤、3剤治療による処方プロトコールよりも優れているのかどうか、今後の無作為比較試験を要するでしょう。試験参加症例数が少ないため、十分な信頼性を満たすためには、より多くの参加者による試験結果が期待されます。副作用の点から、クレアチニン値がわずかながらも「有意に上昇」したことは懸念されます。処方が長期化した場合の腎機能の悪化の可能性は重要な検討課題になるでしょう。尿酸上昇は、利尿剤によるもの、血糖上昇は、アテノロールによるものと考えられますが、今後、より多くの症例数によって、さらに長期間の精査が求められます。
これまで「少量の4剤の組み合わせ」を試みた研究によって、それぞれのフルドース(標準容量)の単剤使用に比べて、3割程度も有意な血圧低下を認めたことが報告されています (文献4)。容量が4分の1になった薬を4種類を組み合わせるという、理論的、かつ画期的な方法で、長期処方でも副作用が少なく、血圧管理が良好、かつ、心血管病イベントリスクも減少されるのであれば、患者の利益の観点から、今後、有用な処方の選択肢として、汎用されることを期待するところです。
文献1
文献2
Chow, C. K., Teo, K. K., Rangarajan, S., Islam, S., Gupta, R.,
Avezum, A., ... & Kazmi, K. (2013). Prevalence, awareness, treatment, and
control of hypertension in rural and urban communities in high-, middle-, and
low-income countries. Jama, 310(9), 959-968.
文献3
Chow, C. K., Thakkar, J., Bennett, A., Hillis, G., Burke, M.,
Usherwood, T., ... & Chou, M. (2017). Quarter-dose quadruple combination
therapy for initial treatment of hypertension: placebo-controlled, crossover,
randomised trial and systematic review. The Lancet.
文献4
Mahmud, A., & Feely, J. (2007). Low-dose quadruple
antihypertensive combination. Hypertension, 49(2), 272-275.