2017/01/22

第105回 愛し野塾 妊婦が魚油を摂取すると、子の喘息は予防可能



昨年の学校保健統計調査の速報では、幼稚園児から高校生までの喘息罹患者は、それぞれ幼稚園児で2.3%、小学生で3.69%、中学生で2.9%、高校生で1.9%と、未だ重要な学校保健の重要な課題であることはいうまでもありません。喘息発症年齢に注目すると、23歳までに、60−70%が発症、6歳までに80%以上が発症していることがわかります。小児喘息に罹患したかたのうち約30%は、成人になって再発することもわかってきました。

小児の喘息の原因の大半は、ダニやハウスダストなどの異物をアレルゲンとする、IgEタイプのアレルギーによるものです。こうしたアレルゲンに特異的に反応するIgE抗体を表面にのせているのは「マスト細胞」呼ばれる気管支や鼻の粘膜、皮膚等の外界と接触する組織に存在する細胞です。IgE抗体に異物であるアレルゲンが結合すると、マスト細胞は活性化され、炎症惹起メディエーターである「ロイコトリエン」が産生されるのです。この「ロイコトリエン」こそが、ぜんそく発作を起こす伝達物質なので、このプロセスを抑制させるためのお薬が、現在、汎用されている経口薬剤です。モンテルカストは、システイニルロイコトリエンタイプ1受容体 (Cys LT1受容体)に選択的に結合して、ロイコトリエンのLTD4LTE4による病態生理学的作用(気管支収縮、血管透過性の亢 進、及び粘液分泌促進)を抑制します。この作用機序に基つき、モンテルカストは抗喘息作用として、喘息性炎症の種々の因子を改善します。 吸入のステロイドと共に、モンテルカストは、喘息治療の中核として抗炎症作用を発揮します。適切な処方によって喘息のコントロールは良好となり、結果として、血中IgE濃度は低下、呼気中の一酸化炭素濃度の低下が確認されています(文献1)。

さて、アレルギー反応を起こす「ロイコトリエン」は、細胞膜に含まれる成分であるアラキドン酸から合成される「脂質メディエーター」のひとつです。植物油に多く含まれるn-6不飽和脂肪酸の摂取によってロイコトリエンは増加しますが、魚油に多く含まれるn-3不飽和脂肪酸のEPADHAなどは、細胞膜成分のアラキドン酸と入れ替わり、気道の炎症を抑え、喘息発作を予防しうると考えられています。しかし、残念ながら、EPADHAの摂取量は近年減少傾向にあり、むしろそれを補うかのように、植物油の摂取が増加してきています。植物油の摂取の増加、妊婦の魚油の摂取不足が、うまれた子の喘息の増加に関与している可能性が指摘されているのです。

こういった背景のもと、さまざまな研究調査から、「出産した子どもの喘息発症リスクが、妊娠中の母親のn-3不飽和脂肪酸の摂取不足と関係がある」ということがわかってきました。しかし、これまでの「妊娠期の魚油摂取量の増加による、うまれた子どもの喘息発症リスクの抑制」について検証するために行なわれた介入試験は、主に調査参加者が少ないという問題がつきまとい、明確にされてきませんでした(文献2)。

さて、NEJMに掲載されたのは、小児ぜんそくの予防に、妊婦が魚油を摂取するべきかどうか、について、より厳格な手法を用いて検討が加えられ、「妊婦が魚油を摂取すると小児喘息は減少する」という調査報告でした。これまでの不明瞭な推測から大きく前進した検証結果として注目されています(文献3)。

コペンハーゲン小児ぜんそく前向き研究(COPSAC)と名付けられたこの臨床試験では、2008年から2010年の間に736人の妊娠(22週から26週の妊婦)を登録し、妊娠24週の時点で2.4グラムのn−3不飽和脂肪酸(55EPA37%DHA)摂取群か、オリーブオイル摂取群の2群に、2重盲検法を用いて無作為に割り付け、出産後1週間まで摂取が続けられました。対象となった妊婦は、最後に生まれた子が3歳になるまで、自分がどちらの群に割り付けられたかを知らされませんでした。現在も研究は継続され、参加している研究者さえも、対象者がどちらの群に割り付けられているのかを知らされていません。最終的に、695人の子供(うち双子が5組)が誕生しました。統計処理が行われた時点での、子供の平均年齢は、6.0歳でした。
被検者が規定通りに摂取しているかどうかを検証する「服薬コンプライアンス」は、摂取されたEPADHA剤の残量計算などから、80%以上と推定され、脂肪酸に占めるEPADHAの比率は、服薬前の4.9%から服薬後の6.1%に有意に増加していました。対照群では、服薬前後で、4.9%から3.7%に低下していました。3年の経過観察可能だった子供は、664人(95.5%)で、5年観察可能だった数は、647人(93.1%)でした。「服薬コンプライアンスが極めて高率であること、実際にEPADHA血中濃度が服薬に伴い有意な上昇を認めたこと、試験参加した子の90%を超える高い割合で5年後の経過観察結果が得られたこと」は、いずれも、この試験が厳格に行われ、信頼性、妥当性を満たした研究であったことを立証するものでした。

