2017/07/29

第131回 愛し野塾 アルツハイマー病の謎に迫る


神経の変性、及び神経細胞死を伴う病気を「脳神経変性疾患」と総称し、認知症を発症するアルツハイマー病は、その代表的な疾患のひとつです。1906年にアルツハイマー博士による発表以来、アルツハイマー病の病態について、世界中の研究者によって研究が行われてきました。病理学的観点から、「神経原線維変化」そして「老人斑」という2つの特徴について解明され、「神経原線維変化」はタウタンパク質、「老人斑」はβアミロイドが主たる成分であることが判明しました。こうした目覚ましい発見にもかかわらず、病気の根本を治療する「原因療法」の開発には至らず、現在はいずれも「対症療法」による治療が行われています。このため実臨床の場では、認知症の進行を遅らせることはできても、治癒させることができないのが現状です。予備軍も含め800万人と推定されるアルツハイマー病、根本治療の開発には、一刻の猶予もない状況にあります。一方で「タウか、アミロイドのどちらがアルツハイマー病の根本原因なのか」、という論争の真っ只中、未だ治療法確立へは長い道のりが続きそうだと思われてきました。
さて、最近、タウ遺伝子「MAPT」の遺伝子変異が、認知症発症に関係することが明らかになり、「タウ」をターゲットとすることで有効な治療法が得られるのではないかと考えられるようになりました。神経原線維変化の中心となる物質である「タウ」は、ベータシート構造の繰り返しが特徴的な構造を呈しています。しかし、原子レベルでの微細構造については未だ不明瞭な部分が多く、発症メカニズムをターゲットとした治療法開発には不十分であった可能性が指摘されています。アルツハイマー病で認められるタウの織りなすフィラメント構造(ペアードヘリカルフィラメントとストレートフィラメント)は、ピック病を含む、他の神経変性疾患で認められるタウフィラメントの構造とは、異なっていることがわかっています。微細構造の詳細を明らかにすることで、創薬のターゲットポイントを見出せるのではないかと期待されています。
タウ蛋白には、6つのアイソフォームがあります。エクソン10(マイクロチューブル結合リピート)の有無、N末端側にある29アミノ酸あるいは58のアミノ酸の有無の組み合わせにより構成されます。さらに別の4つのリピート構造が、244-368残基にありR1―R4と呼称されています。
今回、アルツハイマー病の患者の脳から精製したタウを用いて、Å単位の微細構造が明らかになりました。これによって、創薬のターゲットが明らかになった可能性が広がり、このニュースは世界中で報道されました(http://www.bbc.com/news/health-40493868(2017年7月5日閲覧))。イギリスMRC研究所のゲダート博士、シェレス博士らによって7月号の「ネイチャー」に発表になったばかりです(Fitzpatrick, Anthony WP, Benjamin Falcon, Shaoda He, Alexey G. Murzin, Garib Murshudov, Holly J. Garringer, R. Anthony Crowther, Bernardino Ghetti, Michel Goedert, and Sjors HW Scheres. "Cryo-EM structures of tau filaments from Alzheimer’s disease." Nature 547, no. 7662 (2017): 185-190.)。今回はこの研究報告について解説してみたいと思います。

【対象と方法】
病理解剖でアルツハイマー病と確定診断された74歳の女性の患者から抽出した大脳皮質サンプルを用いました。βアミロイドが原因の遺伝的アルツハイマー病ではないことは、APP/PSEN1/PSEN2に遺伝子変異がないことで確認されました。患者の大脳皮質の切片をチオフラビンS染色法によって観察した結果、神経原線維と老人斑の顕著な存在を認めました。脳組織のサルコシル不溶性フラクションには、ペアードヘリカルフィラメント(PHS)とストレートフィラメント(SF)が多量に含まれていました。これらフィラメントは、ネガティブ染色を用いた形態的特徴、ウエスタンブロッティングによる分子量検定、in vitroのシード形成検討実験から、これまで報告されているフィラメントの特徴を備えていることが確認されました。その後、サルコシル不溶成分を、遠心分離、ゲルフィルトレーションによって、PHSとSFを精製しました。精製されたタウフィラメントにも、シード形成能力があることが確認され、真正フィラメントであることが証明されました。低温電子顕微鏡法を用いて、3.4Åないし3.5Åの精度で構造解析に供しました。
【結果】
PHFとSF共に、C型構造を持つサブユニットからなるフィラメント、2つから構成されていることがわかりました。これは従来の報告を支持する結果でした。さらに、Å単位の構造解析の結果、フィラメント形成をするコアとなる部位が、アミノ酸残基の「V306―F378」に存在することを認め、これは、R3とR4の部位に相当し、PHFとSFともにシェアされていることがわかりました。N末端とC末端の両者には、R1とR2部位との弱い結合があることも発見されました。
突き止められたコアの部位の特徴について、「プロナーゼ処理」「マススペクトメトリー」「抗体ラベル」法が用いて分析を行った結果、プロナーゼ処理でもコアの構造は保持され、これも従来の報告と一致するものでした。プロナーゼ処理したコアの部位について、マススペクトメトリー解析を行った結果、R3―R4にかけての部位が最も多く含まれていることがわかりました。そこには、一部3Rと4Rの部位も含まれていました。R2の一部に対する抗体は、プロナーゼ処理前には、コアを認識しましたが、処理後には認識しないことから、コアの部位にR2が弱い結合をしていることが確認されました。R3とR4に対するコア内部に存在する部位をエピトープとする抗体は、予想通り、コアを認識できませんでしたが、変性させたゲル内では、認識することがわかりました。コアのシークエンスをすると、R3―R4が存在することも証明されました。以上から、コアを形成するのは、R3―4がメインであることは間違いないことが証明されました。
コアは、8つのベータシート構造から構成されています。8つの連続的なベータシートが、整然とC型に折りたたまれるように、(1)各ベータシートの間に、特別なアミノ酸が配置されていること(3つのプロリンと、2つのグリシン、1つずつのアスパラギン酸とグルタミン酸)、(2)この部位の開始部位と終了部位に10Åの高低差があること、がわかりました。こうした構造上の特徴が、8つのベータシート構造(β1―β8)を安定化させ、β1とβ8の間に疎水結合、β2-β8の間でのポーラージッパーモチーフによるパッキングが可能となり強固な構造となることがわかりました。β4-β6で三角構造(βヘリックス)を作ること、これに寄与する決定的なグリシン残基(Gly355)の存在も明らかになり、構造の安定化に寄与していることが証明されました。
PHFとSFは、そのコア構造が同じであるにもかかわらず、最終的な微細構造に違いがある原因についても解明されました。ペアを形成するアミノ酸残基にわずかな差があることが判明したのです。PHFでは、コア構造の一部である、アミノ酸残基332-336の部位と332-335の部位で、アンチパラレルスタッキングが疎水結合により強固に形成されます。一方、SFでは、アミノ酸残基317-324と312-321の部位が関与しパッキングされることが判明しました。加えて、317、321番目のアミノ酸残基の関与も証明され、PHFとは明瞭に部位が異なっていました。

【議論】
PHSとSFのコアを形成する、正確なアミノ酸の部位が判明したことは画期的なことです。さらに、コアが、シードとなり、マイクロフィラメントが形成されるメカニズムが解明されたことで、フィラメント形成の阻害剤の合成や、フィラメントを特異的に染めるツールの開発が格段に進むことが予想されます。
また、PHF形成の分子メカニズムが明らかとなり、SFとの違いも明瞭となりなりました。今後は、タウが関与する別の病態でのマイクロフィラメント形成の違いも明らかにされることでしょう。そして、例えば、症例の多い、ピック病にも治療薬、診断薬開発の可能性が広がったと言えるでしょう。
長らく停滞していたアルツハイマー病研究、大きな躍進を遂げたと言っても過言ではないのではないでしょうか。