結果

調査対象となった妊婦が生んだ3歳から5歳のこどものうち136人(19.6%)が喘息の診断を受けました。n-3不飽和脂肪酸摂取群のこどもの喘息発症率は、16.9%、オリーブオイル摂取群のこどもの喘息発症率は、23.7%でした。つまりは、n-3不飽和脂肪酸摂取による31%の喘息発症率の有意な低下を認めました(P0.035)。交絡因子として考えられる、双子の比率、性別、子へのビタミンD3の高用量投与、ランダム化前のEPADHAのそれぞれの血中濃度を考慮し、補正しましたが、得られた結果には変わりはありませんでした。EPADHAの効果は、ランダム化前の母親のEPADHA 濃度が最も低い群で、最大(54%の喘息発症率低下、P=0.011)となり、この減少効果が全体の効果の中で、主たる役割を果たしていることがわかりました。高用量のビタミンD3を投与されていない子のほうが、妊婦のEPADHA摂取による、喘息発症抑制効果が得られやすいことも明らかになりました。閾値解析から、妊婦の血中EPA及びDHA濃度の脂肪酸濃度に占める割合が、5.0%から5.5%以上に達すると、子の喘息発症予防効果が認められることがわかりました。

さらに、EPADHA摂取による、下気道の感染症の予防効果も明らかにされました(22%減少、P=0.033)。一方で、喘息の増悪、湿疹、アレルギー性結膜炎、鼻炎については発症予防効果を認められませんでした。

日本人の妊婦の一日あたりのn-3不飽和脂肪酸の摂取量は、1.8グラムと推算され、これは、本研究で検討された摂取量に比較し有意に少ない量です。欧米では多くの妊婦が324mg以下とさらに低い摂取量で、本研究で検討された魚油2.4グラムの摂取量は、平均摂取量の10倍以上にあたる量です。そのため今後は、2.4グラム摂取の妥当性についての詳細の検討が、特に副作用の観点から長期的な観察調査が必要である事も課題であるとされています。

今回の結果からは、副作用については、明白なものは見られませんでしたが、EPA及びDHAには血液をさらさらにする効果があることからも、今後は分娩時の出血の量及び頻度についても十分に注意して記録することが必要でしょう。

本報告から日本の食生活の現状を鑑み、妊婦に食事についての聞き取りを丁寧に行うことで、n3不飽和脂肪酸の摂取量が明らかに少ないかたの場合に限り秋刀魚やいわしなどの「n3不飽和脂肪酸が豊富に含まれている食物の摂取」を促し、結果として、生まれて来る子どもの喘息発症リスクを減らすことができるのかもしれません。積極的な改善策として、妊婦の定期的な血液検査項目にEPADHAの血中濃度を加え、極端に血中濃度が低い妊婦に、魚油の摂取を含めた食事指導をすることも母子保健の行政上の取り組みとして検討して行って欲しいものです。是非とも、積極的な取り組みを実現させ、小児喘息の発症減少が達成できることを期待するところです。喘息特効薬を求めるばかりではなく、妊婦への適切な栄養指導によって小児の喘息予防ができる可能性に目を向けて欲しいものです。

文献1
Syk, J., Malinovschi, A., Borres, M. P., Undén, A. L., Andreasson, A., Lekander, M., & Alving, K. (2016). Parallel reductions of IgE and exhaled nitric oxide after optimized antiinflammatory asthma treatment. Immunity, Inflammation and Disease, 4(2), 182-190.

文献2
Palmer, D. J., Sullivan, T., Gold, M. S., Prescott, S. L., Heddle, R., Gibson, R. A., & Makrides, M. (2013). Randomized controlled trial of fish oil supplementation in pregnancy on childhood allergies. Allergy, 68(11), 1370-1376.

 文献3

Bisgaard, H., Stokholm, J., Chawes, B. L., Vissing, N. H., Bjarnadóttir, E., Schoos, A. M. M., ... & Følsgaard, N. V. (2016). Fish Oil–Derived Fatty Acids in Pregnancy and Wheeze and Asthma in Offspring. New England Journal of Medicine, 375(26), 2530-2539.