2017/07/01

第130回 愛し野塾 エイジングと動脈硬化


エイジング(加齢)は、癌発症リスクを高め、動脈硬化を進行させます。冠動脈に動脈硬化が起きれば、命を脅かす「心筋梗塞」の発症リスクが増大します。動脈硬化のリスク因子となる疾患は、ご存知の通り、「高血圧・喫煙・高コレステロール血症・糖尿病」、です。しかし、実は「エイジング」こそ最大のリスク因子なのです。高血圧や高コレステロール、高血糖といった好ましくない血管環境下の暴露時間がエイジングとともに長くなるわけですから、おのずと動脈硬化の条件が満たされるわけです。しかし、様々なリスク因子を用いて多変量解析を行うと、「エイジング」が他のリスク因子とは異なり、独立して動脈硬化を引き起こすことがわかってきました。実際、「エイジング」による動脈硬化発症に寄与する他のリスク因子の影響は、男性でわずか12%、女性でも最大40%と試算されています。「エイジング因子」は、既知のリスク因子を介さない独立したプロセスによって動脈硬化を促進していることは間違いないようなのですが、そのメカニズムどころか、その存在の有無すら明らかにされていません。しかし、「糖尿病・高血圧・脂質異常・喫煙などのリスク因子」が全くない方でも、心筋梗塞を発症する症例は、日常臨床レベルで多数遭遇するわけで、「エイジングが動脈硬化を引き起こす未知のルートが存在する」と信じられてきたものの、術もなく、メカニズムの解明は頓挫してきました。
2014年、ブレークスルーとなる研究がハーバード大学のジェイスワル博士らによって報告されました(Jaiswal, S., Fontanillas, P., Flannick, J., Manning, A., Grauman, P.V., Mar, B.G., Lindsley, R.C., Mermel, C.H., Burtt, N., Chavez, A. and Higgins, J.M., 2014. Age-related clonal hematopoiesis associated with adverse outcomes. New England Journal of Medicine, 371(26), pp.2488-2498.)。これは「エイジング」で血液系の悪性疾患が増えることに注目した研究でした。すでに、特定の遺伝子に傷がつくことが原因で、エイジング依存性に血液系の癌が増加することがわかっています。この研究では、血液系の悪性疾患を発症していない人から採取した末梢血液を用いて調査すれば、「年齢依存性に増加する遺伝子の傷害が検出される」と仮定して調査が行われました。血液系の疾患の既往は問わず、17,182人を対象に、「すでに血液系の癌において変異が生じることが知られていた160個の遺伝子」について、末梢血の細胞を用いて、全エキソーム解析が行われました。この解析によってブレークスルーとして評価される多くの知見が得られたのです。1)遺伝子変異は、40歳以下の方にはほとんど認められませんでした。2)年齢とともに遺伝子変異は増加し、70-79歳で9.5%80-89歳で11.7%90-108歳で18.4%に認められました。3)遺伝子変異を起こすのは、わずか3つの遺伝子「DNMT3ATET2ASXL1」にほぼ限られているということがわかりました。4)これらの3つの遺伝子に変異があると、血液の悪性疾患の発症率は11.1倍に、全死亡は、1.4倍に増加します。5)これら3つの遺伝子に変異があると、冠動脈疾患が2倍、虚血性脳血管障害が2.6倍に増えることが明らかになったのです。この発見は、想定外の大きな発見でした。この結果から「エイジング」と「動脈硬化の発症増加」は、3つの遺伝子「DNMT3ATET2ASXL1」の変異に起因する可能性が見出されたのです。これら3つの遺伝子の変異を含め、74個の血液系の癌発症を促すドライバー遺伝子がありますが、将来、疾患発症させ得る遺伝子がクローナルに優位性をもって存在している「状態」については、現在、CHIPclonal hematopoiesis of indeterminate potential)と呼ばれています。
さて、この研究を行ったジェイスワル博士らは、「エイジングが遺伝子に傷を付け、動脈硬化をきたすメカニズムの詳細」を検討しました。その結果、医学誌NEJMに掲載され、多くの注目を集めています(Jaiswal, S., Natarajan, P., Silver, A.J., Gibson, C.J., Bick, A.G., Shvartz, E., McConkey, M., Gupta, N., Gabriel, S., Ardissino, D. and Baber, U., 2017. Clonal Hematopoiesis and Risk of Atherosclerotic Cardiovascular Disease. New England Journal of Medicine.)。今回はこの論文を解説してみようと思います。

方法
冠動脈疾患4,726症例、コントロールに3,529人が調査対象とされました。冠動脈疾患の定義は「DNAサンプルを採取後、心筋梗塞発症した、あるいは、血管再建術を要した症例」とし、対象者は、年齢、性別、2型糖尿病、喫煙歴をもとにネスティッドケースコントロール研究の手法を用いて選別されました。BioImage, MDCコホートが用いられました。全エキソーム解析には、レトロスペクティブケースコントロール研究「ATVB」と「PROMIS」の2つが用いられ、50歳未満の若年発症の心筋梗塞者を対象としました。
冠動脈疾患のリスクに寄与している遺伝子の検索には、「BioImage」「MDCコホート」と、3つの前向き研究「JHS」「FUSION」「FHS」が用いられました。「JHS」および「FUSION」は2014年の調査で用いられたコホートで、「FHS」はこの研究のために新たに解析に供されました。
結果
CHIPと冠動脈疾患の関係】
BioImageMDSコホートの検索から遺伝子変異は「DNMT3A」「TET2」「ASXL13つの遺伝子にほぼ限定され、94%72/77)にいずれか一つの遺伝子異常を認めました。BioImageでは、対象者の平均年齢は、70歳、平均観察期間は2.6年でした。冠動脈疾患を有する113人のうち17%である19人がCHIPキャリアーで(コントロール群のCHIPキャリアーは10%HR1.8でした(P=0.03)。MDCでは、対象者の平均年齢は60歳、平均観察期間は17.7年でした。CHIPキャリアーは冠動脈疾患症例で7%、コントロールで4%、HR2.0P=0.003)でした。BioImageMDCを合算すると、CHIPキャリアーは、HR1.9P<0.001)で、冠動脈疾患症例に顕著に認められました。

 【若年発症心筋梗塞の解析】
ATVBPROMISの検索から、若年発症の心筋梗塞はCHIPキャリアーで顕著に認められました。ATVBでは、オッズ比が5.4P<0.001)、PROMISでは3.4P<0.001)、総じた結果、オッズ比は4.0P<0.001)でした。

 【リスク遺伝子変異と冠動脈疾患発症】
BioImage, MDC3つの前向き研究から、「DNMT3A」「TET2」「ASXL1」の3つの遺伝子に加え「JAK2」の影響も調査されました。「DNMT3A」「TET2」「ASXL1」の変異は、冠動脈疾患の発症リスクを1.7-2.0倍上昇させ、JAK2V617F)変異は、12.1倍増加させることが分かりました。また、TET2JAK2ASXL1遺伝子変異は、非若年発症心筋梗塞群よりも、若年発症心筋梗塞群でより高頻度に認められました。

 CHIPと冠動脈石灰化】冠動脈疾患未発症症例のうち、CHIPキャリアーの「冠動脈石灰化を認めた症例数」は、非CHIPキャリアーの症例数の3.3倍に達し、冠動脈疾患発症症例では、CHIPキャリアーの「冠動脈石灰化を認めた症例数」は、非CHIPキャリアーの症例数の1.8倍の有意な増加がありました(P=0.03)。

【動物実験モデルを用いた検証】CHIP遺伝子群のなかで2番目に出現頻度が高い「TET2遺伝子」に注目し、CHIPが冠動脈疾患発症に寄与しているか検証されました。TET2遺伝子を欠損したTet2ノックアウトマウスは、人のTET2変異によって惹起される血液幹細胞のクローナル増殖と酷似するフェノタイプを示すため、実験に供されました。まず、動脈硬化になりやすいLdlrノックアウトマウスの骨髄細胞を放射線照射によって死滅させました。そこにTet2ノックアウトマウスから採取した骨髄細胞が移植されました。コントロールマウスには通常マウスの骨髄細胞が移植されました。
5週間後、大動脈基部に形成された動脈硬化のサイズを比較すると、Tet2ノックアウトマウス由来の骨髄細胞を移植されたマウスは、コントロールマウス由来の骨髄細胞を移植されたマウスの2.0倍(P=0.02)に肥厚し、9週間後には、1.7倍(P=0.03 )に有意な肥厚を認めました。Tet2ヘテロノックアウトマウス由来の骨髄細胞の移植実験でも、17週後の動脈硬化のサイズは、コントロールマウスより、下大大動脈で2.7倍の肥厚を認めました(P-0.03)。この動物実験によって、TET2遺伝子変異による機能低下が動脈硬化を促進する可能性が明らかとなりました。
次に、マクロファージの動脈硬化促進に及ぼすTET2遺伝子変異の影響を検証するためにマクロファージ特異的にTst2遺伝子をノックアウトしたマウスを作成し、Tst2ノックアウトマウスのマクロファージを単離し、コントロールマウスのマクロファージとさまざまな遺伝子の発現量の比較を行いました。その結果、Tet2ノックアウトマウス由来マクロファージにおける、動脈硬化促進機能を持つケモカイン、サイトカイン遺伝子の発現量の有意な増加を認めました。すなわち、TET2遺伝子の機能欠損は、ケモカイン、サイトカインの産生を増大させ動脈硬化を誘発する可能性が強く示唆されました。

【考察】
前述の一連のエレガントな研究結果から、DNMT3ATET2ASXL1に代表されるCHIP遺伝子が、冠動脈疾患発症と密接に関与することは間違いないものと考えられます。CHIPの抑制に重点を置いたアンチエイジングが議論されることになるでしょう。また高血圧など既知のリスク因子もCHIPを誘導する可能性も否定はできません。今後はあらゆるリスク因子との関係について解明が待たれます。また、Tet2遺伝子機能欠損によるマクロファージのケモカイン、及びサイトカインの発現増大に、密接に関わっていることがわかりましたが、CHIP遺伝子と動脈硬化の誘導を結びつける制御ネットワークの解明も非常に重要な課題です。
さて、現時点で臨床の立場で、できることは何でしょう。「エイジング」が、ごく限られた遺伝子に傷をつけることで癌や冠動脈疾患を惹起することがわかってきました。まずは、こうした特異的遺伝子の傷害の早期発見を糸口にして、骨髄や冠動脈の状態を検査するなど、精密検査によって血液の癌や冠動脈疾患を早期発見、予防することに役立てられるのではないでしょうか。今後は特定された遺伝子の機能欠損・低下を補償する遺伝子レベルでの治療法の開発も視野にはいってくることでしょう。
これまで雲をつかむようだった「アンチエイジング」対策。にわかに具体性を帯びてきたと感じる、ノーベル賞級の論文発表でした。